皆さんこんにちは。昨日一昨日と過去画をお届けしましたが、再び今年の新幹線回に戻ります。東京で撮った分のうちに2時間程度で何本の記事書くんだって話だけど、どうかご容赦くださいまし…。なお、お盆という最繁忙期期間でもう少し撮りに行くつもりでもあります。というか撮りに行きたい。写真は足で稼ぐんだよォ!(全て徒歩とは限らない)

あさまの折返しで敦賀に向けてF11編成が出発、敦賀までのおよそ3時間半ご安全に。北陸新幹線のうち長野新幹線でなかった部分に関しては乗ったことがないので、いずれ各地に新幹線で行ってみたいと思う。そういえば当ブログでも主に過去画回を中心にネタにしているKTKGNパイセンは鯖江出身だったらしいが、敦賀延伸を待たずにお亡くなりになってしまったらしい。ご冥福をお祈りいたします。バカが1人減ったぞ~!

次はW7系のはくたか624号で臨時の金沢発。比較的新しいW14編成が充当されていた。なかなかW7系に乗る機会が少ないということもあり、次に北陸新幹線を利用する際は当たったらいいな~と思う。そういえば初めて乗ったのってもう4年前(記憶が曖昧なので確証はない)なのか。

なすので到着したJ71編成は折返し仙台行のやまびこ号として折返していった。所定でJ単の運用となる列車だけど、時刻が時刻なので平日は混みそうなので回避したい。回避したいと書いたはいいが、そういや2月にE217系廃車回送を長野に撮りに行く(滞在2時間弱)というアホなことをした時に乗ってましたわ。東京から大宮だけど。バカなの?

もっとバカだと思ったのはその時の1151Bを151Bと誤って表記していたこと。時刻表ぐらいホラ見ろよ見ろよ。何やってんだHGNR、ホラ見とけよ~。
現役の新幹線車両で一番好きな車両であるE2系、是非また乗ったり撮ったりできるのを楽しみにしている。新幹線も好きだもの。だから俺は新幹線を狙った。新幹線は象徴だからです。私の人生のね。いや人生の象徴ってなんだよ。

こちらは新青森始発のはやぶさ号。大半の場合は盛岡でこまちを連結することはないが、一応盛岡での連結を考慮したダイヤになっている。そのため所定はU単と思われるが、画像詳細でも書いた上に右奥をご覧いただくとお分かりいただける通り、なんか連結してきている。

これは折返しが臨時のこまち・はやぶさ65号になるため。恐らくだけど盛岡で出庫した、または秋田から回送で来たE6系をバァン!と連結して「おめクルルァさついてこい!」と17両で運転していたのではないだろうか。東京到着時はE6系側もはやぶさ号として営業していて、少なく見積もっても半分は乗っていた。上手いことするなあ。所定運用では一旦回送で入庫となるはずなので、これも繁忙期ならでは。

JR東日本と乗客の間がE6系はじめミニ新幹線と東北新幹線内のホームより広いのではないかと思うことは時折あるが、これはそのようなこともなく上手くお互いの利害が一致していたのではないかと思う。もっとも、京葉線問題や房総特急の減車はミニ新幹線車両のステップをもってしてもどうにもならないと思うけど。
なお今回、秋田新幹線の開業を知った航空機6629便の利用客およびその機長と客室乗務員が秋田新幹線に乗り、機長と客室乗務員が田沢湖で途中下車をするシーンは特になかったと思われる。

F40もなんか滞在時間が長かったような?でも実際はそこまででもないか。やはりそれだけ本数があり撮っていて退屈しなかったというのはあるかもしれない。1335Cは終着の新潟で特急いなほ11号に対面乗換えができるみたい。いいな~E7系とE653系を乗り継いで酒盛り旅なんてしてみたいな~。

215Bは当ブログでも何回も取り上げている(これからもどこかで過去画が出るかも)が、私の中では未だにE3系0代R21またはR22編成もしくは代走のE6系を連結した16ないし17両で運転されているイメージしかない。
結局は中国の武漢で発生した新型コロナウイルスの流行と減車で不憫な終わり方をした最後の0代2編成を想うと未だに残念な気持ちになるが、もし生きていてもE2系1000代前期車と共に1年半前には廃車になってたのかも。それでももう少し撮りたかった。それはそうと、本当にあの国って世界のガンだよ。何もろくなことをしない。

仮にコロナがなかった場合、E3系0代2編成はどのような未来があったのだろう。同じくコロナで波動用としての第二の人生をロクに歩めなかった700系3000代B4編成は、もし今も残っていたら万博関係の輸送で活躍する機会もあったのではないだろうか。そう考えて悔やんで金になる訳でもないけど、でもなんかそう思うと残念。彼らがまだ活躍する世界線も見てみたかった。

328CはF17編成で運転されていた。10日の記事では敢えて触れなかったが、この編成は私が令和3年9月に車内でSuicaを落とし(はくたか559号・559E)、高崎で降りた私のそれを金沢を超えて白山車両基地まで連れて行ってくれた因縁の編成。因縁もクソも悪いのは俺なんだけどね、どう考えても。あの時はJR西日本金沢駅お忘れ物センターの社員さんの機転でブツが見つかった。JR西日本さんにも御礼のメールはさせていただいたが、改めてありがとうございました。
全列車東京での折返しなので御手洗に行く間に撮れないものはないが、「ウッ、異常にトイレ行きたくなってきた、やべぇ…」となると最悪の場合は人間の尊厳にかかわるので、流石に一度離脱。「どうしてこんなになるまで我慢したの!」となる事件はまずいし、私の遺言が「ヤッパ…シンカンセンダッタンジャナイデスカネ…」となるのも御免だからね。そこで「ガ・マンシロー(1997~)」をログインさせる自信はない。
※本名は青木ではありません

御手洗で離脱して戻ったらF17編成が出て行った。また会おうぜ。
328Cはかつての330Cに当たるのではないかと10日の記事でも書いたが、その折返しは令和3年と同じ2407Cであることに懐かしさを覚えた。その当時の330CはE4系Maxが充当されていたほか、新潟で免許合宿を終えた私が乗った思い出の列車でもある。その話は後程するとして、これを撮っている時の放送が「お忘れ物をなさいますと引き渡しまでにお時間をいただきます」という旨のもの。F17編成でこれは私にとって皮肉どころではなくてニヤニヤしていた。

せっかくなので少しだけその時の話もさせてください(←少しと言いながら少しにできない人)。令和3年、新潟市での合宿免許を終えた私は合格記念でMaxに乗って凱旋することにした。その際に乗車したのがこの330Cで、編成は復活全検で延命を果たしたP17編成だった。詳細はいつ公開するかもわからず骨格を組んだだけの令和3年過去画記事でも言及することができていたらと思うが、忘れられない思い出だ。

懐かしいな、もう引退から4年も経ってしまった。果たしてあの頃に絡みもないのにいきなりDMをしてきて浦佐と大宮の撮影に関してクレクレしてきた通称パンハンドラー、そしてMax最後の1か月で沸いてきた引退前だけ最高キッズたちは今Maxに何を思っていることか。あと例の横取り10万クソキョロ充やちゃんと撮ってなかったツケ小僧みたいに何かとMaxでマウントを取ってきた知能指数の低い連中も。

この時はグリーン車をえきねっとトクだ値で確保、しかも1人席でトナラーされず二重に三重に優勝していたものだった。早くこの辺の過去画も今の視点で書いて記事にしたい。

なお、4年前から考えることは変わっていないらしい。ダメみたいですね…。右側の缶は上から白、黄色、青、つまりそういうこと。

330C(当時)が折返し2407Cとなる少し前、23番線のE4系Maxとき337号と並んでいたというのも記事にしておこう。せっかくだからね。数年後に似た写真の記事は出ると思うけど。

という訳で東京に着いた時の写真。楽しい時間だった。この頃に戻りたい。大学生の頃は楽しかった。大学はクソだったし、来年以降公開予定の過去画記事大学生編でもけちょんけちょんにいじってやるけど。
すっかり話が脱線してしまった。話を令和7年に戻そう。

新青森からのはやぶさ86号はU35編成だった。皆さんはじめましてですよね?という訳ではないが、少なくとも私が撮るのはこれが初めてだった。そろそろ露出が怪しくなってきたので、パッと見で編成番号がわからないのはアレだけど。

23番線から盛岡行のはやぶさが出発。盛岡まではやぶさ!と窓口でイキリ散らかすバカが後続のはやぶさに抜かれてハンカチを噛みながらキィィ!ってなるための列車。一説ではE5系の特徴的なブレーキ音は連中のキイイイ!という怨念とも言われる。いや全然違うよ、どっちも。
U10編成もたぶん中学生の頃に撮っていたとは思うんだけど、お久しぶりでした。もっとも現在のE5系が51編成いる以上、運用数を考慮せず編成数だけで考えた場合は特定の編成に遭遇できるのって2%未満ではあるんだけど。

新潟からの臨時とき74号はF32編成が充当されていた。皮肉ではなく、ハイビームがかっこよさを引き立てている。この編成を初めて撮ったのはE4系Maxのラストランの日だったのを今でも覚えている。去年も撮ってはいるけど。
なおこの8074Cは全席指定での運転とのこと。多客期なので極めて真っ当だと思うが、それだけ客が増えれば比例して駅員さんの案内1つ聞けないバカが増えるので、自由席だと思って乗ってきた挙句に車掌さんにキレるバカもいるのだろうと思うと色々察するものはある。

入線は人間の尊厳(御手洗)のために放棄したが、ケツうちでもピントを外して結局編成番号がわからないという残念な結果になった。また撮りに来いってことだよね。

パッと見だと編成がわからないのが痛手なのでリベンジしなくてはならない(戒め)が、はやぶさ側はU30編成。7月だっけ?に公開した過去画でも触れたので話の内容が重複してしまい申し訳ないのだが(…というか10日の記事でも書いたよね)、同編成はNetflix映画「新幹線大爆破」の実車ロケに充当された1編成である可能性が高いという。撮りたかったのでこうして撮れてラッキー!

よし!よ~し!という訳で車番もわかるように1枚。折返しは3037B、はやぶさ37号となる。10日の記事でも書いたが、例の映画のロケに充当された可能性は高いと聞いているものの少なくとも新青森場面でのあの編成ではないはず。ロケから1年以上経っている可能性が高いものの、幹総で「このステッカーもう捨てっか~」と張替えをした可能性を除くと、あの時の車両と現在のU30編成では号車ステッカーのフォントが違う。

U35編成は折返しなすの号となった。平日なら通勤需要も多いかと思うが、千葉県育ちの私はどうしても新幹線通勤・通学に憧れる。20歳を超えたら新幹線で酒飲みながら帰れるなんてなかなかいいじゃん。そう書いたけど、熊谷・本庄早稲田・高崎に停車するこの時間帯のあさま号で地獄を見た私なので、前言撤回とまでは言わないが新幹線に乗ってまで満席は嫌だな~とも思う。
あ、今回の撮影記も次回がラストです。帰り道も含めて残りの写真も書いていきたいと思います。