皆さんこんにちは。当記事の公開は12月1日、記事を書いているのは撮影日に近い8月下旬、タイムラグが深刻ですがそういうこともあるのであんまり気にしておりません。このまま行くと私が死んでも当面は記事が更新されるのがホラーですが、公開予定が未定の記事も200本近くある(書き終わってはいない)ので、せめてその辺は皆さんにお楽しみいただけたらなあと思います。
本題。1033編成の各駅停車からまいります。

また各駅停車。ここ最近の私が押上線を撮りに来るのは土休日ばかりだったので、なんか平日ダイヤが新鮮。四ツ木自体もだいぶ久しぶりに来たしね。機器更新・車体更新を済ませた1033編成が充当されていた。なんか久しぶりに撮ったような気もしつつ、多分7月末に八ツ山橋で撮っているのでそうでもないかもしれない。

新1000形もやはりかっこいい電車だと思う。京急線内にもまた撮りに行きたい。この編成がシーメンス社製のVVVFを搭載して所謂歌っていた頃に代走で当時の81Hや79Hに入った時は喜び勇んで乗りに行ったのが懐かしい。今では聞き慣れた東洋製のVVVFだけど、京成車とは微妙に違うのであれはあれでアリだと勝手に思っている。

Twitterを見ていたら見事に撮り逃がしたので悔しいがケツうちしかできなかった。撮り鉄やめちまえツイ廃が。

すれ違いで下ってきたのも5500形。都営車も多いからそういうこともある。

先ほどの03T(第1602T列車)も含めると現行ダイヤのこの時間帯は都営車が3連続で来る、いわばまさにスーパー5500形タイムであり5500形のターンでもある。なおこの第1742T列車は本線高砂以東を快速として運転、高砂で種別と行先を変更して各駅停車になる例のアレでもある。

5500形のターン3本目は押上行。一昔前だとダイヤ乱れでなければ京成線からの押上行は見られない印象だったがこれは定期列車。よりにもよって都営の車両が都営線に帰れないというのがまた4直らしい感じでいいなあと思う。

別の編成だが、実際にダイヤ乱れが生じた時のそれがこの1枚。これは所定ではないので都営線に帰りたいのに帰れなくなった5500形。都営の車両ではないが、令和10年度以降の押上発着の新型有料特急がデビューすると押上行も日常的に見られるようになるのだろうか。他社局への直通が絡むとなると一筋縄ではいかないのは承知の上で書くが、押上で折返し作業をする余裕があるかどうかについてはさておいて。

5500形のこの辺のデザインが好き。普通にかっこいいと思う。ASAKUSA LINEと書きつつ、大半の運用は他社線というのはさておいてね。浅草でハシゴ酒をしたい。この後の立石でのハシゴ酒も楽しかったけど。

なんか押上線または京急線内まで撮りに行くと毎回と言っていいほど遭遇するイメージが強い1225編成は今日も来た。所属の関係だろうか。写真はあるに越したことはないので全然構わないが、いよいよこの編成も実は数編成が存在するのではないかという疑惑を抱かないこともない。※1編成しかいません

塗り千もこうして京成線内で撮れるようになったのは撮り鉄目線でもありがたいものがある。まあ乗る機会がそこまでないのは残念だけど。この編成は結果として令和元年9月に事故廃車となった1137編成の代替となっているらしい。

停車駅予報装置もあることから1137編成は京成線内でもそこそこ遭遇していただけに事故廃車は残念。とはいえ浦賀方デハ1137等の修復は不可能だと思うので廃車も致し方ないことかとは思いつつ、品川方数両まで廃車になってしまったのはもったいないと素人ながらに思ってしまう。

だからっていつまでもこの写真を擦るのもどうかとは思うけどね(笑)。この運転士これ以来見たことないから生きてるかも不明だけど。そういえば最近めっきり切り位置でのハイビームがなくなった。一体なにがあったのでしょうか。いやたまたま遭遇していないだけだよ。
話を令和7年に戻そう。

LEDが弱いのが本当に玉に瑕だが、アクセス特急の5500形。この前のアクセス特急は被ったか何かで干していて、その更に前のそれは京成3100形だったのにビールを買いに行っていて間に合わなかった。ビール!ビール!

少し時間が空いて北総車の各駅停車。この日は初めてとなる7500形だった。もう光線はダメみたいですね…。どうせなら夏至前後にも来ておくべきだったってはっきりわかんだね。6月末はE217系廃車回送最終回のほか体調を崩していたので実際は無理だったと思うけど。仕事もあるし。それはそうと、運番がすっげえ白くなってる。はっきりわかんだね。

やはり3月の撮影会で撮ったエピソードは外せない。何度も同じ話をするのはどっかのキョロ充のようで嫌だから気を付けないといけないんだけどね。何でも定員の倍近い応募があったというこの撮影会だが、普段こうして4直に入り浸っている身としては無事に当選して何よりだった。花粉すごかったな~。関係各社の皆さんには改めて御礼申し上げます。楽しいイベントでした。

なんか前も同じ運用で撮っていた可能性があるらしいが、まあいっか。平成27年2月の竣工なので個人的にはまだまだ新しい車両のイメージだけど、ブログ内検索で3030って調べると普通に高校生時代にも沢山撮ってきていたので、時の流れははやいものだと改めて思ってしまう。

佐倉→高砂を回送した上で各駅停車となる第1774K列車は3818編成で運転されていた。なんか帯の色が怪しいが仕方ないか。本当にここ5年でいきなり帯の色が怪しい京成車が増えた気がするけど、何故なんだろう。

現在京成3700形のうち初期車3編成を除いた編成では機器更新が進んでいるが、この3818編成も高確率でその対象になっていると思われる。書いて来た通り京成の車両で機器更新というのは前例もなく珍しいものがあると思っているが、言葉を返せば3700形がそれだけ使い勝手に優れた車両だからということなのではないだろうか。

京急久里浜行は5504編成。押上からは特急として運転されるが都営線内は別に通過駅がある訳ではない。京急線内の混雑はえげつないものがありそうであんまり乗りたくないかもしれない。

これはこれは大人気の3448編成じゃないですか(笑)。一時期はそれこそこの編成が動くだけでエキセンも賑わっていた印象だったが、令和5年秋に検査を通ったのでまだもうしばらくは安泰ではないかと思われる。
とはいえ3400形も新3200形での置換え対象として名指しされているので、遠くないうちに置換えられるとは思う。しかし、杞憂かもしれないが、果たして新3200形の8両が1本だけというのがどこまで実用的かという問題もあるかもしれない。そう考えると松戸線車両や機器更新をしていない3700形初期車なんかにも動きがあるかも?なんてのは考え過ぎだろうか。

3400形が5編成安泰だったあの頃ですらいいから戻って色々と撮りたいと思ってしまうのは私の悪い癖なのかもしれない。でも戻りたい。最近の京成がどうこうという訳ではないんだけど、やはり慣れ親しんだ車両の写真は何枚あっても更に増やしていきたいと思ってしまう。

話を令和7年に戻そう。もう元号が令和に変わって7年目か。というのはさておき、この1217編成もなんかよく京成線内で遭遇するイメージが強い編成かもしれない。平成30年3月竣工の新車というイメージだが、もう7年半以上前なんだよなあ…。J-TRECで製造された編成だが、大人の事情で出場時は塗装が完成していない状態だったのが特徴。

そう書くのは簡単だけど、いかんせんその時の写真がないのが残念。なお、同時期にJ-TRECで製造されたのはJR東日本のE353系。同系も私が好きな車両である故になんかこう同じ時期に同じ場所ってのがエモく感じる。

やはり平日のこの時間帯は各駅停車が多い。押上線に急行が残っていた頃に撮りにくることができていたらまた違ったと思うが、それを悔やんだところで既に15年以上前のことなんだよなあ。なお押上線の急行に関しては、青砥を出ると立石、曳舟、押上の順に停車していた。京成の急行は快速よりも停車駅が多かったのが特徴。本線だと快速の停車駅に加えて谷津や市川真間等に停まっていたが、本線の急行が廃止された時点で当時3ちゃいの私が書けることはない。ち~ん(笑)

ここ最近急に遭遇することが増えた気がする3056編成は羽田空港行の快速に充当されていた。この種別と行先は成田スカイアクセス線開業前の本線では見慣れた組合せだったが、その一部がエアポート快速(快速+飛行機マーク:都営線内通過駅あり)だったのも懐かしい。ああ、こんなこと書くとまたちゃんと撮ってなかったツケ小僧が飽きもせずにエアポート快速の写真の自慢を始めそう。キモ。心臓動かすのやめてくんねえかな(笑)

だからなんで千葉ニュータウン鉄道の車両ばかり下りなんですかね…いや運用の都合ってのはわかってるけど。その点、立石カーブで工事が始まる前なら双方向撮影ができていたのでこちらもバッチェ撮れていた訳だけど、もうそこを悔やんでも仕方がないか。

9808編成は元々京成3700形の3738編成として活躍していた車両で、千葉ニュータウン鉄道9018編成の代替としてリースされて今に至る車両。その唯一無二となるカラーリングはさておき、私個人の話で申し訳ないのだけど、3738編成時代は普通に狙わずともこうして遭遇していたのに9808編成になってからはびっくりするぐらいなかなか遭遇したいのがなんか腑に落ちない。

いや、たまたまなんだろうけどさ。でもなんかね。恐らくは廃車になるまで京成に戻ってくることもないかと思いつつ、3728編成までの初期車には該当しないはずなので、機器更新等の動きがあるのかどうかについては気になるところだ。

最後に1500形だけ撮って帰ろうかと思っていたら見事に被りましてね。まあもう暗いしそういうこともあるか。今では京急の車両のうち側面の方向幕もなんかすっかり珍しくなってしまったイメージがないこともない。ナウいフォントがすこ。

1500形1700番台で一番写真が少なかった気がする編成なだけにこんな結果に終わったのが残念極まりない。まあそういうこともあるか。今年度の新1702編成・1703編成導入後はどうなることだろうか。1225編成が朝ラッシュ時の2100形の一部運用を代替したかったらしいというので、必ずしも今年度に1500形8両2編成が廃車とも限らない可能性が微レ存?

運動量が多い人を目指しているので(?)とりあえず立石まで歩いていこう。その気になれば青砥か高砂ぐらいまでは歩けるけども。仕事終わりに何しているんだって話だけど、以前も書いた通り関東の夏は私には文字通り生ぬるいので、これぐらいは余裕。実際あんまり汗もかかなかったし。何が自粛だよ(笑)

以前訪れた沿線撮影地付近。電車から見る車窓と実際に足で歩いて見る景色は違うので色々と思うこともあった。10年もしたら高架化で街も変わっていることだろう。

して、熱中症対策で水分補給()。以前4月にもお邪魔した居酒屋さんでの1枚。テレビではちょうどNHKのナントカって番組に=LOVEが出演していて運命を感じた(※そんなんで運命な訳がないでしょうが)。なお厳密には、酒は水分補給にならない。

ぼちぼち帰ろうかな~と思いながら結局ハシゴ酒してました。立石でのハシゴ酒はやめられない。

翌日が休みなのをいいことにいい感じに飲んでました。こちらは2件目にて。ごちそうさまでした。楽しかったなあ。いい酒を飲めました。1軒目では緑茶ハイ、2軒目では梅干しサワーを中心にいただいていた。

終電で帰る前に撮ったらしい1枚。正直これを撮った記憶がないことは反省したいし、翌日の休みは寝て記事を書いて終わったので何も撮りに行っていないことも反省したい。某氏そんなんじゃ困るんだよぬぁぁぁ!確かに困るけど、学生の家にタダで居候して酒飲んでギャーギャー叫ぶよりは困らない。それはそう(笑)。学生の家にタダで居候しておきながらアイドルの現場に行く金があるんだからすげえよなあ。※その方は無言の帰宅を果たしました

この第2219T列車を逃すといよいよ帰宅難民になりかねないが、今回はちゃんと乗ることができていた模様だ。でもこの写真を撮った覚えはないが、写真がある以上は撮っていることにも間違いない。某大臣の言い回しを真似してみました(笑)。ハイビームだけど元々だしそもそも夜間だし、別にそこでガタガタ書くつもりはない。

まあ、今回は俺の人生を前照灯上向で照らしてくれるアンガーマネジメント能力に優れた子に会えなかったのは少々残念だけど。最近全然切り位置でのハイビームにしてくるアレを見かけないのが少々残念だ。いやこちらとて無駄にトゲトゲした記事は書きたくないし平和が一番だし正直あれをされてあまりいい気分にはならないが、そういうので特番記事を組むのも悪い話ではないからね(笑)。

高砂で降りないと色々と詰むのでちゃんと降りました。撮った記憶ないけど。それはそうと2Tにいる3788編成の運番が51に見えるのは気のせい?気のせいだとは思うけど。※この時点のダイヤにおいて、51運用は宗吾~津田沼の回送である。また基本的に4両が充当される

既に回送表示になっているが、こちらは上野からの快速で3100形所定の運用。
そういえばE217系廃車回送の帰りのあさま632号を上野で降りて京成の上野に歩くとこの快速に乗れるんだったな。上野~高砂間において快速は日暮里・千住大橋・青砥に停まるが、通勤特急以上だと千住大橋には停まらないので、そこが理由で快速として運転されていると思われる。うんちくはさておき、普通に撮りたい。しかし上野~青砥からの実質的な終車なので、撮るチャンスがあるかと言われたらアレ。

回送表示がデカすぎます!いやそこまでデカい訳でもないか。3100形はどうしても乗る機会が少ないのが残念。一部座席がスーツケース対応で跳ね上げ可能になっているのはなかなか画期的だけど、一度それを活用した際に中国人に絡まれて喧嘩になったのがトラウマ。所詮その程度の人種だと思っているけどね、中国人は。ご冥福をお祈りいたします。
なお3100形および共通設計の新京成80000形について、実はタッチパネル等は新京成8900形をベースに設計している。

なぜか深夜帯に存在する快速特急で津田沼を目指す。編成は3848編成、全体的に私の腰に優しい京成の車両の中でも特に当たりに近い編成なのでラッキー池田。しかしそれに安心して寝過ごすといよいよシャレにならないのが恐怖。実際、私も船橋までは意識があったのだけど、津田沼到着を直前にして意識が飛びかけたので危なかった。本当に危なかった。終着の成田には24時29分着、当然折返しの電車もなければJRの成田に歩いても何もないのであぼーん。いつかやらかしそう。

津田沼24時4分発の千葉中央行最終は3015編成だった。既に千原線ちはら台方面への電車は終了しているが、かろうじて千葉中央までは行くことができるのはありがたいこと。終車ということでガラガラだった。折返して津田沼行になる訳でもないので最悪千葉中央で降りればいいという頼もしい存在。
終着の千葉中央では1番線に到着するが、その関係で到着時にLCDが案内したのとは逆のドアが開くというちょっと面白いものも見られるが、酒に強い訳ではないのにしこたま飲んでグロッキーになっていた私がそれを撮っていた訳もないので反省。起きたらちゃんと家で寝ていただけでマシだけど。立石でのハシゴ酒が楽しかったというのは正直ある。