皆さんこんにちは。本日もまた高校生の頃の過去画ですが、いつもとは違う感じなので多少は新鮮だといいなと思います。まあ書き手は変わらないのでアレですけど。
本題。高2の冬、いろいろあって西武池袋線方面に用があったので撮ってました。でもこれ以来マジで池袋線も行ってないなあ。また行きたいな。いや行って来いって話なんだけどさ。

30000系の各駅停車からスタート。一部ではそのデザインからスマイルトレインとも呼ばれる電車。我らが松井玲奈大先生もファンだったっけか。それを鉄道BIG4で見たのも中学生の時だったね。年取ったなあ俺も。とはいえ令和7年10月に26になったばかりなので、まだまだ年端の行かぬアレだとも思うけど。

平成21年製?!え、メトロ10000系ってそんな前の車両なの?!なんか撮りに行きたくなった以前になんかもうその事実に啞然としている。なんならこの時の写真を撮った私にその事実を伝えても、クリビツテンギョーしていそう。

ここでようやく外側線(って書き方、合ってます?)の車両を撮影していた。めっちゃピンクになってた9101Fの急行だ。西武9000系は大半が国分寺線に転用されたが、この9101Fは転用もなく解体されてしまった。なおこの塗装に関しては、後に登場するJR東日本のE653系10○0代のはまなす塗装やJR北海道キハ261系5○00代とは無関係である(都合により一部伏字)。

今となってはryと思いつつ、しかしまあピンクの西武車ってめっちゃインパクトが強い。というか普通に西武9000系がかっこいい。もっとも今池袋線を撮りに行っても9000系は来ないかと思う(多分)が、しかし西武はじめ直通先の愉快な仲間たちも沢山いる上に、池袋線なら001系ラビューも来るだろうし、なんか久しぶりに撮りに行きたい気がしてきた。疲労、抜けないかなあ。
あっちなみに私にアイラビューと言ってくれる女の子はいません。いたら結婚詐欺を疑うぐらいには当たり前だよなぁ?

オォン。for my ownな写真でオォン。 I just want you for my オォン~。それはまずいですよ!というかなんだこの寒いギャグは(憤怒)
という訳で、なんかデータが破損していた東急5050系。これはいけない。これも日頃の行いだね。俺いい人なんだけどなあ(※いい人はそうやって書きません)。

改めて、当時うpしていた写真から再雇用した写真。5050系に限らず、東急の5000系列はマジでかっこいい。もっともっと撮りたいと思う。この顔自体は東急線内のみならず相鉄や東武、そしてこのように西武でも撮れる。京成・都営・京急・北総をメインとした4直とはまた違う魅力があるとは思っているので、そろそろ撮りに行きたい。じゃあ記事書いてないでさっさと寝て朝から行ってくれば?

旧2000系で合ってますかね。普段京成とJRばかりな私はどうしても他所さんの事情には疎くて、もし何か変な間違いがあったら怖いなあと思ってしまう。間違ってたらサーセン。で、このタイプももういないんだっけか。試運転しか撮れないおめでたい方からしたら試運転の写真もないのにムキーなんだろうけど、私からしたら試運転しか撮れないぐらいには日頃から多忙かつ、毎日激Vを撮っている皆さんから色々と学んでみたい。

西武と言えばやはり黄色の電車で2000系ってイメージなんだよなあ。完全にケロロ軍曹の影響だよねこれ。まあケロロ軍曹の舞台はどっちかというと新宿線側な気がするけど。完全に専門外の路線だとなんかこう突っ込んだことを書けないのが記事的な彩的にはアレなんだけどさ。

さっきの5050系と被ったと思われるクラシックレッドアロー。西武10000系も執筆日時点ではもう新宿線(と地鉄)にしかいないのが信じられない。レッドアローは平成27年3月末に乗ったきりで、執筆日(令和6年末)時点でも9年半以上乗れていない。あの時は新宿線で西武新宿から本川越だったので、結局池袋線系統でのレッドアローには乗れなかった。
レッドアローの一部が地鉄に再就職をしている富山にも行ってみたいが、でも富山のワードを出した瞬間のマウンティングはお断りしておりますので、ご了承ください。若干1名そういうのがいたんだ。家賃水道光熱費ぜんぶ踏倒すようなクズだった。もう死んじゃったけどね。ち~ん(笑)。それでは皆さんご唱和ください。ウ ン チ ー コ ン グ 。
場所を変えて撮影は続行。

さっきも撮っていた38113Fと感動の再会。影は気になるが、しかし1月の撮影だから仕方がない。でもどうせならちゃんと撮っておいてほしい。とはいえ時は戻らない。全米が泣いた。だから何が全米だよ(笑)。このブログそんなに読まれてる訳ないだろ。

こちら2091Fは記事の書き始めの段階では新宿線所属とのこと。西武さんの車両事情をマスターするのはフォルクスワーゲンやBMWの純正ナビを使いこなすことの次に難しいのでわからないが、これも当面は見られないのかもしれない。まあ池袋線系統と新宿線系統での車両トレードは時折Twitterでも目にするので、別にそこまでこれといって騒ぐようなことでもないのかもしれないけどね。毅然たる態度での執筆は読者さまに安心感を与えます!もうそのネタいじるのやめてやれ(笑)。というかこれもガセ説あるよな。

9000系かっこいいな。まあ今も国分寺線に行けばいるんだろうけどさ。でもなんだろう、かっこいい。また撮れる日があればと思う。幕での池袋行ってのもいい。池袋と言ったらやはり映画「翔んで埼玉」で埼玉県人の巣窟になっていたのが印象深い。あの映画、マジで何回も見られるんだよなあ。今の池袋が外人の巣窟になっていたらそれはもう最悪。

撮影は続行。なんか6000系が懐かしい。いや普通に今も走ってるんだけどね。いいなあ西武。またそのうち行く日があればいいと思う。佐倉出身ってだけでクチャラーに「育ちが悪い」と言われた人間なので偉そうなことは言えない。しかし6000系はかっこいいなと改めて思った。西武の中でもかなり好きな部類に入るかもしれない。

後続の普通は30000系。さっきの編成とは違ってSEIBUロゴがない編成。ああ思い出した、なんかこの頃にこのロゴが消えて行っていたんだっけ。そんな時代もあったねといつか話せる日が来るわ。当時はまだ40000系がまだギリギリデビューしていなかったっけ。なんかLED弱いなんて聞いたことはあるけど、普通にかっこいい電車だと思っているので気になる。30000系も好きだけどね。

やはり西武と言えば黄色い電車。絶対にケロロ軍曹の影響だし、そもそもケロロ軍曹の舞台はどっちかというと新宿線系統のような気がするけれど。
エキセン折返し不正乗車至上主義の警察マニアと同類にはなりたくないんで、次回西武を撮る時は是非とも沿線撮影地でバッチリ決めたいと思う。エキセンの是非ではなく、運賃を落とすって意味で。無論自分は不正なんてこの時も今もしてないが。もっともこの記事は令和6年12月に書き直しているので、まあ仮に西武記事を出せるとしてもこの記事より先に出ていると思うけども。

この車両も新宿線に行っちゃったんだ(なおこの記事の書き始めの時点での話ですので、公開時にどうなっているかについては知りません)。独特なデザインで個人的には割と好き。あと西武車なのに青ってのがとっても新鮮でいいと思う。池袋線の上りはまあ東長崎に来ちゃうと池袋行しかないけど、地下鉄直通も撮れる場所に行きたい。そうだ、なんか最初の駅で挨拶をすると死んでしまう病気の撮り鉄がいたっけか。どうも、おはようございます!そしてご冥福をお祈りいたします。ち~ん(笑)。

2000系のうち新2000系とされるグループ。既に置換え対象となっているが、個人的に西武の電車といえば(略)。市原市の解体場に運ぶために国道357号線を通ることもあるので、もしかしたらまたいつか国道で会うことがあるかもしれない。その前に撮りに行けよって話だけど。※陸送ヤクザのマウンティングは受け付けておりません。その人さっき死んでウ ン チ ー コ ン グ したんだったか。

車両によって車番が書いていたりいなかったりするのは何なんだろう。製造年次などで変わるものなんだろうか。2000系沼、深いんだろうなあ。多分私では理解できないものもありそう。西武の池袋線と東武東上線の掛持ちなんてのも楽しそうだし、また行きたいと思う。

20000系2本目。今年の4月時点では玉川上水所属とのこと。西武車の池袋線系統と新宿線系統での車両トレードは別にそこまで珍しくもなさそうだとは思いつつ、でも撮れる時に撮った方がいいのかなあと思わないこともない。ちなみにどうでもいいんだけど、これが最後の写真。
この後はマクドで勉強していました。しかしその成果は何もなく、結局Fラン国公立に進学したバカが私です。山梨はよかったんだけどね。いや都内の私立でも受かっていたところはあるんだけど、家庭の事情って奴です。家庭の事情。逆にその場合、半蔵門線系統を極めた上でこのブログの方向性もまた違っていたことだろう。
さて、その後に山手線等を乗り継いで日暮里に来た。まだイブニングライナーには早い時刻だったので、せっかくだからと思い今回乗っていくのはスカイライナー。

この時はAE6編成だった。これはまだホームドアもなく、AE形のヘッドライト自体もまだハロゲンなのが懐かしい。やはり京成に乗ると安心感を覚えるが、でも現行スカイライナーは本線民にはちょっと遠い存在というかいい意味で非日常感があると思う。
なお、この時から7年半が経った令和6年10月末、同じく日暮里からスカイライナーに乗った話も過去記事で書いている。こちらから併せてお読みいただけたらと思う。

正真正銘スカイライナー。年に1回見るかどうかだからなあこれ。とても新鮮だ。当時は青砥はまだしも新鎌ヶ谷にまで一部のスカイライナーが停まるようになるとは思わなかった。
あっという間に2ビルに到着。中間改札から本線ホームに移動してうすいで下車。

当時の快速特急より早くは着かなかったが、でもSA経由でも+5分程度だった。なおかかった料金は(検閲により削除)
撮影 平成29年1月17日
執筆 令和6年12月11日
作業用BGM:イコラブノイミーニアジョイちゃんねる各動画