かくかくしかじかでP単は撮れず…(寝てただけだろバカ
という訳でE2系1000代、E7系のバルブだけです。ていうか時間とカネの兼ね合いとはいえ新潟でのバルブばかりでおもんない。沿線出たいよ~ド〇えも~~~~ん
夜飯を食べてから上り最終のとき480号を回収。上りの越後湯沢行って1本だけなんですねえ。
ところで3年前に撮ったJ54の写真を見ると編成番号のフォントが若干違ったのですが、既に元に戻っているようです。
こんな感じでしたね。他の編成もそうだったのかどうかまではわからんです。
閑話休題。
実はFのバルブはお初でした。それ言ったらJもそんな気がしますが、それはさておきこいつもなかなかカッコイイ車両です。実際に乗ればE5系より足元が若干広く感じるなど*1、かなり快適な車両に仕上がっていますので、客目線ではこれからも乗っていきたい車両です。PやJの方が思い入れはあるんですけどね。
隙あらば宣伝
誰もが認める貧乏学生なのでハザしか乗った事はありませんが、我らが松井玲奈大先生がグリーン車を大絶賛していた記憶があるので、社会人にでもなって機会があればFかWのロザにも乗りたいものです…なんて言ってる間に初期車の減価償却期間終わってそう。
終車1本前のときはJ72でした。コンセントや読書灯など、Jの中では大当たりでしょうね。元々は東北新幹線新青森開業に際して落成したU1より新しい彼らですが、現在では6本すべてが新潟に転属してまだまだ頑張っているようです。Jは撮るにも乗るにもよきなので、1週間の間に勉強の合間を縫って記録を頑張ります。知らんけど
八戸が開業して19年、現在20代前半の管理人は祖父母の待つ青森県への帰省の為に幼い頃からJのお世話になってきたもので、決して先が長くはないであろうE2系の思い出作りもE4系と並行して頑張らないとな~~~なんて思うのでした。何かのツアーでJR編成復活させてくれないかなあ…どこかの旅行会社の担当者さまがご覧でしたら頼みます(他力本願)。もっともRの方が半年以上おやすみ中な事やPの仙台乗り入れさえも緊急事態宣言なんかで溶けたぐらいですし、難しいんでしょうけどねえ。
さて、時間の空いた夜に少しだ~け新幹線を撮ってみたよというお話でした。347Cの入庫の出発を待っていたら後ろを115系がそろ~りと発車していったのはここだけのお話。次回は在来も撮れたら撮ります。あまり金がないとはいえせっかくの新潟ですから、できれば沿線にも出たいけど行けるかな...。