
皆さんこんにちは。1年ほど前に新幹線を撮りに行ってきたのですが、そういえばその道中についてまだ言及しておりませんでした。大学生時代の過去画も満足に書けていないのに何をしているんだという話ですが、令和6年以降の過去画の焼直し予定はないので忘れないうちに記事にしておきたいと思います。
この日、諸事情で東京に運び屋をするついでに新幹線を撮ってきた。運び屋といっても、新幹線で帰省する親の荷物を届けるためなんだけど。

時刻に余裕がなかったのでJREポイントを利用してタダ乗り成田エクスプレス。撮影時刻に鑑みると成田エクスプレス14号(2014M/2214M)だったと思われる。成田空港の入国ラッシュとなる時間帯の上り成田エクスプレスに乗ったことはないが、基本的に私が利用した成田エクスプレスで相席ということは1度しか記憶にないので、そういう意味では安心である。

元はと言えば駅係員用のモニターなんだろうが、東京駅名物の到着・発車案内。オタク目線では時刻表に載らない回送の列番やこの日に充当される編成までもがわかる(ただし併結運転を行う列車を除く)のが美味しい。ありがとうJR。

22番線にはつばさ・やまびこ139号(6139B)と思われる編成ULの17両編成が停車していた。確かもうE8系の導入も始まっていたが、この時のつばさ号はE3系2000代。まもなく客としてE3系に乗ることができなくなるなんて私にはまだ信じられない。

違和感にお気づきの方もいらっしゃるかもしれないが、到着・発車案内を撮ってから1時間ほどして新幹線ホームに上がっている。なんで?親と飯食ったんだっけか。そのためこのW6編成は臨時回送の9839Eとして案内されていたが、写真をよく見ると613Eだった。これに関しては線路容量と運用の都合で一時的に上野に回送していた可能性が微レ存?※前運用558E→9839E

つばさ139号はL68編成が充当されていた。E3系自体は乗ったことこそあれど、0代こまち(東京→上野)と700代現美新幹線(浦佐→新潟)だけだからな~。どうすっかな~俺もな~と思いつつ、葬式鉄みたいになるのも不本意なので何とも言えない。

一眼で撮った写真に関しては既に記事にしているのでところどころ省略して書いていくことをお許しいただきたい。F21編成はF22編成共々上越新幹線向け第1号として竣工した経歴のある編成で、当初はもう1本朱鷺色の帯を巻いていたこともあった。

E5系・E6系共に初期の車両同士で運転されていた3016B。この時はまだNetflix映画「新幹線大爆破」が公開されていなかったが、あれは本当に面白かった。実際にお盆に撮った新幹線の記事ではそこらに語録をちりばめていたぐらいには。E5系の車内で見るのも悪くはない話だと思う。

こまちはZ2編成。折返し秋田行のこまちとして秋田に戻る。それもそれでハードな運用だけど、後ろのU7編成は新函館北斗から来て新函館北斗に戻るので、それもそれでまた大変そう。

E2系1000代も既に後期車しかいなくなっていたけど、なすの・やまびこを中心に今日も現役。E10系が後継となるらしいならあと1回ぐらいは全検を通して使う可能性が高そう?これ以上E5系を増備するとも思えないし、4運用6編成の少数派とはいえ今後期車を引退させたらそれもそれで微妙に車両が足りなさそうだし。

東京~上野間でE2系がすれ違う所を見ることができるのだけど、少なくともこの日は東京駅からはそれを見ることができなかった。

盛岡からのやまびこ号はU44編成、比較的新しい方のE5系。やまびこ号には車内販売がないのは痛いが、もし仮に盛岡~東京を私が移動するなら間違いなくやまびこ号の値引き(えきねっとトクだ値)を狙いたいと思う。時間はかかるけどね。
ごめんなさい、多分これ回送でした。でも盛岡からならやまびこグリーン車の値引きを狙うのは事実だと思う。

臨時のはくたか542号(金沢始発)はF38編成。以前の記事でも書いた通り23番線入線のそれに関しては構図をある程度諦めている。諦めもまた肝心であると教えてくれたのもまた新幹線だった。だから私は新幹線を狙ったんです。私の人生の象徴だからね。※人生の象徴って何だよって話だし、ぼくは爆弾なんて仕掛けていません

センセンシャル、こちらが盛岡からのやまびこ52号でした。失礼いたしました。流石にここで「非難される覚えはナッシングですよ☆」とは言えないし、間違っても車掌さんに頼んで車内放送でクラウドファンディングを呼び掛けることもできない。いや、そもそも俺youtuberじゃないけどさ。U41編成は後期車の中でも特に遭遇するイメージが強い編成。流石にまだ乗ったことはないが、(執筆日に起算してだが)来週乗るはやぶさはもしかして…。

新潟からの1318CはF13編成で運転されていた。あくまでも記事を書いている時点での話だが、編成数が異なるとはいえE5系よりE7系の写真の方が多い東北新幹線ユーザーというのは一体何なんだろうとふと思った。まあこの1年、E7系に関しては特に長野からのあさま632号を中心にお世話になったからね。

列番2000番台(こまち併結の場合は定期列車同様に+3000のため5000番台のことが多い)のはやぶさ号は一応臨時なんだけど、結構頻繁に運転されているみたいだ。確か日曜日だったけど、実際この2059Bもかなりの乗車率だったと記憶している。準定期列車とはまた違う感じという解釈でいいのかな。
余談ながら、私が何回も言及してきた「新幹線大爆破」のはやぶさ60号(5060B)に関しても同じく臨時列車。2060Bとして運転されることもあるが、5060Bとして運転される日はやはり盛岡でこまち号を連結するため、あの映画には出てこない裏設定みたいなのを考察したくなるのは私の悪い癖かもしれないが、しかし楽しいので何回も見て絞殺すると楽しいかもしれない。

この日のこの後の予定と前日までの疲労に鑑みてここまで撮って撤退。つばさ併結のやまびこもこの日の時点で既にE5系に代替わりして半年ほど経っていた。福島での連結および逆入線に関してはE2系1000代のそれしか撮ったことがなく、特に後者に関しては福島駅アプローチ線が完成したら見られなくなると思われるので、こちらも撮りに行かないとなあと思う。まあ福島までならやまびこで2時間しないもんね。

して、つばさ136号はE8系が充当されていた。この時はG2編成。そういえばE7系もE8系も先行試作車が存在しないけど、既存車両をベースに作ったから別にいいやってことなのかな。厳密にはG1編成がそれなのかもしれないが。

この時はまだE8系車両故障に因る「つばさ・東京と繋がらないプロジェクト」が発動するなんて誰も知らなかったが、E8系にも今後ぜひ安全に活躍してほしいと思っている。なお私個人としては、この時がE8系と「はじめましてですよね?山形新幹線新型車両のE8系です」状態だった。ナスみたいな顔面だからではないが、内心「ありがとナス!」と思っていた。ナスの炒め物って美味しいよね。

新時代を感じる連結。記事を出す頃には大半がこれになっていて、間違いなく1年後はこれが主流なんだろうけど。貨物新幹線として1本残るE3系の運用に関しても気になるところだけど、来年の事を言えば鬼が笑うとはそのことか。いや予想するの大好きなんだけどさ。

千葉に戻る。当時まだ残っていたE217系にたまたま遭遇できてこちらもラッキー。この日の星占いはきっと1位だったに違いない。

編成はY-33+Y-145編成の15両だった。既に車籍がなく形式消滅となった同形式だが、こうして狙わずしてたまたま来るのが嬉しくなる日が来るとは思ってもみなかった。まだいないことに実感が沸かない反面、総武快速を撮っていてびっくりするぐらい1本も来ないというのが現実。

もう少し撮りたかったしもう少し乗りたかったけど、乗り納めもなく日常使いとしての別れ方でよかったのではないかと思っている。何だかんだ最終回も廃車回送を追っかけて長野まで行ったしね。この2編成ではないけど。なおY-33編成に関しては1月22日に長野総合車両センターに回送されていて、私も甲府までだが追いかけたのを覚えている。

千葉到着後は折返すことなくは回送となり、幕張車両センターに回送されていく運用だったらしい。まあ真昼間に千葉発の津田沼行なんて運転したところでって話だもんね。

千葉駅西口のコンコースから1枚。案外そこまで天井がぼろっちい訳でもなかったかも。E217系でこれから公開していく・書いていく記事はこのような過去画ばかりになってしまうが、思い出をこうして残すのも悪い話ではないと勝手に思っているので、またこうして時折その思い出を振り返っていきたい。いや今回どう見てもメインディッシュは新幹線だったと思うけども…。