ひがなり雑記帳

自称青森県産千葉県人。京成とJR東日本が主食の撮り鉄・乗り鉄・呑み鉄のブログです。イコラブの推しも好きです。

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<方向幕に個体差もあるよ>弘南鉄道大鰐線 7000系全編成の記録(+おまけで津軽大沢車両検修所のゆかいな仲間たち)

皆さんこんにちは。弘前帰省記事を夜な夜な書いて弘前に帰りたい一心が抑えられないHGNRです。そんな弘前帰省に際してその時もお世話になった弘南鉄道さんの大鰐線では7000系4編成が活躍しています。

今回は全編成記録シリーズ東北編(今まで地方ごとに分けたことはないけど)ということで毎度お世話になっている大鰐線7000系4編成の記録を振り返っていきたいと思います。本日もよろしくお願いいたします。

 

7031編成(デハ7031-デハ7032) 弘前レンガストーリートレイン

弘前レンガストーリートレインとして活躍している7031編成(デハ7031+デハ7032)からスタート。現時点でレンガストーリートレインはまだ乗ることができていないので、次回帰省時には是非とも乗ってそのレポートを出すことができたらと思う。

 

4月に大沢の検修所の敷地外(津軽大沢の駅構内なので駅の敷地内)から撮った同編成。最初の2枚はいずれも令和7年の撮影だけど、デハ7031の前面幕が「大鰐線」表示で固定となっているらしい。後述するが、大鰐方先頭車の前面幕が編成によって異なることが多いように思える。意図的なのか偶然なのかは不明だけど。

 

平成28年9月の帰省に際して大鰐までフル区間を乗り通した時のもの。この時はいわき大坊温泉ヘッドマークを掲出していた。弘南鉄道の車両は比較的ヘッドマークを掲出していることが多いイメージ。余談だが、7000系弘南線よりも大鰐線に先に導入されているほか、東急在籍時代よりも弘南鉄道在籍期間の方が長い。どこかの209系みたいだね。

 

平成29年1月の帰省で乗った時の写真。松木平で撮影。この時は「いでゆ 大鰐交通」ヘッドマークを掲出していた。降雪のため若干暗いためかと思うが、日中の弘南鉄道の列車で前照灯が点いているのはなんか珍しいように感じる。

 

7033編成(デハ7033‐デハ7034)

続いては7033編成。平成28年度は弘前市大鰐町が舞台となるアニメ「ふらいんぐうぃっち」とコラボしたヘッドマーク・ラッピングをしていた編成。これも平成29年1月に帰省した時の撮影。高2の冬休みなんだから勉強しなさいよ…いい大学行きたいんじゃなかったのかよ…。アラサーになった今も後悔しかないが、しかし大鰐線が好きなのでこの時に行けたのはよかったと思ってる。というか中央弘前まで叔母が送ってくれたのも無論感謝。

 

平成28年9月に訪問した際は大沢の検修所でお休み中だった。計4編成いる大鰐線7000系は全て非冷房、半自動ドア設置・ワンマン化改造を施して今に至り、大鰐線の主力車両として活躍してきている。また東急7000系としては地方私鉄に譲渡された最初のグループでもある。東急の車両が再び大鰐線に譲渡される世界線も見てみたかった。東急は専門外なので突っ込んだことを書けないが、例えば5000系や5050系なんかが2両で大鰐線を走ってたらシュールじゃない。いや2両で走れるのかどうかは知らないけどさ(要改造だとは思う)。

 

ふらいんぐうぃっち号に話を戻すと、車内には装飾に加えてほうきまで設置されているという凝りっぷり。懐かしいなあこれ。

 

ふらいんぐうぃっち号のケツうち。先ほどの7031編成を松木平で撮った時のもの。日中の大鰐線は基本的にこの先の津軽大沢で交換するダイヤが組まれているので、中央弘前から乗って中央弘前に戻るには松木平で降りる必要がある。当たり前だけど、乗車券は正しく買いましょう。誰なんだ、正規運賃を落とさなくていいなんてほざいた某鉄道会社の元アルバイトは。僕アルバイトォォォ(でもエキセンで社員気取りはする)!※その方はお亡くなりになりました

 

7037編成(デハ7037-デハ7038)

続いては7037編成。7035-7036は当初から欠番。大鰐線は日立製の電気機器・弘南製のそれは東洋製と区別されている(保守の観点からと思われる)が、その辺が関係しているとどこかで聞いた。で、令和7年9月の時点で7037編成のデハ7038にはりんご畑鉄道ヘッドマークが掲出されている。

 

中央弘前での1枚。まだ大鰐ゆきのアレって光るんだなあ。7037編成ってこの時がはじめまして?流石にそんなことはないか。そう思ってブログ内で検索してみたら直近だと4月に大鰐で撮っていた。

 

大鰐にて

大鰐のホームから撮った同編成。この時点で既にりんご畑鉄道仕様になっていたんだね。今気が付いたのだけど、先述の通り4編成が存在する大鰐線7000系は基本的に2編成で運用を回し、残りの2編成はそれぞれ大沢の検修所と大鰐に1編成ずつ留置しているらしい。恐らくは大鰐での車両交換か大鰐~津軽大沢の回送等があるのではないかと思う(平日朝1往復だけする運用もある)が、この辺を極めるのも楽しそうだ。時間の余裕がある大学生の時にそういうことをできていたら…ああ口惜しや。

 

9月に乗った時の同編成。りんごねぷた列車になっていた他、初日のデハ7038の中央弘前方が金魚ねぷた列車として運行されていた。4月もそうだったけど、デハ7037の方向幕は緑地になっているのが特徴。これ他編成にも同じものがあるのか、はたまた編成毎に変えているのか…。その真相を探るべく我々調査団は大沢の車両検修所の奥地に向かうのであった。だから勝手に入っちゃダメだって。

 

7039編成(デハ7039-デハ7040)

大鰐線2両4編成のうち最後の車両。いや車番が最後ってだけで、大鰐線にも最後に入ったかどうかは(当時生まれていないので)知らないけどさ。

令和7年春にはりんごねぷた列車としてヘッドマークも掲出していたほか、ラッピング等もなくシンプルな装いになっていた印象。結構大鰐線の車両って不定期でラッピングが変わっているようなそうでもないような気がしなくもない。この時は叔父と松木平を訪れていた際にたまたま遭遇できて撮れたのを覚えている。

 

デハ7039側。この後なんと大鰐からフル区間で乗れることになったのもいい思い出である。いつの間にか松木平駅もオシャンティーに転生していたのが印象的だった。岩木山からの風が4月下旬なのに冷たかったが、それでもふるさとの風って美味しいな~なんて謎のことを考えていたような気がする。

 

岩木山を入れて1枚。元は東急の車両とはいえ、なんか岩木山弘南鉄道7000系を見ると弘前に帰ってきたんだな~なんて思う。いやお隣JRの701系E751系にキハ40なんかもそうっちゃそうだけどさ。

 

大鰐に送ってもらってりんごねぷた列車に乗っていくスタイル~。送ってくれた叔父叔母には本当に頭が上がらない。してこのデハ7039の前面幕はピンク地のものになっている。そもそも大鰐行か中央弘前行しかないので幕回しをする必要性がない可能性が高いが、だとしたら編成毎に分けている可能性も微レ存?個人的にはオシャンティーでなかなかいいなあと思う。

 

平成28年撮影の同編成。この時は青帯だったほか、さっパスのヘッドマークを掲出しいていたらしい。同じデハ7039の方向幕はこの時点では白地のものだった。先ほどの7037編成は構内への留置だったが、この時は5番線に留置されていたようだ。大鰐温泉(JR)と大鰐(弘南鉄道)は駅名こそ違うものの、跨線橋で繋がっている上に線路も実は繋がっているが、ホームも通し番号になっている。

多分この時の写真ってまだ公開してなかったかも?いや黒歴史で消してしまったのかもしれないが。この辺も書き直す必要がありそうだけど、1本の記事にするか、年末の弘前帰省シリーズよろしく過去画とのハイブリッド仕様で書いていくか、迷うところだ。大鰐線回だから書き直してもいいけど、だったら当時のスマホの写真も発掘したいし…。

 

 

おまけ

せっかくなので他の車両も紹介していくスタイル~(ここで両肩を上に2回クイックイッ)。という訳で、大沢車両検修所にいる仲間たちの写真も貼っていきます。

まずは6000系6000系はかつて大鰐線の快速で運用されていたものの、快速が廃止になったのを機に定期運用を終了。現在もこの6007編成は車籍があり、なんなら平成27年には検査を通していると聞いている。大鰐線の快速は平日の朝を中心に運行されていたが、なぜ6000系を快速廃止と同時に運用から外したのかは不明。7000系と共通運用にするには何かしらの問題があったんだろうけども。

現在はこの6007編成のみがこうして残っていて、その他の車両は津軽大沢駅の車庫に転生したものもあれば廃車解体となったものもある。大鰐線休止後はどうなることだろうか。案外このまま残りそうだけど、保安面で一抹の不安はあるかな~なんて思う。

 

平成28年撮影の大沢車両検修所。左奥には倉庫に転生したデハ6005が見える。黄色いモーターカーに関しては詳細が不明だが、一応弘南鉄道と書いてる以上は弘南鉄道の車両とみて間違いなさそう。構内入換で使っているのかな?

 

令和7年撮影の同車。この時もいたが主な用途は不明。入換用の車両なのかな。奥に見える黒い車両はラッセル車のキ105で、大正12(1923)年に鉄道省の苗穂工場で製造された車両。後述のED22と組んで冬季の除雪車として活躍する。

 

再び平成28年。手前の除雪用車と思われる車両に関しては後述。真ん中にいるのはED22形1号機。普段は検修所の入換で使われるそうだが、冬季はラッセル車であるキ105と組んで除雪用で運転されることが多いそうだ。同機はアメリカ製の機関車で、信濃鉄道(どこぞのクソキョロ充による「何勝手にしな鉄行ってんだ事件しなの鉄道とは別)に新製配置された後に国鉄車として大糸線飯田線でも運用されたほか、西武鉄道近江鉄道一畑電気鉄道での活躍を経て大鰐線にやってきた経歴がある。

 

7033編成と共に1枚。この機関車は大正15(1926)年製造のため、記事公開予定の令和8年を以て御年100歳となる大ベテラン。

 

こちらは謎の存在。多分除雪用の車両ではあると思うんだけど、なんかJRマークと青い森鉄道のモーリーが見える…。JRまたは青い森鉄道から借りていたか何かなんだろうか。令和7年に訪問した際には見当たらなかったので、何らかの理由で一時的に借りていたのかもしれない。

 

記事が完成した後にぶち込んでやるぜ!

こちらは青い森鉄道所属のモーターカーとみて間違いなさそう。青森朝日放送の番組によれば、JR東→青い森鉄道弘南鉄道と渡り歩いた青森の冬のプロとのこと。向きだけが異なるが、形や経歴に鑑みても今はこういう姿で活躍していると見て間違いないだろう。

 

その他、当時のナウい感じの駅名標。隣が義塾高校前と松木平なのは当時も今も変わらないが、今はりんご畑鉄道の愛称とナンバリングが入った新しいものに交換されている。

 

当時は設置されていたあの有名な看板。確かに津軽大沢で撮ったんだけど、令和7年4月の時点では撤去されていた。がびーん。

 

…って思ったんだけど、弘南鉄道さん公式Twitterによれば石川駅にはあるらしい。ということはこないだ石川を利用した時に俺が見落としていたことになるのか…残念。まあ前向きに考えればまた大鰐線に行く理由が1つ増えたよね()。

 

そんなこんなで、津軽大沢の車両検修所にいる愉快な仲間たちを加えた大鰐線7000系全編成の記録はこれにて終了。まだ訪れたことのない撮影地も多々ある以前に大鰐線自体が好きなので、また新しく大鰐線の電車の記事を書くことができる日、写真を撮ることができる日、そして乗れる日を心から楽しみにしてこの記事を終わらせていただく。

…まあ、執筆日を基準にすると来月また帰るんだけど。

 

参考文献

konantetsudo.jp

弘南鉄道さま公式サイトを一部参考にさせていただきました。末筆で大変恐れ入りますが、貴重な情報に感謝申し上げます。

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