ひがなり雑記帳

自称青森県産千葉県人。京成とJR東日本が主食の撮り鉄・乗り鉄・呑み鉄のブログです。イコラブの推しも好きです。

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夏の弘前帰省<その2>盛岡→新青森→弘前編。E5系はやぶさ・修学旅行臨9521B、701系、八戸発着E751系つがるの思い出、映画「新幹線大爆破」聖地巡礼(新青森駅)。

皆さんこんにちは。昨日お届けした記事「夏の弘前帰省<その1>以下省略」の続編です。今回の帰省では撮り鉄要素がなかったのでスマホでの写真ばかりになってしまっている上にダイジェスト編+詳細編という構成もできずダラダラと書いていくスタイルになるのがアレですが、何はともあれ続編ということで書いていきますので本日もよろしくお願いします。

 

前回の記事では東北新幹線はやぶさ27号(27B)で北上していた私だが、あれもこれもと写真と文をアホみたいに突っ込んでいたせいで盛岡で一度記事が終わっていた。今回はその続きということで、盛岡から再開。

→4112B はやぶさ112号 U9

タバコは飲みに行かない限り吸うのをやめてまったので、タバコを吸いに行くふりをして新幹線の記録をしていくスタイル。下り本線には折返し東京行となるはやぶさ112号としてU9編成が停車中。

 

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The HAYABUSA 112 is one of the HAYABUSA for stations between Sendai and Morioka, and operated from Morioka to Tokyo. It will be calling at all stations until Sendai from Morioka, then goes on to Omiya, Ueno and Tokyo terminal (Mr. Terminal ?! ). In my opinion, it is an important train that serves not only demand for the Tokyo area but also demand between stations from Morioka to Sendai.

※お使いの端末は正常です

 

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恥ずかしながらU9編成はまだ写真がなかった(なお実家にガサ入れしてSDカード救出を実施できればその限りではない)。それ故にこまち号との連結解放を見込んでの停車時間でスマホとはいえ写真を増やすことができて何より。マジでそろそろE5系もちゃんと撮らないとだからね。

 

盛岡を時刻通りに発車。ここ最近のトレンドとも言えよう輸送障害もなく、定時で運んでいただけることにただただ感謝。盛岡発車後に対向列車との接触もなかったしね。現在盛岡以北の東北新幹線および直通先の北海道新幹線では最高速度が260km/hに制限されているが、私が新幹線に乗り慣れてしまったせいだろうか、それまで宇都宮通過後から320km/hで走ってきたのに慣れているとケツで体感の速度が遅いな~と思ってしまうものだった。

 

同じく整備新幹線長野新幹線で活躍したE2系N9編成

整備新幹線の最高速度に関しては全国新幹線整備法(以下「全幹法」と表記)により決まっているものだが、曲がりなりにも法律を志した経験のある落ちこぼれなりにいずれその辺も趣味として研究してみたい。全幹法の最高速度の上限の背景、撤廃することによるメリットとデメリット、そしてそれが地方の街づくりにどのように機能するか。そういう研究も楽しいのではないかと思ってしまう。

 

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27Bは無事に八戸に到着。八戸といえば青森県第2の都市だが、街の中心は八戸駅ではなく本八戸駅の方が近い。かつて東北新幹線の終着駅だった八戸だが、こうして「ただ今 八戸」という表示に新青森、そしてその先の新函館北斗まで新幹線が繋がったことを改めて実感する。

 

平成22年12月以前に撮影(小学生の頃)八戸駅駅名標陸奥市川方面が東北本線である

八戸での乗換えは弘前に帰る時はいつもwktkしていたものだったが、弘前から戻る時はアンニュイだったのも懐かしい。八戸にも遊びに行ってみたいが、弘前からとなると正直弘前~八戸を結んでいた方の特急つがるがあればな~と思ってしまわないこともない。

画像詳細にも書いた通り、これは東北本線八戸以北が青い森鉄道に分離される前の写真。今の俺なら八戸から弘前の1時間40分でいい感じに酒を飲んでいたのかな~なんて思う。なお青い森鉄道とは書いたが、Netflix映画「新幹線大爆破」の貨物2074レがボンバーする青森東駅を擁する青ヱ森鉄道とは無関係である。あの映画のダイヤから曜日を特定しようとしたらそのシーンで思い切り日付が映ってたということを最近知ったアホがいるらしい。俺だ。

 

余談だが、先ほどの写真と同じタイミングで撮ったと思われるE751系つがるの行先表示器。弘前以南の奥羽本線が不通になると弘前行つがるは今でも見られるが、八戸~青森は既に青い森鉄道に引き継がれているのでイベントでもない限りはこの表示も見られない。小学生ワイ、ナイスゥ。いやでももう少しちゃんと撮ろうよ…

 

向こうには八戸や七戸に二戸といった地名が多いが、これは南部藩時代の地名の名残。E751系の話では、当時6両だった特急つがる号(八戸発着)は2・3号車が自由席だった。編成短縮に際して脱車されたモハユニットは当時4・5号車の指定席だった2両で、当時自由席だった2・3号車は現在も現役。

また現在でこそ特急つがる・スーパーつがるが混在するものの、当時の特急つがるの停車駅はそこそこのバリエーションがあったのも特徴。基本的には八戸を出ると三沢・野辺地・青森・浪岡・弘前の順に停車していたが、一部は浅虫温泉にも停車していた。また反対に弘前発八戸行の22号は途中青森のみに停車する爆速便でもあった。浅虫という地名がアイヌ語に由来するという説に関しても書きたいけど、話がどんどん脱線して言っているのでまたの機会に。多分この追加情報3枚をぶち込んで書いている間に八甲田トンネルを通過できそう。

 

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ずっと楽しみにしていた表示がやっと見えた。ずっと楽しみにしていたと過去形で書いたが、別に昔も今もそう。E5系での撮影というのはさておき、幼少期~小学5年生までは新青森に新幹線が来るのを楽しみにしていて、それからは下りはやて・はやぶさ新青森が近づいてきてこの表示を見ることができるのを楽しみにしている。

 

27Bは定時で到着。最近よくあるトラブルもなく定時かつ無事故で帰ってくることができた。サンキューJR。なお27Bや3027Bとして到着したE5系は車内整備ののち、折返し新青森始発のはやぶさ40号(3040B)として着折となる運用。臨時列車等がある場合はその限りでない可能性についてはご了承願う。

 

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ただいま~!いつの間にか北海道新幹線方にも駅名標が追加されてもう10年近く経つのか。札幌延伸はもう少し先になってしまいそうだが、いつか新青森から札幌にも行ける日が来ることを心から楽しみにしている。それまでには盛岡以北のスピードアップもされているはずだしね。青函トンネルは厳しいかもわからないが、それでも宇都宮以北、できれば整備新幹線区間となる盛岡以北も含めて夢の360km/h運転が実現したらなあと思ってしまう。今や頼れるのは、あなただけだ。ALFA-XとJRおよび関係各社の皆さん。

 

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3040Bといえば4月の帰省に際して特急つがる43号から乗り継いだ思い出の列車でもある。仙台で降りてるけどね。新青森から東京はかなりの距離となるが、特定特急券でも利用できる盛岡以北に関しては各駅に停まる仕様となっている。恐らくだが同区間を含む新幹線通勤・通学利用を見越してこの停車駅となっているのだろう。実際に3040Bに乗車した際は盛岡以北の各駅での乗降も見られたのを覚えている。

 

コンコースに下りる。といっても、奥羽本線の乗継ぎ列車のうち上り:弘前・大館・秋田方面は津軽新城行でアレなので弘前行までは40分近くを要する。ガビーン

なお津軽新城発着のローカルは主に青森~新青森の輸送を担っているもので、かつてスーパー白鳥・白鳥が同区間を乗車券のみで利用できたものの、同列車が廃止となり減便となる分の補填で爆誕したもの。新青森で着折ということもできない訳ではないと思うが、線路容量の関係で津軽新城発着になっていると思われる。実際、スーパー白鳥・白鳥はその関係で津軽新城に回送の上で車内整備を行っていた。

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新幹線で東京へ。こうして今でもE5系が文字通りの看板車両として輝いているのはオタクとしてこれほど嬉しいこともない。3時間と少しあれば東京に行ける、東京から戻ってくることができる。改めて新幹線はすごいと思う。

 

と、そういう話をしたいのではない。いや新幹線はすごいんだよ。すごいんだけど、今回は空き時間を利用して聖地巡礼ということで13番・14番線ホームへ。何の聖地ってそりゃNetflix映画「新幹線大爆破」ですよ。ネタバレにならない範囲で書くと、同映画の比較的最初のシーンで新青森駅が登場する場面もあるんです。

 

9521B 団体専用 新青森行 U21

聖地巡礼中になんか来て草。こちらは始発駅は不明ながらも新青森止の団体専用列車。客層から察するに青森県内の学生さんの修学旅行のための新幹線ではないかと思われる。みんなディズニーの袋持ってたし。こんな書き方をすると私の出身大学でもあるクソ大学の教員が「生徒と学生の違いはデスネ~」とネットリしゃべりだしそう。あーもうマジキモいから黙っててくんない?!

 

←折返し3040B はやぶさ40号 U39

左は新青森までお世話になったU39編成、右は9521BのU21編成。U39編成は乗ってきたので言わずもがなだけど、U21編成に関しても10年以上前となるが年末の帰省でお世話になったことがある編成だった。

U21は後述するとして、U39編成を見てふと思ったのだけど、E5系デビュー時の新名称ランキングの2位にランクインした「はつね」が名称として採用されていたらそういうことになっていたんだろうと思うとちょっと面白い。U39でなくとも、例えばはつね39号みたいなさ(笑)。え?そんな昔の話は知らない?若い子にオッサンの話は響かないな。いやまだ俺20代半ばだけど。

 

平成25年12月31日 3012B はやぶさ12号 U21

U21に関しては12年以上前に当時のはやぶさ12号、3012Bでお世話になっていた。当時中学校でのいじめでお前精神状態おかしいよ状態だったが、その頃もう既にE5系が少なくともU21編成まで竣工していたというのが驚きだ。

はやぶさといっても新青森から盛岡まで各駅停車(当時東京発着のはやても残存)、またスーパーこまちとの連結列車は最高速度300km/hに抑えられていたけど。

 

なおその連結相手のスーパーこまちは前回の記事でも触れたZ9編成だったらしい。あんなことになるなんて、当たり前だけど思いもしなかった。

 

表示は団体表示、まあそうでしょうね。修学旅行表示ってE5系というか東の新幹線だと未搭載なんだっけ。私が人生で唯一乗車したことがある修学旅行臨は往復共に700系で、確か修学旅行幕が出ていたと思うんだけど。まあ会社も違うし多少はね?てっきりParty表示かと思ったけど今のE5系のそれはReservedという英字表記なんだね。車内LEDよろしくDANTAIにはならなかったらしい。

 

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という訳でここからは聖地巡礼。この画角、Netflix映画「新幹線大爆破」をご覧になった方なら既視感があるのではないかと思う。青森県生まれの私からしたら正直既に見慣れていたので、特定もクソもない訳だけど。

 

ここでロケが行われていたんだな~と思うとエモい。実際に1週間ほど毎日のようにロケがあったというからまあそりゃそうだって話なんだろうけど。

 

見える…見えるけど画角は必ずしも一緒ではない。しかし自分の好きな映画のロケが私の好きな駅で行われ、小学生の頃から何度も通ったここがその舞台になっているかと思うと感無量。

 

先述の修学旅行臨9521B到着前の1枚。時刻表だけを見ればまだまだ誰もいないはずの時間帯だったので喜び勇んで撮りに行ったが、それでもこうして静かな時に撮れただけいいと思っている。

 

思えば北海道新幹線って上りしか乗ったことがないが、それはそうとして、ここもまた実際にあの映画に出てくるので、なんか見る前から知っている場所なのにいつもと違うように見えたように思えるかも。

 

Jクリのアレがあったので何も考えずに撮っていたけど、冷静に考えたらE5系の車販準備室って5号車なんだった。何なら新幹線大爆破でも大原優乃さん演じる二宮販売員もワゴンと共に乗り込んでいたのは5号車だったしね。

車販準備室=9号車と勝手に錯覚するようになったのは多分おれがE353系にどっぷり浸かってふやけているせいだろうなあ…()

 

14番線10号車乗車口。グランクラスという私には程遠い天上の座席のものに加えて乗務員用の出入り口もある。グランクラス新青森までフル区間で乗車したら14万?!そんなする訳もなく、実際は3万円前後。

高いかどうかは皆さん個人のご意見もあると思うが、私個人として言えるのは令和4年5月末から6月にかけて当時学生だった私の家にタダで居候したクズ(横取り・キョロ充・お相手さん等の表現でよく登場している人物です)が踏み倒した家賃水道光熱費やそれ以外のガソリン代や高速代等を返してくれたら余裕でお釣りが返ってくるということは書いておこう。ソイツが東北に来て東北の地を汚したりイコノイジョイの現場で彼氏ヅラしたりしなければいいか(笑)。

 

草彅剛さん・細田佳央太さんが演じる高市車掌・藤井車掌(便乗車掌)がE5系はやぶさ60号に乗り込んだ時に映った扉。乗継ぎで40分も待たされるとは思わなかったが、おかげさまで聖地巡礼をする時間があったのはありがたいことだ。


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コンコースの待合室前には各新幹線を模した金魚ねぷたがあった。かわいい。

 

改札外の店で生ジョッキを1杯蒸発させたのちに、在来線ホームへ移動。現在弘前~青森に限ってはSuicaでスイスイできるのが本当に楽。こういう点はやはりJR東日本だからできることであり同社の強みでもあると思うし、マジで感謝している。もっとも新幹線が新青森まで来て以降、弘前までの30~40分とはいえ、大半がローカルで移動する必要があるのは何とも言えないが。


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何とかして乗ったローカルはN7編成。更新後ではあるが走行音を楽しみながら弘前を目指していく。この通り壁が案外お上品な感じで個人的には好きであるほか、座席の感じもちょうどいいと思っているので、一部からは心無い言い方をされる701系ではあるが、個人的には全然あり。701系ロングシートで文句を垂れる連中は3時間程度209系やE217系の座席に座って、どうぞ。

もっとも、通勤時間と重なるため座れるかは別。新幹線はやぶさから乗り継いだのが着席保証のないローカルってのはまだしも、仕方ないとはいえ満員電車ってのもな~なんて思った。あと701系0代ってドア周りにつり革ないのね。

 

平成29年撮影の同編成

N7編成ってなんか既視感あるような?と思ったら平成29年1月に青森付近で撮ってた。その節はどうも。LEDを止めるのに失敗しているので、これまたイキリ流しマウンティング小僧(ちゃんと撮ってなかったツケ小僧)がしゃしゃり出てきそうなのが鬱。今まで見向きもしなかったんだから、将来的に701系に後継の話が出た時に葬式鉄に来るんじゃねえぞ。というかそもそも東北の地を踏んでほしくない(笑)

 

駅に迎えに来てくれた叔父叔母と合流し、祖父母の家へ4月以来の帰省を果たした。いつものことだが飯があんまりにも美味しいので、今回も2キロほど太るほど沢山食べた。持病と化した謎の腹痛は薬と気合いで直したが、本当に何とかなった。まあこの人は弘前に帰るとなると一番早くて朝の3時に起きてくる(小学3年生の記録)ぐらいだから、持病ごときナンボのもんじゃいってことなんだろう。

2日目は弘南鉄道・3日目は再び新幹線の話をそれぞれメインとしてまた新たな記事にて書いていきたいと思う。

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