お待たせ!過去画しかなかったけどいいかな?いいかな?ではない。
改めましてこんにちは、本日もお読みいただきありがとうございます。今回は平成30年の過去画から平成30年当時の記事にないものを中心にカツアゲして焼き直し、既に記事にしていて現存する写真もカツアゲして何年も経った今だからこそ書けるプラスの情報も加えて書いていきたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
ああ、カツアゲなんて言いましたけど面白おかしく言ってるだけですからね。犯罪を助長するものではないほか、リアルで「俺のダチ」なんて言っちゃういた~い人とは違うんです。痛いですよね~キョロ充。ウェイ系陽キャ気取りでうぇ~い(笑)

5月17日撮影のかいじ108号。当時の記事には大学に行く途中と書いていたが、当時住んでいた寮から大学までのルートには間違っても金手駅は存在しないので、多分授業終わりに撮っていたのではないかと推測する。いい加減なことばっかり書くんじゃないよって訳だね。現在NA-06編成として活躍中の編成。また英語表記エラーごっこやろうかなとも思ったけど、まあ後で気がむいたらやります多分。個人的に貫通扉を装備するクハE257の100代、いわばまさに3号車の英語表記はこれはこれでアリだと思っているのもある。

翌週の25日に撮ったM-112編成のかいじ108号。側面若干薄いのにまた撮ってんのかよ(笑)。当時の曜日と当時の記事から当時の記憶を呼び起こすと、1限と3限の合間に撮っていたのを思い出した。そうだそうだ、3限の授業楽しみにしてたもんな。他の学部での開講だったけど私の専門分野だったので受けていた(本来は後期の授業)んだった。学部名を書くと大学名がバレそうなので書けないけど、学部名をダジャレでdisって脳内で呼んでいたっけ。俺の学部でもそれできるけど。
してこちらはM-112編成のかいじ108号。これといった珍しさのないオーソドックスなよくある普通のかいじ号。M-112編成のかいじ115号で甲府に引っ越してきた私もだいぶ甲府に馴染みつつあった。前も書いた通り私はこの編成で引っ越してきたので思い出の車両でもある。

なんだこれは…たまげたなぁ…。M-112編成はこの数か月後に長野総合車両センターに入場して長野での2000代改造第1号になるが、無論この当時はそんなことを知らない。参考までに解説すると、当初予定されていた工期では機器更新や内外装の変更等々が終わらず、ペニンシュラブルーを省いたまんま出場したのが数年後の元M-112編成、現NA-09編成。無理な工期を押し付けるなら代々木の本社の人間も手伝いに行けばいいのにと思いつつ、今になって見返すとある意味では設計コンセプトの「シンプルさの中のくつろぎ」を身を以て体現しているようにも見えるのが皮肉なことだ。
話を平成30年に戻そう。

続いてM-116編成のかいじ103号。この編成は平成19年に臨時特急「風林火山」に優先的に充当されたほかラッピングもしていた。信玄公オタクとしてはやはり一度でいいから見てみたかった。この頃の私はM-116編成が189系N102編成の後継として長野に転属するのではないか?という根拠のない推測をしていたのも微笑ましい。機器更新どうすんだ機器更新。
なお、この時にたまたま先に見えていた方が後に沢山お世話になることになるオタクだった。甲府でも、この数年後に進学した名古屋でも、本当にお世話になったものだった。というか恩人。たまたま撮りに来て後ろで撮らせていただいていいですかって声をかけたのがそんな関係になるなんてすごいことだと思う。本当にこの時に撮りに行ってよかった。

続いてはお昼のスーパーあずさ14号。当時のダイヤではスーパーあずさの中でも特に爆速の便で、甲府を出ると終着の新宿までの停車駅は八王子だけ。立川すら通過という気合の入った列車だった。まだこの時はE353系の連結器カバーが白かったんだね。いつから変わったんだっけか。
この一連のシリーズで何回も同じようなことを書いてしまい、いつもお読みいただいている皆さまには何度も同じ話をすることになり申し訳ないのだけど、翌年の改正までE353系はスーパーあずさ担当とあずさ・かいじ担当の編成で運用が分かれていた。まあ前者はE351系、後者はE257系の後継だからそれはそうか。なお、この当時はまだE353系はスーパーあずさ専用だった。

そしてE257系0代同士が離合。これはなかなか美味しかった。左のあずさ13号が遅れていたので被りにヒヤヒヤしていたが、これはこれで十分だろう。被りと捉えて嘆くのも離合・並びと捉えてニチャニチャするのも無論その当人の自由だが、個人的には後者だ。M-115編成は後に2000代NA-12編成となり、大学院生活で心が折れて名古屋から帰ってくるときに雪が降る中を踊り子として乗った思い出の編成ともなる。いや、M-115編成時代も何回も乗っているとは思うけどね。

いい時代だったと思ってしまうことに月日の流れを感じて悲しくなる。次の8年後のE257系はどうなっていることだろうか。183系や189系、そして185系よろしく波動用車両として末永く頑張ってくれることを願っている。でも塩害が心配だなあ。251系も末期はボロボロだったし。

翌日、当時運転されていた豊田常駐のE257系500代による臨時のかいじ186号を撮っていた。もう少しちゃんと撮ってもらっていいかな?373系との並走に関しては恐らく別の記事で触れているので、今回は省略とする。これもまた何回も書くことになるので申し訳ないのだけど、当時NB-10・NB-11・NB-12の3編成が豊田に常駐していて、NB-12編成は基本的に甲府方面、NB-10編成は主に富士急方面、NB-11編成は双方に充当されていることが多かった。
なおこの186号はE257系500代で運転される際、全車指定席で運転されていたことも特筆できる。他にも臨時特急「ちばかいじ」「山かいじ」もそうだが、500代5両での臨時特急は全車指定席だった。恐らくだが、令和2年春改正以降の車掌1名乗務を見越した試金石的な意味合いがあったのかもしれない。ただし、平成31(令和元)年度以降、全席指定となった定期の特急で支社か本社の社員さんが車掌さんの車内改札の後ろについて時間を計っていたアレは、少なくとも私が乗車したちばかいじ号では実施されていなかった。

6月1日に金手で撮った同じくかいじ108号。お前ほんとよくかいじ108号撮ってたんだな(笑)。大学1年生の頃の話なんてもう記憶の遥か彼方にゴーンハスゴーンしていたが、写真というのはその時の記録をこうして永遠に残しておけるのでありがたいものだと思う。側面薄いけどね。M-109編成は現2000代NA-07編成だが、どうもNA-07編成に改造されてからあんまり遭遇しない編成になってしまった。私が人生で初めて乗った0代はこの編成なのにおかしいですねえ。

スーパーあずさ14号はS204+S104編成で運転されていた。このペアは4月末に人生で初めて乗ったE353系で、想像以上の快適さに感動したのが昨日のことのように思い出される。まさか当時の俺がE353系を動く居酒屋か何かと勘違いするようになるとは思わないことだろう。白い連結器カバーが懐かしい。
これを撮ってその足でキャンパスに戻り、授業を受けていた。まだまじめちゃんだったんだね。この半年後には有給ってことで何回も自主休講しているのにね。翌日は25日に金手で知り合ったオタクと郡内方面へ中央線を撮りに行くことにした。

ローカルで鳥沢を目指す途中、甲斐大和ではこの日から189系で運転されたかいじ186号の通過待ちがあるので一応ま、多少はね?のノリで撮っておいた。横軽廃止から2年数週間で生まれた私が何をって言われても仕方がないのはわかっているが、この色の189系にはやはり「あさま」幕が似合うと思っているので、あんまり同編成のかいじ号は撮らなかった。今となってはもったいないことをしたと思う。

We started taking photos from the Kaiji 106 limited express. Conditions may have been a little less than ideal. This train is the unit M-107, one of the E257 series. It has been extensively used as an extra train carriage in the Kanto region as the unit OM-92 since the summer of 2021.

次は中央特快のH47編成。なんかあんまり見慣れないタイプのLEDヘッドライトだった。山岳区間ということもありハイビームでかっこいいね。グリーン車が組み込まれてから何回か撮っているので12両の姿もすっかり見慣れたけど、未だに10両にも違和感がない。まあ青編成どうすんだよ青編成って話だけど。
大月発着のオレンジの快速は、扱い上は確か大月~高尾が列車扱い、高尾以東が電車扱い。そのため、例えば令和7年春改正ダイヤで存在する東京発の1919H(通勤快速河口湖行)は東京→高尾は1919H、高尾→大月は1919Mと列番が変わる。乗っていて何か変わる訳ではないが。なお、中央快速線直通の列車は高尾以西は普通列車として運転される。

続いてまた英字表記になってしまったあずさ10号。この列車の停車駅については以前もこれからも書いているので重複して申し訳ないのだが、甲府を出ると石和温泉、塩山、大月の順に停車する。山梨市くん…どうして…。何回も同じ話をするキョロ充に「その話、もう何回も聞いたよ」と返答することで結果として私も同じ話を何回もしていたというのが皮肉なことだったと以前も書いていると思うが、あんまり人のことは言えないみたいだね。
この日運転されていた四季島はピンボケで爆死。一方でいくら経っても踏切が開かずどうしたものかと思ったところ、先撮れなかったあずさ12号がこの先でしかのこのこのここしたんたん♪したとのこと(鹿にぶつかったともいう)。

N321編成のローカル。ここで撮るってことは多分高尾行でしょう(名推理)。名推理でも何でもない。211系3両は延命工事を行っているが、余計に後継車種が読めなくなっている。E131系統一なのか、E233系転用なのか。この色のE233系は是非とも見てみたい。

こいついつもかいじ108号撮ってんな。まだE353系のあずさ・かいじ運用は開始されていなかったのであずさ・かいじを狙えばE257系だった。贅沢だったよなあ。なんかこうして大学1年生の時の写真を使って記事を書いていると、帰省や旅行で中央線特急に乗る時のことを思い出してエモい気持ちになる。

続いてはS201編成を先頭としたスーパーあずさ14号。このS201編成はS101編成と共に登場した量産先行車だが、この年のダイヤ改正前に量産化改造を終えて運用に入っていた。S101編成はこの当時では量産改造中で、翌7月の運用拡大から営業運転を開始していたと記憶している。
これにてここでの撮影は終了。歩いて猿橋駅に戻る。

かいじ186号を終えたN102編成が回送として猿橋に停車ちう。所定のダイヤでも猿橋での待避があったのかは不明だが、この日は先ほど書いたしかのこのこのここしたんたん♪に加えて四季島がエアセクション内で立ち往生したらしく、あーもうめちゃくちゃだよ~の一歩手前状態だった。

鳥沢から歩いて鉄橋を渡る各列車も撮っていきましょう。ダイヤ乱れのせいでどの列車がいつ来ていたのかわからないめちゃくちゃな状態だった。こうしてみるとE257系0代の塗装は何でも似合うと思ってしまう。

最後にT38編成の大月行。甲府まで来て、どうぞ。そう言いたいが、特急かいじとの共存が可能かという疑問もあれば春日居町・東山梨の有効長どうするんだという問題も出てくるので仕方ないか。同じく特急が高頻度で運転される常磐線とはまた事情も異なるだろうしね。

そんなT38編成は10carsステッカーを掲出している時にも撮っていたのだけど、執筆日の時点ではまだ12両の姿を撮ることができていない。あの一連のステッカー掲出は貴重だったと思うのでもう少し撮っておけばよかったと思うが、快速線内はエキセンばっかりだからなあ。ああでも御茶ノ水あたりの沿線撮影地は一度行ってみたい。