ひがなり雑記帳

一瞬を永遠に残したいという建前の写真と独り言。

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平成26年夏 寝台特急あけぼの号の思い出

僕がネット民になる前に運行終了してしまった名列車との思い出の話です、たぶんつまらん。

 

あけぼの号はかつては奥羽本線経由、山形新幹線開業工事に際しては北上線経由、そしてかくかくしかじかで上越線経由で青森と上野を結んでいたあのブルートレインです。平成11年生まれの若造な私の記憶にあるブルートレインなんてあけぼのぐらいなのですが、よく帰省に際してお世話になったなあと思い、最後に乗車してから8年も経ってしまうのを記念して(?)カキコしておこうと思います。

 

今回の写真は既に臨時列車化された平成26年夏に運転された際のものです。特大ブーメランを投げますと、定期列車時代よりもヲタが多かった気もします。ちなB開放でしたが写真が見当たらないので、いつか実家から発掘できることを願いたいですね()

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羽後本荘にて。定期列車時代を知っていると羽後本荘でこんなに明るいのは違和感がありますね笑


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方向幕。この幕を上野駅13番線で見た時のガキながらのwktk感は今でも覚えています。帰省とはいえ開放とソロしか乗ったことがないのが心残りなのはさておき、こうして見ても24系の劣化って結構激しかったんですね…。上野~庄内、秋田、弘前あたりでの需要は決して小さいものではありませんでしたし、実際に乗車していても普通の土日でもかなりの乗車率だった記憶がありますので、運転取りやめの理由の大きな理由としては老朽化もあるのかもしれませんね。まあ、コスト削減もあるのでしょうが。


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ヲタとしてブルートレインのあけぼのが好きだったことは無論否定しません。でも、新幹線と何が違うって、上野で乗って弘前で降りたら大好きな祖父母が待ってくれているってのは大きかったかなと思います。もっとも、帰省に際してドンピシャでやれ台風だやれ大雪だってウヤられたのは事実ですが…。

それでも、成人した今もしあけぼのがあるのであれば、アメ横と上野の駅そばで優勝してからソロで夜空を見つつ酒盛りして、朝の庄内平野日本海を眺めつつ秋田で立ち売りしている駅弁を肴に迎え酒して大優勝したかったなと思います。鉄ヲタはみな10年早く生まれていればといいますが、まさにそれですw


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降車駅の弘前にて。最後に長岡から世話になったのは136号機でした。今は秋田に転属していましたっけね?東日本さんは機関車全廃をかかげているようで、136号機とまたお目にかかることができるかもわかりませんが、最後までご安全に。

 

以上、ちょうど8年前の今頃乗車していた寝台特急あけぼの号との最後の思い出を振り返ってみました。シャワーがないのはきつかったですが、それでも僕の人生に欠かせない列車だったなと思いますん。

 

 

 

あ、136号機はこの時も見てたか()

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