おはようございます。まもなく令和6年春休みリベンジ記事も終わりですが、もう少し続くのでお付き合いいただけましたら幸いでございます。
今回は京成撮影記。新1000形1700番台が京成線に来るということで、それ狙いですね。

青砥での撮影からスタートです。青砥で上野側に行く電車はことごとく構図に困るので、こうして隣に電車がいると並びということでごまかせるのが助かる。初っ端から意識低い発言するなよ(笑)。

でも流石に4月上旬の17時半ということで露出は厳しいかも~。最近久しく押上線も行ってない。しばらくぶりだし次の休みにでも行こうかね。

次は外側線からの上野行です。こっちに来てくれると面縦で処理できるので、そういう意味ではいい。ノイズ含めて終わってるけど。電来た瞬間終わったわ👏👏*1

うーん、ひどい。この時なんで行ったんだろう…。ぅちまぢこぅぃぅ写真むり。。。いや撮ってんのお前だろうが。そして大してまだ酔っていないのにこういうことをシラフで書いているのがなんかアレ。こんなヒトリノ夜ばかりです。

ちょっと照明があたって多少はマシかな。知らんけど。千葉市民はアクセス特急に乗る機会なんて皆無だから5500形のア特となると機会を作らないと乗れないのが残念。地下鉄車両が千葉県の郊外を120km/h*2で爆走しているなんてそれほどシュールで趣味的にも面白いことはない。

一瞬上野行くの?上野行くの?と期待が高まるが、無論そんなことはない。上野線とも呼ばれる上野~青砥は京成車しか来ないのが少し寂しい。一応青砥での7818編成脱線事故の時は5500形が回送で上野に来たらしいし、確か9100形もどっかで団臨か何かで入っていたとは思うけど。

うーーーーーん()。なんか微妙だ。コメントにすら困る。何だろう、困る。次行きますかね。せっかくの3700形なのにこんな結果になるなんて将来が心配だ。

こちらは一見珍しいように見える定期運用。夕方に高砂を出庫して、高砂→上野と上野→高砂は各駅停車として運転し、高砂に帰ってきてからアクセス特急になる。上野・日暮里からの成田空港需要をライナーに誘導したいというよりは、おそらく新三河島~お花茶屋の各駅の需要も拾うためというのが本音なのではないだろうか。東武風に言うなら区間アクセス特急って感じかね。いや長いからそれ(笑)。

これに乗って一旦押上まで行きます。何となく。一応お目当てはまだ来ないので、とりあえず押上にある喫煙所で一服しようって訳だ。なんで75Kを選んだのかは不明。覚えてねえもん。

押上に来ましたスカイツリーでけ~!たけ~!でも高所恐怖症なので、実は見上げるだけでもとても怖かった。スカイツリーができたのも公開日時点での来月で開業から13年というのが感慨深い。13年前なんて俺まだ中学生だったもん。しかし悲しいかな、そんな中学生だった私の12年後(この記事の写真は公開日のおよそ1年前のものです)に押上の出口を間違えて喫煙所にたどり着けませんでした。これは将来が心配だ。

でも無事にたどり着きました。よかった。プッハー!こち亀脳なのでスカイツリーの思い出でも書けたらいいんだけど、でもまず上ったこともないからなあ。一応以前も登場した故・フライングヒル君にソラマチまで連行されたことはあったけど。フライングヒルに限らず、ああいう他人を都合のいい道具として扱う奴らは全員縁を切って令和6年が終わろうとしているのがすっきりする。せいせいするね!ハハハ(笑)。

夏なら沿線で撮れそうな27Nから撮影開始です。N台の西馬込行ってやはりなんかこう新鮮に感じる。

一応3448編成だったので撮影。でもブレてます。もお。

続いて京急車の普通です。この時間帯はあまり上り(南行)の優等がなく、各駅停車メイン。おかげさまで大変撮りやすい撮影でした。もう貼り千塗り千が京成線にも来るようになって5年だもんな。ほんと月日が過ぎるのはあっという間だ。

なんとか被りを回避した7318編成。7300形のうち7800形には分類されない2編成、つまり北総純正の7308編成と7318編成は運番も白くなっているのが特徴。夜ならこうして気にならないけど、明るい時間帯だと種別・行先のLEDの方が暗くて何ともいえない気持ちになる。

台湾MRTラッピングの3858編成がご登場。前にも書いたけどマジで台湾行きたい。利用したエバー航空の機内食もマジで美味しかったさ。新北の裏路地の露店で食べたり買ったりする飯の美味かったことと言ったらもう。日本円換算で300円あれば腹いっぱい食えたし。でもアレだな、一緒に来ていた大学の同期のクソ女どもはゴミだった。日本の恥晒しだった。華語ではああいうのを2Bと言います(笑)。ご冥福をお祈りいたします。

先ほどの1217編成は塗り千、こちら1177編成は貼り千。見た目は大して変わらないんだけどね。京急車、なんかしばらく撮ってないなあ。一応勤務中に踏切待ちで606編成とか1057編成とかに遭遇してはいるんだけど。※将来が心配な無職キモータヒッキーなので嘘です。某氏そんなんじゃ困るんだよぬああああ!

5500形同士の離合ですた。押上線ではよくあることだけどね。これ、ほんと5300形置換え過渡期にこっちにいられなかったのが悔やまれる。5300形と5500形の離合とか並びとか、そういうのも撮りたかった。まあ山梨では山梨じゃないと撮れないものも沢山撮れたし、山梨でつながったヲタクたちには出会えてよかったし、全てが後悔って訳ではないんだけどさ。

3708編成の羽田空港行。3700形は平成3(1991)年3月に営業開始しているので、公開日時点では34周年となる。京成車に限らず基本的に私鉄の車両はJR東・都営の車両よりは長生きするんで、まだまだ頑張ってくれると思いたいけどそろそろ何かしらの動きが出るのだろうか。もっとも現在の置換え優先は3500形と3400形で、その次に3600形のうち生き残った2編成だけだろうから、3700形の置換えはまだまだ先だろう。

本日の本命がようやく来ました。1890番台「ル・シエル」に色々と似ているなあというのが第一印象だった。ブレーキの緩解音なんかも今までの京急車とは大違いだったし。これの快速は後日撮ることになるんだけど、いつか乗る側でお世話になることができたらいいなあと思う。

良くも悪くも京急らしさと京急らしくなさが混ざっていていいなあと思う。この記事が出る頃には1702編成が竣工して、どっかのが「1707編成(初代)は今年度(令和6年度)で廃車って俺のダチが言ってた!」って言っていた通り、1707編成は引退していることだろう。1000形1700番台の付番方式で行けば1799編成までは作れると思うので、いつかこの1701編成の後継も1000形1700番台に…はならないか。
なおこの半年後、
京急線内で最高の光線にて回収できた。エアポート急行(エア急)も新逗子もないのが見慣れなく違和感しかないが、しかしこれも新しい時代だと捉えればいいだろう。そうそう、この頃(令和6年10月)は時折血便が出て死ぬのかなと思ったけど、それから1か月以上経ってそれはもう快調に生きています。そんな話どうでもいいから記事に戻れや(笑)。

最後に通過列車を流そうと思ったんだけど爆死。これを以てこの日の撮影は終了(京成に限る)。実はこの後に総武線バルブもやっているのだけど、それはまた次回記事で書こうと思う。
撮影 令和6年4月5日
執筆 令和6年11月28日
