皆さんこんにちは。昨日の記事の後編として、押上線を撮りに行ってきました。完全にノリです、ノリ。海苔食ってノリノリするノリです。は?
本題。押上線ということで、4社局の車両が入り乱れる訳です(でしょうね)。その割に大して撮ってねえじゃんって話ですが、本日もよろしくお願いいたします。

おさらいも兼ねて、青砥から立石までは1041‐の各駅停車に乗っていた。この駅間なら歩いてナンボだけど、時間がもったいないので今回は1駅ながら押上線にも乗車。あの悲鳴とも呼ばれたシーメンス社製のVVVFの音が聞こえてこないのが未だに寂しい。あの件でまた中学の同期をオモチャにしたいが、向こうの個人情報の名誉のためにも然るべきルートにタレこむだけにしておこう。くずはくずかごへ。まさにSDGs(すごくでかいげっぷの略です)。

立石1発目の撮影は5500形。なんでこんなところで切ったのを敢えて載せたのか。これに関しては後述だ。

久里浜行の各駅停車は5501編成。今年令和8年の秋だか冬で9年目だって?なんだそれは、たまげたなぁ…。いい加減5500形のキレッキレの加減速を味わいたい。実際に執筆日の時点で実感している訳ではないので断言はしないが、多分おれが高3の頃、それこそ5501編成の竣工の少し前に流行った本能寺の変のアレ並に5500形の加速はキレキレだと思う。

さて、先ほど見切れで掲載した理由はこれだ。今年で2年経つんだからやめてやれ(笑)やめねえよ。当時と今では立石カーブが違うのもさながら、他社局の車両に乗ると気がでっかくなってこうして前照灯上向+「上を向いて歩こう」というファンサを恥じることなくしてくれるのがいたら嬉しいからね。しかし悲しいかな、京成では後述する今年4月以降、この手のサービスがない。ちーん(笑)

続いて空港からの快速。1週間前に勝田台で撮った3041編成と感動の再会。やはり3000形最終形態(※個人の見解です)って素晴らしいものだ。3041が竣工した頃の京成にも密着できていたらと思いつつ、あれもこれもでは上手くいかないから仕方ないね。

後続の各駅停車は北総線からの列車。確率に鑑みたら当たり前だけど、N台って7500か7300ばかりな気がする。いやまあ、だからさ、算数の確率に鑑みてもろてって話だけどさ。

壁の向こうに見えるは京急600形の特急。今回も色々と考えた結果として保険でここで切っている。これは一体どういった目論見があるのだろうか。私には皆目見当がつかない。プッ(笑)
無論、今回の記事に登場する一切の列車の乗務員さんは全く関係ないということを併記しておく。しかしあの手のものが結果としてこうやって週刊誌のゲス記者も引くような記事を書くトリガーになっているのは事実。俺は楽しいのでありがとう。

改めてこちらは600形607編成の特急。京成線内でH台の特急が見られるのは新鮮な一方で、令和7年4月以降はやたら急行灯が点くようになったため、H台の特急なのに急行灯が点いていないという京成線内ならではのものを見られなくなったのが残念。そんなニッチなこと気にしてるの俺だけだよ!おっ、そうだな。あっおいHGNR、お前今日運用をチラチラ見てなかっただろ!見てなかったですよ…。

押上線で600形というとこれを擦りたくなる(笑)。もういい加減やめてやれって(笑)。やーだよー。だって俺は電車を撮っただけだもの、不法行為だってしていない。でもこれ以来京成でこれをされていない。いや、何とは言ってないけど(笑)

607編成の過去画でまだ公開していなさそうなものがあったのでどさくさに紛れてぶち込んでやるぜ!中学2年生の3月に品川で撮っていた。これまたひどい写真ですこと。写真がないよりはマシ、そう思いたい。この頃は中学のいじめで「お前精神状態おかしいよ…」状態だったけど、今生きている俺の勝ち。
中学のいじめっ子?常々書いている通りみんな死んじゃったからなあ。田舎の娯楽なんて不良同士イオンでつるむかセックスぐらいしかないしね。ウケる(笑)。望まぬ子を作って虐待して人殺しとして実名を顔を晒されてしまえ~!(笑)そいつら自身が世間からしたら望まれない存在というね。

マジでここ最近急に遭遇するようになった3056編成は羽田空港行に充当されていた。先輩コイツまた来ましたよ。やっぱ数編成いるんすねえ。※いねえよ
別に写真が増える分には全く構わないけど、ここ最近かなり来たから擦れる過去画も底を尽きているのだけは少々残念。そうならぬためにも日頃の記録は大切。無職ニートキモータヒッキーになりた~い。もうなってるんだった(笑)。将来が心配だもんな(笑)。流石に学生の家にタダで居候して家賃水道光熱費を踏み倒すマネはしないけど。あっそれが普通か。

続いて600形601編成の各駅停車。以前から当ブログをご覧くださっている皆さまや4直に明るい方に向けて書くまでもないけど、平成30年春頃まで本線・アクセス線共に高砂以東は基本的に停車駅予報装置がないと入線できなかったので、やはり快速で何度も見たイメージが強い。今でこそ2100形以外の車両は(所属の関係もあるので確率についてはさておき)基本的にそういった制限もないけど、なんかあの頃が少し懐かしく思えた。

後続は元々青かった3050のトップナンバー()、3051編成。以前も書いた通り令和6年3月にこの3051‐8号車から中指を立てたバカがいたというが、そのゴミは既に最終処分場の土と化してしまったらしい。土壌汚染の危機!嬉々としてそういうことを書くなよ。なんつって(笑)。←地球温暖化防止のダジャレです

改めまして、こちらは3051編成の快速。3050で唯一オレンジにならなかった訳だけど、3050がオレンジだった頃はまともに千葉県に帰省できていなかったので、そこで突っ込んだことを書くことができないのが大変残念極まりない。これで3000形引退の頃に「3051のオレンジ塗装の動画を募集します!」っていう無知なツイートが出てきたところで、面白おかしくネタにできないんだもん。

3050の計6編成がこの塗装になったタイミングで本線の3000が一気に増えた気がするが、気にしたら負け(気にしているとは言ってない)。あと40年ぐらい後だろうか、いずれ3000形が引退する頃には青い塗装の復刻も行うことだろう。その頃の俺が60代というのはさておき、少なくとも3050は設計最高速度が3025編成までとは異なり130km/hになっていることを一応特筆しておく。

次の各駅停車は元3808編成の7808編成。といっても平成15年頃にリースされて今に至るので、明らかに7808編成としての活躍期間の方が長いんだけどね。お前はどこの大鰐線7000系だ。いや幕張の209系もそうか。

5~6分ほど空いて5503編成のアクセス特急が来た。5500形登場時にア特の幕が入っていてついに都営車のア特!って話題になったのも懐かしいかもしれない。令和8年2月でついにそれが実現して4年、当時まだ千葉県に帰ってきていなかったけど、なんか見慣れるとああ日常だよなあって感じになるのがいくない。

高砂出庫の各駅停車は3708編成。3700形1次車に機器更新を頑なに行わない理由に関しては弊ブログでも時折触れてきた(考察として、だが)けど、もしこれが「面倒だから」だったらそれはそれで面白い。流石にそんなことないと思うけど。押上発着の新型有料特急とAE後継、そして新3200形増備終了後の一般車の増備をどうするか、この辺がポイント?うーんわかんねーよ~。

3050が青かった頃、それこそ10年強ぐらい前はむしろ3050が大当たり(81Kとか63Kとか狙ってたぐらい)で3700が来ても「あ、そっかぁ…」ぐらいだったけど、それが10年以上して逆転するんだからわからんものだなあと思う。次の京成の10年はどうなることだろうか。いや、別に令和7年も8年も何かこう目立った節目ではないけどさ。多分。

この時期でも立石だとかなり露出の厳しい条件にはなるけど、令和7年12月で復活して10年となった高砂以東からの快速は1153編成が充当されていた。運番は変われど、京成本線でH台の快速の復活を待っていた身としては、やはり戻ってくると知った時は嬉しかったものだった。

いつどのような運用が消えたり爆誕したりするかわからないのが4直の楽しいところだけど、そういう意味では本当に日頃の記録が大切なので、機会を見て撮れるものを撮れるうちに撮っていきたい。もっとも、この第1682H列車に関しては冬場にどこで撮るんだよって話になる訳だけど。

7502編成の各駅停車。確率に鑑みたら当たり前だけど、もはや千葉ニュータウン鉄道の車両から出禁を喰らっているのではないかというレベルで全く来ないのが最早笑えてくる。たまたまとはいえ。確かこの7502編成は検明けで綺麗だったので、次はそれがわかるように撮りたい。

もう帰りたかったんだけど、平成27年冬改正で復活したH台の快速の初日に充当された608編成が青砥行に充当されていたのを見ていたので、これは採るべきと思って居残りしていた。こうして保険をかけて撮っても今回は一切応援でのハイビームはなかった。どうしたものか。プッ(笑)

600形8両の中では同じ三菱製でも走行音に特徴があることもあり、乗っても楽しい車両というイメージ。まあ600形なので、結局揺れることに変わりはないんだけど。一度高校の帰りにたまたま当時の81Hでこの編成に乗った時、びっくりするぐらい横揺れしていたのが懐かしい。いや、本当に。西大井から武蔵小杉を爆走するE217系がドン引きして真っ青になるレベル。一説ではこれがE217系に転用がなかった原因とも言われている。※言われていません

ほらもう帰るよ。ということで、空港からの特急西馬込行まで居残りしていた。この後は予定もあるのでさっさと帰らないとだからね。4直に限った話ではないんだろうけど、やはりこうしたレアな種別行先の組合せに弱いオタクなので、こういうのもしっかりと撮っていきたい。これ以上日が短くなったところでどこで撮るんだよって話だけど。

運動量の多い人を目指しているので青砥まで歩く途中、踏切に引っかかったので悪足搔きでもう1枚。3051編成、また前回記事の3001編成同様に令和7年3月の宗吾基地での撮影会で撮った車両だった。その節はどうも。
なお踏切が鳴っているのに急いで渡ればいいと勘違いをしている、大変育ちの良さそうな地元民のジジイが印象的だった。足がもつれてすっ転んで電車に轢かれて死ねばいいなんて思ってないですよ。末永く、末永く長生きしてくださいな。年金の払い甲斐があるってもんだ。グプ(笑)。あの手の連中に限って事情があって優先席に座っている人間にケチ付けるから本当にタチが悪い。

青砥からは5500形の快速特急、津田沼からは往路と同じく3012編成の各駅停車で帰還。この後に運転の予定があったので酒は飲めなかったが、いい気晴らしになったのではないかと思う。逆にシラフで電車を撮るのが珍しいあたり、もうダメみたいですね…。深夜に帰宅して運転の予定がなくなってからは無論ビール!ビール!バッチェ冷えたビールで大優勝でした。Foo↑気持ちい~。