おはようございます。昨日お届けした弘南鉄道記事の続きならびに翌日の撮影・駅訪問・そして帰り道について記事にしていきたいと思います。よろしくお願いいたします。

出発進行1番表示よし!節子それ弘南鉄道ちゃうねん。冗談はさておき、ラッセル君が半自動ドアであることを教えてくれている。センキュー。ラッセル君は普通にいいキャラだと思うので、大鰐線運行休止後もお目にかかる機会があればと思う。

改めて、りんごねぷた列車は7039編成で運行されている。一度ぐらいどこかで乗ったことはあると思うんだけど、現時点で確認できる限りでは乗っていないっぽい・・・?おっかしいなあ。最後に乗った高校生の頃は大学生になったらバイトして毎月ノクターン号で帰省するぞ~なんて思っていたが現実はそう甘くもなく、社会人になってバイト代より多少は稼げるようになって毎月は無理でも学生時代よりは帰省できるようになったかと思ったら大鰐線がまもなく運行休止、残酷なものだ。

りんごねぷた列車で中央弘前までの40分弱を楽しんでいきましょう。何がりんごねぷた列車なのかについては後述する。JRなら大鰐温泉から弘前まで特急つがるで10分程度だし恐らく国道7号経由の自家用車で移動しても時間は大鰐線と変わらないかもしれないが、大鰐線だからこそのよさだってもちろんある。旅情に限らず、JRでは拾いきれない沿線の需要だってあるのだから。実際この日は弘前公園で桜まつりが開催されている期間であったこともあり、千年(ちとせ)あたりから車内も徐々に混んできていた。

なお弘南鉄道においては時刻・列車・時期限定で「サイクルトレイン」という新しいサービスを開始している。これはざっくりというと「車内に自転車を持ち込んでいいですよ」というサービス。無論365日全ての列車で可能な訳ではないが、対象列車であれば予約不要かつ追加料金もないという太っ腹っぷり。ラッセル君みたいに。ラッセル君かわいいという話は別でするとして、私も次回大鰐線撮影に際しては敢えてチャリを借りてサイクルトレイン利用で各地を巡るのも悪くはない気がしている。レンタカーより安上がりだし。

まだライトアップが始まっていないが、りんごねぷた列車の一部日程において夜間はりんごねぷたの明かりのみで運行する。基本的に土休日がそれで、この日は大鰐17時30分発の本件列車でもライトアップが実施された。大鰐付近は曇っていたのでこの通りだったが、途中で晴れ間が見えてくると夕日も相まってまたエモい感じになっていてとてもよかった。わざわざ乗っておいでと送ってくれた叔父と叔母には本当に感謝しかない。

これが光り、車内を消灯するので夜間帯に乗ってみたらさらにエモかったことだろう。一般の普通列車として運転されているので、こちらも追加料金は一切かからず、大鰐から中央弘前であれば乗車券代440円で楽しむことができてしまうので、重ね重ね太っ腹だと思う。こういうのはやはり私鉄ならではのものであり、運行休止後はこういったものを楽しむことができない訳で、やはり残念だ。だったらもっと沢山帰省して沢山乗れやって話だけどさ。

名物・りんごのつり革。実は1両に1か所だけハートのつり革もあるんです。皆さんも是非大鰐線にご乗車の際に探してみてくださいね。※今回の私は探すのを諦めました。高校生の時に履修しているので許してクレメンス…。

発車の数分前に運転士さんが見えて車内を消灯、りんごねぷたが点灯。これは幻想的でエモい。観光客と思しきパンピーから地元民、そして私のような気持ち悪い無職ニートキモータヒッキーな電車ヲタクまで、乗客全員が楽しんでいたのではないだろうか。

真っ暗闇での撮影だったらまた違ったエモさがあったのだろうが、夕暮れ~日没でのこれも悪い話ではない。弘南鉄道ならではのこうした取組みやイベント列車、さらにはJR東日本等で流行りの撮影会なんかもどんどん有名になって沢山の客が来たらなあ…と思ってしまう。まあこの列車は先述の通り途中からめっちゃ混んできたとはいえ。個人的には6000系最後の1編成をイベント要員として活用できていたら…と思うが、それでまた一部の知能指数が低い撮り鉄が乱入したり迷惑な場所への路駐をしたりしても困るか。ああ、路駐にお気持ち表明すると罵声を飛ばしたって怒られるんだっけ(笑)。そんな会社あったなあ。俺が大学院生の時にバイトしてたレンタカー屋。

石川付近で少し晴れ間が戻ってきた。りんごの倉庫だろうか、津軽平野らしい車窓だ。既に帰省からン週間経っていつもの日常に戻ってしまったが、帰りたい。また津軽平野の美味しい空気を吸える日を楽しみにしたい。なおこの日は岩木山からの風で普通に寒かった。念のため上着持って行って本当によかった…。マフラーもあると尚更よかったかもしれない。

桜とリンゴ畑。義塾高校のあたりだろうか。桜とリンゴの花が共演することはないが、どちらも美しい。せっかく弘南鉄道各線の沿線にはリンゴ畑も広がっているので、今年ならリンゴの花の時期は厳しくとも、リンゴの時期には是非ともそれも絡めた写真を撮りたいと思う。俺の誕生日とも近いし。
それにしても相変わらずアトラクション並にバインボイン揺れていて面白かった。いやまあ保線状態に鑑みたら仕方ないんだけどね。この後は祖父母の家の厄介になったが、その際に祖父ともそんな話になった。

先程も訪れた津軽大沢駅にて大鰐行と交換。基本的に日中の電車は津軽大沢で交換するようになっているみたいで、以前訪れた際もそれを逆手にとって中央弘前~松木平を往復していたこともあった。なんか駅名標が一気に新しいデザインに変わっている上に駅ナンバリングも振られていてちょっと新しい大鰐線を感じた。

終着の中央弘前で撮影した車内。日没後だとなお一層エモい車内になっていたことだろう。来年もこのようなイベント列車の運行があればそれを楽しみにしたいと思う。大鰐線の運行休止は残念だけど、残念だなんだ私が言ったところでって話だからね。せめてその魅力をこうして記事にして、影響は少ないながらも発信していきたいと思う。

それではまた会う日を楽しみに(翌日に国道7号走行中にすれ違いました)。観光客は周りを見ずに割り込んでくるからきらーい。ご冥福をお祈りいたします。

いつの間にかこんなハイテクな運行情報案内が置かれていたとはクリビツテンギョー。最後に訪れた7年半前の中央弘前とは色々と変わっていたが、今の姿も今の姿でいいと思う。何やらストリートピアノも新設されたとのことで、また今度ゆっくりと訪れることができたらと思う。なお大鰐行の列車の改札は中央弘前発車5分前からだったが、これって元々だったっけ。
翌日、叔父と共に大館ドライブをしたのちに仕事終わりの叔母も合流して弘南鉄道黒石線の数駅と道の駅を訪問する。

6年前に乗った編成。せっかくだからその振返り記事も近いうちに出そうかな。もう書き上げてはいると思うんだけどさ。もうあの帰省も6年前になるのが何かなあ。大鰐線と弘南線は車両と搭載機器にも実は差異がある(大鰐線は日立製の電装品、弘南線は東洋製)ので、大鰐線運行休止後の7000系が黒石線に転属できる可能性は低い気がする。

弘南線は朝ラッシュ時に一部列車を4両で運転していたものの、現在はそれも見られないという。趣味的には残念極まりない。同じ弘南鉄道で元はといえば同じ東急7000系とはいえ、カラーリングや見た目等が違うので大鰐線の枚数の方が多い私には新鮮だ。また弘南線は弘前と黒石を結ぶ路線ではあるが、平成10年までは黒石と川部を結ぶ黒石線も存在していた。私が生まれるギリギリ前に廃線になってしまったけど。

ここは田舎館駅。かつては2面3線だった形跡が何とも言えない気持ちになるね。弘南線は大鰐線運行休止後も維持される予定とのことなので、末永く地域の足として活躍してほしいと思う。
なお田舎館駅には地元出身であるアーティストのGOMAさんがイラストを書いていて、待合室内がオシャンティーになっている。以下にその一部を紹介する。

だいたいこんな感じ。以前訪れた際にはなかったはずだが、普通に可愛くていいなと思う。待合室の全面にイラストが描いてあるというのもまた斬新でいいなと思うし、全国的にもかなり珍しいはず。皆さんも是非田舎館駅をご利用になる際にはご注目いただければと思う。

続いて冬季は休業、また通年で一部の列車が通過する田んぼアート駅も訪問。道の駅いなかだて及びウインズ津軽の最寄り駅もこちらとなる。平成25年7月開業の新しい駅。この後は道の駅いなかだてでお土産を使い購入し、祖父母の家に預けていた荷物を回収。名残惜しいが弘前を離れる時間がやってきた。次に帰れるのはいつになることだろうか。

弘前の弘南線乗り場には7021編成が停車中。というか停泊中かもしれないけど。次回はじっくりと弘南線も堪能できればと思う。

拡大してみたけど2番線に停車ちうっぽい?弘南線の弘前の駅名標に若干JRみを感じるのがなんか草。

弘前折返しでワンマンの碇ヶ関行となるのはN23編成。701系のうち秋田車の0代はかなり初期に導入された車両で、それこそこの数日後に基本編成が長野総合車両センターにドナドナされていき事実上消滅したE217系初期車よりも古い車両(つっても1年程度だけど)もあるものの、延命の話も出ているようなので当面は安泰だろうか。
さて、乗車予定の特急つがる43号が定刻で到着。祖父母は祖父母宅で、叔父と叔母は弘前駅までそれぞれ見送ってくれた。改めて皆さんお世話になりました。本当にその点、初孫・初甥(そんな言葉ある?)の私がアラサーになってもこうして可愛がって気にかけてもらえて申し訳ないレベルである。

順番が前後して大変申し訳ないのだが、そういえば弘前駅にはあきおとつがにゃんがいた。可愛い。月曜日だってのにやたら混んでいた(桜まつりの威力はすごい)ものの何とか1枚撮影できた。我が生まれ故郷が賑わっているのはいいことだと思うけど、外人だらけなのはいただけない。一応城下町で歴史ある街なので、下手に文化的価値の高いものを外人に壊されても困るもんで。まあ日本人でも修学旅行生が京都市を出禁になるケースもあるし、そこを突かれたらそれもそうですねってなるけどさ。

どこかの記事でも書いた通り、前回の帰省時(令和6年1月)はホワイトアウトで車窓なんて見えたものではなかったが、今回はそんなこともなく岩木山がどーんと見えていた。今回は時間的にワンチャンあるかと思っていたところ、ビンゴで岩木山×夕日を見ることができた。明るいうちに出ていくのは何だかカーテンコールの途中で退出するような寂しさがある反面、最後にいいものを見られたと思う。わざわざデッキまで撮りに行ったけど。

途中指定席はほぼ満席。弘前公園での桜まつりの影響だろう。4割近くの客が外人で不愉快だったというのはさておき、今回は弘前への往復でA-103編成に乗車することとなった。今回編成での写真こそ撮れなかったが、またE751系も撮りに帰ればいいという神様の思召しだろうと前向きに解釈している。E751系も10年後にどうなっているかは不明だが、交流区間でしか運用ができないとはいえ走行距離はそこまで行っていないだろうしこれといった劣化が目に付く訳でもないので、予備車兼波動用車両として残るのではないかと勝手に思っている。仙台方面でのリゾート列車や仙台~いわきの特急にでも転生したら面白いが、できれば青森・秋田エリアに残っていてほしい。リゾートあすなろもどっか行っちゃったし。
弘前駅はいつの間にか禁煙になっていたけれど新青森駅青森方には無事に灰皿が残っていて一安心。プロのヤニカスなので(は?)8分程度の乗換え時間でも無理せずササッと一服して早足で新幹線ホームを目指す。

最終1本前のはやぶさ40号(東京行)の7号車、平日なので"TRAIN DESK"として運行される車両に乗車。多少は空いているだろうし、私も記事の作成と写真の現像で思い切りPC作業するしね。東海道・山陽新幹線のS Work車両と似たようなものではあるが、TRAIN DESK車両は土休日の設定がないので、Pシートみたいなのには期待できない。とはいえそこは東北新幹線ならではの事情も多々あると思うので文句を言うのはお門違い。現に今回は隣が来なかったのでいいでしょう。

左はU41編成。右はノイズでわからない、ごめん。なお乗車したU50編成は令和5年8月製で、執筆日時点では2番目に新しいE5系車両。間違いなく私が乗るのは初のことだった。往路は初期車というか前期車で窓側にしかコンセントがなかったが、復路に1人で乗る時に限って後期車なのはまあ仕方ないのか。写真に話を戻すとどちらも盛岡やまびこだと思うが、改めE5系も増えたものだと思う。E5系前期車はE2系1000代後期車共々E10系での置換えが発表されているが、結局東北新幹線がE5系で統一される世界線は見られない可能性が高いということでいいのかな。

仙台で下車。あれっ東京に帰るんじゃなかったんですか。いえ私の帰るのは東京ではなく千葉です。仙台で降りてタバコを吸う…いや確かにこのあとホームの喫煙所で吸ったけど、そういう問題ではなくてですね。4連休最終日は家でゆっくり充電する方がいいはずなんだけど、せっかく東北に来たいい機会なので、仙台で1泊して翌日に宮城県を少しでも堪能していくことにしたって訳だ。帰りにはビッグイベントも待ち構えているのだが、それについてはまた別の記事(何回後になるんだろう)できっちりと書いていきたいと思う。