皆さんこんにちは。当シリーズとしての前回の記事においてはE353系運用拡大を前にした最後の数日間ということで集中砲火でE257系を撮っていたと思います。暑さに耐えかねて結局寮に戻ったところまで書いていました。まだお読みでない方は気が向いたら是非お読みくださいね。
して、結局また夕方に出撃するという(笑)。当時18ちゃいとはいえ体力と気合いがあったもんだ。私の場合は20歳を過ぎてから体力の低下が著しい(ちょしい)ので、多分いまの私なら無理。何がちょしいだよ。いたな、そんな読み方してるバカが。俺の出身中学(千葉県佐倉市立)に。残クレでレクサスのSUV乗ってそうだけど、もう死んじゃったんだっけ。依田くんだっけ、稲村くんだっけ、太田くんだっけ。どうでもいい(笑)

まずはあずさ21号のM-102編成、現在あずさ33号として運行されている列車。この時間帯はこの踏切で下りを順光で撮れるので通っていたのだろう。まさかE217系廃車回送をここで撮る日が来るなんて当時の私は思いもしないことだろう。なんか総武快速も寂しくなったものだが、今は思い出話をする時間はない(キリッ)。決まったぜ…。いや、過去画記事それ自体が思い出話だろうが。
続いては金手に移動した。土休日の16時半といったらそりゃね。そりゃそりゃそうだろ♪そりゃそりゃそうだろ♪
そりゃryの元ネタはこちらです。私の=LOVEの推しの1人である諸橋沙夏(もろはしさな、以下さなつん)のはしご酒動画です。マジで俺もこのぐらい酒に強くなりたかった。流石に平成30年は18ちゃいで酒なんて飲めなかったけどさ。新歓で飲まされそうになった時に「高い倫理観を持て」と思った話もまたいつかしよう。
そんなくだらない大学のくだらない連中はさておいて、推しが酒飲んでるのマジで尊い。たまらん。いつもこれ見ながら晩酌しt\お時間でーす!/

翌月乗ることになる特急はまかいじ号。私が甲府に進学した平成30年4月以降、このB3編成は同年8月に廃車になるまでの間、ほぼ毎週と言っていいほどB3編成が同列車に充当されていたのも懐かしい。そういえば人生初の185系もこの編成だったな。185系の踊り子撤退直前からキッズが沸いてきて、あまつさえ「おけ。やりたいことできた」「控えめに言って最高」等の意味不明なのも出てきていたのは微笑ましいことだ。そいつらは案の定E4系Maxの引退前にも沸いて来た。あーもうマジでキモいから黙っててくんない?!※元ネタ:映画「新幹線大爆破」

この日の乗車率は微妙だったと当時の記事に書かれていた。どうしたものか。甲府場面を基準にすると定期の特急あずさ24号(八王子までノンストップ)、はまかいじ(八王子までかいじ停車駅と同様)に続いてやってくるからなのだろうか。とはいえ自由席に関しては乗車券だけで移動できる優秀な列車でもあり、実際に乗った時もいい感じの乗車率だった。まあそれが八王子から新宿ってのはさておき、個人的に215系グリーン車に乗れなかったのは心残りである。

定期回送の313系N1編成。こちらはラッシュ時間帯を中心に存在している定期運用で、日中は南甲府でおねんねしている運用。313系のN編成なんてもう何年も撮っていない。久しぶりに撮りたいが、今年の神明の花火臨は行くことができるだろうか。

N614編成のローカルで、多分甲府行。前日の撮影でそこは標識が被るということを知ってか知らずかここで撮るあたり、本当にマヌケだ。極めてマヌケだ。今後本シリーズの9月編で詳しく言及する予定のcutという英単語の意味もわからない学生のことをバカにできたもんじゃない。戒めの意味を込めてカットせず公開しよう。悔い改めて。

悔い改めて、どうぞ。かいじ113号はM-109編成だった。私が初めて乗ったE257系0代って話は多分前にもしているしこの後もしているので、今回は割愛。あんまり何回も同じ話をするのもアレだしね。この時間帯の下りならもう少し遠出すれば撮れる場所があったのに。その資料(写真)は何だよって話だ。某氏そんなんじゃ困るんだよぬぁぁぁぁ!ってまたキョロ充にバカにされそう。学生の家にタダで居候するような奴に。
この後に来るであろうローカル・あずさ等の写真がない。これは随分適当だ。

かいじ115号はM-108編成とM-201編成だったとのこと。一番日の長い時期でも甲府18時過ぎの到着となると、盆地で山に囲まれていることも相まって光線はダメみたいですね…となることが多かったのも懐かしい。同列車は7月以降もE257系で運転されていた。

スーパーあずさ28号との離合も撮れていた。6月の時点でもE353系の連結器カバーは白かったんだな?いつから黒のものに変更されたんだろう。それもまあ過去記事を振り返っていく過程でわかる気がする。そんなの気にしているのはお前だけだよ…(呆れ)

The Azusa 25 limited express train from Tokyo was operated by the unit M-115 of the E257 series. It will continue to be operated by the E257 series from the next day onwards. This train operated continuously as a Rapid train to Nagano after arriving at its terminus in Matsumoto. We could thus travel from Tokyo to Nagano on conventional trains.
あずさ25号は英文にもある通り翌日以降もE257系で運転されていた。そういえばこの写真で思い出したけど、当時のM-115編成のクハE256(11号車)って前面のLEDヘッドマークにこんな感じの不具合があったっけ。なんか今思い出した。まあそれを言ったら同系の持病みたいなところはあったし、何ならこれはまだ軽度な症状だったけど。2000代と5000代になってから私が撮った分では同様のことはあんまりなかt

あっ…ま、まあ、クハE256ではないから多少はね?実際2000代と5000代は頻繁に撮る機会がないので0代時代のように突っ込んだことは書けないので、どのぐらいの確率でバグが生じているのかについては気になるところではある。
話の時空を平成30年に戻そう。寮に戻って夜飯を食べた後、本日3回目の出撃。

先ほどかいじ115号に充当されていたM-201+M-108編成のかいじ124号。当時19時半過ぎに甲府を出ていたスーパーあずさ32号に需要が集中することが多く、曜日を問わず比較的空いていて快適に利用できる印象が強かった。以前書いたように私が乗った時にトナラーがいたのは極めて不愉快、極めて不愉快だったけどね。
なお当時、何故か他にもこれを撮っているのが数名いたが、同列車は改正までE257系で残存していたのでご安心いただければ幸いだ。肝心の翌年3月のラストランは頭の出来が優秀なフレンズ(死語)がたかっていたなんて話も聞くが、興味ないので別にどうでもいい。以前も書いたかもしれないが、一度同列車に乗った時はなんか夜の在来線特急で出かけるのが新鮮な気持ちで気分が高揚したのを覚えている。

この日を以て竜王発着のかいじ号にE257系が充当されることはないので、その葬式という訳だ。いやまあ5月に竜王にいるところは撮ってるけどさ。今でも竜王発着が2往復維持されているのは回送の手間に鑑みてもよくやるなあと思う。やりますねぇ!何故かと考えた時、竜王駅の周辺は駐車場も多く、甲斐市や南アルプス市からの車通勤需要も併せて一定の需要があるからなのでは?という結論に至った。超適当だけど。
一応私が観察してきた中では竜王かいじを竜王で降りる人間は一定数いるので、例えば令和7年春改正ダイヤを基準にすると夜の2本の竜王行かいじ号(47号・51号)の続行で甲府始発のローカルがあるのに維持されているのも納得できる…かもしれない。正確なデータがないので、何とも言えないけどね。いい加減なことばっかし言えませんから。ええ。

甲府止の211系と被ることは承知の上で撮影したあずさ34号のM-105編成。今となればこんな時代もあったねと思える写真だと思う。そのクオリティについては答弁を差し控えるが。
甲府を20時半過ぎに発車し、かいじ号同様の停車駅で運行されていた同列車(三鷹にまで停まる)は実質的にかいじ号停車駅の上り最終特急といったところだろうか。翌年の改正で峡東3駅(石和温泉・山梨市・塩山)を通過するようになった上に現在は甲府始発のかいじ58号になっているという、色々と迷走している感がある列車となる。またM-105編成は同日を以て定期の中央線特急運用を外れて東大宮常駐となり、9月から波動用車両としての運用を開始しているので、もしかしたらラストランだったのかもしれない。

M-116編成とM-203編成のあずさ31号、現同49号。当時と翌年改正と今のダイヤを見比べると色々と書きたくなってしまうのは色々な意味で私の悪い癖だね。まあJRファイヤー案件に関しては、平成31年~令和元年記事で触れればいいだろう。2番線の211系は韮崎方面からのローカルで、甲府入区の列車だったはず。
さて、明日からは先述の通りE353系が運用を拡大する。その関係で車両にも動きが出てくるのは自明の理だろう。次回は甲府駅で撮ったそれら一連の動きについてまとめていきたい。いや、そう書いたはいいけど、そこまで突っ込んだ内容は書けないでしょ。でも今になって手のひら返しして257を信仰しているガキよりは写真があるだけまだいいかと思ってしまうのも事実(笑)