皆さんこんにちは。今回は平成30年9月の写真から、中央線撮影記と身延線撮影記をお送りいたします。
世間一般の大学と比べるとFランと言われても仕方なかった私の大学は、夏休みが短かった上に3連休を必修講義だか特別講義だかで潰したり普通に連休最終日も授業があったりで大変悲しい思いをしておりました(被害者ヅラ)。そんな大学1年生の時の思い出を電車を中心に振り返っていこうと思います。

ドン(効果音)!あんたさぁ、ちゃんと点検とかしてねえの?家出る前に。写真の大切さなんだと思ってんだ!俺はな、苦情を言ってんだ苦情を。く・じょ・う*1。
何があったか説明しよう。機能保全検査のために疎開先の尾久から松本車両センターに帰還していたM-109編成が再び疎開先に行くのを撮りにカメラを以て金手に突撃していた。いざカメラを構えるとバッテリーが入っていないではないか!結果としてスマホで撮るというマヌケっぷり。M-109編成はこの2か月後にまたリベンジしているが、秋田総合車両センターでNA-07編成に転生してからはなんかあんまり写真を撮る機会に恵まれないのが残念。出オチなんてサイテー!
なお同編成は新潟に疎開された経歴もあるが、それはもう少し先のこととなる。

別の日、またまたクソ大学関連で予定を拘束されていたので善光寺でしか撮れなかったが、373系F6編成による静岡行の臨時快速「さわやかウォーキング」が運転されたのを撮っていた。一応9月下旬とはいえまだなつやs…ああもう新学期始まってたっけ。
クソ大学のことなどどうでもいいが、さわやかウォーキングが平日に運転される訳もないのに大学関連の予定に行かなくてはならないというところで全てを察していただけることだろう。ちなみに日付は9月23日。クソなのは変わらないが、他は知らないが私は教員との距離が近かったのはいいことだと思っているのも事実だけどね。

前の日(3連休初日)はこれまたクソ大学の必修講義で富士吉田方面に強制連行されて人権侵害を受けていた。同期がとにかくゴミめいた奴らばかりで、特に山梨県内出身の学生からのあたりが強くて終始いらいらしていたのを覚えている。ヤニカスだったら間違いなくタバコが止まらなかっただろうね。極めて不愉快でしたよ私は、極めて不愉快でしたよ私は。
どうせ東京への対抗意識で千葉出身の人間叩けばいいとでも思っていたのだろう。千葉も何も私佐倉の奥の方の出身なんだけどね(笑)。なおそいつらは全員お亡くなりになっております。ご冥福をお祈りいたします。
まあ、私もプライドを捨ててもう少しやることがあったのではないか?とアラサーになった今すこし反省しているが。所詮その程度の頭だからそうなるんだって話。

24日(三連休最終日)には当時豊田に常駐していたNB-11編成による臨時のかいじ号が運転されていた。号数は188号、時刻にして14時半ごろに甲府を出る列車。車両からお察しいただけるように運転頻度は決して高くない列車だった。
令和7年春改正時点のダイヤでこのスジの臨時列車は既に存在せず、近い時刻に定期のかいじ号(大月で回遊を連結)が運転されている。千葉県出身の私からしたらやはり500代の中央線特急運用というのはとても美味しいものがあった。結果としてE257系500代のかいじ号は山かいじ・ちばかいじを含めても平成30年の年末を最後にそれ以降は設定されなかったが、これは同系0代が波動輸送に使えるようになったことも一因なのだろうと推察している。
これとは別に189系の代走という形でかいじ号に充当されたこともあるほか、あずさ運用に充当された実績はない(多分)。
…これ絶対に塩山ストレートで撮るべきだったってはっきりわかんだね。だが残念、私はこの後に授業を控えていたのであった。ご冥福をお祈りいたします。そうそう、その授業が英語の授業だった。してその時に、県内出身の推薦組の奴が'cut'の意味を知らないという嘘みたいな本当の話のネタを作ってくれたのだった。カットですよ?カット。C,U and T ですよ?すここい歌より文字数少ないよ?
受験勉強に命を懸けていたプライドを捨てられていなかった当時の私からしたらもうそんなのと同じレベルの大学に通っていたことが恥だし、なんかあの時に手首を切りたくなったのを覚えている。くだらない学歴で終わっちゃったね、また。あのクソ大学の同期の連中はどうせあれだろ、英語圏で具合が悪くなって病院に行った時に How are you? って聞かれて "I'm fine thank you, and you?" とでも答えるに違いない。※How are you? が理解できるのであれば、だけど。

失意の私は油そばを食べに行くことで気を紛らわせていた模様。連休初日のクソ講義、結局何の勉強にもならなかったというのが全てだろう。とはいえ油そばは美味しかったし、その時に食べたほうとうも美味しかった。まぁ私もクソ大学進学前から一応山梨にゆかりのある人間である以上、ほうとうは家で食うものだと思っているとはいえね。
今みたいにクソみたいな物価高騰している世の中だったら、貧乏大学生の私は間違いなく外食なんて豪華なことをできなかっただろうなあ。やれ移民を入れろだインバウンドを受け入れろだ、散々のたまっていたではないか。本当、いい加減なことばっかし言うんじゃないよ。
なお例の必修講義のうち河口湖方面へのフィールドワーク(笑)において、食費として1,080円をカツアゲされていたことを当時の写真で思い出した。安くない学費と税金でそれか(笑)。本当に意味のない大学と意味のない授業だよ(笑)。その食費の名目になったほうとうなんて当時3桁円で食えただろうが。ピンハネしやがって。受験生の皆さん、進学する大学は慎重に考えてくださいね。マジで。
9月→10月にかけては令和7年4月記事で既に振返っているので、是非こちらも気が向いたらお読みいただけると嬉しく思う。大学生時代の過去画はどちらかというとリブート版であり、高校生時代の黒歴史だった写真の消したものを復元して再投稿ではないのでちゃんと時系列でやっていないというダメっぷり。遊びと趣味と仕事は全力でやるなんていいながらブログ(one of 趣味)がこれじゃ困るんだよぬぁぁぁぁ!

なんて言いながら9月27日分の写真は未投稿だったみたいなのでそこから書いていこう。この日の俺は何をしていたんだろうか。というか何しに来ていたんだろうか。確か木曜日は1限が終わると空きコマだったので、その足で撮りにいっていたのではないかと推察。
このあずさ12号(当時)は比較的オーソドックスな停車駅だったと記憶している。そしてやはりフル点灯ハイビームは嬉しいし美味しい。東海区間にでも入ってくれれば基本的にハイビームで撮れるんだろうなあ。木曽あずさやろうよ。名古屋に行こうよ。流石に無理か(笑)。でもE353系で名古屋に行ってみたいとは思う。この年になんか189系の名古屋入線がトケたようなのあったよね?

続いてかいじ108号はS112編成。E257系0代の定期運用こそ残っていたが既にE353系も増殖していて、定期かいじ号に至っては9両2往復11両1往復のみがE257系の運用だった。中央ライナーと青梅ライナーはE353系に持たせない(特急格上げのため)ための措置と思われる。この頃からかいじ号は比較的空いている(時間帯にもよるが)のでお世話になっていた。同列車は11時半すぎに甲府を出るので、正直乗ったことあるかわからないけど。

E353系同士がすれ違う写真って撮ったようで探すとあんまりないので美味しい収穫だった。定時だとすれ違わないが、11M側が遅れていたので実現したものとなる。中央線の遅れは10分までは定時だと思っているのでいちいち気にしていなかった。不謹慎なことを書くのであれば、回復運転での爆走に期待している自分はいた。
すごかったのはやはり私が越してきた4月頭のかいじ115号(M-112編成+付属編成)が塩山、山梨市、石和温泉、終着の甲府と停まる間にどんどん遅れを回復して、大月時点で4分遅れだった同列車が甲府にはほぼ定時で着いた時だろうか。笹子トンネルで離陸しそうな感じで飛ばしてたし。
話が少しずれてしまったが、よく見ると連結器カバーが既に黒に変わっていた。4月や5月の写真を見ると登場当初の白だったが、この辺で既に変わっていたんだなあ。

続いては211系同士の離合も撮っていた模様。被りにヒヤヒヤした結果の離合は思えば何回もあったなあ。恐らくこの記事をご覧いただくであろう頃には後継車両の話も出ていることだろう。6両はE233系転用、3両を新造E131系とした方が都合良さそうだとは思う(両数変更もない)が、そもそも当時はE231系を転用する計画だったのでまあ多少はね?自画自賛になってしまうが、それでも今思えば美味しい写真を撮れたと思っている。
※後日追記 少なくとも6両はE131系200代で置換えるようです

翌日金曜日はE655系を撮っていた。さすがに特別車は組込んでいないが、それでもこのピッカピカな車両を初めて撮った私としてはもう感謝カンゲキ雨嵐だった。列番に関しては間違っている可能性が高いが、これは前日に運転された団臨の返却回送か何かだったと思われる。そうそう、この後に当時よく一緒に撮らせていただいていたオタクと初の長坂カーブに行ったのを思い出した。写真がないのでわからないが、恐らくまたいつもの家系ラーメンを食べてから向かっていたのだろう。

日野春の名所案内。甲斐駒ヶ岳の案内が「西10キロメートル」なのが草。日野春駅自体も海抜615mとのことで、既に千葉県の最高地点より標高が高いことがわかる。中央線に乗っていてもそうだし中央道に乗っていてもそうだけど、実際甲府から小淵沢方面に向かうのって上り坂だからね。

記念すべき一発目の被写体はE353系のスーパーあずさ。めちゃくちゃ山に映えると感動したのを今でも覚えている。このペアは私が初めて乗ったE353系でもあるのでなんか嬉しい。本当はクソ大学の受験帰りに当時のスーパーあずさ22号で乗ろうとしたんだけど、満席で乗れなかった。その代わりにM-102編成のかいじ118号に乗ったのだが、思えば同編成との腐れ縁はあの時がスタートだったのかしれない。今回はE353系の話題なのでそれはまたいつか。
当時、確か金曜も1限さえ終われば釈放だったのでこうして遊べていたのだろう。教職課程も履修していたらこうして写真を撮る時間もだいぶ少なかったのではないかと思うが、映画版ごくせんを見ると教員の道も悪くないなって思う。ヤンクミみたいな教員には私はなれないだろうし、高校の恩師の先生方みたいにもなれないと思うけど。

続いてローカルのN605編成。ここで後継の新車(中古車の可能性もあり)を撮るのも楽しみだ。長坂カーブが短編成に向いているかどうかについては編成写真という意味ではアレなのかもしれないけど、個人的に八ヶ岳も好きな山なのであんまり気にしていない。

The next train was the 'Azusa' 20 limited express to Shinjuku, operated by the E257 series. This train had 11 cars. I am very happy that the conditions were suitable for photography. However, I am very sorry that it was therefore photographed with an undesired notation. How nice it would be if I could take revenge again.
失礼いたしました。言語設定ミスで英語が表示されてしまいました。M-204編成先頭のあずさ20号です。順光で長坂カーブでフル点灯ハイビームは素直に嬉しいし、表示をそこまで気にする必要もないだろうと開き直っている。もう少し長坂カーブにも行けばよかったなあ。なお6年後に車で訪れた際、草が大変なことになっていたので一発で撮影を諦めることとなるが、それはもう少し先の話。

その時に乗ったのはトヨタのアリオンというセダンだった。やはり長距離の運転はセダンが一番疲れない。こないだの過去画記事でワーゲンというか自分の家の車に言及した時はミニバン(トゥーラン)とコンパクトカー(ポロ)だったのにね。どのような車にも良さはあるのだ。SUVならマツダのCX-30あたりは運転しやすいしね。
アリオンのレンタカーももういないことだろうと思う。球数が少ない車種である上に姉妹車のプレミオ同様に海外人気が高いのだろう。この一連の長坂カーブでの撮影をしていた平成30年は免許を持っていなかったので、まさか当時の写真を乞食した記事を書いている上に車の話をしているなんて当時は思いもしなかったと思う。

定期列車ではないはずの列車が来て一瞬混乱したが、当時毎週金曜日(というは土休日前)に運転されていた臨時のかいじ187号の送込み回送だった。6月末までE257系、7月からはE353系で運転されていて、どちらも毎週松本から送込んでの運転だった。今はまあやらないでしょうなぁ。そういう意味でも贅沢な時代だった。
なお改正以降一部日程を除いてはかいじ87号となって若干の時刻変更の上で運転されたほか、東大宮から毎週末E257系を送り込む関係でE257系での運転に戻っていた。かいじ87号時代にE353系が充当されていた可能性もあるが、その頃台湾にいたのでサーセン…。

現在は毎週運転の列車ではなく、最繁忙期に東京始発で運転されるかいじ99号となっていて、私が勝手にシンデレラエクスプレスみを感じていた金曜限定夜かいじもほぼ過去の話となってしまった。恋人が会いに来てくれるっていいじゃん。この2年後ぐらいから遠距離恋愛を経験することになる私は結果として会いに行くばかりだったのにね(当時会いたかったし大学3年生は暇だったので)。恋愛すると周りが見えなくなる脳死丸出しで今思うと恥ずかしくて草。

続いて未掲載だったN601編成のローカル。あれ?N601ってもう少し日焼けしてなかったっけ。当時と今では必ずしも同じとは限らないし、仕方ないね。日焼けなんてもう何年もしていないなあ。長野の211系もよ~く観察するとその沼は決して浅いものではなく、面白いと思う。何故こんなに簡潔に書いたか。私が把握できていないからである。ダメみたいですね…。いい加減なことばっかり書くんじゃないよって言われても困るし。
続きは後編として明日公開いたします。長坂カーブ後半と、中央線撮影記を中心にお届けいたしますので、お楽しみいただければ幸いです。
*1:元ネタ:Netflix映画「新幹線大爆破」