皆さんこんにちは。昨日の記事に続きまして、京成を撮ってまいりました。今回はイブニングライナーによる楽しい帰り道についても記事にしておりますので、どうぞ併せてお楽しみいただけましたら幸いでございます。それでは、本日もよろしくお願いいたします。

7月に押上線を撮りに来た時はまだまだ沿線でも余裕で撮れたのにな~なんて思いながら41Hを撮っていた。京成線内で京急車の特急を撮ることができるようになって既にそこそこの時間が経つけど、僅かな期間だけだったとはいえ大半のそれが快速特急(京急の車両では快特表示)だった頃にももう少し撮りたかったなあと思ってしまうのもまた事実かもしれない。

なんかもうダメみたいですね状態。編成番号を見るのも忘れたし。100番台のライナーは新鎌ヶ谷と青砥にも停まる停車便。実際に青砥での乗降には一定の需要がある訳だしね。

もはやスマホで撮った方がマシじゃないか()。以前も書いたかもしれないので重複ができるだけないよう気を付けなければならないが、AE39という運番を見るとどうしてもAE100形のラストランを思い出してしまう。現状停車型のライナーは運番に+30をしているようで、これが変わらない限りは現AE形ラストラン(なんてまだ考えたくないけど)の際にはthank youの意を込めたAE39運行は設定できない可能性が高い。

青砥では先ほど撮った特急と接続するダイヤが組まれている。平日と土休日で色々異なる点もあるだろうから一概には比較できないけど、青砥停車便のライナーから押上までノンストップの特急に乗り継ぐことができるのはよくできているよなあと感心する。押上発着の新型有料特急の運転開始後のダイヤ等はこの辺がヒントになるか?

もう帰ったら?という感想しかない写真に仕上がってしまった。この足で曳舟かどこかで押上線を撮りに行けばいいのになと思ったけど、土休日ダイヤである上に時間帯も時間帯でそこまで面白い訳でもないので却下。やっぱ平日に、それもスーパーやコンビニに特急の自由席等でイキリ散らかしている可哀想なゴミがへーこらと汗水垂らして働いている月曜から金曜に遊ぶ方が楽しいってはっきりわかんだね。

3012編成の各駅停車。もういい加減に帰れと思わないこともない(2回目)。なんとも悲しい出来になってしまった。単焦点買えぶわあぁ~?そいつもう死んだんだからほっとけよ(笑)挨拶のできないキッズも含めて死んじゃったんだもんね。

中学生の頃に撮った同編成の写真でごまかしておきますね。これはこれでまた酷いけど。この時間帯だと下りの空港行各駅停車があるのは多分今も変わっていないはず。イブニングライナーから乗り継いだのかな?と思ったけど、当時から少なくとも21時ちょうど上野発以降のライナーは1時間おきだったので、所要時間に鑑みてもたぶん違う。
なお以前の京急撮影記等でも言及したが、これは横浜にいる父方のクソ祖母の家を訪れた帰りの撮影。そろそろババアの葬式でふざけたいな~。早く死んでくれないかな~。そう書くのは簡単だけど、その血が流れている自らもまた罪人であり、死ねばいいと思ってしまう節もある。あの手の耄碌老人が反日政党に票を入れ続けた末路が今の日本です。やれやれ。

北総純正の7300形7318編成が充当された各駅停車。私がN台を撮ると圧倒的に千葉ニュータウン鉄道の車両が来ず、来ても(一応は)最大勢力の9100形ばかりだけど、まあそういう日もあるか。

何を思ってこれを撮ったのかは不明。どうせならその足で立石に飲みに行けばいいのになと思いつつ、時間と金と翌日の予定の都合でそうもいかなかった。せっかく撮りに来てこの結果というのが何ともこうもったいなく、あと1時間早く家を出ることができていたらと思ってしまうが、もう後の祭りだ。

いつか北総の7300形も7260形よろしく貴重な記録になることだろう。まだまだ先のことと思いたいがその日がいつ来てもいいように、日頃の記録を引き続き頑張っていきたい。それは勝手にしてほしいが、この7260形を撮った時のデータを完全に復元したい。記事1本は書けるなんてどうでもよくて、やはり当時のデータが欲しいので。
さて、一度改札を出てユアエルムで一服。禁煙していたはずなんだけど、たまには吸ってもいいかなって感じで。タバコ止めたんじゃなかったのかよ、というセリフでドラマのブラッディマンデイを思い出す。それは俺の勝手にしてもらいたいが、再入場して快速特急に乗車。青砥から上野で各駅停車か快速特急かではかなりの差になるが、日頃の行いって大切だね。日頃の行いがいい奴はいちいちそんなこと書かねえよ。

上野でも再入場のうえ(青砥で出たのが実質ムダになっている)、なんか乗りたくなったのでイブニングライナーに乗っていくことにした。青砥もイブニングライナーは停車するが、船橋で降りるのに10分で250円も払うのであれば上野からゆったり乗りたいよね、ということで、それだけのために上野まで来た。暇か(笑)

編成のラッピングに関しては後述するとして、土休日のイブニングライナーなので平日よりは空いていたのが救い。でも京成のライナー券売機って15分前から座席指定ができなくなって、それが嫌だからと窓口に並んだら券売機を使えと言われたのは腑に落ちないけど。結果として通路を挟んだ隣は大変賑やかなファミリーでした。ちぇっ。

上野18時40分発のイブニングライナー203号で帰ることにした。かつて大半のライナーが空港まで運転されていたという話はまたするとして、この日に充当されていたのはAE形AE4編成。既に後継車両の検討が始まっている可能性もあるけど、僕にとっては永遠の新型スカイライナー。まだまだ現役でいてほしい。
203号は空港からのスカイライナーの折返しであるが、その遅れのため203号としてのドア扱いもかなり遅れていた。上野にしては珍しく確か発車の3分ほど前に開扉、イブニングライナーらしからぬ慌ただしい発車だった。やっぱりインバウンドはクソってはっきりわかんだね。

余談ながら、このセクシャルなライナーに乗るのは記憶が正しければ令和3年8月以来のことだった。この時はまあ話題稼ぎに狙って乗ったというか、スカイライナーも空いていたってのはあるけど。

ぼくもお姫様だったんだね。やめろって、そういうことを書くと冗談が通じないジャニオタがヒス起こすだろ。

令和3年は中国の武漢で発生した新型コロナウイルスが流行していた時期。いずれこの頃の記事も書き直すが、それはそうとして、成田空港輸送を担う京成にも大変なご苦労があったかと思う。

当時大学4年生だったけど昼から飲んでたらしい。さもありなん。こんなんで彼女がいたってのがまたすごい、もう恋愛する気はないとはいえ。恋愛していて浮かれていたのは結構だけど、彼女を「お相手さん」なんて気持ち悪い言い方をするアレに成り下がっていなくてよかったなとは思う(笑)。お相手さんて(笑)。ソイツが今お相手さんとどうしているのか気になるところだ。

この時って空港まで乗ってたんだ。基本的にアクセス特急用の1番線に到着していた模様。何がTOKYO2020だか(笑)。本当にくだらなかった。スポーツを金儲けの道具にし、金と利権に塗れて誰も得しないクソイベントだった。勇気も何もない。
閑話休題。改めて、クソ外人共のせいで遅れていたものの折返しは定時で出て行ったイブニングライナーに乗って帰ろうと思う。俺は何も気にせずに乗っていたのでアレだけど、乗務員さんはじめ各社員さんには大変なご苦労があったかと思う。

船橋にイブニングライナー・モーニングライナーが停車するようになって令和7年で10年(それまでは船橋を通過していました)、当時佐倉市民だった俺は何も考えていなかったが、千葉市民になった今となっては船橋停車があるだけまだ救われている。だってその頃の停車駅だと、青砥を出ると八千代台な訳で、千葉市民はまず使えないでしょう?

イブニングライナーとモーニングライナーが全席指定になったもの平成27年12月改正以降のこと。それまでは号車指定制で、乗車駅毎に利用できる車両が決まっていて、指定された車両の空席を利用できる制度だった。例えば上野からだと2号車・3号車がそうで、確か1号車だけは当日ではない事前予約の客の枠になっていたんだっけか。

夜に空港を目指す客の数はさておき、大半のイブニングライナーが成田行となったのは京成ユーザーとしてはありがたいこと(成田から空港まで回送)。あとやっぱ久しぶりにAEに乗れて嬉しかったよね。最後に乗ったのってイコラブちゃんお話し会の帰りだったっけ?

青砥に到着。イブニングライナーは日暮里を出ると青砥、船橋、八千代台、佐倉、成田の順に停まる。以前の410円程度で乗れたのが懐かしい反面、その気になれば青砥船橋を250円で乗れるのもありがたいものの、普段使いの佐倉・成田市民からしたら令和6年の値上げって多分なかなかに心証のいいものではなかったんじゃないか?とは思う。俺がそっち側なら間違いなく激おこぷんぷん丸(死語)だった。

御手洗に行きたくなった際についでに撮った車内。土休日のイブニングライナーの乗車率がこんなもん!と言いたいのではなく、普通に空いていてよかった。下りスカイライナーで例えると日医大通過後のフルノッチでの加速といったパンチの効いた運転を本線で楽しむことはできないが、ゆったりとAEを楽しむという意味では土休日のイブニングライナー・モーニングライナーもオヌヌメ。

先代AE100形からの伝統ということで、4号車にはジュース類サービスコーナーも完備されているのがいいなあと思う。他社も含めると自販機どころか車内販売すら縮小傾向だし、そもそも2ビル→日暮里の36分で自販機って必要か?と思いつつ、これはひとえに京成さんのサービス精神だろう。維持にかかるコストもバカにならないだろうし。10年ぐらいして登場するであろう後継の新型スカイライナー、および数年後営業開始する押上発着の新型有料特急にも同様の設備が受け継がれるのかについては気になるところ。

走る先に夢があるんだそうで。AE100形と比べるとだいぶ小規模と言われてしまうかもだけど、一応現行AE形にもサービスコーナーが受け継がれているのは嬉しいこと。というかまあ京成らしくて好きというのもある。

御手洗を済ませて自席に戻った。思えば佐倉市に住んでいた頃、また佐倉の実家に帰省していた頃、当時の最寄りがうすいだったので八千代台で降りるのがもったいなかったな~なんて思っていたのも懐かしい。
一時的に寝落ちしていたと思ったらあっという間に船橋に到着。船橋到着場面の下りイブニングライナーにあっては3号車と7号車のみドアを扱うので、降り忘れないようにリクライニングを直してさっさと退散。今度はもっとゆっくりとAEに乗れたら幸いだ。もっとも、運行区間と所要時間がアレなので、どう頑張っても1時間強しか乗れない訳だけど。

思えばこれから10年というのも何ともこう信じがたいかもしれない。成田空港と東京都を結ぶ車両に言うことではないけど、当時短期留学から帰ってきて京成の電車を見て安心したものだった。羽田便の利用だったし、乗ったの上野から八千代台だったけどね。思えばうすいに実家があった頃も、ライナー停車駅の佐倉の1駅前で降りるのが何とももどかしかったのが懐かしい。
船橋からは千葉線を目指して直帰していく。もう寄り道していく気力もない。というか次の日の仕事に響くのはまっぴらごめんだしね。ライナーの後続で来る都営5500形の快速に乗ることとしよう。

5504編成の快速だった。実はこの選択肢が、いや、そもそも上野からライナーに乗ったことが間違いだったと気が付くのは、この10分と少し後のことだ。今思えばこの辺の時間帯も気合いで撮って記事にしていたらと思わないこともない。

津田沼にて後続の電車を撮っていた(多分御手洗に行ったあと)。トイレに行った後に手を洗わない男って何考えてるんだろうと思うだけでキモいというのはさておき、かれこれ14万年ほど(14万?!)遭遇していなかった3037編成が充当されていた。いや本当にいつぶりだっけ?何はともあれ今後もよろりんこ菊地凛子。もっともっと京成の電車の写真を増やさなくては。

大学生の頃に撮った1枚。3037編成は平成30年竣工で、私が千葉県を離れる少し前に竣工している編成。まだまだ写真を撮る機会は沢山あると思うので、これからもまたその写真を増やしていきたいと思う。

別の日に帰省しながら撮った1枚。もしかして3037を撮ったのってこれが初めて?

この辺で過去画も終わりましょう。いやすみません、なんか本当に久しぶりに3037編成を見たんです。いつ死んだの?という不謹慎なボケすらできるんじゃないかってレベルでした。この21NKは都営線内での輸送障害に起因するアレだった気がする。多分。

時系列を令和の今に戻そう。何がアレかって、後述の各駅停車ってイブニングライナー乗車中に千住大橋でぶち抜いた奴だったのよ。何ならライナーに450円払わなくとも、帰宅できる時刻は変わらんかったのよ。これはそんなことも知らずに撮った1枚。いつか飲み過ぎてうすい・成田方面の各駅停車に誤乗する回がありそう。

でもまだギリギリ正気を保っていた私は3002編成の各駅停車に乗ることができた。おめでとう!この各駅停車、先述の通り千住大橋で追抜いた上に下手すりゃ上野から乗れたアレなんだけど、結果として津田沼から乗ることになりました。流石に千葉中央行なので寝過ごすこともなく、前の日のようにちはら台まで行くという無様なことのもならず、何とか最寄りで降りてその足で帰宅して終了。なんだかんだで急遽の撮影となった京成撮影記もそんな感じで終わりました。
…なんか後味が薄いなあ…