皆さんこんにちは。1月にスタートした大学生時代の過去画も8月まで来ました。平成30年分は諸事情により写真が少ないためあっという間に終わってしまいそうですが、いつかまた新しい写真が出てきて焼き直しているかもしれません。冷めたピザと評された小渕元総理(個人的にそこまで嫌いではない)とは対照的に、焼き過ぎたピザなので電子レンジでチンする訳にもいかないだろうといわれると何とも言えないのだけどね。まあいいじゃんそういうの。

諏訪湖花火関連は既に過去画記事として触れているので省略し、数日後に運転された185系の話に移行しよう(提案)。なお同日はE655系の団臨も運転されていたものの、お待たせ!185系しかなかったけどいいかな?というオチになってしまった。結果としては撮っておいてよかったのでまあいいと思う。写真の出来はさておいて。もうこの撮影地も何年も行ってないんだなぁ。

復路は団体表示。今の俺ならもう喜び勇んで塩山ストレートに行くことかと思うが、当時は無難に金手で撮っていたらしい。脳死だったんだね。なお通過時刻は16時39分、当時16時半ごろ発の定期特急あずさ24号の後に続いて走っていたみたいだ。時刻と列番、本当に公表するんですか?まずいですよ、絶対パニックになります!
この頃のTwitter情報を見るとホリデー快速鎌倉での運用終了等々が話題で本列車の情報があんまり出てこなかったけど、まあ仕方ない。思えば特急車両での快速運用なんて今思えば本当に贅沢な時代だった。
さて皆さん、当時のダイヤで甲府16時半のあずさ24号の次に甲府を発車する土休日上り列車の存在はご存じだろうか。

当時は9月いっぱいではないかと言われていたはまかいじ号だが、結果として翌年1月までは運転されたので当時の私には是非とも安心してほしい。はまかいじは一度だけ乗車したが、笹子トンネル内での轟音は爽快だった。そして当時圧倒的にはまかいじ充当率が高かったB3編成での運転でもあり、私はこれが最後の撮影になった。この1週間と少し後、B3編成は長野に自走で廃車回送されている。
前にも書いた通り、9月からE257系0代の東大宮常駐と波動輸送が始まったことに因るものなのだろう。B3編成が圧倒的な確率(私のオレ調べ)ではまかいじに充当されていたのは、恐らく比較的検査期限に余裕があったであろうB5編成の延命のためではないかと今になって思い始めた。検査期限一切調べてないから知らんけど。なおB5編成は令和4年1月にB7編成と共に廃車回送されているが、それはまたいつか触れるかもしれない。

ホリデー快速ビューやまなし(以下ビューやま)に関連した回送は今回もNL-2編成。私が撮る215系は圧倒的にこの編成が多かった。まあビューやまかそれ関連の回送ばかりだったけどね。区間快速アクティー時代の私はせいぜい3ちゃいぐらいだろうから撮りようもないし。
ビューやまは215系が耐寒耐雪構造ではないため冬季の運行こそなかったが、それ以外のシーズン、特に私が甲府に進学した平成30年から事実上の運行終了となる令和2年11月までは楽しませていただいた。これらビューやまを取り上げた記事が、皆さんが215系やビューやまを思い出すトリガーになっていたら撮り鉄としてもブロガーとしてもそれ以上のことはない。

デデドン(迫真)!耐寒耐雪構造ではないから運休だったんじゃないのかお前…。令和2年3月下旬、もう桜が咲く音がしていたのに雪が降るというギャグをぶちかまされたこともあった。これはまだもう少し先の話。平成30年に時間軸を戻そう。

This is the last photograph presented from that day. The unit M-102 was assigned to the limited express 'Kaiji' No.107, which departed Shinjuku at 12:30.
Although most of the limited express 'Kaiji' trains have been operated by the E353 series since July 2018, this train continued to be operated by the E257 series. I often used this train from Shinjuku because it ran at a convenient time.
※お使いの端末は正常です
この数日後には関西遠征を決行していたのだけど、それに関しては別記事を仕立てているので今回は省略。

一応その時の撮影から1枚抜粋ということで阪急5300系を選ばせていただいた。この時に知り合ったFFさんとは今も親交があって、ありがたいことだと思う。詳細に関しては、同遠征のリブート版という形で新たに出す予定なので、そちらも是非楽しみにお待ちいただけたらそれ以上のことはない。
関西から帰ってきたその翌日には千葉に帰省するという頭の悪さ。これ普通に直帰でよかったんじゃね???それに気が付いたのが令和7年というのもまたたまげたなぁ…。勝手にたまげてろ。いやたまげたよ。もう少し考えて行動したらよかったのに。
何はともあれ、甲府を昼に出発するかいじ110号(E353系)の自由席で帰ったのは覚えている。写真がないので令和6年に乗車した千葉行の特急あずさ50号で代用してるけど。

編成はS110編成だった気がしつつ、記憶は定かではない。しっかりしてくださいよもう…。当時使っていたTwitterアカウントが公開用・身内のオタク向け非公開用共に現存しないので確かめようもない。でも仕方ない。インターネットは自由な空間ですから。

して新宿から五反田経由で浅草線に乗っていたんだっけ。こんな写真が出てきた。奥の銀千が1137編成かどうかは不明であるものの、手前の5300形5303編成と真ん中の3400形3428編成は既に現存しない。思い出した、当時新車かつ限定運用(07T)だった5500形を撮りつつ、未乗区間だった泉岳寺~西馬込を完乗していたんだったね!思い出した思い出した。5300形のあの癖の強さは本当にいいキャラだった。まあ3400形もだいぶ癖が強い気もするけど。ブレーキは弱いけどね。
5303編成は5300形全27編成の中でも早期に廃車となっているので、結果としてこれが最後の乗車だった。その節はお世話になりました。

そうだそうだ、07T限定だったんだよなぁ。もう記憶の遥か彼方にビュンしていた。新宿から山手線で五反田に抜けて、都営線内用のフリー乗車券を買って5500形試乗も兼ねてセルフ馬込ローカルやってたんだったな。五反田で5500形を撮った時にハイビームになったのも面白かった。切り位置で(笑)

画面撮りデータしか現存していないのは私のデータ管理能力のNASAなのでそこは申し訳ない。だがしかし、こんな感じで面白かったのは事実だ。この時のSDカードってどこ行ったんだ?残念ながら過去記事を照会しても出てこないのが残念だ。なお5500形に関してはハイビームになるとフル点灯になるので、ぶっちゃけ美味しいのが事実。確定ファンサってことだね!
いや、確定ファンサは推しからのだけで結構です。

どうせなら都営線のフリー乗車券の元を取って押上まで、もっというなら新宿線の本八幡まで乗って少しでも金を浮かしておけばよかったのに…(呆)。某氏そんなんじゃ困るんだよぬぁあああ!ということで出たばかりのバイト代で255系に乗ってました。ガキがいっちょ前に特急乗ってて草って言われそう(笑)。JRの社員にな(笑)。その事件が起きるのはもう少し後なので今回は省略。時刻に鑑みると当時のダイヤ基準で東京を15時半過ぎに出る「しおさい7号」だろう。

現行ダイヤでは同じ時間帯のしおさいがないので不便だけど、成田エクスプレスの千葉停車が拡大された上に当時とは違って千葉市民になったので正直私自身はそこまで不便していないし、その時間帯に乗ることもないという。とはいえ特急が純減・減車となる佐倉以東の各停車駅ならびに沿線ユーザーとしては好ましくない状況であることも事実だろう。千葉県民としては正直銚子に行く時にフル区間で高速を使えず、横芝からは片側1車線の国道を通るしかない以上、しおさい号がここで減便してしまうのは残念極まりない。まあその話をしていると長くなりそうなので、やめだやめ。
なんかBe-05編成に乗ったような気はしなくもないが、もう記憶がry。当時の乗車記録等々がないのはやっぱり痛いですね…これは痛い。255系の撮影に関してはこれ以外の編成も全てフル点灯ハイビームで撮っているので悔いはないが、乗車に関してはもう少し乗ってみたかったなと未練が残る。
執筆日の時点ではBe-03編成だけが幕張に残り、令和7年ゴールデンウィークには臨時特急に充当されて大きな注目を浴びていた。オタク専用列車になる可能性もあるのでアレだけど、もう一度だけ乗れて車内で酒を飲める日が来たらそれほど嬉しいこともない。

無事に佐倉に着きました。佐倉まで自由席を使うと錦糸町からでも50.5kmで自由席料金がアレだったのが懐かしい。なお全席指定になった今、えきねっとチケットレスサービスを使うと自由席とほぼ同額で指定席を利用できるというお得っぷりなのがすごい。まあなんか数年ぐらいして値上げになってそうだけど。そういう観点でも、全席指定化へ反対する論調が今一つわからないというのは私のお気持ち表明に過ぎない。
今回の帰省では特に何かを撮ることもなかったみたいだ。うちの猫がちゅーる食ってる写真はあった。グルメな奴め。そんなとこもひっくるめて全部大好きだけど。
という訳で短めの帰省を終えてE353系で帰路に就こう。あずさ回数券バンザーイ!

8月下旬もあずさ回数券パワーで甲府に帰還。中央線にある程度詳しい方であればおわかりいただけると思うけど、鳥沢→猿橋での撮影。この半年後の2月にあの川に足を突っ込んで電車を撮っていたアホは私である。悔いはない。E259系の河口湖エクスプレスも撮れたのはでかかった。その話もいつかまた焼き直すかもしれないし、焼き直さなかったらサーセン。

ありがとうございました。これはどう見てもE353系だね。そうか自由席に乗っていたんだなあ。E353系の自由席表示が懐かしい。というのも、ご存じの方も多いかと思うが翌年3月以降は基本的にE353系で運行される列車は全ての車両が指定席になる。

もっとも、この当時運行されていたおはようライナー等の実質的な後継ともいえる特急「信州」で2年間だけ復活してたんだけどね。信州は長野~松本・塩尻の通勤通学需要に応えた特急だけど、私が数回見た感じでは旅行帰りと思われる客もいた。しなの号がない時間帯の同区間の着席需要に応えた列車だが、本記事では関係ない上にこの当時はそのような列車の設定も知る由がないので、また話を戻そうと思う。何回話脱線するんですかね…(困惑)

武田信玄公像。私の当時の自宅は甲府駅南口側だったので、南口の信玄公像は旅の終わりでもありはじまりでもあった。信玄公に見守っていただいた4年間だったって訳だ。成人してからは信玄公像の近くにある喫煙所にも沢山お世話になったし、今も甲府に行くとお世話になっている。ちなみに北口には信玄公の御父上である武田信虎公像がある。信玄さん何がすごいかって、今の私より若くして甲斐の国の主になっていることだよね。それ以外にも沢山あるけど。

8月末にカメラを新調して一眼を導入しました。その一発目になる写真がこちら、M-106編成の特急あずさ号。当時のあずさ10号を語る上で外せないのはやはり停車駅。この列車は甲府から先の停車駅が石和温泉、塩山、大月、八王子、立川だった。山梨市駅くん…。これ以外の列車、例えば石和停車のスーパーあずさや三鷹通過のかいじ号に四ツ谷停車のかいじ号等、平成30年度の中央線特急の停車駅はまさに百花繚乱。当時それをまとめた記事を出しておけばと思ってしまうレベルだった。
翌年の春改正で一旦は峡東3駅(石和温泉、山梨市、塩山)を全ての特急あずさが通過するようになり、またその関係でJRに非難轟々代々木にGO(これがほんとのJRファイヤー)となったものの、今はそれも解消されている。なお同改正では諏訪エリアを中心に長野県内の停車駅も大幅に削られて、やはり非難が殺到していたイメージ。
その代わり、最速便だと松本~新宿の停車駅が「茅野、甲府、八王子」というぶっ飛んだ列車もあったので、趣味的には面白かったけど。3500形未更新車を3600形と東急8500系のハーフみたいなんて無知を晒しつつ各線区でドヤ顔でイキっているキッズからの「立川通過する訳ないだろコメント」をお待ちしておりません。待ってねえじゃねえか(笑)

かいじ108号のS110編成。当時の記事によると「先日も世話になった」らしいので、恐らくは先述のかいじ110号で乗ったのもこの編成で間違いないかと思う。S110編成に限らないが一部のE353系はJ-TREC出場を出迎えているので、この先E353系がどのような運命を辿るかは不明ながらも最後までその動向を追っていきたいし、最後まで抑えていきたい。でもまだお別れはずっと先がいいなあ。
なおそんな私がAIに寿命の予測を立ててもらったところ、30~35歳で死ぬ可能性が4割との回答を得た。しかも食道静脈瘤破裂で吐血するらしい。マジかぁ…。目標としている2,000日連続投稿達成ってできるんだろうか。いや問題はそこではないだろうが。

This is the limited express 'Azusa' No. 13 to Matsumoto, which departed Shinjuku at 12:00 p.m. Units M-116 and M-203 were assigned to this train. Although some limited express 'Azusa' trains have been operated by the E353 series since July 2018, this train continued to be operated by the E257 series. I fondly remember that I used to photograph the 'Azusa' No.13 at around 12:30 because of my interest in the E257 series.
※お使いの端末は正常です(2回目)
せっかくのフル点灯ハイビームなのに表示負けは残念だけど、E257系0代、現2000代と5000代を撮る楽しみの一つに表示の勝ち負けもあるのでヨシ。というか楽しんでたしね俺。それよりは顔面の虫汚れが気になって仕方がない。撮り鉄が何を言うかって話にはなるが、JRさんが企画してくださる撮影会のノリで高圧洗浄機等での洗車イベントなんかがあればと思わないこともない。担当社員の方のご指導も受けてみたい。洗車はスポーツだもの。

時系列が前後している可能性があるので予めそこはごめんなさい。こちらはN610編成のローカルで、関西遠征の前夜に甲府から高尾行の終車(当時22時7分発)として利用していたのを覚えている。ロングシートだったし当時の俺は少しがっかりだった気もしつつ、特急の待避さえなければそこまでべらぼうに遅い訳でもない以上案外ローカルも悪くないと思ったものだった。なお同編成は14編成いる211系長野車6両の中で、特に遭遇する回数が圧倒的に多かった編成でもある。なんなら甲府に引っ越す前にも撮ってたしね…。
長野地区にE131系200代が入るのはほぼ確定。もしかしたら既に新津の事業所で実車が製造されているかもしれない。3両20編成をどのように運用するかは気になるところだが、211系にもついに後継の話が出ているのが何とも言えない気持ちになる。

最後に思い出として甲府駅前の家系ラーメン「大黒屋」での1コマ。こうして私は太っていったのだろうが、家系ラーメンは美味しいので仕方ない。というかどちらかというと私の太り方は酒のせいなんだよなぁ…。大黒屋のラーメンは本当に私に刺さるので、また甲府を訪れた際には是非ともお邪魔させていただけたら幸いだ。この日に撮った写真に関しては驚いたことに記事にしていなかったようなので、当シリーズとして別の記事として取り上げさせていただこうと思う。いや一部はしてたけどさ。
[blog:11696248318754550872:banner]
少し触れた関西遠征リブート版については追って別記事でお送りする予定です。どうぞよしなに。

