皆さんこんにちは。一昨日よりお送りしている京急撮影記in秋シリーズですが、本日は第3回目としてお送りいたします。ダイジェスト編を除いてもだいぶいい分量になっていると思いますけど、めげずに(めげずに?)書いていこうと思います。本数が多いということもありますけど、私がなんだかんだ昔から京急が好きだからこそ書くことが多くなってしまうのは本当にセンセン。ラララ今~京急の~仲間たち~←社歌の歌詞を書いたところでごまかすことはできません。

以前撮ったこの運用は1217‐だったが、今回は17011‐が充当されていた。聞けばどちらも金沢所属の車両とのことで、少なくともこの運用は金沢検車区所属の車両が所定なのかもしれない。このノリで京急の運用を極めていきたいが、いよいよ脳内の容量が本格的に足りずにぶっ倒れそうなので手を出さない方がいいのかもしれない。しかし根っからのオタク気質の私はそういう研究が三度の飯と同じぐらい大好きなので、目の前で1億円をぶらさげられているような気持ちになるかもしれない。

それはそうとして、新1701編成ってなんか1度撮ってからポンポン撮れているイメージがある。流石にそれが京成線内、特に本線高砂以東となると機会・回数に鑑みて必然的にその確率は下がる訳だけど。でもなんか京急を撮りに来ると最低1回は遭遇する気がする。先輩、コイツまた来ましたよ。やっぱ数編成いるんすねぇ。

13Hで撮った1001編成も折返してきた。この時点で最新の1701編成を撮った後に新1000形の偉大なる始祖たる1001編成を撮ったのが今になって思うとなんか草。いや~どうせなら両編成の離合を撮りたかったよね。ほんと。生きてりゃそんな機会どっかであるとは思うけど。

5月に文庫付近で撮って以来の1337編成。銀千は銀千で正直好きなので、一部からは心無いご意見こそあれど私にとっては好きな車両。こういうことを言ったりTwitterで呟いたりするといちいち聞いてもいないお気持ち表明・持論展開をしてくるゴミと縁が切れると本当にQOLが上がるってもんだ。
余談。金沢文庫という地名の由来は金沢流北条氏の北条実時が鎌倉時代、現在の横浜市金沢区に設けた文庫に由来するんだそうだ。武家としては日本最古との説もある。なお、京急の金沢文庫は「かなざわぶんこ」であるが北条氏のそれは「かねさわぶんこ」と読む。いずれにせよ口を広げて読む小学生のノリは存在しない。

銀千同士の離合。やったぜ。こんなことを書くと銀千が好きなんて~だなんだと陰でコソコソ言われるのかもしれない(コメント欄やメールまでいいよこいよ!)が、先述の通り銀千も好きなので個人的には美味しい並び。もうル・シエルか2100形の車内でハイボールをガンガン飲んで足をグルングルンしちゃう。アル中ステップともいうアレ。
せめて陰でネチネチではなく「若いって素晴らしい」ぐらいの皮肉が来たらこちらもネタにしようがあるんだけどな~どうすっかな俺もな~。

京成押上線内では各駅停車として撮っている印象が強い1656Hだが、当然ながら京急線内では特急として運転される。以前から思っている偏見だけど、夕方下りラッシュにおいては都営線からの特急よりも品川始発の快特の方が比較的混雑がマシのように思える。ただこの2つを比較するとしても、始発駅および種別・停車駅が違うので、一概に比較するのも違うとは思うけど。

1089-も久しぶりじゃない?そう思ったけどこの前に撮ったのは前回八ツ山橋に来た時だった。2か月ぶりなので久しぶりと書いていいのかどうか…。撮影地が変わらないじゃんアゼルバイジャン!というクレームに関してはおっしゃる通りだが、一応時期が違う以前に毎回車両も違うので、そういう意味でもやはり京急を撮りに行くのは楽しいなと思う。

草。いや、ここは大佐倉ではないので草生やしてんじゃねえよって話だけど、ちょっと(笑)。おまえ(笑)。いや3448編成が何かって訳ではなく、ここ最近狙う前から全然撮れない時間の運用だったのに、いざ何も運用を知らずに撮りに来たら来るってさ(笑)。ただでさえ未だに京急にもドヤ顔で直通している事実が既に面白いのに、個人的なアレでそれがぶっ飛んだまである。屯田署長がぶっ飛んだ!

3400形の急行も一度ぐらいは撮ったことがあったと思うけど、やはり京成線内では既に見られないものなので新鮮だ。ご存じの方も多いかと思うが、当形式は45km/h前後で回生が飛ぶので特にブレーキ操作が難しいことで定評がある。私もBVEで3400形を運転する時は今まで143,000回程度(14万?!)ではあるが、どさくさに紛れてEB(非常)に突っ込んで華麗なる基本制動をキメてFoo↑気持ちい~となったことがある。

3400形も既に最後の1編成。本来はとっくのとうに廃車になっていたのではないかと思われるが、色々とあって今もこうして生き残っている。新3200形での置換え対象として明言されている以上は決して先が長くないはず(保存の可能性は一旦さておくとして)だが、遠くない引退のその日、JR東日本のE4系Maxの時のように引退前だけ最高キッズが果たしてどれだけの架空の思い出を量産するのかが気になって朝と昼と夕方と夜しか眠ることができない。ほんっとうに楽しませてもらいました!おけ、やりたいことやれた。ウケる(笑)。

引退前だけ最高キッズが見向きもしなさそうな銀千の普通車も回収。銀千もいずれ連中が架空の思い出をでっち上げて賞賛・崇拝される対象となるのだろうか。そうだとしたらあんまりにも気の毒だ。なるほど、だから芸人か何かが素人のSNS利用を批判して頭剃って反省している僕ちゃんいい子ですムーブをかましていたのか。はぇ~。知能指数ひっく(笑)
とはいえ言論の自由は憲法が保障している通りであり、それが否定されるようなことは断じてあってはならない(マジレス)。

北総からの電車は20分おきなのに北総車が来たのを大変久しぶりに感じるのは、多分だけど京急の本数が桁違いだからだと思う。いやまあラッシュが近いからそりゃそうだろって話ではあるんだけどさ。もっとも北総からの電車全てが北総車ではなく、その中には京急・京成・都営の車両もあるので、そう感じただけかもしれないけどさ。

ここまで見事に潔くピンボケするものか(困惑)

堀ノ内始発で12両の特急。多分前4両は文庫かどこかで連結しているんだろうけど。実は後続も特急で、堀ノ内の時点では7分後に出ているにも関わらず1601C終着の品川では2分差となっている。いや文庫での連結等々があるだろうから、それもそうかって話だけど。

ケツは1065編成。一昔前だとよく広告ラッピングに抜擢されていたイメージが強い。車体更新をしたので既にけいきゅんステッカーを剥がしたのではなく、現時点では車体更新が未施工であるが故にこの見慣れた形態(なお前照灯)というだけ。何が「けいきゅんステッカーはもうそろそろ剥がすからァ!」だか。

結構前に撮った気がする新1701編成が快特で折返してきた。今年度登場となるであろう1702編成・1703編成はステンレス車体への塗装を取りやめるとのことで、登場から数年で早くもおわr…レア形態となったことは多分この先引退まで、いや引退後も語り継がれることだろう。

40年使うと仮定した場合、同編成の引退は2063年。おれは63ちゃい。生きている自信がないが、ぼくの存命可否はさておきその頃の日本が移民で壊されていないことを切に願う。何が多文化共生だ。もうなりふり構っていられない。今こそ、正義の政治が必要です。※重ね重ね、今回は新幹線回ではありません

ここまでの本数というか運行密度の中ではじめて被ったのがこの1209編成。逆にここまで被りを回避できたあたり自身の日頃の行いの良さを感じる。※いいえ
1209編成は平成30年2月の竣工、私がちょうど受験戦争に全身全霊を傾けていた頃に出場していたらしい。過去問に涙するまで努力した経験自体は今の人生にも生きていると思いつつ、試験は結果が全てだと思っているのも事実。結果としてしょーもないゴミめいたクソFラン国↑公↓立しか受からないのであれば、さっさと指定校推薦でいい大学への進学を決めて遊んでおけばよかったのかなと思わないこともない。人生いろいろとはまさにこれか。多分違う。

さて、本記事のメインディッシュとも言えよう3100形の久里浜行が来た。編成は3157編成、記事を作成している時点では新3200形の次に新しい車両だ。紆余曲折がありつつも、平成30年に復活した京成車の蒲田以南定期運用がこうして残っているのは嬉しいこと。とはいえいつ消えるかわからないのも4直ならではのスリル。3050でできなかった分、こうしてまた撮ることができたらと思う。

ファッ?!なんだこれは、たまげたなあ…。結果としてこの日にハイビームになったのはこれを含めて数本あったが、いずれも日没後に対向が抜け、かつ指導運転士さんと思われる方も添乗されていたものがメインだった。しかしこれは1枚前にもある通り、明らかに対向が抜けたのとは無関係のタイミング。いいねいいね。こっちも書くことが増えるので、正直皮肉抜きに助かるラスカル。白色の視界を~ありがとう~。社歌みたいに書くんじゃねえよ(笑)

ハイビームですっげえ白くなってる、はっきりわかんだね。その何でもかんでも語録使えばいいってのもどうかと思います(半ギレ)

まさかこの運転士がマニア(笑)への嫌がらせでハイビームにしたとは思っていないし(ここでは何かしらの理由でやるという可能性もあり)、私は京急を悪く言うことはしたくない。というかガチでやるなら消灯だったり、八ツ山橋場面ならウォッシャー攻撃だったり、そういう選択肢もあると、そう伝えたい。

余談だが、私は一度京成でウォッシャー攻撃をやられたことがある。マジで(笑)。当時は日中の点灯義務がなかった可能性の高い日中に急行灯を点けていたあたり、マニアなんだろうな~とは思った。
京成では乗務点呼の際に「心身ともに健康」である旨を申告するはずだが、今回はマニア(笑)の運転士は別にどうでもいい。というか、本職でもないのにエキセンで元バイトが社員を気取ったり中の人ぶって「マニア」と呼んだり、そちらの方がキモい。どこの航空会社におっと。

ただ、前照灯上向で上を向いて歩こうという温かいメッセージを曲解してしまうバカも一定数いる(はい私です)ということを注意喚起も兼ねてここに書いておきたい。京急の運転士さんにもいつもいつもハイビームでファンサをしてくださる方が若干見えるようだが、その方を盗撮した挙句に本名を晒していたクズがいる。ここだけの話、大声では言えないが、ソイツは「京急には俺のダチが乗務員で勤務しているから!」と唾を飛ばしてドヤっていた。どうか京急社員の皆さんにおかれてはご注意を。もっとも、こんな弱小ブログを鉄道会社の社員が見ている訳もないけども(笑)
という訳で、第3回のトリを記念してこれまでのハイビームとその傾向を振り返っていこうと思う。

せっかく地元の電車が来るからとカメラを向けた瞬間にハイビーム(笑)。このどう足掻いてもどうにもならない構図で撮ってるのに(笑)。違うもん!対向抜けたからハイビームにしただけだもん!ウケる(笑)

なんで?!京急回でしょ?という悲鳴が聞こえてくる気もするが、やはりこれは類似例として取り上げなければならない。据え膳食わぬは男の恥。諺とはいえ令和の今はこの言い回しも時と場合(何がTPOだよ)を間違えると炎上しそうだよね。話を逸らすな(笑)

撮影は平成28年10月8日、京成の青砥駅にて。京急とは無関係だが、やはりこの手の人種を見ていると他社局の車両に乗ると気が大きくなるのか、やたらとハイビームで威嚇してくる気がしなくもない。で、乗務区で「どこそこでハイビーム入れてやった」なんて自慢しつつも同僚にはいい人の皮を被って接するというサイコパス。こわいな~とづまりすとこ(笑)

こいつもこちらを視認するや否やハイビーム(笑)。京成押上線での撮影。撮り鉄を嫌うのは自由。実際馬鹿ばっかなのもまた事実だし、それは私とて認める。しかし、嫌がらせをガチでやるなら消灯でもしてみろってんだ。
コイツは面白いことに折返しに際してこちらにイチャモンをつけてきたスペシャル仕様。黄色い線を出ていない俺にあることないこと罵声を飛ばしてきた(笑)。詳細は令和元年分の過去画記事で触れていくので、各位お楽しみに(笑)。照らすは恥だし記事になる。

続いて令和6年のハイビーム。現在は実質サ終した立石カーブでの撮影だが、ファインダー越しに5500形が見えたかと思ったらこれ(笑)。マジでこれは笑った。違うもん違ううもん!オタクがフル点灯好きだからサービスしたんだもん!サービスありがとうございますぅぅぅぅぅ!ウッキー!実際ハイビームだとフル点灯になるからね。その方がいいのは事実。

こちらは視界に入ってからではなく切り位置を意識してのハイビーム。先ほどのこちらを視認した瞬間のそれと比較すると圧倒的に成長していることが理解できる。決して他社局の車両に乗って気がデカくなっているというイキリレクサス(〇田ナンバー)のノリではなく、あくまでも上を向いて歩こうという応援の意があることを忘れてはいけない。

少しして撮った下りの快速特急。もはや京急に全然関係ないだろうが(笑)。だがこちらとて熱い想いをスルーするのは仁義に反すると思っているので、同じようなことがあればあるほどこうして記事で取り上げるべきだと思っている。改める気はない。イッヒッヒ(笑)

草(笑)。こちらが悪意、いや善意に満ち満ちてカメラを向けたらこれだからね。うちのブログなんて本当にミジンコの鼻くそ程度の影響力なんだろうなあ。これ以来執筆日時点で半年近くこういうのに当たっていないので、是非ともまたハイビームで、いやできれば消灯やイチャモン等をお待ちしている次第である。

京成ばかりではアレなので、やはりハイビームを語る上で外せないこの写真で締めさせていただこう。当時俺は19ちゃい、実家がある千葉県佐倉市から進学先のクソ大学がある山梨県甲府市に移動する際に撮った通称千葉あずさこと特急あずさ3号。

この運転士はあろうことか俺のTwitterを特定し、ガキだなんだと誹謗中傷までしてきた。なお、当ブログで日付と列番を出すようになってから垢消して逃亡。だっせ(笑)。だからいい歳して童貞なんだよ…
この件に関しては最近の記事と並行して公開している過去画記事(大学生時代編)のうち平成30年度分にて既に公開が決定している。185系を置換えた際は戦犯扱いだったE257系も今では人気コンテンツ、京急回同様にいつも以上のアクセスをいただける自信がある。公開日までは未定ながらも、この時の写真も遠くないうちに改めて公開できると思うので、E257系ファンの皆さんにも是非楽しみにお待ちいただければ、それ以上のことはない。
と、こういうことをしたがるのも一定数いるようだ。やめろだなんて微塵も思っていない、むしろやめずに続けてくれ。おかげでこちらもこうして書けるネタが増える。ありがとう。
なんかだいぶ話題が逸れてしまったが、まだ京急撮影記は終わっていない。八ツ山橋での撮影は次回が最後となるかと思うが、その続きも含めて、まだまだ書いていきたいと思う。