ひがなり雑記帳

自称青森県産千葉県人。京成とJR東日本が主食の撮り鉄・乗り鉄・呑み鉄のブログです。イコラブの推しも好きです。

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【京成】残暑の中電車を撮りまして(後編) ~中高生時代・そして大学進学後の5500形京成初日の過去画を添えて~<3700形・3000形・3500形・都営5500形>

皆さんこんにちは。3日間に渡ってお届けした京成撮影記現代編(過去画で水増しキャンペーン)もこれにて終了です。3日連続で同じ場所なので色々とアレな気もしつつ、今回は前編・中編と異なり10年以上前の過去画が数枚しかない代わりにタイトルの通り別の時間軸の過去画も添えた上で書いておりますので、どうかお楽しみいただけていたら幸いです。なお明日の記事から暫くはJR回となる予定ですが、4直もJRも好きである以上、双方ともバランスよく記事にしていけるよう頑張ろうと思います。趣味とはいえ。

 

本題。最終回は3700形からスタートです。最終回もクソも、これからも京成は撮るけどさ。

89K 快速高砂 3818~3811

一応執筆日の時点では機器更新をしていない3818編成の快速。3700形後期車は時折3800と呼ばれることもあるし気持ちはめちゃくちゃわかるけど、この編成(と一応3808編成)がいるのでそう簡単に行かないという罠がある。俺は正直そんなのかんけーねーのマインドだし(撮りたいものを撮って記事にして終了というスタンスなので)、3700形は前期後期共に顔がいいので何も気にしていないが。

 

差分

高砂行といっても高砂で入庫・折返しではない例のアレ。各駅停車の羽田空港行に変身した後に押上からは急行として運転される。

 

京急線内ではこんな感じ

こちらは同列車(種別行先変更後)を京急線内で撮った時の写真。7月下旬なので、一連の写真を撮った頃よりはまだ日が長いからこそ撮れたもの。3051編成は3月の団臨でお世話になった思い出もあるものの、その1年ほど前に車内から窓を開けて撮り鉄に指を立てていた幼稚な撮り鉄がいた件についても書いてきている通り。この写真を初公開した10月30日の記事でも言及しているので、今回は触れないでおくけども。

 

11 普通上野 3019-8~1

後続は各駅停車。この時間帯でも基本的にこの辺では優等列車と各駅停車が交互に運転されていて、どの駅でも最低10分おきに電車が来るようになっているのは流石京成だと思う。同じ10分おきでも便利だったり不便だったり色々な路線があるが、京成のこれに関しては素直に便利で使いやすいと思う。

 

5500形との離合。ラッシュ時でもあるので致し方のないことだが、先ほどの53T含め都営線からの電車とそれに東中山で抜かれる各駅停車には軽微な遅延が生じていた。あの数分の遅れでキーキー騒いでいるバカがどうやって社会人をしているのか、気になって仕方がない。というか電車の遅延・運休で駅員さん乗務員さんに詰め寄る知恵遅れ(たいていがスーツ+ジェル+脂ぎったクソリーマン+タメ口)はその時間で何かしらの解決策や代替案を考えられないあたり、気の毒な人種だと思う。同じ日本人だと思いたくないレベル。正直アイツらマジで臭い。

 

55T 快速佐倉 5518編成

この運用は夕方に馬込を出庫して佐倉と日医大をそれぞれ1往復ずつして入庫する運用。往復と言っても、無能内閣の大臣が税金でマイルをためるために日米をピストンしているのとは訳が違う。一緒にするだけ都営さんに失礼だってもんだ。都知事の方が嫌いだけど。

 

27 普通成田 3548-47+3502-01+3546-45

東中山で待避した各駅停車はまたしても3500形。成田行に夕方のラッシュを感じるあたり私もやはり10年以上京成に浸っている(一時的に沿線を離れていたとはいえ)ことを実感する。現時点で3500形は6両・4両がそれぞれ4編成ずついるが、両数と線区と場所によっては毎日見られたりそうでもなかったりする。別に個人的には当たり前の存在なので、他形式同様に今の記録を大切にしていきたいに過ぎないけども。

 

平成25年12月撮影 27 普通うすい 3544~3541+3546-45

そんな3500形のうち成田方2両、モハ3546-45が3544編成と6両を組んでいたことがあったというのは以前から書いてきた通り。というか当ブログの高校生時代の過去画記事シリーズでも幾度となく言及した上に写真も貼ったが、この度おそらく未公開だったと思われるそれが出てきたのでついでに「よし、じゃあぶち込んでやるぜ!」いたします。

撮影は平成25(2013)年12月、まだ中学2年生だった頃かな?正直この時の写真を撮ったのはもう記憶にないけど、修正マシマシとはいえ撮れるものを撮れる時に撮っておくべきだなあと改めて実感した。10年も経てばきっと貴重になるからね。この頃の写真のうちまだ復元できていないものに関しても、いずれお見せできそうなものだけでも復元して過去画枠で記事にしていくことができたらと思う。

 

59K 特急羽田空港 3036-8~1

こちらは現時点で高砂以東からは唯一となる特急羽田空港行。この日は3036編成だった。元々A23運用だったものが空港で折返して59K(第1658K列車)となり本線経由で成田空港から羽田空港を目指す列車となる。一時期はほぼ壊滅的だったが、今のダイヤを見ていると案外本線経由で両空港を結ぶそれが残っているんだな~なんて思った。※乗りたいとは言ってない

 

差分

私が今年後半を中心に皆さんにお届けした過去画記事で取り上げた特急羽田空港行は運番が異なる(81K・1880K)上に平成28年の時点では3036編成も登場していなかったが、今の特急羽田空港行としてこうして撮ることができるのも悪い話ではないはず。というか同じだけの年数が経つ前に既に貴重になってそう。高校生の頃のように毎日学校帰り:現仕事帰りに電車を撮ることができる訳でもないけど、撮れる時に撮れるものをの精神は貫いていきたい。

 

A11 特急芝山千代田 3708~3701

こちらは上野からの特急。私が往路で乗ってきた各駅停車の後を走り東中山から先行する快速特急。私はイヤホンから好きな曲を垂れ流して歩いていたので撮れなかったし、道が道とはいえすれ違ったことにすら気が付いていなかった。3700形は今でも京成の主力のうちの1形式だと思ってはいるが、実は209系(量産車)よりも前に登場している。来年でこの編成は車齢35年、そう考えると色々と今後のことは気になるところだ。

 

01 普通上野 3011-8~1

しばらく3000形のターンをお楽しみください(n回目)。そのテロップを作ろうか迷ったけどやっぱやめた。なんか3011編成も久しぶりに撮ったかも。というか最近京成の車両でほぼ特定の編成しか撮ってない気がしてきた。最近撮ってない編成が結構ある気がする。もっとも毎日のように撮ることもできないので、それもそうだろって話だけど。

 

13 普通佐倉 3003-8~1

確率的にはそれもそうだろって話だけど無論こちらの各駅停車も3000形。この3003編成も含めた1次車5編成はいずれも平成15年製の最初期の車両。一気に5編成も導入されたってのも京成にしては珍しい方だと思う。この編成で以前VVVF試験をやっていた件に関しては以前も書いた通り(平成29年頃の試験を実施)だが、今思うと3100形以降の新形式を見据えてのものだったのかな~なんて思う。

 

93K 快速羽田空港 3848~3841

体調不良(つっても腹痛・悪寒)に耐えかねて今日はこれにて帰ることにした。せっかくだから遠目にチラチラ視界に入る東武野田線でも行こうかと思っていたし、現にここから歩くことができる距離に駅もあるので当初その予定だったんだけど、早く帰って薬を飲まないとやばそうだったので我慢して撤退することとした。無念である。

 

差分

本線からの快速羽田空港行もすっかりその数を減らしたけど、こうして残っているうちは撮っておくに越したことはないと思う。そう思って時刻表を見てみたところ、平日は3本・土休日は2本しか現存していないということを知った(うち1本は都営線エアポート快特)。10年と少し前なら飛行機マークの付いた快速=通称エアポート快速(※案内上は快速呼び)だったもののうち最後までそれで残っていた列車が今も残っているのがなかなか興味深い。またいつか撮る機会があればと思う。

 

平成28年11月撮影

画像は全然違う時のものだが、帰りの各駅停車は3016編成だった。汗のせいか体調のせいか悪寒もあったので、この夏からだっけ?6両にも設定された弱冷房車に乗った。それはいいのだけど、軽井沢をはるかに通り越した涼しさで選んだ意味がなくて笑った。お隣を走る総武快速線E235系1000代にも見習ってほしい。アレも別に暑すぎるとまでは言わないが、時折令和の夏に対応していない気がしなくもないので。

 

B03 普通ちはら台 3015-8~1

やる気ない写真でセンセンシャル。お腹痛くてベンチに座ってました。腹痛といっても中国人がそこらでする茶色いアレが出そうな方ではなく、胃腸がキリキリしてそっちには関係ない方。いや俺だってお手洗いは行くけど、中国人と同じようなことなんてしませんから。マジで。野グソなんてするなら死んだ方がマシ(笑)

してB03といってもこの数十分ほど前に撮った3005編成のそれとは全く別の運用で、あくまでも運番が同じというだけのもの。ラッシュ時なので仕方ないが、千葉線とは思えない乗車率だった。途中から座れたからいいけども。身体が資本であることはわかっているので、とりあえずさっさと体調を万全にしないとな~と思う。

 

平成30年のこの日

余談だが、7年前の同じ日には都営5500形の他社局線内における営業運転が解禁された日でもあった。デビュー当時は都営線内の07Tで限定運用となっていたのも懐かしい。当時は甲府市内の大学に通っていて一人暮らしをしていたものの、たまたま帰省していてたまたま回収できたのはいい思い出。

 

初日から成田空港へ

初日から空港に突っ込まれる運用に就いていた。アクセス線経由で成田空港に入線するのはこの時点ではまだ先のことだが、流石に本線・アクセス線の混み運用が組まれるなんてこの時の俺は思いもしなかったことだろう。

 

検明けもいいが新車ならではの輝きもいいものだと思う。という訳で、その復路は快速の高砂行に充当されていた。バルブ撮影で表示こそ飛んでいるが、当時は「高砂」表示だったのも懐かしい。このままでもよかったんだけどな~。

これら平成30年春以降:私が大学1年生になってからの写真については、来年令和8年以降に順次公開していく予定。といっても京成よりは中央東線ネタが多くなるとは思いつつ、新規写真で書いた記事とのバランスも考えつつ、皆さんにお楽しみいただけるような記事を書いていくので、楽しみにお待ちいただければ幸いだ。

 

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