皆さんこんにちは。高校生時代の過去画も高2後半戦の写真を公開しようとしているこのタイミングで恐縮ですが、高1と中2の時の写真をぶち込んでやるぜ!ということで、私が語感の良さを理由に八戸特急三英傑と呼んでいるE751系つがる・789系スーパー白鳥・485系3000代白鳥および一部つがるについて、今更ながら記事にしていきたいと思います。って書いたけど既に八戸ではなく青森・新青森発着だったんですけどね、この頃は。あとええケツではないです。下ネタでもないです。
何はともあれ八戸や新青森で新幹線と接続していた花形特急の記録を後世に遺すのも悪い話ではないでしょうし、メタいことを言えばさっさと高校生時代の過去画を全て放出したいというのもあるので、今の114,514倍ひどい写真とはなりますが是非お楽しみいただけたら幸いです。

まずは平成25年撮影のスーパー白鳥30号。8両だったら申し訳ない。弘前生まれの私が冬の帰省に際して撮っていたものだが、新青森までスーパー白鳥が来ていたのが本当に懐かしい。それを言ったら八戸まで来ていた時の写真もあれば無双できたとは思うんだけど、新青森開業は私が小学校5年生の時のことだったので流石にサーセン。この時の他の写真ってないものだろうか。
4月の記事がまんまそれでした。今更直すのも面倒だからまあいいか。
次。平成27年8月、今から10年前になるが高1だった時の写真。またまた弘前に帰省していた時の写真。高校生の時ですら小学校の頃みたいにぽんぽん気軽に帰れないな~なんて思っていたのに大人になるとそれが尚更なのが何ともアレ。

たぶんだけどつがる3号と思われる写真。E751系のA-102編成、個人的にはよく遭遇する編成。この頃は定期だけで5往復の特急つがる号が設定されていたが、うち1往復は寝台特急あけぼのが廃止された穴埋め*1だったと記憶している。日本海の代替だったらサーセン。この2003Mはそれとは違うけど。

数日後、今度は青森駅で撮影した789系0代。このロゴが好きだった。スーパー白鳥時代は一度だけ青森から八戸で乗ったことがあったのが懐かしい。なお、号数および行先については間違っている可能性も大いにあることをご了承願う。ごめんなさい。多分当時の号数とは合っているはずなんだけど。
※新青森開業時と海峡線廃止時では海峡線特急の号数が異なるが、これは新青森で接続する新幹線の号数と同じ番号にしていたため。はやて→はやぶさ格上げで号数が変更となっている。例えば、東京から乗車した「はやぶさ」が1号の場合、新青森で接続するスーパー白鳥は「1号」となる。これは八戸時代から同様で、八戸で「はやて」の接続を受ける特急は全て同じ号数となっていた。そのため、例えば「つがる13号」の次の特急は「白鳥15号」、その次は「スーパー白鳥17号」ということもあった。

この当時は既に大館発着の臨時つがる号が廃止されていたはず(あれ好きだったのにな)だった上に時刻に鑑みても定期列車と思われるつがる号には485系3000代A8編成が充当されていた。代走だったのかははっきりと覚えていないが、多分代走だったんじゃないかと思われる。485系もそこまでの余裕はなかったはずだからね。ということはこの頃ってE751系4両3本と485系4両1本で3運用だったということだろうか。
485系3000代はリニューアルしているものの経年車であることは変わらないので仕方がないとはいえ、北海道新幹線開業・海峡線特急廃止の際に485系3000代も運用終了となってしまったのが残念。じゃあ令和7年の今も残っていると思うか?と言われたらそうも行かないとは思うが、それでもなんかこうね。

この時の写真の大半を復元できていないのが残念極まりない。でてきたら改めて記事にしたいと思う。
ちなみにこのA8編成だが、青函トンネル区間で必要となるATC(ATC-L)を非搭載の編成だったので、実は特急白鳥に充当することは不可能だった。なぜそうしたのかは不明だが、元々はつかり・つがるの全てをE751系で賄える訳でもなかったからではないかと勝手に思っている。内部情報を教えてくれる「俺のダチ」はいないので実際のところは知らないけども。

時刻のデータがないので号数・行先が違ったらごめんなさい。多分4005Mと思われる写真。なんか懐かしい写真だ。まあこのブログを始めるより前の撮影だしね。こうして今になって青函連絡特急で記事を書くこと自体は楽しい反面、二度とできないと思うとやはり残念。ドラえも~ん!タイムマシンがほしいよ~!

恐らくは臨時の白鳥だと思われるが、編成はわからない。サーセン。後述の定期白鳥がA5編成らしいのでそれ以外で当時白鳥に充当可能だった編成と思われる(でしょうね)。もっともっと撮りたかった。そして画像にもある通り所謂表示負け=英字表記もあるので、485系3000代の記事でも英文が混じる例のアレをやりたかった。
あとはやっぱり789系スーパー白鳥・485系3000代白鳥の車内で酒を飲みたかった。まあ八戸どころか新青森発着ですら対函館で2時間程度の所要時間がある以上、下手に飲んだら大変なことになりそうだけど。

こちらは東北新幹線新青森開業前の平成22年に789系増結用として改造された785系300代NE-303編成。あれ?この編成の編成写真って何かの時に撮らなかったっけ。実家に帰ればそのデータもありそうなので、気が向いたら発掘しようと思う。実は新青森開業前にも青函トンネルを超えて青森県に来たことがあり、その関係で当時789系が担当していた定期のつがる6号(青森始発)に充当されたこともあるという。

こちらは1時間後のもので、定期の白鳥22号。この日は青函連絡船の八甲田丸の訪問もしていたのだけど、画像を復元できていないのでごめんなさい。なんならこの時は新青森までの1駅とはいえHB-E300系リゾートあすなろにも乗ったというのに。あーあ。白鳥という列車名もそうだし485系3000代自体も懐かしい。エアコンが壊れた話は多分前にもどこかでしているので今回は割愛しよう。

目撃からA5編成と特定したはいいものの、廃車回送はなんか宇都宮まで追っかけたわりに微妙なオチで終わってしまった。なぜ郡山での解体となったのかは不明だが、どうせなら長野に持ってきてくれればなあと思わないこともない。もっとも、今回の大半の写真を撮った高校生の時は大学生になった私が長野配給ネタにハマるなんて思っても見なかった訳だけど。

こちらは函館からのスーパー白鳥24号で、青森方8両は付属編成のHE-301編成。789系0代のうち基本編成は札幌~旭川の特急ライラックに再就職できたのに付属編成は結局廃車となってしまったのが残念極まりない。NE-303編成(785系300代)はまだしも、HE-301とHE-302で何とかできなかったのかな~なんて思うのは私が素人だからだろう。何ならこのHE-301編成はもう解体されているらしいし。
車両と直接の関係はないが、東北新幹線新青森開業以降、青森~新青森の間に限り特急の自由席に普通乗車券のみで乗車を認める特例が存在している。そのためその気になればこの時に1駅乗ってもよかった訳だが、既に後の祭りだ。
そこから先述の通りリゾートあすなろ(あの1駅に指定券を買ったアホです)で新青森へ。帰りのローカルを待つ間に先ほどの789系をもう一度撮っていたらしい。ご存じの方も多いかと思うが、新青森発着のスーパー白鳥・白鳥は線路容量の関係で到着後に津軽新城へ回送、津軽新城で車内整備を行って折返し新青森まで回送、新青森から客扱いを行っていた。

先ほど青森で撮った789系が入線してきた。既にスーパー白鳥表示になっているのがありがたい。この次の帰省は翌年・平成28年1月1日。ちょうど青函トンネルでの地上設備確認と被っていた(そのためH5系も新青森に来ていた)のでスーパー白鳥・白鳥は運休。青森に取り残された789系・785系が臨時普通列車に充当されていた。それ故に実は私が最後に見たスーパー白鳥はこれということになるらしい。
もっとも基本編成6両6編成は現在ライラックとして活躍しているほか、私も札幌にお邪魔した際には毎回のように撮っている訳ではあるが、物心がついた頃から八戸特急三英傑の1つだったスーパー白鳥がいなくなったのもそんなに前なんだと思うと、私も年を取る訳だと思ってしまう。

ここからはスーパー701系タイム。恐らくはこの時の帰省で撮っていたのではないかということでひっでえ写真だけど記事にしておこうと思う。こちらは701系0代N5編成、令和7年に引退したE217系より下手すりゃ古いのではないかと思われる形式だが、まだまだ現役で頑張ってくれるらしい。ファイト。

弘前行のN5編成、これに乗って弘前に帰ったのだろうか。元データに日付時刻が残っていないとこういう時に困る。なおN5編成だが翌年に津軽線内で踏切事故に遭い、そのまま事故廃車となってしまった。いつそういうことがあるかもわからない訳で、もう少しちゃんと撮ってもろて。当時の私には猛省を促したい。

これは青森に遊びに行く時に乗った編成なんだろうか。いかんせん大半をスマホで撮っていたナメプキッズなので写真は見るに堪えず、画像データに時刻と日付も残っていないという無能っぷり。頭にきますよ。

唯一日付・時刻データが残っていたN35編成。この時は奥羽線110周年ヘッドマークを掲出していた。なんかこの折返しに乗って弘前に戻ったようなそうでもないような気がする。当時の写真が全部復元できればいいんだけど、まあそう簡単にも行かないわな。701系ももっとちゃんと撮りたいので、次回帰省時の課題にしておこう。

これは平成27年の撮影とは無関係だけど、スーパー白鳥・白鳥の廃止後は青森~新青森が純減となることを受けた穴埋めとして青森~津軽新城にローカルが新設されていて、平成31年3月改正からワンマン運転を行うようになっている。これはその試運転。多分大学生時代の過去画シリーズでぶち込むこともないのでここにぶち込んでやるぜ!

友情出演的な形で申し訳ないが、この時(最初の写真を除いた平成27年帰省)の帰省に際してはE2系1000代J66編成を利用していた。東京8時32分発の臨時はやて355号で、これがまた癖の強い列車だった。
というのも上野でさっそく7分停車:はくたか505号の待ち合わせ、次の大宮でははやぶさ・こまち7号の待ち合わせを行うという臨時にしてもアレなダイヤ。おかげでこの写真を撮ることもできたんだけどね。大宮は臨時のかがやき521号と同時発車となり並走を見ることもできたが、後輩たるE7系・W7系の加速力の方が優れていて時代は変わったんだなあと思ったのも懐かしい。

はやて355号は私が「はやぶさよりはやてが安い」という事実を親に吹き込んで合法的に親を騙すことでこれ以外にも何回か利用しているが、そもそも新青森までの臨時も今では基本的にはやぶさばかりなので、E2系に乗れたという意味でも「はやて」に乗れたという意味でもよかったのではないかと自己正当化してみる。