ひがなり雑記帳

自称青森県産千葉県人。京成とJR東日本が主食の撮り鉄・乗り鉄・呑み鉄のブログです。イコラブの推しも好きです。

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平成29年青森帰省と奥羽線撮影記。E751系特急つがるでの帰り道、701系、HB-E300系「リゾートあすなろ」、青森駅色々。スーパー白鳥が生きていた証。(友情出演:789系・785系)

昨日の記事の後編となります。昨日の記事をお読みいただいてからだと更にお楽しみいただけるかと思いますが、お読みいただかなくても楽しんでいただけるよう頑張ります。

 

青森近辺での撮影を終えて、なんかどっかの店で買い物をして青森駅へ。

 

青森駅に入りました。今はここも改装されているのだろうか。新しくなった青森駅にも是非行ってみたいし、昨日の記事で紹介させていただいた味の札幌大西さんで味噌カレー牛乳ラーメンをいただきたい。飯食ったばかりなのに書いてるだけで腹が減ってきた。

 

青い森鉄道線がJRの快速2連続で草。あすなろ廃止と転用は素直になんか悔しい。そこまで客がいなかったのだろうか。なんかなあ。つがる6号自体も時刻・号数共に現存しない。時の流れは残酷ですな。でもなんか青森駅も久しぶりに行きたいかも。新しくなった青森駅も見てみたい。

 

発車標の左半分。下の津軽線のうち蟹田行はこれからも見られるのだろうが、三厩行は見られないんだろう。思えば以前弘前新青森で乗ったキハないしGVも結局は蟹田以北の列車のためのものだったが、アレもなくなるのかなあ。奥羽本線のうち架線レスで復帰する区間に回せばちょうどいいかもだし。

また上のそれは間違いなく津軽海峡線の列車の案内だったことだろう。北海道新幹線新函館北斗まで開業している今、もうここに名門列車が表示されることも無いんだろうな。思えばかつて数々の名門特急の終着となっていた青森駅、今はE751系つがるしか来ないんだもんなあ。でも弘前新青森だけの混雑に鑑みたら6両でも良かった気はしなくもない。それ以外の区間は知らん。とはいえ、起死回生のスーパーつがるが6両なら…なんて、今になって書いても無駄か。

 

青森駅から青函連絡船の八甲田丸を望む。私も一人連絡船に乗り~。乗れる世代じゃねーだろお前(平成11年製)。推しの2つ下だからいいもん!あっはい。

八甲田丸自体も車内の展示物もとても貴重な遺産だと思う。最後に訪れてから、この記事がいつ公開されるかは知らないながらも、10年は経過しているかと思う。このいつ出すかも決めていない記事を出す前に、また訪問できていたら幸いだ。

 

これももうないのかね、改築で。でも特急つがるの名前が残っただけ嬉しいし、なんか1往復がスーパーになったのは草。スーパーつがるなんて大変な途中下車だけの話だと思っていたよ。※世代バレてますよ

 

普通弘前 N14.+?

まあ別にそれはいいので青森での撮影開始です。そうだ思い出した、駅に入ってから雪が降りだしたんだよな。弘前の雪を感じたいし、おじいちゃんおばあちゃんの代わりに雪かき雪下ろしをしたいし、701系はマジでかっこいい。

プレハブだなんだとdisるのもいるけれど、でも私がそっち側ではなくてよかった。かっこいいし、209系やE217系に比べれば座席もそこまで硬くないので案外疲れない(平成30年に大館→秋田で乗った感想)。ドカ雪状態で撮りたい電車。701系と言ったらこの秋田色しか勝たん。それ以外もかっこいいけどさ。

 

特急つがる5号青森行 A-102

お目当てが入線してきました。E751系は元々スーパーはつかりでデビューしたとはいえ、私にとっては永遠のつがる号。そのつがるが弘前~八戸のつがるってのはさておき。それを語っているとマジで記事が終わらなくなる。だったら撮りに行けばいいんだけどさ。

E751系撮りたい。撮りたいし、「E751系の」ひたちチャイムを聞きたい。651系でもE653系でもE657系でもダメなんだ、いやその3車種は好きだしその3車種のひたちチャイムも好きだけど、でもE751系だからこそってのがある。要はあれだ。みんな違ってみんないいんd(お時間です)

 

今思えば八戸での乗換えも楽しくて、八戸で751を見るとこの電車に乗って降りたら弘前の改札の向こうででおじいちゃんおばあちゃんが待ってくれていて、その笑顔はとても嬉しそうで。そんな絶対に忘れられない思い出も重ねて、E751系は私の人生に欠かせない電車だと思う。

会いたいを繋げるってとても素敵だと思う。それを支える皆さんはもっと素敵。

 

方向幕。この記事が世に出る時はつがるさえ全席指定になっていそう(なるわけ)なのはさておき、弘前〜八戸つがるの自由席は2号車と3号車だったので、これもこれでなんか新鮮。洗車してあげたいのはさておき、後にリリースされたE257系は列車名に鍵括弧を付けていないので、これもE751系アイデンティティか。久しぶりに乗りたいな。

 

E751系ではAの字のフォントが独特なのが特徴。懐かしい。青森行つがる号というと夜のつがる23号、27号、29号を連想してしまう(八戸で東京からのはやて23号、27号、29号とそれぞれ接続)が、その3本全てがE751系ではなかった可能性が高い。まあいいじゃんそういうの。

なお号数はググって出てきた時刻表ベース、かつ平成14年の八戸開業時点のもの。新青森開業の少し前は号数が違った可能性が極めて高い。

その頃の特急つがる号は485系3000代所定の運用もあったほか、E751系の運用においても一部運用は485系で代走できるように東北本線内の最高速度を120km/hに抑えた余裕のあるダイヤが組まれていた。私が最後に八戸まで乗った特急つがる16号もその1本で、最後に乗った八戸行の特急つがる号は初めての485系3000代となった。真夏だったが、私が乗った5号車の指定席だけエアコンがぶっ壊れていたのも今となってはいい思い出だ。払い戻しはなかったけど、あの場合ってもともとないんだっけ。まあいっか。

 

画像はイメージ(というかスーパー白鳥じゃねえか)

なお789系0代がスーパー白鳥として八戸まで乗り入れていた際には1本だけ青森始発のつがる号の運用があり、その際はJR東日本の4打点チャイムが流れるのにJR北海道の自動放送担当で名高い大橋俊夫さんが自動放送を担当されていたほか、つがるの方向幕もしっかり掲示していた。英語放送はジーンウィルソンさんのご担当。俗にいう間合い運用で、要はアルバイトみたいなものだ。僕、アルバイトォォォ!俺は乗ったことないんだけどね。なおJR北海道の列車として運転される際のように終着に着く前にチャイムが変わる(例:鉄道唱歌やアルプスの牧場等)ということはなく、あくまでもJR東日本の列車として運転されるためか、自動放送では終始4打点チャイムだった。

スーパー白鳥号は新青森発着時代も含めて時折8両に増結していたこともあり(白鳥より人気だったとの説をどこかで聞いたが、白鳥の485系も増結は行われていた)、その関係でつがる号としては珍しい8両編成で運転されることもあった。また、785系300代NE-303編成が平成22年12月4日の改正前に充当されたこともある。

 

青森で着折となる運用だったので、車内清掃を実施。清掃員の皆さん、いつも快適で清潔な車内空間をありがとうございます。中国人やクルド人が乗った後はいつもに増して汚いかと思います。ご苦労お察しいたします。

 

つがるは車内清掃中なので、他の電車でも撮っておきましょう。まあ次の電車ってハイブリッドなので、電車ではないんだろうけど。ガソリン車信者だけど、しかし足車としてHVを買ったら少しは出費が減るのだろうか。大して変わらない気はする。

で、青森駅停車中の「快速リゾートあすなろ 八戸行」。なんか久しぶりに生でひたちチャイムを聞きたくなったのでひたちでも乗ってこようかという話はさておき、あすなろが強奪されてしまったのが残念。

 

青い森線ホーム、もとい東北本線ホームから撮影。モーリーが可愛い。まだスーパー白鳥の乗車位置目標が残っているのがエモい。今はどうだろうか。久しく青森駅も訪問していないからなあ。なお令和7年春にNetflixで公開された映画「新幹線大爆破」においては青い森鉄道に極めて類似した鉄道も登場する。面白いので是非皆さんもご覧になってみてはいかがでしょうか。

 

HB-E300系のうち、東北新幹線開業と同時に2編成配置されたのがあすなろ。結局盛岡にパクられて現存しないのは残念だけど、でも車内は普通に快適。向こうでも頑張ってほしいが、しかし青森の魅力をもっともっと発掘してほしかったと思ってしまう。

 

リゾートハイブリッド。確かに彼らが登場した平成22年当時では画期的な車両だった。いや今もそうなんだけどさ。盛岡に強奪された後も青森・弘前に来てくれることを切に願っている。

 

実はカメラを構えてから前照灯が点いたんです。嘘みたいだけどマジです。青森は心の温かい人が多い(例外多数)。この時の運転士さん、本当にありがとうございます。まあたまたまかもしれないけどね。気持ち悪い警察マニア(笑)みたいな勘違いはしねーですよあてくしも。

 

これはE751系が函館行特急に充当された世界線、というよりは、当時も消されたようで残っていた「スーパー白鳥」が生きていた証。スーパー白鳥が青森で進行方向を転換する合間の8分程度の停車時間でタバコを吸いたい人生だった。

 

さて、つがる6号の車内整備も終わったようだ。弘前までの短い時間だけど、E751系強火ヲタクなので乗っていかない訳がない。当たり前だよなあ?うーん、おれも何回も(751に)乗ったんだからさ。

乗車したのはA-102編成のモハE750-102。3号車自由席だった。なお乗務されていた車掌さんがかなりお若いように見える方だったのだけど、17年生きてきた中で一番丁寧な車内改札で感動した。

当時は知る由もないが、今思うとJR北海道JR東海みを感じる。弘前運輸区の車掌さん、その節はありがとうございました。大学生になって接客のバイトをするようになってからも(小売業なので接客業ではないが)時折思い出して勉強させていただいた。

 

 

発車前に記念撮影(いとこ撮影)。この特急札は当時青森駅売店で普通に売っていたもので、当たり前だけど盗品ではないのでご安心を。かつてE217系Y-41編成の方向幕を盗んだクズはお亡くなりになったと聞いています。ご冥福をお祈りいたします。E217系の部品を盗んだらE217系より先に死んじゃったんだね。ウケる(笑)

 

方向幕もしっかり秋田行になりました。弘前~八戸を運行していた時代に戻って電車を撮りたい。でも今の4両でのつがるも撮れる時に撮っておきたい。弘前に帰りたい。

 

Aの字がかっこいい。そうだ、せっかくだからやはり岩木山バックで撮りたいよね。かつて弘前~八戸を結んでいた時のつがるは基本的に指定席の4・5号車に乗ることが多かったのだけど、その2両は現行つがるへの転用に際して編成から外れ、平成27年11月末に廃車になってしまったのが寂しい。今の中間モハユニットは当時も2・3号車(自由席)だったけど、方向転換で入れ替わっている。E751系のKY入出場、撮りたかったなあ。

 

スーパー白鳥もちゃんと撮りたかったね(なおこちらは新青森発着時代のもの)

それはそうと、八戸発着の特急は6両が基本(白鳥・スーパー白鳥は繁忙期に8両で運転)で運転されていたが、記憶が正しければ各列車の自由席は2号車と3号車だったはず。少なくとも特急つがるはそう。そもそも現代のJR東日本の特急で自由席があるのが珍しいというのはさておき、どうしてその号車にしていたのだろうか。そんなこと考察して何になるんだと言われたらそこまでではあるんだけどさ。

一応E751系の車掌室は当時の3号車、4両化と方向転換後の現2号車に連結されているのでその関係だろうか。

 

列車は途中新青森に停車し、定刻で弘前に到着。もう何年も乗っていないE751系、この記事を公開する予定の令和7年内にどこかで乗れたらいいなと思う。E751系の車内でガバガバ酒を飲みながら記事を書きたいというのもある。もっとも、コンセントがない以上は秋田から弘前だと結構きつそうだけど。

弘前に無事到着。雪が降る中で乗るE751系もよかったなあ。この翌日には千葉に帰ったが、思えば5日間もゆっくりと弘前に帰れたのはこの時が最後だった。社会人となった今、流石に5連休の錬成は難しい(その気になればイける)のでアレだけど、しかしいつかまたこうして弘前にゆっくりと帰省できる日が来るように願っている。あといい加減に向こうの電車を撮りたい。

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