皆さんこんにちは。昨日の記事の続きで記事を書いております。というかまあ強引に分割したんですけどね。タイトルの通り、平成30年6月の中央東線撮影記です。前振りで思いつくことも特にないので早速本題に行きましょう。

なんかよく見たら無表示だけど、多分なにかしらの理由があってのことだろう。別にそこでギャーギャーと喚くことはしない。103号は7月以降もE257系0代の運用で残置していて、本シリーズにおいては7月以降も比較的頻繁に登場する列車となる。M-115編成がNA-12編成になってからの思い出はどこかでも書いていると思うので割愛。
個人的には無表示=お召し列車の予備みたいな偏見に塗れた偏見があるので、むしろそっちなら面白かったのになと思わないこともない。というかそれを撮りたい。

N608編成のローカル、多分小淵沢行でしょう。この時は踏み台を持っていかなかったのか、フェンスが画角に入っているのが残念。これはアレだね、この4年後に進学した名古屋のバイト先でお察しな顔面と性格の服着て歩くちんちくりんが事務所で「身長170ない男は人権がないでちゅ!」って喚いていたけど、俺も人権ないのがバレてしまいそうだ(笑)。170ぴったりなもんでね、私。もうその人DVで死んじゃったからどうでもいいけど、したらお前もその顔とその性格では人権ないわ(笑)。
その産業廃棄物はさておき、この頃は長野の211系にあってはE231系0代または1000代の転用説がまことしやかに噂されていて、実際にそれを匂わせる動きもあったと記憶している。結局この1年半後ぐらいに中国の武漢で発生した新型コロナウイルスでJRさんの車両計画も大幅に狂ったというのは想像に難くない。果たして甲信エリアの次期ローカルはどのようになるのか、この記事が出ていることには少しずつ明らかになっているのかもしれない。

当時は毎週お馴染みだったE001系四季島。といってもこの時間帯に甲府に来るのは塩山でお金持ちを降ろした後に一旦甲府電留まで回送するためのものなんだけどね。令和7年現在とはルートも違うはずなので今どのような運行形態なのかはわからないが、何言はともあれこの時も撮っていたみたいであった。四季島、確保だ!
なおこの時は、びゅうトラベル社員の俺は四季島の運行計画知ってる自慢をする通称びゅうタカサキ(高崎から新幹線通勤と自慢していたのでそう命名)と繋がっていなくてとても平和であった。社員のオレ四季島の臨時運行経路知ってるアピール痛かった(笑)。まあソイツに関しては結構これまでもいじってきているし、四季島の写真で書くのは四季島に失礼なので今回は割愛(笑)

あずさ13号はM-113編成とM-203編成が充当されていた。他の記事でも言及すると思うけど、M-113編成はE353系があずさ・かいじ運用に進出してから1か月は引き続き営業運転に就いていたのに8月になって突如幕張車両センターに疎開されたというちょっと謎の動きをしていた編成となった。理由は不明だが、もしかしたら他の編成の走行距離抑制等が目的だったのかもしれない?何だったんだろう。同編成は現在2000代NA-10編成として活躍ちう。
運行範囲と最高速度および季節に鑑みたら致し方のないことだろうけど、虫汚れが気になる。高圧洗浄機でぶわーっと流して虫取り用の薬品をぶちまけて磨いて洗い流して綺麗に拭き上g(※編集部注:この人は洗車しないと死ぬ病気にかかっています

なんか光線が怪しいけど、かいじ110号はM-112編成が充当されていた。もう英語表記はいいや。M-112編成との思い出もどっかで書いたと思うしね。かいじ110号は甲府を12時半ごろに出るので、時折帰省でも乗ったことかと思う。
いやまあ似たような時刻で号数と車両が変わって今も残ってはいるけど。まだこのM-112編成がNA-09編成となり、無茶な工期と残工事で一時的に皮肉にもシンプルさの中のくつろぎというコンセプトを体現するかのような塗装になることは誰も知らない。あれはあれでよかったと個人的には思っているけどね。あれをボロクソに叩いていたアフィカス、冷えてるか~?※お亡くなりになっています。ある意味では冷えてるね。

そして今も謎なのがこの回送。長野出場で使われる回送とほぼ同じようなダイヤで上っていった。当時はもしかしたら疎開関連かと思ったものの、このM-106編成は翌年の改正まで活躍していたので正体は不明。M-113編成が離脱する前に一時的に離脱していたのか?と思ったけどそんな記憶もないし。ただ、7月以降も別のダイヤで上り回送は時折見られたので、何かしらの臨時列車が関係している可能性も微レ存。

What a lovely picture this is. It is the most amazing photograph I have ever seen. I sincerely salute and thank my 18-year-old self for taking this. If this comes across as sarcastic, that is my fault and you’re quite right to feel that way.
まあ何といいますか、何を考えてこの写真を撮っていたのかまるで理解できない。反省。あんたさぁ、写真撮る前に確認してないの?標識被らないかって!あ、元ネタは令和7年公開の映画「新幹線大爆破」です。

あずさ16号はM-102編成。これは随分メラメラだ。(色々と)ダメみたいですね…。一応定期列車として全てのあずさ・かいじがE257系で運転される最終日だったから撮っていたみたいだけど、なんかこう、頭に来ますよ。ある意味やりますねえ!これを以て一度当時住んでいた寮に退避。暑かったからね、甲府の夏は。電気代タダならよかったんだけどなあ。
なんか内容薄かったなあ…。

なので各編成の改造後の写真もぶちこんでやるぜ!冒頭のM-115編成はNA-12編成として今も活躍している。この記事の写真を撮った何年も後に心を病んで千葉県に帰る時に小田原から乗った思い出の編成でもある。

M-113編成は現在NA-10編成として活躍している。この当時は当たり前ながら2000代の塗装がどうなるかなんて知る由もなかったが、こうして何年もの時を隔てて書いていると不思議な気持ちになる。この写真は出場からおよそ1年後の写真で、疎開返却というよりは新しい所属先での機能保全検査のために回送されていたところ。

M-112編成はNA-09編成となっている。最初に改造されたはいいものの、代々木の本社が無茶な工期を押し付けたせいで内外装に残工事が残る結果となった。それ自体は褒められたものではないが、個人的にはこの塗装もなかなか落ち着いていてアリだったのではないかと思う。E257系引退前にこの塗装のリバイバル塗装は…流石にないか(笑)

M-106編成に関してはNA-05編成となった。秋田で改造された割には長野に疎開していたのが印象的だった。

M-103編成はNA-03編成となっている。秋田総合車両センターでの改造第1号だが、やはり無茶な工期が影響して内装に残工事が生じることとなる。誘導障害の問題がクリアされた後はNA-09編成共々各線区での試運転にも情されていたイメージだが、私はそれを一切撮っていないので何とも言えない。某氏そんなんじゃ困るんだよぬぁぁぁぁ!

最後にM-102編成は現在NA-02編成として活躍している。2000代に連結器カバーが付いているのは出場回送ならではだった。