おはようございます。本日は昨年の過去画から255系ラストラン当日の様子をお伝えいたします。

せっかくなので佐倉市民時代からお世話になってきた255系しおさいのラストラン、佐倉から乗っていこうと思います。その前のローカルは無灯火で入ってきてたな(笑)。そういうこともあるよね。別にそれが違反かどうかは知らないです。

佐倉の乗車位置目標。まだ残っているのかな。四街道は残ってるんだけどね。

お目当てが到着。編成はBe-04編成、執筆日時点では幕張車両センターを警護する運用に就いている。この記事が世に出る時、もういないのだろうか。流石に寂しいし、予備1編成体制ということで255系2編成で臨時を回していってくれたらいいんだけどな。

懐かしい。好きだった、この場所って感じだ。この次の日に久しぶりにE259系に乗った時に改めて快適だなと思ったけど、255系もよかった。普通席だと肘掛けがないから、隣が来た時なんかは最悪だったけどね。

これ以降上りしおさい号として255系に乗ることはなかった。なんかな、結局撮影は満足してしまっているんだけど、何回でも乗りたいと思ってしまう。いつも指定してきたモハに乗って快速線内の爆走を楽しむもよし。グリーン車に乗って客レ感を楽しむもよし。本当に乗っていて楽しい電車だった。なくすには余りにも惜しい。

脳内BGMは田園でお願いします。私が育った佐倉市を255系の車窓から見られたのもこの日が最後だった。まあ255系の窓自体はそこまで大きくないけれど、でも幾度となくここを255系で通ったのを懐かしく思い出す。

もちろん飲んでいます。当たり前だよなぁ?いや当たり前だよなぁじゃねえんだよ。アホが(笑)。佐倉の駅前のパチ屋に入れば喫煙所があるので、そのついでに一服して買っていました。氷結を敢えて選んだ理由は青と黄色だから。いや多分違うかも。もうだいぶ前のことだから記憶があいまーい。

快速線内を走行ちうの一枚。あの西船橋~市川あたりでかっ飛ばしていく時のモーターのうなりは忘れられない。マジでいい音をしていた。駆け抜ける歓びはプライスレス。

終着の東京で撮影。ラストランだもの、今まで沢山撮ってきた255系ガチ勢の皆さんが先頭に固まってとても激Vな写真を撮っていた。いやあ、今日まであっという間でしたよね。ラストランでも先頭で撮りたくなってしまいますよね!そんなに興奮しないでください(笑)。
さて、折返しにそのまま同じ編成に乗るのもナンセンスなので(知らんけど)、上野駅で時間を潰そう。

まあ上野駅16番・17番線だからタバコ目的なんですけどね。(誰かと違って)折返し乗車はしていないのでご安心を。17番線から常磐特急が出るのが懐かしいと思ってしまうあたり、俺も年を取ったなあ。公開日の時点では上野東京ライン開業から10年だもの。びっくりですよもう。

改めて、こちらはときわ97号。金曜日のみ運転される臨時列車ってことだ。まさにシンデレラエクスプレス。遠距離恋愛や単身赴任、人間には色々なドラマがある。そんな人たちがきっと金曜日の夜に大切な人たちに会いに行くのだろう。会いに行こう。
ふざけんなよ世の中全員が月金9時5時で働いてると思ってんじゃねえぞクロリーマン共が。

編成はK13編成だった。E657系、ちゃんと撮りたいなあ。仙台までひたちを乗り通してみたいけれど、少なくとも上野~水戸あたりは混んでいそうなのがね。そこがネック。でもアレか、これが仙台でも見られるっていいなって思う。実際見たけど。

ここには10年前まで中間改札があった。この2本のホームが常磐線特急のためのものだったことに起因するものだろう。私も一度見学に来た時に、当時何も知らないガキだったため、「見学で入るにはどうしたらいいですか?」と改札の駅員さんに聞いていたっけ。普通に入場券を買っていただければ結構ですと対応していただいたものだった。今でも中間改札があればなと思いつつ、しかしタバコを吸いに行く度に150円ってのもアレだしな。まあSuicaだったらスイスイ喫煙所なのかもな。何言ってんだお前。
さて、東京に戻ろう。総武本線特急として255系に乗るのは泣いても笑ってもこれが最後だ。

見慣れた発車標に9両の表示が出るのもこの日が最後。いや、改正でE257系5000代が幕張に常駐ないし転属してくれていたら、また見られるかもだけど。成田エクスプレスの7分後というのが千葉・四街道・佐倉までは空いていてよかったものだ。※この日は例外

しおさい11号は改正から20時45分発となり、車両もE257系500代5両に変更された。現行(執筆日時点)のしおさい11号の時刻の方が使い勝手はいいけれど、でもこの当時の時刻だと先述の通り空いていてよかったものだ。また改正後の11号は佐倉行で、終着佐倉ではローカルに接続するダイヤとなっているが、このダイヤでは銚子行最終でもあった。銚子発着が実質切り捨てられた印象も否めなくて、それが房総の魅力の発信に繋がっているのかは私にはわかりかねる。房総の魅力の発信(笑)。もう千葉支社いじりやめるんじゃねえのか(笑)。

この乗車位置目標もなくなってしまったな。という訳で、本当にこれが255系にしおさいとして乗るのは最後のことになりました。まだ前にいるのはE217系横須賀線だけどね。これもこの日から1年ほど経つ公開日にはどちらも見られない存在になっているのだろう。

でもなんか逗子ライナー(ホームライナー逗子・E257系500代5両か)のそれは残っていて草。アレもまあ結局大宮が5両のE257系を欲しがったせいで消えたんだろう。まあ大船まで湘南や成田エクスプレスもあるから、そういう意味では別にいいんだろうけども。欲しがりません勝つまでは。いや既に特急事情では負け組となっている千葉県民としては、勝つまでは欲しがらざるを得ない訳だけど。

さあ、乗っていきましょう。先頭の喧騒なんて知ったことか。あいつら、きっと僕以上に沢山255系を撮ってきて乗ってもきたのだろう。思い出はみんな人それぞれ。

そういえば朝から何も食ってなかったので、酒と一緒につまみも購入。こういう日は奮発してもいいですよね。氷結の青と黄色は255系、ハイボールはE259系新塗装の貫通扉。何言ってんだお前。

別の日の写真の現像をしていました。なお、往路のしおさい12号と同じ車掌さんが乗務されていたと思う。この11号においては、少なくとも後述する下車駅までの間にはいわゆる「さよなら放送」みたいなものはなかったが、「自由席、指定席共に混雑が予想されますので、座席の上には荷物を置かないようお願いいたします」という旨の放送はあった。でもごめんなさい、隣空席だったので普通にリュック置いてました。

最後の255系しおさい。13号でもよかったか、でも11号でもよかったかもしれない。見慣れた景色、二度と並べない思い出の道。また255系乗りたいな。ほんとさ。どうかこの記事が公開される時までに、もう一度何かしらの形で私が255系に乗れていることを切に願いたい。651系1000代みたいなオチはやめてクレメンス~。
成東で下車。佐倉までだと寂しいし、かといって遠くに行きすぎるとそもそも当時居候していた実家にも帰れなくなるので、ではまあとりあえずノリで成東ってことで。

これはこれは(笑)。この時の改正で燃えた京葉線E233系ではありませんか(笑)。まさに柿と沼のバラード。意味がわからない(笑)。柿じゃなくて池だろ(笑)。京葉線のワインレッドは令和6年3月改正での大炎上を予言していたってことだ。そんなことあってたまるか(笑)。情熱の赤いバラ~。そしてジェラシー。
成東では折返し乗車に際して一度改札を出てタバコを2本吸った。タバコ、結婚したらやめます。でも結婚願望は別にないし、今好きな子も結婚願望はないと言っているし、私はそもそも結婚したくてもできない側の弱い人間なので、タバコをやめる日はないだろう。

四街道で255系が総武本線千葉以東を走る最後のそれ(なお翌月に撮影会で佐倉までは来ています)を撮っていきましょう。
こちらはしおさい11号に充当されたBe-01編成。本来の運用であれば佐倉の2番線に停泊する運用なのだが、翌日からしおさい号は4号・11号を除いてE259系で運転されるため、この日に限ってBe-01編成は幕張車両センターに回送された。
当時の記事の私曰く、座席が東京方に直されていた。実際この編成も6月までのの京葉線経由の特急の代走?には充当されていたからね。そして切り位置ではミュージックホーン。本当にいなくなるんだなと寂しくなった。

こちらは定期回送で、成東行しおさい13号の運用を終えた編成は幕張車両センターに回送されていく。この編成のフル点灯ハイビームは6月28日の本当のラストでも拝んでいるとはいえ、この時にも撮れてよかった。またこちらの回送でもミュージックホーンが鳴った。あんなに255系のミュージックホーンが切ないと感じたのは後にも先にもこの時だけだっただろうか。
詳細はこちらへ。この後に普通に実家に帰ったと思います。
撮影 令和6年3月15日
執筆 令和6年11月15日