ひがなり雑記帳

一瞬を永遠に残したいという建前の写真と独り言。

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平成27年夏 奥羽線撮影記#5

 

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たぶん4019M

前の記事にて青森で撮ったかと思う789が新城から戻ってきました。

そういえば当時の青函連絡特急は車検終了の後に新青森に回送され、車内整備が済んでから新青森に回送されて、新青森始発の特急として運転されていましたね。新青森の線路容量の関係かとは思いますが、奥羽本線に乗っていて時折津軽新城に停車している789や485を見られるとwktkしたのを思い出します(キモヲタなので)。

なお、一つ申し上げますと、この1年半後の平成29年冬には新青森のホーム端にはタイローがはられ、同時に危険な場所での撮影を禁ずる旨の貼り紙がありました。お越しの際、また撮影の際には、どうかご注意の程願います。

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まあ、なんとかそれでもぶっちゃけ背伸びしたら普通に撮れたんですけどね。今はどうなっているかわかりません。

 

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なんかHMをはっつけていた701系もいました。これの折り返しローカルで弘前に戻り、迎えに来てくれた祖父の車で祖父母宅へ戻りました。701系の今後ってどうなるんかなあ。

 

 

 

以上、久しぶりに長くなってしまった気がしますが今日はこの辺で。

今になって789のスーパー白鳥485系3000代の白鳥などで記事を書くことができようとは思ってもみませんでしたので、懐かしいような当たり前のような、ようわからん気持ちで書かせていただいた次第です。拙い写真ばかりでアレですけど、皆さまが少しでも青函連絡特急に思いを馳せていただけていましたら、青森人冥利に尽きる次第です。まあ知らんけど。

 

白鳥として老体に鞭打って青函トンネルで爆走してきた485系3000代やスーパー白鳥としてまさかの再就職を果たした785系300代こそ、今ではお目にかかる事さえもできません。

でも、789系0代はJR北海道のドル箱特急・ライラック号としてE751系は本州最北端の都市間特急・つがる号として、また701系も地域の足として、それぞれ頑張っている事でしょう。奴らの世話になれる日がまた来ることを楽しみにして、この記事を終わらせていただきまする。

前の記事から続けまして、長々とお付き合いいただきありがとうございました。

 

 

 

 

すぺしゃるさんくす

https://www.jrhokkaido.co.jp/press/2013/131220-1.pdf

JR北海道さまの青函連絡特急の時刻表。これが今でも閲覧できたおかげでスーパー白鳥の時刻と号数もわかりますた。どうもです(蹴)

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