ダラダラと続けてきた東北遠征の一連の撮影も終盤が近づいてまいりました。なんならギリ日没前の新幹線で帰路についているということもあり、カーテンコールの途中で舞台を退席するかのような寂しさがありました。また遊びに行こう、また帰ろう。弘前生まれの私は普段千葉好きを前面に出しつつ、確かに私は千葉出身とはいえ、生まれ故郷である東北も同じく大好きなのは変わらないらしい。

という訳でおさらいにはなるが、こちらの快速で塩釜を目指す。鶴舞線の某学生ばかりの駅とはもちろん違うが、しかし字ズラを見て少しだけトラウマが蘇った。通学は仕方がないにせよ大学院生だった時のバイト先で業務上致し方がないとはいえ地下鉄を使わされた時はいらいらしたものだった。混んでるし本数ないしドア周りに固まるのばっかだし(地下鉄の落ち度では無い)。別にもうどうでもいいけど。HB-E210系はずっと撮ってみたかったので、今後もまた撮りに行きたい。

少し歩いて本来高城町から乗るはずだった電車を撮影。MのいくつってなんかBMWみたいでいいね。何言ってるかわからねえよアホ。また警察車両にしか興味のないクチャラーが唾飛ばしながら話遮ってくるぞ(笑)。本人見たら怒りそう。だから東北記事でそういうこと書くのやめようぜ(笑)。マジで(笑)

改めて、仙石線の205系でも撮っていこうと思う。このカラーリングを見ると個人的には東京メトロ東西線という感想しか出てこない。まあ仙台レベルの都市での4両なので、ある意味ではメトロの東西線も仙石線もラッシュ時の混雑は酷そうだけど。そうか、その混雑に度肝を冷やして真っ青になったんだね。納得だ。ちげーよ(笑)。
なおこの編成のうちクハの新製配置は三鷹電車区で、ミツ23編成のサハだった。昨今だとサハは真っ先に廃車対象となる可哀想な存在だけど、そういう意味ではクハに転生して東の205系の中でも長生きできているのは幸運なんだろう。209系2100代をマリCなんて略し方をする不正乗車常習犯のキョロ充(なお電子計算機使用詐欺の罪は軽くありません)が三鷹の205系をどう略するかについては気になるところ。してモハ2両は元々山手線に新製配置された車両で、ヤテ29編成のモハだったとのことだ。

M3っていうと私はやはりBMWに走りたくなる(だったら新車で買ってみろ)けれど、恐らくそれとは全く関係のないM3編成の東塩釜行が来た。仙石線という名称もあってどの電車も石巻に行くかと思っていたけど、冷静に考えたらそんなこともないか。ストレートシックスの良さを語るとこの記事が終わらない上に私がただのアホであるという自己紹介で何文字書くんだという話になるので割愛。折返して帰ってきた時にまた言及しよう。

続いてM6編成。私が青系の色が好きということを差し引いても爽やかなカラーリングでいいなあと思う。クハはそれぞれヤテ21編成とヤテ23編成のサハ、モハはヤテ23編成からの転生らしい。いや転生という訳でもなさそうだけどさ。無論全ての車両がそうではなかったかと思うが、しかし山手線205系の残党が令和の今もこうして生きているのはなんかエモい。私が生まれた頃はまだギリギリE231系500代が出てくる前だったということもあって。結局仙石線にはE131系の投入となったけど、もし中国の武漢で発生した新型コロナウイルスがなかった場合、E231系の転用なんてのもあったんだろうかね。

M16編成の高城町行。読み方は「たかぎまち」です。撫牛子や愛子や酒々井に比べると圧倒的に難易度が低そうな地名に見えて、実は難しいというトラップ付き(あくまでも私のオレ調べによる)。それはさておき、このM16編成は確か野蒜から陸前小野の間を走行中に震災に遭遇していたが、結果として津波の被害を免れた経歴もある車両だ。だから残せムキー!となると痛い電車マニアと同類になるし別にそうは思わないが、しかしそういった歴史があるということは記事として残しておきたい。

M1編成のあおば通行。トプナンの呪いでちゅ!おっそうだな(適当)。4号車は埼京線カワ8編成のサハ、3号車と2号車はヤテ18編成、1号車はヤテ17編成のサハが元のアレ。この編成に限った話ではないが、205系転用劇において、冷静に考えると納豆とめかぶとみそ汁とキムチとたくあんを一気に混ぜたかのようなカオスさがある編成もある。
しかしそこがまた面白いなと思うし、後継のE231系と異なりサハももれなく有効活用しているのは大学生以来の一人暮らしでケチケチした生活をしている私からしたら好印象でしかない。ケチケチしても運賃はケチらないけど(値引きは使うが不正はしないという意味で)。あっそれが普通か(笑)。誰だ、正規運賃を落とさなくてもいいなんて言ったのは。

東西線E231系800代の後継にしか見えない(笑)。あれじゃね、東西線の配線改良の暁には増発だろうし、この辺の205系ストックしておこうぜ。なお貫通扉はないのでダメそうである。いやダメじゃねえかよ!

4号車はかつてのヤテ17編成、残り3両はヤテ19編成という構成のM2編成。先ほど沿線で撮って以来の遭遇でございました。マンガッタンライナーの引退なんて話題も上がっていたけれど、こちらのM2編成はまだまだ現役。というか仙石線205系もいい感じ(全くいくない)で限界なのに運用削減をいいことに使える車両を減らして大丈夫なんですかね。いやほんと。維持費もかかるだろうから、一概に素人の私がのれそれ言えたもんじゃないけどさ。

M3が帰ってきた!ストレートシックス!お前はちょっとBMWから離れろバカ。買ってから書けや。4号車から順に元ヤテ18編成、ヤテ20編成、ヤテ20編成、ヤテ18編成から構成されているらしい。ゲーミング塗装なのが個人的にだいぶ推せるのだけど、この編成が2WAYシート車だからなんだろうと思う。ウェーイ!自称ウェイ系(キョロ充)ほど勝手に他人の顔をインスタのストーリーに上げるアレはどうにかならないもんかね(笑)。あと社会人なのに学生の家に居候して家賃水道光熱費全てを踏み倒すのも。

差分でもう1枚。HB-E210系も来てくれた方がバリエーションとしては美味しかった(ウェーイ)なんだけど、でもこうして仙石線の205系だけでも個性が強い上に、各編成のルーツを辿るとまた奥が深いのでそれだけでも美味しい(ウェーイ)。ウェーイって何だよ(笑)。身体に絵を彫り込んでそう。

ウェイウェイウェーイ。なんか栃木県あたり走ってそうなカラーリングやんな。いや意味がわからない(笑)。でもなんかオシャンティーでよくない?って思いまして。いちごっぽくない?冗談はさておき、2WAYシートやこうしたカラーリングといった仙石線の伝統(ルビ:実験台)が後継のE131系にも引き継がれたらいいなとは思う。ないと思うけど。ここにE131系も加わった時が一番楽しそうである反面、E131系に2ウェーイシートが引き継がれる可能性は低いので何とも。せめてマンガッタンライナーだけでも…

という訳でバイバイ。それにしても私がバカであるということの自己紹介でここまでの字数になるあたりお察しである。こんな奴舎弟にして金ヅルにしてウェーイ!そうされても仕方ないね。全英が泣いた。舎弟が勝手に仙石線なんて撮りに行ってキィィィ!勝手にインスタに上げてウェーイ!きっつ(笑)

M19編成の石巻行。こうして撮っているとこの区間にはHB-E210系が来ないこともあって205系ばかりでバリエーションという点ではアレかもしれないけど、E131系統一後よりはまあ多少はね?ヤテ7編成として新製された車両のうち南武線ナハ48編成となった後に大人の事情で仙石線に転出することになった編成で、恐らくは国内に残存する205系のうち南武線塗装だった経歴のある車両としては最後の車両なのではないかとも思う。その辺の経歴に関してはこの編成が折返して帰ってきたら書きたいが、このタイミングでの石巻行なので無理だろう。
なので一応私が知っている限りの事情を書いておこう。元ナハ48編成、現M19編成は仙石線およびJR東日本に最後まで残っていた103系を置換えるべく、209系更新車に後を託して仙石線にやってきた車両。南武線205系のうち先頭車改造をされたグループは海外譲渡もされず廃車解体となっているので、そういう意味では運がよかったのかもしれない。※転属に際して脱車したモハ2両は別編成に組込んだ後にジャカルタで活躍ちう

そういや石巻って読めない政治家いたよな、復興担当か何かの大臣やってたんだっけ(笑)。何のコントだよ。日本の政治自体がコントみたいなところはあるからさもありなんと言われたらそこまでだけど。噛んだだけかもしれないが、よりによってそこはまずい。その程度の人間性なのだろう。
あと震災後に被災地で偉そうな態度とってたクソ大臣もいたな。それにしても東北をバカにしやがって、あのクソ大臣は死ねばいい。そう思って調べたら平成30年にガンで死んでた。がーん。ガンなだけに(笑)。地獄でも偉そうに威張り散らして閻魔様を困らせるんじゃないぞ〜。
さて、仙石線撮影記に関してはやっと前半戦を終えたといったところになるだろうか。次回は後半戦と併せて皆さんお察しのあの新幹線での帰り道(の前半)についても言及するので、ひとまずは明日の記事をお楽しみにお待ちいただけば幸いである。という訳で次回予告。

結局E2系ですかい。そんなオチだと思った。そうだよ何が悪いんだよ(笑)。舎弟が連休取って東北旅行していて悔しいのう。一切不法行為をしていない私としては文句を言われる筋合いもないのでE2系に乗って東京までの2時間半を堪能していきたいと思う。
このやまびこ号は終着の東京まで各駅に停まる上に途中でタバコを吸う余裕もあった(ホームの喫煙所において)ものの、なんか本当にあっという間に感じられて、はやて号のE2系に仙台→大宮で乗るどころかいわて沼宮内→古川ぐらいの所要時間という体感ですらあった。また次回以降、この記事の続編となる記事でその話をゆっくりとしていきたい。どこかの総理大臣(中国に媚びる)のようにネットリと書くことはしないのでご安心を(笑)