ひがなり雑記帳

自称青森県産千葉県人。京成とJR東日本が主食の撮り鉄・乗り鉄・呑み鉄のブログです。イコラブの推しも好きです。

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平成29年の弘前帰省日記。弘南鉄道大鰐線とふらいんぐうぃっち号。7000系の思い出。

おはようございます、こんにちは。本日も過去画での更新です。この記事を書いているのは令和6年12月10日なんだけど、果たしていつ公開できるんだろうか…。

 

以前の過去振返り記事とも被るけど、中央弘前駅での写真。確かに大鰐線は高校生や高齢者等の地域の足になっているのは事実だが、しかし何回か乗っていて普通にありえない揺れだったこともあり、まあ保線も大変なんだろうと高校生ながらに思ったのを覚えている。

 

弘前から途中まで乗っていくのは7033編成「ふらいんぐうぃっち号」。流石に8年近くの時を経て大鰐線が廃止前提の休止となるなんて思わなかったし、しかし逆に令和までよく持ちこたえたとも思ってしまう。

 

ふらいんぐうぃっち号。確か平成28年9月にも撮っていた。久しぶりに弘南鉄道も撮りに行きたい。時間とカネさえあれば、いくらでも行くんだけどな。もっとも弘前市から大鰐に向かうならJRもあるって言われると、まあそこまでなんだけど。でもなあ。

 

一部のつり革はハートになっていた。この時に何を想って撮ったのかはお察しください。まあ何だろうな、若かったなあ当時の俺(笑)。以前も書いたがクラスの中の文系クラスに男が俺しかいなかったのはさておき、まあなんだかんだ言っても高校生の時は楽しかった。今の私の糧になっていると思うし、当時から今もつるんでくれている親友諸氏と出会えたこともありがたいことだと思う。

 

ドア窓塞いでて草。そしてホウキがリアリティという概念を通り越しているのがもっと草。ここまで気合いが入っているのがマジで推せる。

 

車番と禁煙ステッカー。なんかあのノリというかフリーダムさだったらヤニ吸っても許されそうだけど、車内禁煙は守りますよ。もっとも当時17ちゃいの私がタバコなんて吸っていた訳もないんだけど。いや本当にタバコの臭いも無理だった。でも漫画GTOで上原杏子等の3年4組のメンツがこっそりタバコを吸っているシーンは好きだったし、そこにちょっと憧れていたのもない訳ではない。てめえの話なんてどうでもいいから記事を進めろ記事を。進めるけど、でもなんか普通に弘前に帰りたい。

 

途中駅でさよーならー。無論折返し乗車にあたっては有効な乗車券を買っている。「オレ、エキセンばっかで撮ってるからニワカって言われたけどそんなことないよね?」エキセンで撮ることの云々はさておき、てめえは折返し乗車ばっかだろうがよ。刑法246条の2、電子計算機使用詐欺罪の疑いがあります。警察マニアも犯罪ってするんだなあ。※その方はお亡くなりになりました。

 

なんか懐かしいな。弘南鉄道。もっとも弘前に帰省する旅に乗っていた訳でもないし、私ももう何年も乗る時間すらなかった訳だが、でも本当に大鰐線廃線になってしまったらどうなってしまうのだろうか。バス転換するにしても、じゃあバスの運転士さんだって人手不足じゃない訳でもない訳でしょ。本当に難しい問題なんだろうと思う。まあ佐倉の田舎で育った人間からすると車の利便性を知ってしまうと、ってのはあるからなおさら難しい。

 

普通中央弘前 7031編成

中央弘前行で帰る。なお大鰐線運行休止に際して、「中央弘前が街はずれだから」という貴重なご意見をTwitterで拝見した。よく勉強されている方なんですね。Twitterの位置情報欄に東京都民って書いちゃうだけありますね。いやあ素晴らしいです。拍手です。そうですか、そうですか。中央弘前があるあたりは街はずれ。へえ(笑)。

 

帰りもハートのつり革をめざとく見つけていた。好きな女の子でもいたのでしょうか。逆に恋愛成就を願うならそんなの撮ってないで自らの魅力を高める努力をしろって話なんで、多分それはない。いや割とマジで、何というか言わなきゃ伝わらないから。なんて言っているけど、正直いまの独身が楽しいので当面このままでもいいのだろう。彼女もいいけどそれよりはワーゲンが欲しい。

 

ナウい車内。7000系東急線にいた頃は知らないけど、個人的にはこの景色が大鰐線。休止後の車両はどうなってしまうのだろうか。6000系が当時は運用こそないながらも車検を通して車籍も残していたが、今回の運行休止は廃止前提だからなあ。かくいう私も弘前に帰ったとて祖父母宅への帰省がメインなので、まあそんなに運賃を落としてきたのかと言われると答えには困るんだけどさ。そもそも大鰐線の最寄は中央弘前だし、じゃあ中央弘前に歩いてまで乗るかと言われたら難しいかもしれないし。

 

終着の中央弘前に到着。既に他の乗客が降りてからの撮影で、決してガラガラだった訳ではない。いやまあ満員だったとまでは言えないけどさ。次に帰省した時に乗車と撮影ができていたらいいし、その時の記事がこの記事よりも先に出ていたらいいと思う。そういえば元号が変わってから一度しか乗っていないE751系も久しぶりに乗りたい。E6系試乗も兼ねて今度は秋田回りで行くのもありかな。大鰐温泉で降りて大鰐線でもいいし。

 

半自動ドアだったんだ(今更)。「あずましい」とは居心地がいいとか落ち着くとか、そういう風に解釈していただければと思う。私にとってはまさにあずましい路線だった。ラッセル君の出番も少なくなりそうでなんかなあ。冬の弘前弘南鉄道ラッセルも撮りたいんだけど、機会あるかなあ。

 

7031編成は「いでゆ」ヘッドマークを掲出していた。懐かしいな、弘南鉄道弘前駅で見かける黒石線は5年前に少しだけ乗ったことがある程度だったっけ。その点大鰐線は割と乗ってきていたので、思い入れもあるのでやはり運行休止は残念。弘高や義塾の生徒の通学はバスないしチャリになるんだろうか。もっとも、この写真を撮った冬にチャリ通なんてできる訳もないんだけど。今回の一件は地域の交通の在り方について考えさせられる一件だった。結局滑り止めで進学した甲府のFラン国公立では地方政治なんかも学んだけど、なんか今になってそれが活きてきた気がしなくもない。

 

冒頭の写真に戻った。この日はこれにて電車は終了。これ以降は大鰐線も忙しくてなかなか乗りに行けてないのが残念だ。久しぶりに行きたいが、しかし葬式鉄みたいに思われるのは不本意なので迷う。まあ行くと思うけどさ。かつて快速まで設定されていた路線なのになあ。

 

手前に写っているストーブがエモい。中央弘前駅に限らず、雪国の冬は雪が降ってくれれば案外暖かいように思える。その点、雪の降らない千葉や東京は風がとにかく馬鹿みたいに肌に突き刺さって寒い。とはいえ雪かき雪下ろしの手間であったり、融雪剤で車が汚れたり、そういうことがないのはいいんだろうけど、何が正解なのかはわからない。

 

 

それでは、お別れのBGMはレミオロメンさんの粉雪でお願いいたします。心まで白く、染められるどころか内容が薄い。

 

執筆 令和6年冬

 

追記

令和7年の帰省ではこれ以来となる大鰐線を訪問しております。弘南鉄道タグから是非併せてご覧になっていただけたら嬉しいです。乗って楽しいことは私が自信を持って保証しますから、皆さんも青森県にお越しの際は是非弘南鉄道へ!!!

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