
皆さんこんにちは。令和7年春、弘前で桜まつりが開催された4月下旬に弘前に帰省していました。新幹線撮影記・仙石線撮影記等で既に記事にして半年以上が経過しておりますが、そういえばまだ旅行記という形では出していませんでした。
ということで、未公開画像の公開および再び弘前に帰ることができる日を楽しみにという建前で帰省・遠征の様子を時系列で記事に纏めてまいります。長い記事になりますが、どうか本日もよろしくお願いいたします。
1日目:4月19日土曜日 千葉→東京→新青森→弘前
朝8時半、総武快速で東京に到着。実家に前泊し、家族と東京駅を目指す。昨年1月の帰省の時は土休日でも朝のしおさい2号(4002M)があったので荷物があっても快適に移動できたが、現在同列車は平日のみの運転となっているので、快速のグリーン車を利用した。4002Mの土休日の乗車率に鑑みたら仕方ない。
なお、私はというとグリーン車の特権で車内販売を利用、缶ビールをいただいた。ビール!ビール!房総特急縮小でクソくらっている割には唯一の利点が快速グリーン車の車内販売かも。アテンダントさん、いつもありがとうございます。

東京駅着。確か新幹線のダイヤは15秒単位で組まれているとどこかで聞いた。私が乗る8071B・はやぶさ71号は編成U単(E5系10両)のためここで編成番号を確認できるほか、前期車か後期車かを占うこともできる。
E5系も好きなので別に構わないが、私一人で乗る際は全席にコンセントがある後期車=U29編成以降なのに、家族や友人等の複数利用となると普通車は一部席のみにコンセントがある前期車=U28編成以前ばかりなのは…そういうこともあるよね。

新幹線ホームに上がる。22番線に停車しているのは定期列車のこまち・はやぶさ7号(3007B)でZ22編成とU7編成が充当されていた。3007Bであれば車内販売があったはずで、当初私はこの1本前のはやぶさ5号(5B)を予約していたのだけど、よく見たら日付を間違っているというマヌケなミスをしていたので臨時8071Bに乗ることとなった。

余談だが、5BはE5系はやぶさデビュー当時の1号=1Bに当たる速達便。現在も上野を飛ばして途中大宮、仙台、盛岡、新青森のみに停車して新函館北斗まで爆走する。札幌延伸時はE10系ではなく360km/h運転に対応した新型車両で札幌までの最速達列車になることだろう。

こちらは臨時かがやき521号のF41編成。恐らくF40以降は代替新造分と思われる。

E6系同士の並び。秋田新幹線=E3系こまち世代の私だが、この並びもすっかり慣れた。秋田新幹線経由の帰省というかE6系にも乗ってみたいが、こまちの場合は仙台以南で同列車をわざわざ指定してくるのがいるせいで相席のリスクが高いのがアレ。やまびこ等の増結運用で乗れって話なのは分かるけど。

私が新青森まで乗っていくはやぶさ号はU8編成、平成23年竣工のベテラン。もうE5系がベテランか、それだけ俺も年齢を重ねたということだろう。中身は何も成長していないけど。
この日のダイヤならびに運用は把握できていないが、新青森到着後は新幹線総合車両センター(幹総)に回送というよりは折返しで何かしらのはやぶさ号になったのではないだろうか。

9番線にはE257系2500代の回送。多分折返し修善寺行の踊り子。

E257系2000代・2500代とE5系。3つとも私の人生に欠かせない車両が並んでエモかった。

私が乗っていくのはU8編成の8071B。東京までは1072B:はやぶさ72号として運転されてきて、東京で着折となる。新青森発着の臨時はやぶさの列番は2000または5000番台と8000番台があるけど、運転頻度の関係だろうか。

見慣れたE5系の車内。E2系はやて世代の私は今でもE5系を新型車両だと思っているが、それでもすっかり見慣れた車内。先ほども言及した前期車・後期車を内装で見分けるポイントは普通車の場合コンセントに加えて照明もその1つとなる。※後期車はLED

東海道新幹線もだが、新幹線は通過した駅が出るのがなんかいいなあと思う。ところで定期3007Bは東京8時37分発、この8071Bは48分発とかなりの運行頻度だが、大宮からは満席になっていた。この時期は弘前の桜もあるとはいえ、恐ろしい乗車率。両列車では停車駅に差異もないし(東京から新青森まで全く同じ駅に停車)。
大宮以南の線路容量の問題もあるので素人の私が書くだけタダだけど、以前のように大宮発着の臨時便があってもいいのではないかと思わないこともない。もっとも、はやぶさの最混雑区間は仙台~大宮だろうけど。

郡山ではかつて私を何度も八戸や新青森に連れて行ってくれたE2系を追い抜く。といっても、これ多分郡山止のなすの号だけど。またこの時点で車籍が残っていたのは後期車のみ(J66編成も一旦東からは除籍)で、私は後期車に八戸発着のはやてとしては乗ったこともないので、あの書き方が正しかったのかは知らない。

8071Bは途中前に詰まったのかダイヤの都合か0系並のスピードまで減速していたが、福島県に入って再びフル加速。白石蔵王を出て仙台が近づくとスピードを落とすので外を見なくても放送が入る前にわかるものだが、仙台付近でスピードを落として(信号110ぐらい?)仙台の街並みが見えてくるのが昔から大好き。

一ノ関付近にて。お約束のくりこま高原通過は撮り忘れた。まあ酒飲んでたし、前日までの仕事の疲れもあって盛岡から先は寝てたし。
8071Bは無事に新青森に到着。爆弾魔が1・4・6・9号車に爆弾を仕掛けるようなことはなかったので、私も爆発せずに済んだ。

せっかくなので新しくなった青森駅も見てみたいという一心でローカルで青森駅へ。時期が時期なので弘前行ローカルでは座れない可能性があるので特急つがる、いや、スーパーつがるの指定席を抑えていた。青森から乗るのなんていつぶりだろうか。お隣には11ぴきの猫ラッピングをした青い森701系もいた。これ撮りたい。11ぴきの猫に関しては幼少期から実家に絵本があったのでその存在を知っていたが、青森にご縁があることを知ったのはもう少し後のこととなった。

全国485万人とも言われるE751系ファンにはたまらない光景が見たかったのもある。4番線には秋田からの臨時特急弘前さくらまつり1号が到着し、2編成しかいないE751系が並ぶ。別に定期列車同士でも見られるものだとは思うけど、青森で並ぶことは珍しいからね。

スーパーつがるなんて音MADの世界だと思っていたらマジで爆誕しやがった。しかも全国的に見たらスーパーを冠する特急なんてだいぶレアなのに。ノーマルのつがる号より停車駅が少なく所要時間も短いので、ある意味起死回生の一手ということだろう。

また飲んでるよ…。同世代とはいえE257系や第3世代のE259系・E353系になれると何ともシンプルな背面だ。無論コンセントなんて上等なものはないが、座れるだけで充分だし私が一番大好きな在来線特急車両でもあるし、何なら成人してから乗るのは初めて(当時もう25ちゃいなのに?)なのでやっと751の車内で酒を飲めたし、幸せだった。まさに特別な酒、とくべ酒(とくべしゅ)。
また私が感動したのは、ついに特急つがるでもチケットレスサービスが利用できるようになっていたことだ(全席指定化はされていません)。既に奥羽本線弘前以北ではSuicaでスイスイできるようになっているが、これに加えて特急ではチケットレスも利用可能。こういう分野はやはりJR東日本って本当に優秀だと思う。サンキューJR。
弘前駅では叔父が迎えに来てくれた。一度祖父母の家に移動ののち、皆で弘前城へ。

桜まつりの時期だからね。ちょうど満開の時期がぶち当たってよかった。この7年前のGWに来た時は散りかけだったからね。花筏がめっちゃ綺麗だったので、アレはアレでアリなんだけど。

生憎の天気かもしれないが、それでも弘前城と桜を見ることができて感無量。思えば毎年2回帰省できていた小学生の頃は夏休み・冬休み以外は基本的に帰れなかったからね。

津軽富士とも呼ばれる岩木山と弘前城。天守閣の移動が予定されているので、この光景も貴重なものとなる。この前回の帰省:令和6年1月は1泊2日かつ雪でホワイトアウトしていて岩木山を拝むことができなかったが、今回久しぶりにこの目で見ることができて本当によかった。
この後に祖父母宅に戻り、祖父母お手製のお寿司をいただき成人組で宴会となった。祖父母は初孫の私をいつも可愛がってくれて、帰省する度に大量に美味しいご飯を作ってくれて頭が上がらない。せめてもの気持ちで皿洗いをするぐらいしかできないのが申し訳ないぐらいだ。私の両親の手料理も美味しいが、弘前の祖父母の手料理も同じぐらい美味しい。唯一の弊害は、私が弘前に帰省する度に1~3キロは太ることだろうか。幸せなことだと思う。
2日目 4月20日日曜日 弘前市・大鰐町にて ~弘南鉄道めぐり~
見出しの通りだ。といっても、母と妹たちは月曜から仕事や学校があるので一足先に千葉県に戻り、平日も休める私だけが残ったのだが。
余談を時効だと思うので書く。基本的に家族旅行では一括して私が切符の手配担当となっている。当時まだNetflix映画「新幹線大爆破」公開の数日前で当然なにも知らなかったものの、私が家族に手配した帰りの新幹線は臨時の新幹線「はやぶさ60号」。あの映画で爆弾がしかけられたあの列車である。この4月20日は爆弾が仕掛けられたり救出号へ移乗したりという大変なことにならなかったようで何より。

私はというと叔父叔母夫婦が各所を案内してくれて、青森とてガソリン代が安い訳でもないのに車を出してくれたので、恐縮ながらもお言葉に甘えて便乗させてもらっていた。叔父と叔母にとっては初の甥っ子である私はいい年こいてもここまで可愛がってもらえて本当に恐縮なことだが、ありがたいことだ。

松木平の駅に連れてきてもらったタイミングでちょうどりんごねぷた列車の7039編成が到着。既に大鰐線は運行休止が決まっているのが残念だが、後程乗車した際は私のようなキモオタ以外にも観光客や地元民と思しき客でそこそこ賑わっていた。

岩木山と7000系。我が生まれ故郷の美しい景色がずっとこのままであってほしい。もっとも、大鰐線運行休止後は間違いなく7000系がここに来ることはなくなるが。そういえば4月も下旬というのに、この日は岩木山からの風がとても冷たかったのを覚えている。というか地元民の叔母も寒いって言ってたし。

義塾高校前駅の駅舎。ナウい感じがたまらなくいい。歴史を感じると書きたいが、大鰐線自体の開業は戦後の昭和27(1952)年と案外新しい。当初弘前電気鉄道として開業し、後に弘南鉄道に譲渡された歴史がある。
なお、津軽地方で義塾といえば間違いなくこの義塾高校のことを指すと思っていただいて間違いない。

続いて我々一行は津軽大沢駅を訪問。右の7000系は現役だが、左の6000系は大鰐線の快速が廃止されてから定期運用を持たず、平成26年に最後の撮影会を行ってからは事実上の保存車となっている。平成27年に車検を通したという情報は得ているので今も車検を通し車籍が残っている可能性はあるが、自走できるかどうかは極めて怪しいところ。
歴史的価値のある車両だと思うし、大鰐線の客寄せパンダとしての余生があればと思いつつ、電車を動かすのもタダではないので難しいのだろう。

せっかくだからりんごねぷた列車に乗っておいで、と叔父と叔母が大鰐まで送ってくれたので、そのお言葉に甘えて大鰐から中央弘前まで乗っていくことにした。大鰐温泉→弘前ならJR奥羽本線のローカルの方が安く早く到着するが、同線では拾いきれない細かな需要を拾うのが大鰐線。乗っていて楽しいしね。なお、8年ぶりに大鰐駅を訪れたところ、券売機がラーメン屋のアレみたいになっていた。あれはあれで新鮮でいい。

中央弘前方のデハ7040。りんごねぷた列車についてはこの後の写真で書いていく。それにしてもこの編成、やたらめったら遭遇する気がするが…。大学生の頃にもう少し弘前に帰ることができていたらもっと写真を増やすことができていたのだろうか。
りんごねぷた列車たる所以はこれ。車内をりんごねぷたと称したこれがライトアップする。比較的日の長い時期の夕方とはいえ、これでも雰囲気は十分。原則として同列車は車内を消灯し、りんごねぷただけで照らして運行するので、それはもうエモいのなんの。.

差分。こういう乗り鉄目線でも楽しめる列車が運転されているのは趣味者目線でも楽しいし、弘南鉄道さんも公式Twitterで宣伝し運行計画までお知らせくださることもあるので、皆さんも是非青森県にお越しの際は大鰐線を楽しんでいただければいちファンとしてそれ以上のことはない。

桜の花とりんごねぷた列車。大鰐は曇っていたが、中央弘前を目指して走っていくうちに時折晴れ間も見えていた。

時系列が前後して申し訳ないが、7000系は半自動ドアを採用している。公式キャラクターのラッセルくんが案内してくれているように、乗車の際はドア横の赤いボタンを押して乗りましょう。

大鰐での1枚だろうか。蛍光灯消灯前だが既に十分に雰囲気があった。なお、運転士さんが見えてからりんごねぷたを点灯し、後に車内を消灯という流れだったと記憶している。

それがこんな感じ。次に乗るのが夜だったらいいなあと思う。

なお、大鰐駅・大鰐温泉駅の前にはワニのマスコットがいて、名前をあじゃりんという。かつて鉄道BIG4の皆さんとゲストの松井玲奈さんも訪れていたはず。同番組で玲奈さんを知り、いつの間にか推していて今に至る。

列車は途中で客を増やし、特に千年(ちとせ)からは桜まつり目当てと思われる地元民が沢山乗ってきて、8割ほどの座席が埋まっていたと記憶している。そういえば昔は中央弘前~千年の区間列車があったというが、それもこれに起因しているのかもしれない。そんなこんなで終着の中央弘前に到着。いつ乗っても楽しいのが大鰐線。相変わらず縦にバインボイン揺れてアトラクションみたいだったのも楽しかったが、酒を飲んでいたら缶からこぼれてたかもね。

りんごと岩木山をモチーフにしたつり革。オシャンティーで好き。握りやすいかはさておき、1編成に1か所ハートのつり革もある。

りんご畑鉄道という可愛らしい名称に加えて、なんか各駅にナンバリングまで追加されていた。年に何回も弘前に帰省できる訳でもない私が偉そうなことを書く訳にもいかないが、もう少し弘前に帰って乗れていたらと思ってしまう。

あと運行情報を示すモニターまで設置されて、何なら弘南線の方も案内してくれている。すごいなこれ。もっとも、大鰐線・弘南線共にそこまで輸送障害があって遅れるイメージはないが。
余談だが、弘前~黒石を結ぶのは黒石線ではなく弘南線。弘南鉄道弘南線である。かつて黒石線も存在したものの、私が生まれる少し前に廃線になっている。
この後は祖父母宅の厄介となり、再び手料理を大量に美味しくいただき、祖父母のありがたい話を沢山聞いて勉強し楽しく晩酌することができた。亀の甲より年の劫とはよく言ったもので、祖父母の話、特に仕事と人生に関してのそれに関して、思わずメモを取りたくなるほどいい勉強になった。彼らの実績に関しては個人情報で書くことができないが、人として仕事人として親として祖父母として、学ぶことが多々あったのは事実。どこぞのクソ大学のゴミめいた講義より余程いい。もう大学出て3年以上経つからそっとしておけって話だけど(笑)
そして弘前にいる大好きな祖父母と酒を飲むことができる、こんなに嬉しいことはない。また一緒に酒を飲める日を楽しみにしている。
~後半に続く~