皆さんこんにちは。今年も残すところ僅かとなりました。記事の時差が~と抜かしているならこんな記事書くんじゃねえよって話ですが、平成29(2017)年以来久しぶりに1年まるまる千葉県人として過ごした1年ですし、何とか生きながらえながらも趣味を両立して何だかんだ楽しくやってきましたので、そのまとめとして各月のダイジェストで今年1年を振り返ってまいります。結局3回に分ける形にはなるので、そこは申し訳ないです。
今回は今年4~7月をダイジェストで振返ってまいりたいと思います。
4月

4月になった。これは2日の撮影だが、どうも急行灯の点灯率が異様なほどに向上していて何とも言えない気味の悪さを覚えてしまったものだった(失礼)。時期が時期だから会社を挙げてのエイプリルフールかな?と思ったが、冷製パスタ並みの冷静な視点で考えたらそんなこともある訳ないか。

と言いたいが、この日のハイライトはこれ(笑)。これまでもこちらを見ると左足ドン!でハイビームにして明るく照らしてくれる運転士は京成に限らず一定数存在するが、新年度も上を向いて歩こうということで前照灯上向サービスをいただいた。京急の車両ってのもまたポイント。川崎の接近メロディ、坂本九さんの「上を向いて歩こう」だしね。

思えばしばらく四ツ木も行っていない。8月末には結局行ってるけど。

押上から戻ってくるときも明るく照らしてくださいました。ありがたい。何もやれロービームにしろだなんだ騒ぐキッズとそれにお気持ち表明してしまう自称中の人(笑)からはバカにされそうだけど、こうして書くネタが増えるので私にはこれからもずっと同じことをしていてほしい。ハイビームが嫌だなんて一言も書いていないし思っていない。だが、こうしてこちらにアピってくれるなら記事にするだけだ。やめるんじゃねえぞ。

ビッグサイトで開催された=LOVEツーショット会の帰りの1枚。それ以外にも撮った写真はあるが今回は割愛。津田沼から千葉までは3034編成に乗っていた。無論推しと俺との写真も割愛。私だけの宝物だから。いやまあLINEのアイコンにはしてるけど。

懲りずにまた押上線方面へ。やはり急行灯がバッチェ点いていて気味が悪い。義務化に関しては内部情報を教えてくれる「俺のダチ」がいないので断言はしないが、確実に急行灯が点くのは美味しい反面で急行灯ガチャができなくなったのは少々残念。

新3200形の快速は初見。急行灯点灯義務化(要出典)前にこの運用に充当されたとて日照時間の問題もあるので、過去のことは考えないでおこう。来年以降も沢山の新3200形が増殖し、いずれ急行灯を点けて優等運用に日常的に充当されるようになるのが楽しみ。

中旬、また1編成E217系が長野へと送られていった。思えば改正以降の配給は1031号機が充当されることが多かったような?大学生時代を過ごした甲府市にE217系を追ってこうして来峡することになるとはなあ。

勝沼の桜は間に合わなかったが、塩尻の桜はギリギリ間に合った。Y-35編成は3月の項でも書いた通り最後に乗った編成だった。長野まで追っかけた後に新幹線でトンボ帰り。

土曜日の朝、東京駅からおはようございます。Netflix映画「新幹線大爆破」公開の数日前、弘前城の桜まつりに合わせて帰省するためにE5系はやぶさ号に乗っていく。E5系も来年1編成がインドに譲渡されてしまうのが残念だが、せめて現地でも大切に扱ってもらえることを願う。

弘前城と桜を岩木山。時期が時期なので致し方のないことだが、どこもかしこも混んでいてアレだった。それだけ我が生まれ故郷に沢山の観光客が訪れること自体は悪い話ではないが、公害と化したインバウンドはお呼びでない。それでいてJR東日本の上層部は東北新幹線にも更にインバウンドを呼び込みたいなんて言うんだから呆れても物も言えない。

りんごねぷた列車として運転されていた7039‐7040編成。大鰐線は令和9年での運行休止が決まっているのが残念だけど、かといって普段使っている訳でもない私が偉そうなことも書けた話ではないからなあ。この日はもう4月下旬だったけど、岩木山からの風が心地よい冷たさだったのを思い出した。

津軽大沢駅に併設の車庫には6000系最後の2両が生き残っていた。平成28年現在では車検を通して車籍もあったことを確認しているが、自走はおろか通電すら何年もしていない可能性のある車両なだけに、今後なにかの機会にまた動くかどうかは不明。

4連休のうち3日を弘前で過ごし、3泊目は仙台に泊まった。仙台まで常磐線が再び繋がって5年、仙台でE657系を見るのは別に初めてではないが、普段関東で見かける電車をここで見かけるのが新鮮だった。一度仙台ひたちも乗ってみたいが、水戸以南が相席になりそうなのが何ともなあ。

仙台で撮りたかった一番の被写体は仙石東北ラインのHB-E210系。といってもこれは小牛田への入庫を兼ねたと思われる東北本線のローカルだけど。翌日は乗車もできたほか、仙石線内でも撮ることができて何より。

仙石線205系も今のうちに、ということで当初予定していた撮影地とは違うが撮っていた。せっかく沿線まで出たのに結局はエキセン、曇り前提の沿線撮影地では晴れて晴れ前提のこのエキセン撮影地では曇るという散々な結果に終わった。M16編成は震災の時に津波を免れた経歴もある車両。

運よく所定はU単(E5系10両)で運転となるやまびこ218号(218B)がE2系での運転だったので、えきねっとトクだ値でグリーン席を3割引か半額かで抑えて最高のフィナーレを飾っていくことにした。218Bは東京までの各駅に停まる上に後からの列車の通過待ちも複数回あるので、乗り鉄・呑み鉄目線では最適な列車。何もE5系だったとしても同じ。

E2系の車内で牛タン弁当を食べるという安い夢を叶えることもできた。またこれをしたい。なお、3年半前に学生だった私の家に半月近くもタダで居候し家賃水道光熱費を全て踏み倒したゴミ野郎と上っ面でつるんでやっていた頃にこの話をしたところ「国分町で食べようよ~少しは出すからさ~」と謎のマウントを取られたのも懐かしい。その人死んじゃったらしいけど。こんなことを書くだけ食材に失礼である。
5月

祖父の墓参りに行ったはいいが恐ろしいゲリラ豪雨だった。久しぶりに相鉄を撮りに来たらこれだよ。それにしてもえげつない雨だった。

藤沢に一泊、翌朝は大船で少しJRを撮ることにした。E257系2000代もなんだか久しぶり。

臨時の踊り子号は5000代OM-92編成だった。冬眠を終えたゴキブリの如く大量の人間が湧き出るゴールデンウィークなので仕方がないがどこも人人人。特に鎌倉に関しては公害でしかないインバウンドで悲惨なことになっていた。やれやれ。

8059Mに遅れが生じていたので、もし両方定時で来ていたらこんな並びが見られたのかな~なんて思って合成してみた。

北鎌倉付近での有名な撮影地で横須賀線の列車を撮ることにした。北鎌倉も降りるまでの間に改札が公害と化したインバウンドで大渋滞していてイライラしたものだった。誰がこんな国にした。目の前の日本国民の自由さえ守れず何が政治だ。

休憩後に根岸線経由で京急を撮りにきた。せっかくなので普段は撮らない小田急なんかも行ってみたかったが、近場に順光撮影地がなさそうなので断念。江ノ電もインバウンドで以下略。京急といっても横浜以南まで私が来ることはなかなかない上に京急も好きなので全く後悔していない。

有名な文庫~八景の撮影地にも来てみた。ここで大半の京急の車両をコンプリートできたとすら思っている。一時期よりは本数も若干少ないが、それでも撮っていて全く退屈しないのが京急のすごいところだと思う。

やはりこの編成も外せないよね、ということでぶち込んでやるぜ!

金沢検車区には脱線事故で廃車になった1500形1701編成の品川方先頭車、デハ1706が現存している。保存車というよりは脱線事故からの復旧訓練等に供されているらしい。
6月

5月は忙しくて電車を殆ど撮れなかった。6月に撮った3500形の各駅停車。これに乗って沿線撮影地に移動した。

お久しぶりな新3200形。デビュー当時から執筆日の時点までの間では別に増殖した訳でもないが、なんか日に日に遭遇する頻度が上がっているようなそうでもないような。

3688編成の各駅停車。この撮影地は人目に付かないのがいいけどこの時は枝が残念。

日が長い時期でないと本線高砂以東の沿線でイブニングライナーを撮るのも難しいので、これも夏ならでは。

下旬、最後まで残っていたE217系Y-101編成とY-102編成が長野総合車両センターに配給されていった。

ここだけ切り取ると更新工事が進んでいた頃みたい。昨年突如としてY-101編成が運用に就いた際は仕事で間に合わなかったが、横浜の惨状を見ていると行かなくてもよかったかも(笑)。罵声飛ばしていた奴らは言わずもがな、一部社員もよくわからない発言をしていたようで、何というかこの世の闇を感じる。なお罵声の皆さんは既にお亡くなりになりました。E217系より長生きできなかったんだね。

追いかけて明科でももう1枚。思えば3月に明科で撮った時は真っ暗だったのに随分日が長くなって明るくなっていたものだった。最終回のしんがりとなったY-102編成の幕は「横須賀線-総武線」、見慣れたあの幕だったのが切なかった。

長野まで追っかけてこれで本当にお別れだ。未だに実感は沸かないが、寂しくなるね。

2月以降幾度となくお世話になってきたあさま632号もしばらくは乗る機会がなさそうだ。夜に出発する新幹線・特急の特別感もいいしこれまで乗ってきた水曜日・一部土休日は確実に自由席で人権を確保できていてよかったものだった。
7月

6月下旬よりしばらく体調不良でダウンしたのちに復活。記念で早番終わりで京葉線を撮りに行ったらハイビーム祭り。これは1日あたりでは稀に見る回数だった。個人的にはE257系500代の明るい時間帯のそれはなかなか撮れていなかったので皮肉抜きに感謝。

209系500代も撮れる時に撮ろうの精神、まあ当面は安泰だと思うけど。

やったぜ。違うもん違うもん嫌がらせじゃないもん!おっそうだな。私とて確たる証拠はないので断言まではできないが、この手の運転士が乗務区に戻って「オレ今日n回ハイビーム入れたぜ~」なんて自慢しているのを想像すると大変微笑ましい気持ちになる。

回想シーンとしてこれからもM76編成を撮る度に、または武蔵野線を撮る度にこうして記事になる(飽きるまで)。

デデドン!まさか乗務区で自慢している一方でこうして記事にされてオモチャにされているなんて当人たちも思っていないことだろう。それでいい。ギブアンドテイク、これからも上手くwin-winの関係を望む。来年もよろしく(笑)

一方の元新京成・現松戸線では既存車の京成カラー塗装が順次お目見えしていた。登場順ではないが、こちらは80000形としては塗装変更第1号の80026編成。新3200形とほぼ同じような塗り分けとなったが、普通にかっこいいと思う。なのでさっさと千葉線にも入って、どうぞ(n回目)。

元新京成車で一番最初にこの色になったのは8800形8807編成。私が高校生だった頃はジェントルピンクになるどころか千葉線直通も非対応だったあの編成が塗装変更第1号になるとは思わなかったよね。これもこれで見慣れれば見慣れる程アリだと思う。

N800形の塗装変更第1号はN818編成。遠目に見ると3000形でしかないが、細かい差異はあるのでまあ多少はね?次は我が地元の千葉線でも撮りたいと思いつつ、いよいよこの顔とこのカラーリングの電車しか来なくなるという意味ではバリエーション豊かな4直らしからぬ光景になる可能性も高く、何ともカオスなことになりそう。

船橋で撮ったE231系800代。緩行線を快速が走っているので初見殺しなのかは知らないが、平日夕方のここはなかなか効率よく色々なものを撮ることができるのでおいしい撮影地。メトロ車も撮れるのでまた行きたいが、この時は殆ど被ったので何とも…。

下旬、また懲りずに京急に行っていた。この時の狙いは夕ラッシュ。

またまた2133編成と遭遇。昔と見た目も音も異なるとはいえ、やはり腐れ縁のようだ。

この辺はやはり平日ラッシュだからのもの。こういうのがあるから本数が多いことを差し引いても3時間弱の滞在でちっとも退屈せず助かった。

イブニング・ウィング号も冬はまずもってここで撮ることは不可能なので、夏ならではの特権。せっかくモーニング・ウィング号が爆誕してから10年経つんだからたまには朝ラッシュも撮りに行けよって話なのはわかるんだけどね(朝に弱いタイプ)。

帰りは東京を21時前に出るしおさい11号。今年は撮る回数の方が多かったが、E257系500代唯一の下りしおさい号である上に現時点では満席御礼とはならなさそうで、私も満席御礼で660円払って相席という自虐罰ゲームにならない限りはこれからも都内で遊んだ帰りに重宝していきたい。
~後編へ続く~