諸事情で消していた令和5年の写真のうちまだ供養できていなかったものがありまして、ついでに183系ラストラン(これ自体はどこかでも既に掲載していたらサーセン)の写真、また当時住んでいた名古屋からの帰還に関してお届けいたします。

まずは平成25年12月23日に千葉から長野で運転された幕張車両センター所属183系M31編成のラストランから。幕張車両センターにはもう1編成、M32編成も所属していたが、この前の週に同様の行路で廃車回送兼ツアー列車として長野に送られていた。これを以て幕張車両センター所属の国鉄車両は消滅した気がしなくもない。これですら12年前、実際にこれを撮りに行った時のことは今でも覚えているのだけど、もうそんなに前になるのかと思ってしまう。実際は11年1か月程度なんだけど。

当時の私はまだ中学生だった。思えば厳しい家庭(笑)に育ったのでインターネッツなんてせいぜいROM専ぐらいしかできなくて、LINEもTwitterもやっていないから周囲の人間に取り残されていたっけか。まあ中学の同期なんて全員死んでいるからどうでもいいし、結果として取り残されていて正解だったのはさておきね。そんな私は母が時折買ってくれる商業誌で色々な情報を得ていた。
その中の1つとして、当時は183系・189系が波動用車両として東奔西走して大活躍していたことを懐かしく思い出した。今の183系の後継であるE257系一部編成が似たように八面六臂で活躍している件についてはさておき、思えばあの頃が183系・189系の黄金期だったのかなあと思わないことも無いし、その頃にもっと色々と撮りたかった。まだ185系が30年選手だか20年選手だかで全車現役だった。

時系列を一気に令和に飛ばして、といってもまあ一昨年の撮影なんだよねこれ。実はこの前にJRの船橋のエキセンで255系やE217系に加えて特急車掌1名乗務の影響で千葉支社エリアに来られなくなったという噂もあるE257系5000代も撮っていたのだけど、詳細はこちらへ。今回の京成撮影記は東武百貨店の喫煙所で一服してからの撮影となる。船橋の駅前の喫煙所はいっつも並んでいて使いたくない。混雑にはひゃ~っ、勝てん!なんちって。何言ってんだこいつ。

なんかミスったので適当にトリミングしていたのであろう3838編成の各駅停車。思えばたまたま酒々井の沿線撮影地にいたら3838編成の試運転(宗吾~佐倉)に遭遇したり、その帰りに乗った各駅停車が試運転を終えた後の同編成だったりしたこともあった。残念ながら私には内部情報をお漏らししてくれる「俺のダチ(だから何がダチだよキモいな)」は当時も今もいないので、本当に偶然だったのが懐かしいものだ。もう6年前だけどね。多分もう記事にしているのでその辺は割愛。

車番とスピーカー。何で撮っていたのかは不明。この頃は帰省する度に寄生して行動を規制してくる面倒くさい人種がいてだるかったけど、もうそいつら皆死んじゃったんだなあとしみじみしている。ご冥福をお祈りいたします。俺はソイツに「育ちが悪い」と言われて(巻舌DQNの真似をしただけでね)、育ちが悪い(笑)なりにソイツの特徴的な見た目をバカにしたことはなかったのに、ソイツに指名手配犯の誰それに似ているとバカにされたのは内心殺してやろうかと思ったよね。

そんなクズ共のことを言及しているだけ時間と字数の無駄なので記事に戻ろう。こちらは高砂行の3030編成。まあ京成の高砂行なので敢えて書くまでもないけど、きっと高砂で種別と行先を変えることだろう。初見殺しもいいところだけど、実際に京成沿線で育った身としては別に暗黙の了解でおおよそのことを察しているので、正直京成沿線で育っていた高校生までの間はこれが初見殺しだなんて思ったことがなかった。名古屋に通うようになって名鉄のカオスっぷりを目の当たりにしてからようやく京成も地味にカオスなところはあると気が付いたし、名鉄沿線の皆さんからしたらそれが普通だったというところも新鮮だった。名鉄また撮りたいなあ。

さて、先ほどの3838編成を撮っているあたりから頭が不自由なお友達が沸いてきた。なんか歌ってたっけ、池と沼のバラードみたいな曲を。そんな曲ねーから(笑)。ひまわりの部屋を歩み出て~アタオカが近づく~って、もうやめとけ(笑)
マジで恐怖を感じたので、京成撮影はこれにて断念して爆速で2番線に退避した時の写真。僕は逃げる~2番線に~。虹と雪のバラード、個人的には人生2回目の札幌遠征の頃にちょうど地下鉄の接近メロディで始まったのが印象的だった。もう聞けないのが残念だ。何してんだよ秋元、Twitterの公開垢でこれを書くとまたクソリプが来ていたのだろう(笑)。横取りマウント10万円とかイキリ流しマウンティング小僧とかな。2人とも死んじゃったけど。
ここからはまた別の時の帰省。もう記事にしていたかなって思ったんだけどしていなかったというか案の定諸事情での削除となっていた。当時住んでいた名古屋市天白区から鶴舞線・名城線で金山に出て、千葉に帰ろうと思う。天白に住んでいた時に一番不愉快だったのは当時学生だった私の家に半月以上も無賃居候野郎がいたことか。なんであんなのの洗濯まで俺がやらされて、なんで俺は学業とバイトをしていたのにアレだけ遊んでいて、それでいて…と今更書いても金にならないのでまあいいか。今更日頃の恨みつらみまで言われるなんて辛いでちゅ~!某氏そんなんじゃ困るんだよぬぁぁぁぁぁぁ!!!

ミュースカイ4両だったんだ。名鉄というか中京圏の電車は全体的に短くて混んでいる印象はありつつ、ミュースカイは特急と違って金山を出ると途中神宮前以外は全て通過なのでまあいいだろう。実際普通に座れてたし。名鉄の特別車は360円で利用できるのがあんまりにもお得過ぎて、ユーザーの皆さんが羨ましくなる。JR東日本の普通列車グリーン車とは値段・着席保証の点では雲泥の差。もっとも後者だって車内販売があるからいいんだけどね。

ミュースカイが到着。セントレアまでよろしくどうぞ。いつだったか金山→東岡崎で1200系パノラマスーパーに乗った話も書いたっけか。まあバイトで乗ってたんだけどね。当時のバイト先は会社と店長とお局バイトジジイとジジイリスペクトチルドレン達がクソだったなあ。みんな死んじゃったけど。この記事で何人死んでんだよ(笑)
話をミュースカイに戻す。編成は2107Fで、私が最初に乗ったミュースカイかつ現時点では最後に乗ったミュースカイでもある。最初は令和3年8月の中部国際空港→名古屋だったっけか、院試終わりに(落ちたよ)名古屋に遊びに行っているってあたりナメプのクソ大学生だった。そんな昔の話はさておき、ミュースカイは爆速で楽しいし運がよければミュージックホーンを聞くこともできるし、何よりも常滑→中部国際空港の車窓が最高に心が洗われるので、また乗りたい。車窓自体は別にミュースカイじゃなくても見られるものだけど。

その1コマ。海の上を走っているかのような車窓がとても素敵だと思っている。なお到着前に車掌さんの肉声放送において「中部国際空港からご出発の皆さまはお気を付けて良い旅を。お帰りになった際にはまた名鉄のご利用をお待ちしております」といったアナウンスがあり、感動したのは今でも覚えている。名鉄もだし名古屋市営交通もだけど、あの辺の接客レベルの高さには本当に学ぶことが多かった。天白区原の飲酒運転幇助犯などっかの居酒屋とは大違い(笑)。床に落とした飯を客に出してんじゃねえよ。

中部国際空港連絡道との併走。ここは有料道なのでセントレアに車で行く際には必ず通行料金が発生する訳だけど、単発バイトで時々行っていた某レンタカー会社の回送バイトで実質タダ乗りしていたこともあったっけか。競業避止義務?メインのバイト先が契約書なんて渡してくれなかったので知ったこっちゃねえよ。すっこんでろ。

なんだっけ、いつも50プリウスだったな。50後期プリウスにもマイチェン前後があって、どちらも担当した。見分け方はオートライト、車両接近通報音、純正ナビ。気持ち悪い警察マニアには判別できないと巷では言われているのはさておき、マイチェン前の個体に関しては当時で既に5年落ちだった上にナンバー(名古屋302 「わ」の1000代)に鑑みてもレンタカーとしてはかなり古いナンバーなので、まあもう第二の人生を歩んでいるのかなあとふと思った。
プリウスもいい車なのはわかるんだけど、まあバカ売れしたが故のそういうことなんだろうとは思っている。駆け抜ける歓びがあるかはさておき、車に罪はない。
比較的新しい空港とはいえ、とても綺麗な空港という印象が大きい。セントレアからの国際線はそこまでの本数もなければ小型機も多いとはいえ、こんな素敵な空港を使える皆さんは羨ましいなとすら思ってしまう。セントレア、実際に飛行機を使うだけでまだまだ行ったことのない場所やお店も沢山あるので、もしまた名古屋に行く際は成田から飛行機でもいいかもしれないと思った。

保安検査を通って搭乗口に向かう途中で生ビールを売っていたので確保。搭乗前にも飲んでいたけれど、機内にも持ち込んで飲んでいた。やはり夏の暑い日に明るいうちから飲む酒って本当に最高だと思う。間違いなく。

喫煙所での1枚。明るい時間帯から酒を飲んでタバコを吸って飛行機を眺める、これこそ至高の時間だったと思う。危険運転で他人にケガさせたり新車のタクシーを廃車にしたりした挙句に執行猶予5年のオマケつきの有罪判決を受けた気持ち悪い警察マニア(無職)とは違って最近はこういうこともできないのがね~。

乗りました。クラスJとして抑えていたけれど、国際線機材なのでビジネスクラスです。大丈夫、所詮私は国内線に充当される国際線機材でしかビジネスなんて乗れませんから。将来が心配な無職ニートキモータヒッキーですから(笑)。某氏そんなんじゃ困るんだよぬぁぁぁぁぁぁ!!!!!名古屋→成田の短時間とはいえ、とても快適だったし、いずれこのビジネスクラスでロンドンでも行きたいなと思う。ちなみに当日の機材変更により、ボーイング767‐300ERの予定がボーイング787-8での運航だった。787は人生2回目だったっけか。

その気になれば飛行機で横になって寝られるってのがすごいよね。流石に国際線では基本的にエコノミーしか乗ったことがないから、なんか別世界って感じだった。

いや~これ以来飛行機自体も乗っていないから、なんかまた飛行機で出かけたいなあと思ってしまう。次に行くなら北海道かなあ。A350も乗ってみたいし。どうでもいいけど、「おでかけヤクザ」って言葉やその界隈をTwitterで見かけるとゾワッとする。キモ。※彼らもお亡くなりになっています。

この表示だけでなんか国際線に乗っている気分になれる。実際は名古屋→成田なので超短時間なんだけど。とはいえセントレアまで出る手間と成田から千葉の手間を差し引いても、お値段以上の人権を得られていたと思う。日本航空さんには改めてありがとうございました。東海道新幹線もいいけど、結局赤の他人が隣に来た挙句に大抵のそれはゴミなので、そういう意味でもね。

中部国際空港は雨だったんだっけ。787のカーテンはなんか特殊な液体でのああいうのな上に当時の私は解除の仕方をド忘れしていてCAさんに解除していただいたので、まだ青いままになっている。ごめんなさい。グラハンさんのお見送りにこちらが手を振ったのは見えていたらいいんだけどな。

787のブラインドも下げれないなんて恥ずかし~!うるせえな家畜の餌でも食ってろクズが。マウンティング野郎って本当に気持ち悪い。この記事だけでも2回ぐらい死んでいるソイツはさておき、向こうに止まっているエア・ホンコンの飛行機はA300-600Rの貨物機と思われる。A300-600RといえばJAS(日本エアシステム)からJALに移籍し、平成23年頃まで活躍していたのを今でも覚えている。青森羽田線では物心がつく前から大変お世話になってきた思い出の機材。回数だけなら間違いなくA306が一番乗ってきていると思う。最後に乗ったのはJA014Dだった。まだどこかで乗れる路線はあるんだろうか。

離陸して雲の上にいるところ。まだブラインド問題を解決できていねえのかよ(笑)。

乗っていた座席。ビジネスクラス万歳!マジでまた乗りたい。次は台北まででも乗れたらいいなあ。JAL信者の私、実はJALの国際線って一度も乗ったことがないもので。高校生の時のイギリス留学は往復ANAだった(高校に割り振られたので)し、高校生~大学生の時の家族旅行だとキャセイパシフィック航空やエールフランス航空だったし、台湾留学はエバー航空だったし。無論どこも機内食のおいしさを含めてとても快適な時間だったけどね。エアフランスのグラハンにはスーツケース壊されたけど。

お昼の時間です。セントレアで買っていた矢場とんのカツサンドをいただくこととしよう。結局矢場とん行けないままだったなあ、味噌カツ大好きだから悔しい。ああでも学生の家に居候しておきなから毎日遊び歩いていちいち学校またはバイト中の私に「わざわざ」「LINEで」逐一それはもう詳細に遊んでいる報告(撮った電車や食べた飯など)をしてきて、帰りが遅くなるから洗濯しろと抜かして、挙句の果てに帰りにコンビニで何か買ってきてくれないかとこちらが頼めば「俺はもう夜飯食べたんだけど」とほざく奴には自慢されたけどな。てめえのダチ(笑)の家でも居候してろやクズ。しかも日本語わかってねえじゃねえか。ああ日本人じゃなかったのか(笑)

そんなクズの話をここでするのも矢場とんとカツサンドに失礼ってもんだ。もう死んでるしな、この記事の中だけでも3回死んでる。死んでレラ(笑)。カツサンドは冗談抜きにとても美味しかった。腹減ってきたな。これ書いてて。

空の上。高所恐怖症の私だけど、どういう訳か飛行機は全然大丈夫。着陸前の旋回で市街地が見えるのなんてそれはもう大好きだしね。今でも初ロンドンの時(留学)にヒースロー到着前の旋回で見えた異国の地に感動したのは覚えている。時差ボケきつかったけど。

カーテン直してもらいました。CAさんありがとうございました。降機の際にお声がけがあり、○○さま(私)も海外にご出発ですか?と聞かれたので「え、そうなんですか?」という頓珍漢な返答をしてしまった。
聞けば名古屋→成田→海外への乗り継ぎの客が沢山いたとのことで、なるほどですね~いや私はただの帰省なんです~といった会話をした記憶がある。海外いいですよね~~~なんて話をしたけど、CAさんはじめ乗務員さん方もお仕事で海外に行かれることもあるとはいえ、お仕事とプライベートも違うだろうしなあとも思った。

ビジネスクラスで足を延ばして缶ビールまで飲んでいる始末。休みだし成田空港から先で運転の予定だってないので何をしてもいい。不法行為でなければの話だけど。

飛行機で飲む酒ってなお一層のおいしさがある。高度云々みたいなマジレスマウンティング野郎はすっこんでろ。だからもう死んでるんだって(笑)。それはさておき、思えば台湾留学の際のエバー航空だったりドイツ旅行の際のエールフランス航空だったりの機内で飲む酒も美味しかった。当時は19歳だったけれど、エバー航空機内において適用される台湾の法律とエールフランス航空機内において(略)では合法だったのでおk。

私の視点。USBもあるのでアップルオッチの充電乞食もしていた。セントレアのレジ袋可愛いなあれ。車の中のゴミ袋としてレジ袋を流用することもあるけれど、多分あれはなんかゴミ袋にできない気がする。

どこを飛んでいるのかは不明だけど、飛行機なんてそんな頻繁に乗れないのでやはり新鮮な感じがあったのは事実。

ベルトサインが点いて、千葉県が見えてきた。この時の安心感は京成線や総武線で江戸川を渡って市川市に入って千葉県ただいま~!ってなるあれとはまた違ったものがあった。あ~九十九里浜~~~~~~~~~~~(ビブラート)
ちなみに機内での無料ドリンクはスカイタイムをいただいたと思う。あれ市販してるのかなあ。

眼下に見える九十九里。もうこの時点で私の心の何かが限界だったのかなあ、今こうして時間が経ったからこそ俯瞰で見られるのかもしれない。いや写真は俯瞰どころではないけど。そういう問題ではない。

ああ我が故郷千葉県よ。今でこそまあ千葉県人だけどさ私もさ。生まれこそ青森県とはいえ、千葉を離れていた6年の間に千葉の良さを実感したし、千葉をもっと好きになったと思っている。その6年のうち4年を過ごした山梨県も好きだけどね。気軽に行けるし。

今回乗っていたのは「JA836J」とのこと。基本的にJALさんのお世話になるのは青森線ばかりで大半がボーイング737-800、多客期でもボーイング767‐300なので新鮮だった。割と国際線機材は狙って乗っていたけどね、学生の時。飛行機もすっかり撮らなくなってしまったなあ。

こうして見ると「東京成田」「新東京国際空港」とはよく言ったものだと思う。この時は北風だったみたいだけど、南風の時に霞ヶ浦あたりからアプローチしていく時なんて畑に落ちていくような感覚だからね。それがまた成田空港のいいところでもあると思っているけれど。

脳内BGMは「この空がトリガー」でよろしくどうぞ。

まもなく着陸ってところだと思う。思うんだけど、ちょっと流石に区切る場所を見失ってここまで来てしまっているので、申し訳ないが今回は一旦ここまで。続きは15時を目安に投稿するので、そちらも併せてお読みいただけたらと思う。
執筆 1月28日
