ひがなり雑記帳

自称青森県産千葉県人。京成とJR東日本が主食の撮り鉄・乗り鉄・呑み鉄のブログです。イコラブの推しも好きです。

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<全編成の記録>京急1000形ステンレス車8両【銀千・貼り千・塗り千】

皆さんこんにちは。

以前京急1000形1300番台=銀千の6両で同様の記事をお送りいたしましたが、今回は執筆日の時点でステンレスかつ8両の各編成の写真をお届けいたします。どうしても京成沿線に育った私としてはそちらに寄ってしまうのはセンセンシャル。ですが撮影地等々が皆さんの参考になればとも思います。それでは本日もよろしくお願いいたします。

 

 

それにしてもステンレスの1000形8両=8Vを取り上げただけで既にすんげえ形態差ですなあ。6両・4両を除いてもこうなるとは。いや記事を書いていて、これもこれでまた同じ形式でバリエーションがあることを含めてもそこに新1000形の面白さがあるのではないかと思う。

 

 

1073編成(1073-)

今日の京急1000形の主力とも言えよう銀千としての栄えあるトップナンバーがこの1073編成。6次車に分類され、平成19年3月に竣工した編成。当初は非難轟々だった銀千だが、私は別にそこまで京急らしさはないような気がするのは外様だからだろう。何はともあれ個人的には結構好き。

 

もっとも、ここまで既存車と大幅に変わるのであれば別形式でもよかった気がするけれど…。見た目もそう、機器類もそう、車内もそう。1000形としての共通要素とは?となってしまうのは否定できない。逆に今後新形式を起こす時は一体どのような形式になり、それまでの各1000形からどのような点が変わるのかについても気になってしまう。

 

何はともあれ、私は何だかんだ言われても銀千も好き。ラララいま~京急の~なかまたち~。それ京成線内で撮った写真で書かれましても・・・。

 

1081編成(1081-)

7次車はこの1081編成と後述の1089編成、8両2本が該当する。どちらも平成20年初頭(平成19年度)に竣工している。一応6次車とは細かい差異もあるようだが、ぶっちゃけ利用客目線ではそこまで気になるものはない。多分。

7次車はどちらも東急車両製。現J-TRECから京急の車両が出てくるのは人生で一度でいいから見てみたい。いや、その「人生で一度でいいから」って多分もっと使うところあるよ。見てみたいけどさ。

1089編成(1089-)

同じく7次車の1089編成。数年もすれば20年選手だなんてそんなこと信じたくないものだ。銀千の中でも初期に製造された編成は当初はアルミ車同様に京成本線高砂以東・成田スカイアクセス線が絡む運用には停車駅予報装置の関係で入線しないのが原則だった。常々書いている通り、物理的な出禁ではないので代走で入線することも普通にあったけど。

 

これがまさにs…待てよ?平成31年1月だからもう代走ではなかったのか。ざんねーん(ボブネミミッミ風に)。いや京急車のア特自体が現行のダイヤでは少ない上に、どのような記録も貴重なものになるのはわかっているけどさ。急行灯が不点のア特すら懐かしくなる日が来るなんてね。

 

そういう意味では京成線内においても急行灯点灯が義務化されたという噂もあり(要出典)、このように現在は急行灯を点灯する区間でこうして消えている写真も貴重にはなる訳だけど、京成回ではないので今回その話は割愛。

 

1097編成(1097-)

平成30年3月、私が一度4直沿線を離れる前に川崎でバルブしていた1097編成。この時は確か2000形のバルブがメインだったんだっけ?懐かしい。もう8年半前だなんて信じたくないよドラえも~ん。

 

8次車は平成20年の竣工。この1097編成は同年10月27日が竣工日らしい。自慢ではないが、確かその日と前後して私が熱を出していた気がする。死ぬほどどうでもいい。6・7次車からマイナーチェンジはしているが、基本的にほぼ変わらない模様だ。

 

1097編成と直接の関係はないが、11年前に当時設定されていた高砂始発の上り快速に充当されていたのを見て乗ったことがある。中3なんだから勉強しろというツッコミはさておき、8次車をはじめ停車駅予報装置がない8両編成でも充当可能だった。

推測だが、始発の高砂を出ると青砥に停まり、青砥からは押上まで停まらないから別に同装置がなくてもいいということなのだろう。何も押上高砂間なら当時からこのように停車駅予報装置がなくてもってのは普通にあった。この時のダイヤに限らず。多分、多分だけど。

 

1105編成(1105-)

なんかこの回の写真って京成線内ばかりであれですね。ごめんなさい。

 

なのでバリバリ京急線内で撮ったA快特代走でも置いておこう。なのでって何だよって話だけど。

銀千に限った話ではないが、A快特のうち2100形所定の運用でも諸般の事情で3つドアの車両が代走することは別にそこまで珍しくないが、2100形に乗りたいのにロングシートの車両だとモンニョリ…?いや混雑に鑑みたらこちらの方がいいこともあるのだろうから、難しいんだろうけど。書いた通り私は銀千も好き。じゃなかったらこんな記事組まん。

 

1113編成(1113-)

こちらも8次車。同じ年度に8両が一気に3本って新1000形としてはワンチャン初めて?とはいっても4両や別の記事で扱った6両も同じ年度で作っていることもあるので、トータルの製造数で見たらそこまで気にすることでもないのかもしれないか。

 

なお8次車からは4両の銀千(4Vs)も製造されていて、実際に当記事では扱わない9次車は一気に4両が8編成も投入されている。詳細は4Vsの回で書くが、連中は4M0Tかつバケモノ加速力を持つ。一応将来的にサハ2両を挟んで6両化することも見込んでの設計となっていることがその理由。

 

 

1121編成(1121-)

ここからは10次車となる。平成22年の京成成田スカイアクセス線開業を見据えて、それに対応した車両として増備されたグループ。利用客目線ではドア上の案内表示器が17インチのLCDになったことが一番わかりやすい点だろうか。

スカイアクセス線経由のアクセス特急に充当することを視野に入れて製造された(当初は停車駅予報装置装備車両の運用)ものの、平成27年に本線高砂以東での客扱いが復活して以降は快速にも積極的に充当されていた。これはその1本の1121編成で、まさに平成29年当時の981H(佐倉から宗吾は回送)に充当されていた時のもの。

 

同日撮影の快速。この写真を撮った頃は基本的に600形または1000形10次車以降しか快速に充当されず、それ以外の編成が充当されると代走ということで沿線のオタクが揃って色めきだっていたものだった(例:私。ただし要出典)。

なお1枚目の写真で言及した「高砂以東」の運用について、厳密には宗吾~空港の回送という形ではあるが、平成27年12月改正における快速復活前に実現してはいる。回送だったけど。いつのダイヤだったっけか。これもやはり停車えk…と思ったけど、ア特絡みの運用なので、今のはナシ。

 

1129編成(1129-)

同じく10次車として平成22年に竣工した1129編成。個人的には当時よく京成線内で見かけたイメージがあり、スカイアクセス線開業翌日に印旛日本医大にスカイライナーを見に行った時に見たア特もこの編成だったような気がする。

 

少なくなった京急車のア特運用に充当された時の写真でも貼っておこう。最近Twitterで見かける「正しい○○」という言い回しが如何にも価値観の押し付けみたいで、アイドルオタク同士がTwitterで戦争しているのがオヌヌメTLで嫌でも目に入るよりはマシだけど、敢えてその「正しい構文」の精神を引用するのであればやはりア特や快速は1000形10次車以降と600形がしっくりくるかもしれない。

 

1137編成(1137-)

令和元年に新町でトラックと衝突、脱線炎上した1137編成も平成22年製の10次車の1本だった。先ほどの1129編成と同じぐらい京成線内で見かける印象だったので、確かにまあデハ1137の修復こそ不可能だったろうとは思いつつ、編成単位で廃車になってしまったのは残念。

 

できれば京急線内でも撮りたかった。いや一度ぐらい撮っている可能性もあるのか。

 

なお10次車のうち8両3本は全て東急車両が製造している。同じく10次車の4両である1489編成は川重製。なお8両を取り扱う今回の記事と直接的な関係こそないが、4Vsは一旦この10次車を以て製造を終了している。次回竣工となる4両の新車は平成27年度(平成28年2月)の1800番台となるので、このステンレスムキムキ(ムキムキとは)な4両は一度見納めとなる。

 

1145編成(1145-)

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/C/ComExp2133/20240421/20240421010837.jpg

その車番で風評被害を被ることがありそうな(お前も7月にネタとはいえ書いただろうがYO)1145編成は11次車に分類されて、平成23年度(平成24年)に竣工した編成。11次車からは800形の後継として6両の1300番台の製造が増えているので、1145編成は8両で唯一11次車に分類される編成となる。

 

この編成も無論停車駅予報装置等で京成本線スカイアクセス高砂以東には当時から大手を振って入線できたので、その関係もあってどうしてもその頃の京成線内での写真もあるのがなんかサーセン

 

このブログにしては珍しく都営線内で撮った写真もせっかくだから置いておきますね。浅草で撮ったと思う。

 

京急線内でも一応撮ってはいます。銀千もこれはこれで普通にかっこいいと思うんだけどなあ。色々と言われる車両だけど、私みたいなファンもいるので(というか私の場合は京成から来た京急ファンと書いた方がいいかもしれないが)これからも安全を第一にファイト~。そして、その安全運行を支えてくださっているのは他でもない京急現業社員の皆さまであることも忘れてはならない。

 

1153編成(1153-)

平成24年春に竣工した1153編成は12次車にあたる。車内照明がLEDとなり所謂ノルエコのシールが車内に貼られているほか、東急車両が総合車両製作所に転生してから(※転生した訳ではありません)最初の車両でもあるという、ある意味では歴史に残る車両。いや歴史に残らない車両なんてないと思うけど。

 

京急線内で撮った写真もない訳ではないんだけど、手持ちの写真がなんかこう今一つ微妙なので今回はナシ。また向こうでもしっかりと撮影したいと思う。

 

1161編成(1161-)

平成25年に竣工した13次車としては唯一8両の1161編成。wikiの記載(二次情報)およびその出典=一次情報である「私鉄ディテールガイド京急1000形」(イカロス出版、令和5年)によると、これは平成24年に土砂崩れで脱線し廃車となった1500形1701編成の代替だということだ。

 

先ほどの1153‐までとそこまで変わらない気もするが、内装ではロングシートの中間仕切りを板からポールに変えてしまったらしい。あれ、そうだっけ。銀千のあの仕切りが板になっているのは地味に重宝していたからちょっと残念かも~。

 

1169編成(1169-)

いわゆる「銀千」とされる8両としてはこの編成が最後に作られた編成。14次車に分類されるとのこと。先ほど1097‐の快速を貼ったかと思うが、その帰りに川崎から青砥で乗ったのがはじめましてだった。

 

その翌々年ぐらいの撮影。令和元年に曳舟でこの編成を撮っていた時にハイビームを向けてきた挙句に折返しでケチを付けてきた京成の運転士がいたが、その写真を貼るだけ全国364万人の京急ファンにも京急電鉄にも京成電鉄にも失礼なので、その時の写真は貼らないでおこう。さっき1137‐のそれは貼ったくせに(笑)。

その件については来年以降公開予定の過去画記事では公開予定なので、皆さんにも楽しみにお待ちいただければと思う。こんなブログを鉄道会社が見ている訳もないんだもの。ハハハ。

 

ぬーん…やっぱり京成線内の写真ばかりだ。これを撮ったのは高2か高3か。思えば受験期は時折息抜きに京急車の快速を撮ることもあったが、ブログは書かずに我慢していたのを急に思い出した。思い出して人生リセマラできるほど、人生は甘くないんだよなあ…涙がで、出ますよ…ピトン…ポチョン…(明鏡止水)

 

一応京急線内での写真もね。そもそも今回京急ネタで書いている訳だからね。いわゆる銀千自体は翌年度以降も増備される(平成27年度分:15次車)のだけど、8両はこれが最後だった。次に8両が増備されるのは平成28年度の1177編成・1185編成となる。

なお、令和7年度に増備予定の8両2本は再びステンレスに無塗装となる予定らしい。ここにきて銀千の復権というのも面白いが、いよいよ新1000形の沼がこれ以上なく深くなっている。というか推測には過ぎない上に京急への批判的意図は一切ないのだが、もしかしたら内部で「ここまで改良を重ねて新1000形を作った以上、どこで形式を分けたらいいかわからない」という状態になっている可能性は少なからず存在するのではないだろうか。いや、ないな。なさそうだ。中高生の頃の俺の夏休みの宿題じゃあないんだから。

 

1177編成(1177-)

という訳で、平成28年度竣工の1177編成。制御機器、外観(ステンレス車体へのラッピング)、車端部の一部へのクロスシート・コンセント設置、前照灯の変更、その他諸々に多大なる変更点が加えられている。

1177‐に限らず、いわゆる塗り千・貼り千は制御装置と誘導障害の関係で、令和2年までは専ら京急線内での運用に限定されていた。そのためこうして京成線内で撮った時は新鮮だった。まあ解禁されてから5年近く経って撮った写真だけどね、これ。

 

1185編成(1185-)

同じく16次車の1185編成。浦賀方デハの車番は1185、品川方のそれは1192となっているので、なんか鎌倉幕府みたい(※無関係です)。アラサーの私世代だと鎌倉幕府成立は1192年・いい国創ろうなんて覚え方だったけど、今の小中学生だと1185年説で教えられているんだっけ。

電車とは関係ないが、自称日本史オタクの風上にも置けないことを書くと、正直西暦を覚えたところで…と思う。私自身、日本史は前後の流れで覚えていたし。例えば鎌倉幕府成立に焦点を当てるなら、何年に成立したということよりもそれまでの流れと繋げて覚えた方がいいはず。まあ、第一志望の大学入試で過去問10年をやりこんでも聞かれなかった西暦を聞かれて爆死している俺が言うことでもないか。

 

同じく京成線内で撮影の同編成。後述の塗り千こと1200番台を含めた他社局線直通解禁が令和2年5月、当時は進学先の甲府に住んでいた私は中国の武漢で発生した新型コロナウイルスの影響もあってそれをすっぱ抜くことができなかったのが悔しいが、これからも沢山撮れるはずなので日常の記録を蔑ろにせず、撮れる時に目の前にある撮れるものをしっかりと撮っていきたい。

 

どうせなら線内の運用での写真も撮りたいけど、きっとまた撮れることだろう。15次車の4両2本と16次車はステンレス車体へのラッピングだったが、結果としてこれは短命に終わって、翌年度の17次車以降はステンレス車体への塗装という全国でもなかなか類を見ない形態が爆誕することになる。

 

1201編成(1201-)

17次車は平成29年度に登場した。京急120周年を記念して8両編成は1200番台と区分されたため、これまで1001編成から連番で来た1000形8両のうち1193編成は結果として欠番となってしまった。

1177編成・1185編成を貼り千と書くこともあるが、したらこちら1200番台は塗り千だろう。ステンレス車体に塗装ってなかなか凄い気がするけど、これもある意味では京急だからできたことなのかなと思わないこともない。

 

1209編成(1209-)

こちらも17次車の1209編成。17次車にあっては先述の通り平成29年度竣工だが、うち8両3本は側面が美白の状態でJ-TRECを出場したことも特筆される。これは同時期にE353系量産車の塗装もやっていたこと等、色々な事情が蒲田や新町に文庫といった主要駅の配線と京急全体でのダイヤよろしく超複雑にかみ合ってしまったことに起因するんだそうだ。

 

私個人としては高校生時代の写真もだいぶ使った当記事で書くのもアレなんだけど、一方の大学生時代だけとはいえ甲府市に住んでいたこともある私としては、慣れ親しんだ4直の車両を語るに際して同じく大学生時代以来慣れ親しんでいるE353系京急の車両とも同じメーカー製ってだけなのに繋がりがあるのがなんかエモい。

 

さて、そんな塗り千だが基本的にラッピングか塗装かの差異を除くと多分そこまで変わらない。少なくとも8両のそれは足回りが同一なので、令和2年までは貼り千同様に他社局線からは出禁を喰らっていた(1177‐で書いた通り)。

おそらく2000形8両の後継として当初増備されたかと思うが、大人の事情で都営も「入って、どうぞ!」とは言えない2000形と異なり誘導障害さえクリアしたら他社局線への入線も可能なので、そういう意味では結果として運用に特段の制限のない新1000形で2000形を置換えたのは極めて合理的なのかもしれない。

余談だが、2000形もれっきとした京急の車両。だったら泉岳寺までは入れても問題ないはずだし、実際に同駅1・4番線は京急の管轄の線路。ただしその先の引上げ線の管轄が都営であるため、前面に貫通扉のない2000形や800形は入線できないと聞いたことがある。

 

1217編成(1217-)

こちらも同じく17次車。個人的にそこそこ遭遇する印象が強い気がする編成。アルミ車から銀千に貼り千から塗り千と、まるで同一形式とは思えない個体差がすごいが、それも新1000形アイデンティティかもしれない。正直銀千は銀千で好きだけど、貼り千・塗り千もほぼ同じ顔ながら側面も違うので、撮り鉄としての目線に限ってもそれだけバリエーション豊かで大変ありがたいことだ。

 

1225編成(1225-)

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19次車として令和元年に登場した編成。当初はラッシュ時の2100形代替として登場したものの、竣工から数日して新町での事故の当該となり翌年に廃車となった1137編成の代替として今日も活躍しているらしい。

何でも「2100形および新1000形車体更新車のけいきゅんステッカーを剥がす・1500形1707編成の廃車」の双方が令和6年度内の実施予定だと「京急社員の俺のダチ」から聞いたという人間曰く、1225-は1137‐の代替ではないらしいので、実際は知らないけれど。なお、その「俺のダチ」兄貴は既に墓石の下に眠っている。ち~ん(笑) ウ ン チ ー コ ン グ 

 

https://cdn-ak.f.st-hatena.com/images/fotolife/C/ComExp2133/20240429/20240429005937.jpg

個人的にどういう訳か京成線内でも何かと遭遇するイメージのある編成。所属の関係?もしくはよくある腐れ縁?

 

塗り千の8両ではこの編成が一番遭遇しているかもしれない。今後ともシクヨロ、いやそれは別に1225‐に限った話ではないが。新1000形総選挙みたいな企画があったら私は投票先に迷うこと間違いなしだが、それだけ魅力的なバリエーションなんだと思っている。もっとも、それが1形式というのもなかなか類を見ない訳ではあるが。でもそこも含めて新1000形ならではの魅力なのかもしれない。

 

新1701編成(17011-)

そんな新1000形に更なる新形態登場。あーもうめちゃくちゃだよ~。京急名物の逝っとけダイヤ新1000形の形態差のどちらがカオスなのかについて、私が10年前の高1の時に放棄したまま時効を迎えた自由研究でまとめてみようかと思ったけど、多分それ鉄道高校でもないと単位取れないわ。

 

新1701編成は22次車に分類される編成。1225‐までとはまた異なる形態(編成構成や見た目等々)となったが、今年度竣工予定の23次車となろう1702編成・1703編成は車体側面の塗装をキャンセルした令和の銀千となるようだ。

この記事が出るまでに竣工するかは不明だが、1700番台に関してはいずれ増備が完了した際に改めて全編成記録シリーズとして記事を書きたい。ただし、付番法則だけに鑑みるとそれが果たしていつ終わるのかが不明なので、10年ぐらい後になるのかもしれないけど。

 

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