皆さんこんにちは。9月に帰省してからおよそ1か月、10月頭にまたまた弘前に帰省してまいりました。今回は往路が新幹線、復路は飛行機となっているほか、4泊5日もしたわりにそこまで電車を撮った訳でもない(本来の目的は祖父母のアッシー)ものの、多少は電車の話も書ける…気がするので、未公開または焼直した過去画も交えてお送りいたします。本日もよろしくお願いいたします。

画像はイメージもクソもE235系1000代の快速に乗りました。朝眠くて、何なら仮眠して4時前に起きた上に寝る前に飲み残した缶チューハイも持参していたので、既に記憶が曖昧。思えばY-41の廃車回送を追っかけて1年が経つのか。
車内では船橋かどこかから早朝にもかかわらず(乗車したのは574F、佐倉始発で5時36分発)、大変お元気のよろしいマダム集団が乗ってきたのが印象だった。年金をもらえる歳まで末永く健康に長生きされてくださいね。ケッ。
東京に到着したのは朝7時前。あのグランスタがシャッター街になっているのがなかなか新鮮だけど、それもまあそうか。土曜ということもあって結局混んでいるのが変わらないところはゴミ。
さて、新幹線ホームに上がろう。今回は23番線発の新幹線に乗る。このホーム結構久しぶり?と思ったけど、冷静に考えて前回の帰りに乗った2062Bは22番線着だった。そりゃ数日前に21番線で新幹線撮ったばかりだからね、仕方ないね。これで今月また新幹線を撮りに行ったらこのブログのメインコンテンツがいよいよ迷走し始める気がするけど、まあいいか。好きなものを記事にしているだけだし。

21番線にははやぶさ・こまち51号が停車中。32分に定期のはやぶさ1号=3001Bが出た次の臨時列車で、私が勝手にオーソドックスだと思っている途中停車駅(上野、大宮、仙台、盛岡、八戸)の便。3001Bから溢れた客は次発のこちらに流れてくると思われるので、私は今回選択しなかった。
編成に目を向けるとU4編成、これは平成23年3月5日にE5系と「はやぶさ」が運転開始した際から営業運転に就いている1本。当時はU2~U4の3編成2運用(新青森~東京が2往復、仙台~東京が1往復)体制で運転されていた。これは震災を受けた臨時ダイヤでも基本的にそんな感じだった。※当時U1編成はS11編成で、量産化前のため非営業

東海道新幹線の14番線には広島行のN700系5000代がいた。7時ちょうどに出ても広島に着くのは10時55分、それでも4時間を切るのだから新幹線はすごい。JR西日本の車両で書くなって話だけど、というか東北に帰るのに書くかって話だけど、新幹線にしろ飛行機にしろバスにしろ、誰かの会いに行くを支えるって素敵な仕事だと思う。それは会社に関係なく、本当にね。

K9編成って撮ったことあったかな?と思ったけど思いの外写真がなかった。なので6000代に改造された第1号となったK4編成の写真でも置いときますね。この辺って大学生時代の過去画記事で焼き直したっけ?まあいいか。短編成化改造は不可能って聞いていただけに、短編成化にはクリビツテンギョーだった。山陽新幹線も撮りに行きたい。

私が乗っていくのはこちら、E5系U26編成。7時8分発のはやぶさ53号=2053Bとなる(新函館北斗に延長運転の際は8053B)。先ほどの5051Bの8分後に出るので、連休でもない限りは狙い目かもしれない。

乗車口案内がフルカラーになって久しいが、いつ見ても乗る時はwktkする。乗る時はね。別にそれが新青森までではなくともね。乗らずに撮るだけって時は…敢えて見ないようにしています。なんか辛いので。※個人の見解です

はやぶさがデビューしたのは私が小学5年生の時だったけど、今でもはやぶさは好きだし、当初このでかくて見やすくて情報量の多い行先表示器が新鮮だった。それ言ったらE2系1000代後期車はどうすんだって話だけど。2053Bのこの先の途中停車駅は上野、大宮、仙台、盛岡、八戸とオーソドックス(個人の見解です)な感じ。

今回はコンセントが確実にある席がいいということで最前列を確保、結果として前期車だったので正しい判断だった…と言いたいが、私は結局充電する前に寝落ちしていたので何とも言えない。しかも酒飲んで。

いつ見ても新青森行を車内で見ると安心する。こまち号の連結を見込んでいないためか盛岡での停車時間も1分、新青森まで3時間7分は臨時と思えば上出来だろう。この車内表示器、いやE5系の車内が新鮮だった小中学生の時が懐かしいが、今となってはすっかり見慣れてしまった。

なお上野大宮間をはじめ一部区間では、冬季を中心に天気がいいと富士山を望むことができる。下りだと進行方向左側がそれにあたる。機会があれば是非ご覧になってみてはいかがだろうか。
道中では今回の帰省でも同行の母親と酒盛り、というか勧めたのは俺だけど。母は白河の関を超えるあたりで寝落ち、私はまだ寝られないので酒盛りを続行。母が飲み残した酒もしっかり回収、これぞSDGs(すごくでかいげっぷ)。なお、新青森で合流予定の従姉妹がこれを同じ車両からしっかりと見ていた模様である。

まもなく仙台の表示を見ると、帰ってきたなあと思う。以前も書いたかもしれないが、仙台が近づいてATCで速度を落とした時に見える仙台の街並みがとても好き。はやぶさは仙台までおよそ1時間半なので仙台や盛岡の客も集中するのだけがネック。何とかならないのかぁっ!と言いたいが、いずれにせよ、もう一度ダイヤを一から組みなおす時間も猶予もありません。
2分停車した後に仙台を発車。私がここまで起きていた理由はこの先、宮城郡利府町の新幹線総合車両センター(幹総)にある。これはやるかやらないかではない。やる責任がある。そのセリフ、幹総ではなく指令でのものだけどね。※Netflix映画「新幹線大爆破」

同映画では9012B並走号として出演したE956形新幹線ALFA-Xだ。結局前回も幹総にいたところを撮った訳だが、今回も同じ結果となってしまった。それでも見られたことは嬉しいし、まだ札幌延伸・360km/h対応車両の試験やE6系後継車=E11系、そして先日(といっても、この写真を撮った時点ではまだだったが)発表された新型検測車E927形の試験等々があることだろうから、本線上で会える日を楽しみにしている。

今回は前回と違って前照灯が点いていた。実は数々の目撃からワンチャン出庫じゃね?と思っていたところ、見事にビンゴ。実際にこの後に試運転に出てきたらしい。内部情報を教えてくれる「俺のダチ」はいないので推測に頼らざるを得なかったが、見事その勘が当たった。次は宝くじが当たったらいいな。買ったことないけど。

先輩であるE2系とE5系も一緒に撮ることができて何より。私の悪い癖でどうしてもあの頃に戻りたいと思ってしまう気持ちはない訳でもないけど、今は今で楽しいと思っているので、それを大切にしていきたい。そう思わせてくれる並びだった。

北側からはALFA-Xこそ目立たない(あの顔ですからね)ものの、新車と思われるE8系もいた。ちょっと色々あったけど新たな山形新幹線の主力として頑張って。E11系と思われるE6系後継車ってE8系をE6系よりで更に進化させた感じになるんだろうか。思えば私にとってのE2系+E3系って今の少年たちからはE5系+E6系で、それが遠くないうちにE10系+E11系になるのかと思うと、これが世代交代というものなのかも。
ここで私HGNRも完全に寝落ち。命の炎が消えてしまったようだ。なので小話を1つ。東北新幹線は特に仙台以北においてトンネルが多いことは皆さんもご存じだろう。しかしあの一部はトンネルではなく、ワームホールなのだ。東北新幹線の速達化はJR東日本および関係各社の皆さまのご尽力によるものだが、その中にはワームホール開発技術も含まれている。その証拠に、私も幹総を撮ってしばらくで盛岡・八戸をすっ飛ばして新青森手前まで来ていた。
※当たり前だけど冗談です。ワームホールなんて新幹線にないです。多分。

いつ見ても嬉しい表示。という訳で東京からおよそ3時間、私がお亡くなりになっていた時間を含めると実質2時間弱で終着の新青森に到着。今回も前回の27B同様に上り本線の12番線に到着した。この表示を見ると本当に嬉しくなる。正直飛行機の方が空港での時間を差っ引いた移動時間を考えれば早いが、そこは双方に良さがある訳だから、まあ多少はね?

別に新函館北斗行でも札幌行でもいいけど、なんかこの表示を見るとほっとする自分がいる。およそ1カ月ぶりの東北新幹線、今回も快適でいい旅になった。U26編成は令和8年で13年目となるが、E10系の先行試作車=S14編成?がまだ出ていない以上はこれからも活躍してくれることだろう。その時は是非またよろしく。

新青森では従姉妹と合流し、3人で弘前を目指していく。もちろんローカルは701系2両か3両。八戸までしか新幹線が来ていなかった頃なら間違いなく青森までは何かしらの特急だったのに…と書いて気が付いたけど、それはそれでつがるに乗れなかったら弘前までローカルなんだし、まあそんなもんか。
でもはやぶさ10両×数本の大半でなくとも少なくとも一部が乗るローカルがアレってなあ。結局最後まで座れなかったしなあ。

1か月ぶりに岩木山を見ることができた。岩木山もどこから見るかによってその顔は変わるし、みな自らの地域から見る岩木山がいちばんというのはその通りだけど、やはりこう新青森駅または青森空港のある青森市から弘前に向かう時、そして祖父母の家から見る時は心が洗われる気がする。というか洗われている。
あ、そういえば思いがけずE653系K70編成とすれ違って、そういえば旅行商品で夜行が運転されていたのを思い出した。それ自体は魅力的だけど、諸事情でアウトオブ眼中だった。びゅうタカサキなんて名前でいじってるアイツだ。※既にお亡くなりになっています
さて、最後にもう1枚過去画をぶち込んでやるぜ!ちなみに到着後は私が仮眠をしたのちに祖父の誕生日祝い(厳密には数日後だが)の宴でしこたま飲んだ。

10年前の平成27年(執筆は令和7年です)に新青森に着いたら大抵はスーパー白鳥がいたものだった。皆さんご存じの通り789系0代はスーパー白鳥として誕生し、その役目を終えてからは札幌圏に転用されて特急ライラックで活躍している(付属編成を除く)。私も数回撮ったしそれもいずれ過去画記事で取り上げるかもしれないが、できれば新しい写真を撮りにいきたいところだ。
もう後継車両の計画が出ているのが俄かには信じられないが、青函トンネルに道央の厳寒期と過酷な環境を走ってきたことを考えたら取替えの時期か。