
皆さんこんにちは。弘前帰省を終えて心に穴がぽっかりと空いている状態でしたが、午後の時間を有効活用できそうなので京成を撮りに行ってきました。今回は本線・押上線を効率よく撮れる青砥での撮影からお届けいたします。最近夜間帯ばかりでしたので、たまにはちゃんと撮らないとって思いましてね。まあ弘前帰省の記事もロクに書き終わっていない訳ですけどね。
千葉線のB07運用に就く3012編成で津田沼、津田沼から3001編成の快速特急で青砥へ。常々書いているが、津田沼での乗換えで快速特急が当たると快速より停車駅が少ないので助かるラスカル。もっとも、成田始発のはずなのにスーツケースを持っている連中で混んでいるのは解せないが。ライナー乗れや。席がなくてもア特があるだろうが。

青砥で接続するアクセス特急は3156編成だった。先行するスカイライナーが遅れていたのだろうか、私が乗ってきた後述の快速特急も高砂手前で詰まり、青砥には若干遅れて到着した。多分このア特もそうかも。アクセス線単線区間もだけど、やはり高砂もボトルネックになっていることが想像できる。
もっとも、スカイライナーに関しては2ビルでの乗降に時間がかかっている可能性の方が高い訳だが。

私が乗ってきたのはこちら、3001編成の快速特急。車内は以下略。津田沼で車掌さんが交代される際に車両交換で遅れてます~みたいなことをおっしゃっていたように聞こえた。確かに目撃だと3788編成だったもんね。あんまり気にせずに乗っていたけど。

先述の通り3012編成の各駅停車で津田沼まで来た。これといった特徴のない編成かもしれないが、個人的には令和6→令和7年になる瞬間をこの編成の車内で迎えた思い出がある(ということを今思い出した)。もっとも、写真に関しては平成28年12月の撮影なんだけども。

という訳でやっと青砥での撮影に入っていきますよ~イクイク。一発目は3023編成の各駅停車。高校生の頃はそこそこの頻度で遭遇していた気がする車両。相変わらず青砥での6両は構図が掴みにくいかもしれない。

高砂で前照灯が点いていた3700形がいるな~なんて思っていたらこれだったみたい。押上からは急行となる運用とのこと。3700形ファンを自称しているので、早々に撮ることができたのはラッキー池田。あれ?この後に見かけた足回りが綺麗だった3700ってこの編成だったっけ。毎日駅で張って毎日色々な写真を撮ることができないので、その辺の動向を追うことができないのが残念。プッ(笑)

北総車の西馬込行ってなんか珍しいかもしれない(※定期運用です)。でもそれ前にもどこかで書いたかもしれないか。それにしても、俺が北総車の運用=N台を撮ると高確率で7300形か7500形しか来ないのは一体どういうことなんだろう。そんな僕に算数のお勉強「確率」をどうぞ!

続いては京急車の運用=H台で銀千の1105編成。京急の車両に快速特急のROMはないので「快特」表示だけど、時刻表上は「快速特急」。これは京成の車両が「快特」表示ができないため京急線内の快特で「快速特急」表示をするのと似たようなノリか。お互い通じるからまあ多少はね?というノリなんだろう。多分。ちなみに快特・快速特急の双方に対応しているのは、現時点では都営5500形のみ。

で、この運用は今では珍しくなった列車で、京成線内を快速特急として運転する唯一のH台。一時期は爆増していたが、京急線側の白紙ダイヤ改正でそれもなくなり、今では平日にこれが残るのみ。所謂SH快特(京急線内の快特のうち、都営線直通のもの)がSH快特になるのは京急線内のみで、京成・都営線内ではH快特になるのも特徴。

津田沼からの各駅停車は3022編成。津田沼始発だろうかうすい始発だろうが優等の待避が数回ある以上は致し方ないが、青砥で撮っているとこんなに本数あったっけ?レベルで各駅停車が来るのが新鮮に感じる。余談だが、大半の各駅停車を担当する6両のうちレアキャラとも言えよう3688編成や新3200形(撮影日は6両1本のみ)、そして今後が気になる3500形は一切来なかった。

如何にも各駅停車ですってツラをしている(実際各駅停車ではある)が、元はと言えば成田空港から高砂を快速として、高砂からは各駅停車に化ける例のアレ。別に撮る分にはどうってことないけどね。5500形が令和8年で営業開始から8年という現実から目を背けたい。

途中の新鎌ヶ谷と青砥にも停まる停車型のスカイライナー142号はAE7編成が充当されていた。この日撮った唯一のAEだった。車内は珍しく空席もあったものの、新鎌ヶ谷で降りた可能性もあるので、何とも言えない。何はともあれ午後の上りライナーは混んでいそうなので乗りたくない。AEが好きだから、あんまこういうことを書きたくないけどさ。

虫の汚れが目立つが、毎日何往復も爆速で走っている以上はそれも致し方のないことだろう。宗吾なり高砂なり入庫したらしっかり洗車してもらえますように。なお後続のライナーはAE4編成、セクシャルライナー仕様のあれだったが、今回は時間の都合で干した。まあ前にもここで撮ったしね。
ジャニーズ繋がりで思い出したが、東京の東の新幹線ホームの駅メロが音鉄のせいでベルに戻ったのがこの日Twitterで話題になっていた。内心ベル派だしジャニオタがマジで嫌いなのでいい気味だと思いつつ、音鉄もバカなことをしたよなあと思う。連中のくだらない泥沼の争いを対岸から蔑んだ目で見ていたいものだ。でも一番悪いのは長尺の集音機を使ってた音鉄だよね(笑)

いちばんバカにしたいジャニオタが中学の同期(死亡済)だったのにな~。撮り鉄がやらかしてセクシャルライナーも終わったら残念だね。そんなことある訳ねえだろうが(笑)。しかしまあ音鉄の連中がこれで撮り鉄のマナーに口出してきたら面白いよね。お互い様状態で。そもそもマナー守れってのは書くまでもない大前提の話だけど。

あの死ぬほどくだらない論争はどうでもいいし、同等の知能指数同士で戦って自滅してほしいので記事を続ける。佐倉始発の快速上野行は3026編成。本線の特急のうち、令和元年秋の改正で成田発着の快速特急に変更されなかったものが今はこうして快速に格下げされて残っている。
京成なりの工夫を込めたダイヤなのでケチを付けるつもりはないが、千葉線で津田沼に来て乗換えたのが快速だと、それも空港始発だと、申し訳ないがクソデカ溜息が出るのは事実。押上発着の新型特急で本線・アクセス線ともに沿線の利用客が公害インバウンドに迷惑する今の状況が何とかなってほしいと思う。

また各駅停車かよ(笑)。と思ったけど、この前の各駅停車は12分前なので、それ相応の運転間隔で来ていることがわかる。撮っていると全然そんな感じがしないけど。この辺からなんか晴れたり曇ったりと忙しかった。

こちらの方がいいのだろうか。これで差し込む光が木漏れ日だったら=LOVEの19枚目シングルカップリング曲の「木漏れ日メゾフォルテ」を擦りたいところだけど、正直はやく覚えたくてこの日は木漏れ日メゾフォルテをずっと聞いていたので、まあ多少はね?

ちゃんと一眼で撮るのはいつぶりだっけ状態だった3037編成。大変ご無沙汰です、いやいつだったか津田沼で快速特急として撮ったけどさ。確か以前青砥で撮った帰りのことだったっけ。びっくりするぐらい来ないからどうしたのかと思ってたけど、それは京成の車両が何編成いて何運用あるのかという確率に鑑みたらそういうこともあるってだけなんだよなあ。

この各駅停車は日医大始発、出庫場所は印西で、日中は京急線内で特急運用にも就く。休みでもないと日中に撮りに行くこともできない上に休みは昼まで寝るのが好きなので難しいが、いずれ京急線内で特急の運用に就く87K運用も撮りに行きたいものだ。

青砥始発の各駅停車の接近が鳴って見えたのは1500形。令和7年度は新1000形8両2編成の導入が決まっているが、そのうち2編成がそのまま1500形8両を置換えるかは不明ながらも、既に6両にも廃車が出ている以上は今からしっかりと撮っておきたい車両。

今回は1713編成が充当されていた。八ツ山橋での京急撮影記での話だっけ?で中坊時代の過去画としても取り上げた編成だった。その節はどうも。1500形が快特で爆走するのは乗っていて楽しいので、また乗る機会があればいいなと思う。

なお、令和6年2月にたまたま青砥で見かけた1707編成の写真をTwitterに上げたところ、聞いてもいないのに「それ来年で廃車だから」とドヤ顔で内部情報を知っている俺カッケーアピールをしてきたやべーやつがいた。リプもしてきたかと思ったが、LINEもしてきていた。救いようのない奴だ。
誰も聞いてねえ(笑)こいつはこの情報を教えてくれた京急の社員の「俺のダチ」からの情報だと抜かしていた。だが(再現画像とはいえ)日付を見ていただくとわかるように、これは令和6年のもの。おかしいな、コイツの情報が正しければ、遅くとも執筆日に起算してあと3か月もせずに1707編成が廃車になっていないとおかしいのだけど。グプ(笑)。俺のダチ(笑)

閑話休題。なんかこないだ勝田台で撮った気がする3040編成。気がするもくそも撮ってるんだろうがアホか。だからさっきの俺のダチ野郎に将来を心配されるんだよ。学生の家にタダで居候する奴にも優しさってあったんですね!プッ(笑)。
そんな奴と京成を撮る日が続いていたかと思うと反吐が出るし、この3040編成にも悪い思い出ができていた可能性もあると思うと、この1年半以上ほんと平和でいいなあと思う。

続いては3100形のアクセス特急。あんまりにもかっこいいので涙が出てきてピンボケしました。涙の数だけ強くなれるよ~。そんなんで泣いてたら涙で脱水症状になるのでは?

気を取り直して、3100形としては現状最後の編成となっている3157編成。令和5年製とまだまだ新しい車両。もし当初のデザイン案が80000形京成塗装や新3200形のようだったら?と思いつつ、このオレンジを基調にした塗装だって言わずもがなかっこいい。
AEの置換えが一段落した頃に後継車が出て3050よろしく本線に転用されるのか、それとも生涯オレンジのままなのか、それは10年以上したらわかることだろう。それまでに日本を中国やアフリカ人に中東系イスラム教徒が乗っ取っていなければ、だが。

3100形が最初に竣工したのは令和元年、平成から令和に元号が変わってからだが、いずれにせよその頃は京成沿線を離れていて3100形を最初期から追えたとは言えないので、それだけが残念。7編成しかいないので既にコンプリートしてしまっているが、今後もその記録は増やしていきたい。

これも空港始発の快速が高砂で種別行先を変更したあれ。目撃がなかったので編成もわからなければ、そもそも自称H台快速のファンならそれを撮れよって話だよね。実際まだ快速で撮っていない数本だったらどうしようって思わなかったの?思ったよ。思ったのが快速特急に乗って船橋を出てからだったんです。もう京成鉄やめちまえ。

この29Hに乗って次の撮影地に向かうことにした。1駅とはいえ京急の車両にも乗れるなら乗りたいしね。あの聞き慣れた悲鳴とも言われるシーメンス製のインバーター音が聞こえてこなかったことに未だに違和感しかない。
ところで、先ほどの1707‐の言い出しっぺ曰くけいきゅんステッカーは(令和6年2月時点で)まもなく剥がすとのことだったが、私にはこの1041編成のデハ1041の車番横にけいきゅんステッカーが貼ってあるように見える。このネタも何回書いて来たかわからないが、未だに剥がされる気配は一切ない。まあ人間いろいろなのがいますから、きっと一部の人間には見えないステッカーなんだろう。ハハ。