ひがなり雑記帳

自称青森県産千葉県人。京成とJR東日本が主食の撮り鉄・乗り鉄・呑み鉄のブログです。イコラブの推しも好きです。

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東北・上越・北陸新幹線を撮ることしか決まってない<その2>。E2系回送・なすの号と過去の乗車の思い出、E7系、新幹線大爆破聖地巡礼、E6系とJR北海道H5系はやぶさ号、H3編成との思い出。

皆さんこんにちは。昨日朝7時の記事に続き、新幹線撮影記ということで続きを書いていまいります。ちょっと前まで撮影から公開まで2か月のブランクがあった当ブログの記事ですが、もはや3か月を超える勢いになってしまいましたね。こりゃ何かしらの問題で東京場面で東の新幹線が詰まった時みたい。11年ぐらい前だっけ、当時中学3年生の俺がこの時と変わらず東京で新幹線を撮っていた時に21番線でE5系車両故障を起こして(ブレーキ不緩解?)立ち往生し、大変なことになったのを思い出します。あの時の写真で記事を書きたいものです。

 

さて、既に後期車(J70以降)の6編成しか残っていないE2系だけど、E10系での置換え対象として名指しされている以上当面は安泰かと思っている。このJ74編成ではないが、4月には仙台から東京までお世話になりました。また乗れるのが楽しみだな~。あのやまびこ218号は東京まで各駅に停まるからその度にE2系世代特有のこもった音質の東北新幹線チャイムを楽しめて、通過待ちではタバコも吸えてよかった。

E4系MaxやE3系を含めたあの音質のチャイムを間違っていると主張していた格調高いキッズは長生きできず、当記事をお読みいただけませんでした。残念です。

 

えきねっとトクだ値で半額か3割引きかのグリーン車に乗ったのも懐かしい。あれ本当によかった。だって満席まで行かなくても相席になる可能性の高い新青森新函館北斗からのはやぶさや秋田からのこまちに所定料金で殴り込んで窮屈な時間を過ごすなんて嫌だもん。だったら普通車指定席より安く、快適で空いているやまびこグリーン車でしょ。時間はかかるけど。

 

あとやっとE2系で牛タン弁当を食べるというクソ安い夢を叶えることができたのも嬉しかった。J75編成で、今回は登場しないけど。

こういうことを書くと、令和4年に学生だった俺の家にタダで居候してきたキョロ充(お相手さん野郎)が「少しは金出すから国分町で食べようよ~」と唾飛ばしてマウントしてきそう。キモ、てか金返してからそういうことを言え(笑)。恥を知れ恥を。そんなことを書くだけ食材に失礼だったね。(食材には)ごめんなさい。

それはそうと、お相手さん野郎が今お相手さんと幸せになっているのか気になるところだ。お相手さん(笑)。お相手さん(笑)

 

折返し263B 回送 J74

話を夏のこの日に戻そう。こちらはJ74編成。夏のこの日と言っても、またお盆と言っても、下手なことをするとまずいですよ!となる一番ダメな日ではない。天候もあるんだろうけど、やはり甲府と名古屋で計6年鍛えられた私には関東の夏なんて文字通り生ぬるかった。自粛なんかしねえよ(笑)。偽善ぶって振りかざした正義感で迷惑してる人間のことも考えられないんだもの、生きてて大変そう。

 

333C とき333号新潟行 F37

8072CだったF37編成は333Cで折返して新潟を目指していった。いいなあ、新潟もまた行きたいものだ。新津のMaxにも会いたいし、E129系E653系も撮りたいし、免許合宿でお世話になった新潟市であてのないドライブもしたいし、帰りのE7系で浴びるように新潟の地酒を飲みたいし。

 

622E あさま622号 F11

そんな新潟には先述の免許合宿でもお世話になったが、その合間でF11編成を撮ったのも懐かしい。いやそれ以外でも撮ったとは思うけど。なお、その「それ以外」は同じく東京での撮影である上に同じく23番入線だったので、まさにコピーカットとなってしまった模様だ。やってもうた。歴史に残る記録を作ってしまった。

 

折返しなすの263号となるE2系を今までにないぐらいには横着して撮ってみた。というか、ただ単に東京駅感を出したかったというのはある。ここから3時間と少しして最後のトンネルを抜けると、私が生まれた美しいあの街が近づくというのもエモい。※なおそれは弘前市のため、奥羽線経由の場合は大釈迦でもう一度トンネルを通る必要があります

 

そういえばE5系S11編成(当時)がはじめて東京に入線して報道公開されたのって20番線じゃなかったっけ。いやE2系と何も関係ない話になってしまうけど。成人してあっという間に25ちゃい(公開日は26ちゃい)となった私だが、そう考えるとE2系のみならずE5系初期車も気が付いたら廃車なんだろう。かなしい。

 

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新幹線大爆破でも出てきていそうな場所も撮っていた。なおお盆ということもあってか、ロクに声もかけられないのにベストポジションを取っていた私を晒していそうな童貞がチラチラと沸いていた。可哀想に…。

連中からしたら「挨拶は結構です」ということなんだろう。結構にする分には可哀想だけど、なんか3年半前に俺の家にタダで居候して家賃水道光熱費を踏み倒し、それ以外にも学生の俺の金で美味しい思いをしたクズにまともなコミュニケーションを取れない認定をもらったので黙りますね。そんな奴が手を振って(笑)見送る飛行機なんて、間違っても乗りたくないものだ。

 

405C たにがわ405号越後湯沢行 F28

先ほどは326Cで到着したF28編成の折返しはたにがわ405号。思えばこの10年でも確かに405Cの列番は405Cだけど、他のたにがわ号の大半は列番が2000番台じゃない?という誰も気にしてねえよってことに今になって気が付いた。例えばこの次のたにがわ407号の列番は2407C、運行区間・停車駅に違いはない。何でなんだろう。

 

してまたE2系が来た。やったー!願わくはE2系最盛期にこうして東京というか関東圏のみならず各地で新幹線をもっと撮りたい人生だった。既に後期車しかいないけど、せめてもの悪あがきで青森県生まれとして最後に記録を進めないとね。ベストかどうかはわかりません。(しかし、オタとして)やる責任があります。

 

10日公開のダイジェスト編では間のあれこれを端折ってしまったが、こちらは郡山からのなすの278号。編成はJ71編成だった。E2系に乗ったのは今年だけでも2月と4月の2回だが、乗ったついでといて以外で撮るとなるといつぶりだろうか。近いようで遠い…というよりは、撮りたいけど撮りすぎると引力に負けて青森に帰りたくなるから行けないのかもしれない。

 

278B なすの278号 J71

上野もだけど東京もまた東北新幹線で青森に帰る時の大切な駅。石川啄木のあの短歌が脳裏をよぎる。飛行機で帰る時の搭乗待ちとはまた違った形で、なぜか東京・上野ともに東北の香りがする気がする。しかし公害と化したインバウンドが増えた今、その香りが穢されているのも事実。本当、こんな日本に誰がした。今こそ正義の政治が必要です。目の前の国民さえ救えず、何が政治だ! ※ここで特に入電はありません

 

ほんの一瞬だが、20番線と21番線でE2系が並ぶ。6編成という少数派になった、一時期ならはやてを中心に最大勢力だったとも言えようE2系がこうして並ぶのはエモいものがあった。エモいけど、それが当たり前だった世代としてはそこにエモさを覚えてしまった事実に悲しくなる。

 

※4月撮影

まあ、それでもE2系に乗っていてこういうこともあるので、まだまだE2系だって少数派とはいえど立派な東北新幹線の一員だし、次にこういう光景に出くわしたらしっかりと撮りたいところだ。

 

※その後に撮影

こうして見ているとまだまだE2系も多いように思えるが、そういう訳でもない。遠くない将来に別れの日が訪れるなんて考えたくないが、その日までの残された時間は乗車・撮影でしっかり思い出を増やしていきたい。なお、こうして先ほどとこの2枚の画像だけを報じると、オールドメディアとも呼ばれるマスコミの偏向報道のようなことができる。

 

話を8月に戻そう。

263B なすの263号那須塩原行 J74

入れ違いで出ていくのもE2系というのがなんかエモい。那須塩原までだとそこまでの乗車時間は確保できないけど、乗れる人が羨ましいな~とは思う。中学生(平成24年入学)以来弘前に帰省する頻度がどんどん減っていったしその一因は中学の部活でもあるけど、そう考えるとあれ以来本当に趣味という意味でもいじめられた3年間という意味でも無駄な時間を過ごしているよな~と思ってしまう。

その頃もこうして東京駅で新幹線を撮ってはいた上に、中身は何も成長していないことに加えて許すということを覚えないあたり俺も将来が心配だ。

 

2412C たにがわ412号 F40

E4系Maxの最末期もP単で運用されていた2412Cだが、当たり前ながらE7系での運用となっている。でしょうね。確かF40以降は令和元年台風で水没したE7系の代替なんだっけか。あれは本当にショッキングだったし、思い入れのある編成も廃車になってしまったので残念だった。ただ、執筆日に起算して数日前の九州地方での豪雨に際して800系・N700系が本線上に退避して水没を免れていたのをTwitterで見た時、二の舞にならずよかったなとは思った。

 

3035B こまち・はやぶさ35号 秋田・新函館北斗行 Z10+H3

東京での折返しは余裕時分と車内清掃の関係で余裕がない印象が強いが、本数が多かったせいか案外折返していくまでに時間があったように感じた。もっともこの3028B→3035Bの場合は16分あったのでそのように感じたのかもしれないが。

 

新函館北斗には22時前の到着らしい。その時間があればグランクラスで飲みまくって優勝できそうだ。それはそうと、いずれ札幌まで新幹線が伸びた際のダイヤはどうなることだろう。E10系とは異なる新車がメインで札幌直通を担いそうな一方で、北海道新幹線内を含めてダイヤには変化があることかと思う。

その際に東京~大宮、特に東京駅の線路容量が足りるのかはポイントになってくるのではないかと考えるが、どうなることだろう。流石に今更新宿までの延伸は難しいだろうし、そもそも現在免許があるかもわからない(取得の有無も不明)。それ故にJR東日本サッカー部員がボンゴで国↑交↓省に出向いて「免許証返してください!センセン!」というコントすら成り立たない可能性もある。湘南新宿ラインに「土地返してください!」というのなんてもっと無理だし。

 

平成28年1月1日撮影

H3編成に関しては弘前帰省に際して平成28年1月1日に設備確認の試運転で新青森まで入線していたことがあり、実は私が初めて生で見たH5系でもあった。帰省ついでだし高校1年生だった私が試運転を撮るために新青森に行くわけもないので、なりゆきで撮ったものだ。なりゆきで。どこぞのキョロ充とゆかいな仲間たちみたいな連中にのれそれ言われる筋合いはねえんだよ!(ゴッ)

 

60B やまびこ60号 U28

入れ替わりで盛岡からのやまびこ60号が到着。編成はU28編成、この編成から外周幌の形状が変わったにも関わらず実は前期車というレアキャラ。しかも検測装置も搭載していていざとなればEast-iに代わっての検測もできるという強キャラでもある。なおこの編成は平成25年製、つまり来年には減価償却が終わってしまうらしい。推測の域を出ないが、E10系での代替はこの辺までになるのではないだろうか(E2系残存車の後継を併せて33~34編成程度の新造?)。

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