皆さんこんにちは。今年も残すところ僅かとなりました。記事の時差が~と抜かしているならこんな記事書くんじゃねえよって話ですが、平成29(2017)年以来久しぶりに1年まるまる千葉県人として過ごした1年ですし、何とか生きながらえながらも趣味を両立して何だかんだ楽しくやってきましたので、そのまとめとして各月のダイジェストで今年1年を振り返ってまいります。結局3回に分ける形にはなるので、そこは申し訳ないです。
なお公開を継続している過去画記事ですが、焼き直すとしても例外を除いて大学院生だった期間のうち令和5年12月末までの予定です。そのため令和6年1月以降の過去画は原則(恐らく8~9年後に)振り返る予定はなく、そのことも踏まえた上でこうして1年を振り返ることといたしました。令和6年分はもう面倒なのでやりませんが、来年もこうして振り返り記事を書くことができたらと思います。
1月

まずは正月の恒例、年に一度のスぺイベとも言えよう初日の出臨時。働き納めたその足で撮りに行った。令和7年1発目がフル点灯ハイビーム、これはおみくじで大吉を引いたようなものだ。Foo↑気持ちいい~。

なおOM-92編成は元M-107編成で、0代としては比較的長く原型を保っていた編成であったことも追記しておく。この辺の過去画についてもいずれ来年以降、いや再来年以降になる可能性は高いものの公開する予定。

10分程度で次の列車が来る。私もこれに乗って銚子に初日の出を見に行った。OM-93編成は元M-111編成、最後まで0代だった車両。車内はマニアのみならず一般人と思われる客もちらほら乗っていた。一説では9両で車掌単独乗務は厳しい等の理由で5000代を房総特急に充当できないという説があるが、何とかまた5000代の特急運用を千葉県で見られる日を楽しみにしたい。なお、犬吠初日の出号は記憶が正しければ2名の車掌さんが乗務されていたと記憶している。

こちらは京成AE形の臨時シティライナー。平成29年以降のシティライナーは終夜運転および1月の土休日を中心に運転、1編成のAE形にラッピング形式のヘッドマークを掲出して運行している。今年は元号表記がなかったのが寂しいが仕方ないね。検明けだったAE5編成が充当されてラッキー池田。

2000代の撮り初めはNA-04編成だった。この日は非鉄の用事で横浜市にお邪魔していたのだけど、その帰りの撮影。同編成は長野改造組としては初めて自走で出場して幕張に疎開後、令和2年にサフィらなかった一部スーパービュー踊り子の系統を汲む踊り子号で運用を開始した編成。

初の八ツ山橋にも訪れていた。マジで全く退屈しなかったので、もっと早くここに来ておくべきだったと後悔している。当ブログのIDの由来にもなっている2133編成も無事に回収できていたらしい。

下旬にはまた1編成E217系がドナドナされていった。今回はY-33編成。つい数日前まで元気に動いていた印象だっただけに残念。というか乗った気もするし。この日は別件でカッとなって甲府まで追っかけた挙句にそのままほっつき歩いてラーメンを食ってそのまま帰るという動きだったと思っている。
大学生時代を甲府で過ごした私は上り特急で出かける際はほぼ毎回2番線のジュピターで送り出してもらっていたが、結果としてアレがジュピターで送り出してもらう最後の機会となることをこの時の私はまだ知らない。
2月

影落ちは酷いが日常も大切にね、ということで幕張本郷で撮った3500形の各駅停車。再来年度までに3296号車までの車両が一気に登場する以上は3500形もかなりやばいと思うが、京成沿線に育った私には未だに実感が沸かない。

東京からは東北新幹線やまびこ号で…あれ?大宮で降りてる?

この月は忙しかったこともあってE217系廃車回送メインだった。逆にそれが故にこうして往復新幹線という金銭的にもなかなか度胸のある行程を組めたのかもしれない。2月以降、基本的にE217系廃車回送は毎回長野まで追っかけることとなる。この編成は10年前の夏、当時SKE48に所属していた松井玲奈さんの卒業コンサートに参戦するために船橋から東京で乗った思い出の編成でもあった。

今度は在来線経由でY-37編成を追っかけた。当時は改正前で長野駅在来線改札においてはSuicaでスイスイできなかったが、それでもこうして追っかけるのは楽しかったのでいい。あと1年早く千葉県に戻ってきていたらもっとできたのかと思うと残念極まりないが、もう後の祭りだ。

時間軸を少し前に戻して甲府付近で撮ったE353系。ついで撮りという形は否めなかったが、こうして他のものも撮りながら追っかけるのは楽しかった。運転も好きなので無論車で行ってもいいのだけど、酒を飲めるという点では電車移動にも利点はある。というか普通にこの追っかけにハマったまであるので、来年以降だろうか、また廃車回送の追っかけは(時間帯と都合にもよるが)やりたい気がする。
余談だがこの日は東北新幹線内でダイヤが乱れていた関係で帰りの北陸新幹線あさま号も巻き添えを喰らい、私は結局津田沼までしか電車で移動することができなかったことも書き添えておこう。
3月

内部情報を教えてくれる「俺のダチ」なんていないのでE217系定期運用が3月8日なんてことは露知らず、2日に都内に行く際にたまたま乗車したのが最後となった。乗り納めに行こうと思っていたものの、結果としていつものアッシーとしてのこんな別れ方も私にとっての当たり前だったE217系らしくて悪くはないと思っている。

所用を終えたその足でまた八ツ山橋へ。この日は三浦でもマラソン大会が開催されていた関係でA快特も3つドアの車両で代走していたが、あれはあれでまた新鮮で面白かったと思っている。

映画「新京成最後の1か月」好評上映中!そんな映画はねーよ。地元路線に直通してくる新京成の電車もせっかくだから撮っていた。いやこれまでに何回も撮ったことはあるけど。私にとってのN800形の塗装は登場時のこれもそうだし10年程度ですっかり見慣れたジェントルピンクもそうだけど、最後の最後でこれをリバイバルしてくれた新京成さんには本当に感謝。同編成は昔から異様に遭遇するというのもあるけど。

その前に撮っていた芝山鉄道リース中の3540編成。この編成も新3200形での置換え対象ではないかと思うが、その場合の後継がどうなるのかは気になる。初代芝山車となる3618編成もそうだけど、赤と緑のクリスマス野郎なカラーリングもいいなあと思う。俺が結婚するのと同じぐらい確率は低そうだけど、芝山鉄道が延伸されてこのカラーリングの電車が増えたらいいのにな~とは思う。
この日は千葉市でも雪が降るとても寒い日だった。翌日は幕張メッセでイコラブちゃんお話し会に参戦。1月にも実は参戦してるんだけどね。当たり前ながらお話し会の写真はないので掲載はできないが、

帰りには京成に乗っていた。幕張メッセでの開催+混雑が平準化された(失笑)京葉線回避でバス+千葉線で帰ってきたが、大好きな推しと話した帰りに京成の電車で帰ることができたのがなんかエモい気がする。本郷からなら総武線もあったが、この時は何となく京成を選択していた。

その他、いつも撮っているしおさい11号も撮っていた。この日はNB-02編成。そろそろ現10編成のコンプリートってできたんだろうか(他人事)

またこいつ廃車回送を撮りに行ってるよ…。なお明科から長野のローカルでは無事寝落ち、長野ではなく川中島で見送ることとなったが、もうその話はしているはずなので割愛。

2月に営業開始していた新3200形をようやく撮ることができていた。これからよろしく。慣れ親しんだ車両との別れは残念だけど、かっこいい新3200形が増えるのも楽しみ。

京成×北総×新京成の撮影会に当選しました。という訳で眠たい目を擦って朝の船橋競馬場に着弾、我々当選者のみが乗車を許された団体列車に乗っていこうではないか。今回もかなりの倍率だったそうだが、無事に当選してなにより。

新京成からはN858編成、京成からは3001編成、北総からは7501編成がそれぞれ参戦。各社共に急行灯点灯+ハイビームというありがたい仕様。3社の車両が一堂に会する機会はありそうでなかったことを差し引いても、宗吾基地という特別な場所で撮れただけでもう感謝カンゲキ雨嵐。

保存車のAE100形AE161号車にもかれこれ9年ぶり以上の再会を果たせたのも嬉しかった。今度は基地見学の際にでもまた新たに写真を増やして記事にすることができたら幸いだ。

その足で最近の私にしては珍しく津田沼以東で本線の電車を撮っていた。京成はいつ撮っても楽しい。やはり私の原点の1つなんだろうと改めて思った。

ところ変わって篠ノ井線の明科駅。ダイヤ改正を前に引退したE217系のうちY-140編成の配給輸送があった。詳細な理由は不明ながらも補助尾灯も設置されていた。この時は都内での遅れを引きずった関係で長野に着いた際は既に行ってしまっていたので、このまま松本から最終のあずさ60号でもよかったかな~と思わないこともない。

まあ結局長野まで行ったんだけどね。しなのの383系も後継が発表されて2年半、385系登場までまだまだ時間があるとしてももう少し乗車・撮影をしておきたい。
~明日の中編へ続く~