ひがなり雑記帳

自称青森県産千葉県人。京成とJR東日本が主食の撮り鉄・乗り鉄・呑み鉄のブログです。イコラブの推しも好きです。

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令和7年弘前帰省・仙台遠征の思い出<後半>。大館の東急5000系青ガエル、観光、弘南鉄道弘南線7000系、E751系つがると臨時特急と美しい岩木山、E5系U50編成はやぶさ、E657系仙台ひたち、701系とE721系、東北本線・仙石東北ラインHB-E210系と仙石線205系、EH500貨物、E2系J75編成やまびこ218号グリーン車。

皆さんこんにちは。昨日お届けした令和7年春の弘前帰省および仙台遠征の思い出の後半編です。長ったらしいタイトルに出てくる電車は一通り出てきます。気が向いたら昨日の記事も併せてお読みいただけましたら幸いです。本日もよろしくお願いいたします。

なお、今年6月に公開した記事と重複する部分に関してはだいぶ端折って書いております。関連記事は各ブログ内タグ・記事末尾の関連記事等からお乗り換えいただけますので、併せてよろしくお願いいたします。

 

3日目 4月21日月曜日 弘前~大館・そして仙台へ

寂しいが弘前滞在はこの日が最終日。レンタカーでも借りて適当に徘徊しようかと思っていたところ、叔父がわざわざ休みを取って案内してくれるとのこと。申し訳ない気持ちになりつつも、お言葉に甘えて案内してもらうことにした。国道7号を南下し、まずは大館へ。

同駅は大学1年生の頃に秋田までE751系グリーン車を堪能しようとしたら秋田県内の輸送障害で運転打切り、ここから秋田まで後続の701系ローカルに乗ることになった思い出の駅でもある。というか花輪線の運転本数ってそんなに少ないのか…。フル区間で乗ると3時間程度かかるそうだが、キハをじっくり味わうにはちょうどよさそう。大学生の時に乗り通しておくべきだった。

 

大館は秋田犬のふるさとでもある。そのため想空(そら)ちゃんが観光駅長に任命されているとのこと。次回訪問時にはお目にかかることができたら幸いだ。

 

大館駅から歩いて1分の「秋田犬の里」にはかつて渋谷駅前にいた東急のデハ5001が保存されている。令和2年に移設されているので、今更だが大館の地で再会できたのがとても新鮮だ。

 

同車が大館に来たのはやはりハチ公のご縁もその一因だろう。直接的な原因は渋谷駅の再開発だろうけど。もう何年も渋谷は訪れていないし訪れる用もないし、今となってはゴミめいたインバウンドや移民で臭そうなので行く予定もないが、あの駅が工事していない日には雨か槍でも降るのではないかという偏見は持っているので、さもありなんといった感じ。東京・上野・新宿の各駅で迷うことはないが、池袋と渋谷だけはマジで無理。

 

秋田犬の里では秋田犬の展示等もあるが、たまたま彼らがシフトに入っていなかったので、代わりに記念のソフトクリームをいただいた。枝豆とバニラのミックスで美味しくいただきました。

 

大館からの帰り道、国道7号と並走する奥羽本線碇ヶ関駅も訪問。時折見かける行先で特急つがる号、またかつての寝台特急あけぼの号の停車駅でもあるが、外観はいたってシンプルな感じ。こういう駅舎、エモくてなかなか好きだなあと思う。

 

昼食後、今度は城下町たる弘前市の城下町エリアのうち長勝寺というお寺を訪問。

門はこんな感じ。元々は鰺ヶ沢に開かれたお寺で、現在の場所に移転してきたのは江戸時代である慶長15(1610)年のことである。

 

弘前市の指定有形文化財であるほか、国の重要文化財に指定されているものもある。この年の冬は記録的な大雪だったようで、まだ残雪が残っていた。この時期に津軽平野で残雪というのはなかなか珍しい気もするが、それだけの量の雪が降ったのだろう。弘前にも住みたいが、それでも雪国育ちではない(生まれただけ)の私でも雪の怖さを改めて実感した。

 

藤崎町の唐糸御前公園で撮った桜の花と岩木山鎌倉時代北条時頼が愛した女性である唐糸御前の伝説を伝える史跡公園。唐糸御前は時頼に愛されたあまり周囲の妬みを買い、生まれ故郷の津軽に戻ってきたはいいものの、悲しい最期を遂げてしまったという伝説に基づく。

 

藤崎町の生い立ちについても案内看板があった。恥ずかしながらこの伝説については知らなかったものの、日本史が好きな私には刺さるものがある。もっと早く知りたかった←お前の勉強不足だよ

同町は弘前市と隣接するが、7号を走っていて幼少期から何度も通ってきたものだった。青森空港から祖父の車やバスにジャンボタクシー等で弘前を目指していて藤崎に入るとそろそろだな~なんて思ったものだった。

 

桜の花ドアップ仕様。既に千葉県の桜は散っていたが、今回は本当にドンピシャの時期で訪れることができてよかった。ちょっと葉桜っぽいのもまたいいものだと思う。

 

唐糸御前の像。津軽と鎌倉にこのような繋がりがあったとは。高校3年生の頃、受験勉強という建前で日本史に没頭して絶対受験に出ないようなことまで調べていたようなオタクの私(主に飛鳥時代近現代史ですね)にはブッ刺さる新事実。いや史実だから新事実ではないと思うが。文学部に進学してこういうのを研究する人生の方が楽しかったんだろうなあとゴミめいた出身大学での授業を思い出すたびに思う。

 

伝説についての看板。歴史の出来事かつ伝説なのでどこまでが史実かは不明だが、それでもロマンがあっていいなあと思う。私が歴史を好きな理由は多々あるが、その1つはこういうところかもしれない。それでも、愛する人がこのような理由で命を落としたらそれほど悲しいこともないが。

 

桜の花、再び。叔父と私の到着後に続々とわナンバーと観光客が増えていた。

 

一旦叔父・叔母の家に戻り、運転の予定がない私と仕事を早く切り上げてくれた叔母は飲酒。運転を担当してくれる叔父も勧めてくれたので、申し訳ないと思いつつここでもお言葉にry

時間があるからということで弘南線田舎館駅を訪問。こんなナウくて一時的に車も停められそうなスペースもあってなかなかいいなあと思う。待合室には地元出身のデザイナーであるGOMAさん手描きのイラストがあって可愛かった。

 

黒石行 7155編成

ちょうど踏切が鳴ったので黒石行の7155編成を撮影。同じ弘南鉄道、同じ元東急車でも先頭車改造の有無で見た目も異なるほか、搭載機器等も異なるのが特徴。搭載機器のメーカーが異なるのは保守面でのメリットが大きいらしく、そのため残念ながら大鰐線車両が弘南線に転属する可能性は低い。

 

季節限定の田んぼアート駅。比較的最近開業した駅で、冬季は原則全列車通過、それ以外も朝晩の列車は通過するという珍しい駅である。同駅は田舎館駅同様に南津軽郡の田舎館村に存在し、周辺施設としては田んぼアート、道の駅いなかだて:弥生の里、ウインズ津軽(場外馬券投票所)等が挙げられる。

 

そんなこんなで楽しい弘前帰省も終わりの時が近づいて来た。荷物を置いていた祖父母宅で荷物回収後に祖父母に厚く礼を伝え、叔父叔母が弘前駅まで送ってくれた。同駅からは特急つがる43号(2043M)で新青森を目指すが、時期が時期なので大混雑。こんな時に平成27年に廃車となった中間車2両が生きていたらと思いつつ、繁忙期だけのために維持するのも…というのもその通りだろうから、何が正解かはわからない。

 

弘前のコンコースではあきおとつがにゃんも見送ってくれた。また会う日を楽しみに。グッズ売ってたらいいのになあ。弘前駅の待合室にあった売店もいつの間にかなくなっちゃったし…。あそこで萩原乳業さんの牛乳を買うのがいつもの定番だった。

 

2043Mは指定席が満席。そもそも奥羽本線弘前以北といえどそこまで本数が多くないのでまあ仕方ないか。叔父と叔母に厚く礼を伝えて乗車し、名残惜しい気持ちで新青森を目指す。E751系は好きだが、八戸行だろうと青森行だろうと、弘前を離れる際はどうしても寂しい気持ちで乗らざるを得ない。

 

寂しさを紛らわせるために飲んでいこう。まさか八戸発着の特急つがるに心を躍らせていた20年ぐらい前の純粋無垢な私が今ではE751系を酒場にしているというのだから、向こうもびっくりだろう。

なお基本的に乗継割引適用(正しくは値引きだが)で指定席を利用していたが、八戸発着のつがる号の指定席は1号車と4~6号車、クハ・クロハを利用した記憶はないので必然的に4号車・5号車を利用していたということになる。しかし10年前に廃車となったモハユニットがまさにそれであるため、彼らは私の酒場にならなかったのだけは幸運だったのかもしれない。知らんけど。

 

まだ明るいうちに出るのでカーテンコールの途中で帰るような寂しさがあるが、岩木山の方向に夕日が沈んでいくのがエモかった。トナラー回避で逆側を指定してその努力も無駄になったのでデッキから撮影。あの美しい山を毎日拝める津軽の人が羨ましい。

 

ノーマルのつがる号なので浪岡に停車後、次は新青森に停まる。あの表示も同世代のE257系各代等と似ていて若干異なるのがまた沼だなあと思う。

 

鶴ケ坂だと思われる駅を通過。同駅は私が小学校4年生だった平成21年冬だっけ?もう少し前だっけ?の冬にポイント故障を起こし、私が当時八戸から乗っていたつがる13号が青森でウヤった原因を作った駅でもある。今となっては懐かしい。結局青森から代行バスとなったが、払戻しあったっけ?

 

大釈迦を目指して上っていく(列車方向は下り列車だが)。こちらも4月末だというのにまだ雪が残っていた。そういえば7号沿いには叔父曰く雪で倒壊したという建物も散見されたり、特急つがる号自体も冬は弘前以南がウヤったりしていたっけか。結局は千葉県に育った私は雪が降ると心の中の小学生モードがログインするが、雪の怖さも改めて実感した。

 

E751系普通席のモケットカバー。これを見ると大切な生まれ故郷に帰るんだと今になってもテンションが上がる。次回帰省においては乗る機会がなさそうだが、どうかE751系が末永く活躍してくれることを願っている。久しぶりに長距離で乗りたいね。

 

まもなく新青森に到着。言わずもがな東北新幹線との乗換駅である同駅で降りる客は多いが、意外だったのは青森まで乗り通す客も一定数いたこと。青森で一泊ということなのだろうか。青森市に限った話ではないが、青森県は美味しいラーメン、いやラーメンに限らず美味しいグルメが多々あるので、観光客の皆さんも楽しんでいってくださるのであればそれ以上のことはない。インバウンドは邪魔でしかないけど。

 

という訳で、E751系とはここでお別れ。弘前新青森・青森の短時間しか乗れなくなって久しいが、一番好きな車両でもあるので乗れるだけでも嬉しい。一部からは心無い意見、特に数字稼ぎのくだらないYoutuberからは辛辣な書き方でミスリードを誘うような書き方をされることもある同形式だが、これからも末永く北東北の特急として活躍してくれることを願っている。

 

新青森の駅のドアにはこのような写真があった。

 

私が乗っていくのはU50編成が充当されるはやぶさ40号(3040B)、7号車ということで平日限定のTRAIN DESK車両。東海道新幹線のように仕切りのあるPシートのようなものはなく、そもそも土休日等はTRAIN DESKとしての運用がないものの、比較的空いているのでありがたい。前編でも述べた通り、1人で乗る時に限って全席にコンセントがあるのはなんかな~と思いつつ、隣が来なければコンセントが2つあるという解釈もできるので、まあ多少はね?

 

新青森を発車。3040Bはこの先盛岡までは各駅に停まるが、恐らく同区間の通勤需要を拾うことも兼ねているのだろう。車内からは祖父母宅に電話し、無事に新幹線に乗った旨を報告。あとは現像と飲酒に勤しんだ。

 

仙台で下車。仙台?!仙台です。タバコを吸うために一旦降りた…訳ないでしょ、というかそのボケは前にも使ったでしょうが。4連休を取ることができたので、仙台に1泊して最終日はずっと撮りたかった仙石東北ラインのHB-E210系を中心に撮っていくことにした。

 

ホテルまでの道中で交番の前を通ったが、右のソリオはわかるんだけど左のプリウスのパトカーというのがなかなか珍しいなと思った。30系後期のPHVかな?同モデルだとAKB48恋するフォーチュンクッキーの替え歌である恋する充電プリウスが爆音で脳内に流れる。でも交番で充電してるのか?これ。

 

21M 特急ひたち21号仙台行 K12

ここからの撮影も既に記事にしているので端折って書くが、こちらは品川からの特急ひたち21号。たまたまE653系のコスプレをしているK12編成が充当されていた。あれ?連結器カバーなくね?まあいいか。復興という概念がなくなるまで震災は終わっていないと考えているが、仙台ひたちが復興の一助となり、いつかシンボルとなればいいなとは思う。

 

2563D 普通小牛田 C-7+?

早速お目当て撮ってて草。どこぞのキョロ充に言わせれば「何勝手に仙石線撮ってんだ!」なんだろうな。もう縁切って久しいからどうでもいいけど。仙石東北ライン用に製造されたHB-E210系だが、こうして東北本線の運用も存在している。というのをこの列車を撮るまで知らなかったので棚から牡丹餅だった。

 

←272M 常磐線原ノ町行 F2-20+? / 4855M 仙山線山形行 P-22

まさに仙台地区の在来線って感じの並び。701系の後継も気になるが、秋田の701系で延命の話が出ている以上は仙台の同系の心配はまだまだ早いか。右のE721系は0代で、特徴は赤い帯。後述の1000代は赤ではなくピンクの帯になっている。

 

1891M 仙山線愛子行 P4-1

こちらが1000代。どうでもいいけど愛子って読むの難しいよね。私もこの後にホテルに戻ってツイキャスをした時に、頭では「あやし」ってわかってるのに「まなこ」って読み間違える凡ミスをやらかした。誰だよまなこって。

 

 

最終日 4月22日火曜日 宮城県→千葉県へ

おはようございます。起きました。腹減ったのでとりあえず朝飯を食べましょう。あと昨日飲み残したチューハイも一気に腹の中へ回収。

お世話になっていたのは東横インさん。こういうのでいいという言葉が似合う美味しい朝食バイキングがある上にコロナ禍以降は部屋でいただくこともできるのがいい。お代わりがアレなので、その分多めによそう訳だけど、結局食べきるからなあ。喫煙室もある上に朝食が無料なのでいつも東横インを指定してしまうのは正直ある。

 

とりあえずホテルをチェックアウトし、コインロッカーに荷物を突放して適当に動き始める。

3054レ 青森→隅田川 EH500-21ほか

お手軽撮影地の長町に来たら光線がダメだったらしい。ぴえん。3054レは青森発隅田川行でEH500の運用。在来線経由かつ東海道本線スーパーレールカーゴのような特別扱いという訳でもないので、所要時間はすげえことになってそう。

 

3054レ 青森→隅田川 EH500-1ほか ※令和6年撮影

余談だが、同列車は別の日に赤羽で撮ったこともあった。赤羽と言えばハシゴ酒というのはさておいて、確か夕方ぐらいの通過だったと記憶している。

 

試運転 P4-4

そんなこんなで長町の喫茶店で作戦を練り直し(なお5年半ぶりに訪れたら禁煙になっいた模様。未成年でタバコを吸う前は喫煙席があったのに)、仙台に戻ってきた。KY出場ではないと思われる謎の試運転がいた。調べたら結構目撃されているようだが、生憎内部情報を教えてくれる「俺のダチ」はいないので詳細は不明。

 

回送(当駅始発快速石巻) C-5+C-8

仙石線を使うよりも仙石東北ラインの直通を使った方が早くて楽とのことで、思いがけずHB-E210系初乗車も達成。行ってみたかった撮影地を目指していくこととする。乗ってみた感想としては、出だしは電車みたいに静かなのにエンジンはかかるので、まさに広義でのハイブリッド車なんだなあと思った。

 

体内アルコール消毒。高校に入る少し前に見てかっこいい!乗ってみたい!撮ってみたい!と思っていたHB-E210系にいざ初めて乗ったらこれだよ。でもドリンクホルダーがあるのは本当にありがたいこと。

 

車窓から見た桜の花。仙石線区間に入ってから特に先の震災による津波の被害が大きかったと思われるエリア内においてはかさ上げされたであろう線路より内陸部にばかり、それも新しく見える住宅が立ち並んでいて海側はそうではなかった。百聞は一見に如かずとはまさにこのことで、いくら酒を飲んでいようとも一人の日本人として考えさせられるものがあった。

 

で、いざ目星をつけていた撮影地に来たら予想外の光線でダメみたいだった。駅からすぐでよかったんだけどなぁ。

1422S 普通あおば通 M2

副次的なメリットとしてJR東日本では少数派となった205系も記録したかったのだけど、せっかくのマンガッタンライナーもこのザマ。えーんえんえん。

 

5572D 仙石東北ライン経由快速仙台 C-5+C-8

という訳で作戦変更、仙石線高城町あおば通205系天国だが、そちらの方が本数が多い上に205系も先が長い訳ではないので、そちらを撮っていくことにした。といっても仙石東北ラインは目的としていた駅にはいかないが、途中の東北本線の駅から歩いて移動ができるので、だったら復路も乗っていこうという魂胆。

 

1642S 普通あおば通 M3

という訳で仙石線撮影に特化して晴れを活かそうとしたら曇るというね。もうめちゃくちゃだよ。2wayシート採用のM3編成。乗り鉄目線でも面白い車両であることは言わずもがな、撮り鉄目線でもこの通りカラフルなので撮れると嬉しい存在。後継のE131系800代は全車オールロングシートになるとのことで、それは混雑に鑑みたら極めて真っ当だと思うけど、撮り鉄目線ではどうしても少々物足りないかもしれない。

 

1632S 普通あおば通 M16

よくいる方の塗装の205系3100代もね。こちらはM16編成、先の震災では幸運にも津波の被害を免れて今に至る編成。後継のE131系が引退するまで、いやそれから先も、そのような伝説が残るような災害が生じないことを願っている。仙石線撮影に関しても既に数回に渡り記事にしているので、記事上部の仙石線タグから関連記事もお読みいただければ幸いだ。

 

そんなこんなで仙台駅に戻り、私も千葉県に帰る時間が来た。コインロッカーに預けていた荷物を回収し、新幹線ホームへ。相席の可能性が高い新青森新函館北斗からのはやぶさ号・秋田からのこまち号に正規運賃で殴り込みをかけるほど馬鹿ではないので、仙台始発のやまびこ号を選択。なお、帰り道に関してはE2系TOを目指す私が既に詳細な記事を書いているため、これまで以上に簡略化して書いていく。

218B やまびこ218号東京行 J75

所定はU単=E5系の運用だが、このように日によってはJ単=E2系で運転される1本がこの218B。来年の改正以降にどうなるかは不明だけど、常々書いている通りE10系の置換え対象としてE2系も名指しされている以上、あと少しは安泰のはず。

 

今回はえきねっとトクだ値を利用して指定席正規運賃より安くグリーン車を指定。E2系グリーン車自体はJ66編成で平成27年夏に乗ったことがあったが、同じ1000代でも前期車と後期車では色々と異なる。それもそうだけど、やはり普通車指定席より安くグリーン席に乗ることができるのは大きい。時間はかかるが、通過待ちで一服するもよし、寝るもよし、酒盛りをしたり作業や読書に勤しんだりするもよし。

 

車内では仙台駅で購入した牛タン弁当をいただいた。小学生の頃からの夢、E2系車内で牛タン弁当を食べるという夢が叶った瞬間だった。だいぶ安い夢だけど。

令和4年に学生だった私の家にタダで居候した雑巾のしぼり汁みたいな奴に「そんなんじゃなくて国分町で食べなよwちょっとは金出すよw」なんて言われたこともあったが、そういう話ではないということをわかっていない白痴というのがバレバレである。あのゴミと旅行なんてしたら血圧が上がったまま死にそうだ。

 

ダイヤがダイヤなのでE2系同士の離合を撮ることもできていた。6編成のみが営業運転に供される今でもこのような光景を見ることはできるし、そうでなくとも残された時間を大切にしていきたいと思う。

 

221B やまびこ221号仙台行 J75

東京到着後、折返し221Bとして仙台に戻っていく。このまま仙台までまだE2系に乗っていたかったが、翌日の仕事もあるので流石にそれは無理。あと金銭的にも。

 

上野から乗ったのは3448編成でした(笑)

という訳で帰省・遠征は終了。東北を久しぶりにゆったりと味わうことができて、いいリフレッシュになったと思う。帰りは京成を利用したが、千葉線では飲み過ぎてグロッキーの私を車掌さんが気遣ってくださり申し訳ない気持ちになる場面もあった。あれ以来、本当に酒の飲み方には気を付けることとしている。

結局2分割する形となってしまったが、そんなこんなで4月の弘前帰省の番外編は終了。ただでさえ過去画が渋滞している当ブログでそれを増長されるような形とはなるが、やはり大切なふるさとのネタは記事にせずにいられない。また弘前に帰ることができる日を、仙台のみならず東北各地をもっと堪能できる日を心から楽しみにして、当記事を終わろうと思う。

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