
皆さんこんにちは。そういやY-35の追っかけ全編を記事にしていませんでした。ということでかなりの鮮度落ちとなりますが、記事として残しておこうと思います。

千葉からは安定の成田エクスプレスで移動。4月16日水曜日のことだった。本当、一部成田エクスプレスの千葉停車は助かる。チケットレスでも660円(千葉から50㎞圏内かつ空港を跨がない場合)とはいえ快速のグリーン車より若干安い上に座席指定も付属してくるからね。このちょうど10日前の=LOVEツーショット撮影会の時も時間ギリギリなので東京まで成田エクスプレスのお世話になった。

E217系の廃車回送に向かうにあたり幕張車両センターを見ても、もう快速線用の車両は全てE235系に統一されてしまっていたのが何とも寂しく感じられた。

新宿で撮影。成田エクスプレスはNe021編成での運転だった。後ろの埼京線はカワ116編成。新宿行は湘南新宿ラインも通るが、渋谷付近を通っている時にかつて親父とEF60形19号機の客レを見たのをいつも思い出す。あの時親父が撮り鉄の大先輩の皆さんに何が来るのかと聞いてくれたのだが、皆さんが親切に教えてくださったのを覚えている。その節はありがとうございました。もう20年ぐらい前だと思うけど。

新宿からはE353系に乗り継ぐ。E259系とE353系という快適な特急を乗り継いだ挙句に車内では酒を飲んでいるのだから、なかなか贅沢な時間だったと思う。編成はS109、以前も書いた通り私が初めてJ-TREC出場を出迎えた思い出の編成。来年であれから8年も経つという事実に涙が止まらない。中央線は快速線・東線共にそこそこの頻度で止まるのに。

もはや超快適なオフィスとすら思える、それぐらい快適。それこそ私が甲府市内の大学に通うようになってE353系に乗るようになったが、初めて乗った時の感動は今でも覚えている。

嬉しいので飲んでいきます。どんな理由だよ。中央線特急はあずさ号を除くと車内販売が存在しないのが玉に瑕。かといって日中のかいじ号の車販での採算どうするんだよって言われたら、私も反論できないけど。

甲斐大和を通過中の1コマ。流石に4月も中旬とのことで、山梨県内の桜は散ってしまっていた。この数日後の弘前帰省で弘前の桜を拝んでいたぐらいだから仕方ないね。

勝沼の桜も散ってしまっていた。ここの桜は以前もどこかで書いた通り私が進学にあたりE257系で引っ越してきた時に車内から見て感動して以来大好きで思い入れもあるのだが、そう考えるとE217系の廃車回送と絡めて撮れなかったのは一生後悔しそう。

令和4年2月を以て大学生時代を過ごした甲府市を離れた私だが、中央東線にせよ中央道にせよ甲府盆地に入った時のあの感じの雰囲気が好き。E217系廃車回送という大義名分でなんだかんだ1月・2月・3月・4月と甲府を訪れることができたのは楽しかった。

先っちょだけだけどこの日は富士山も見えていた。ラッキー池田。

甲府盆地の車窓って感じだ。先ほど勝沼の桜に言及したが、果樹園が多い盆地内を特急が爆走していくのも実は乗っていて本当にいい。それこそ、引っ越してきたあの時も感動したのを覚えている。

列車は酒折を通過し、まもなく身延線と合流して甲府に到着するところだろう。

という訳でやってきました、山梨県甲府市です。甲府駅南口の信玄さんの像は甲府市民時代からいつも見てきた。ご無沙汰は…してなかったか。甲府に住んでいた時はここから南口方向に歩いて15分程度の場所に住んでいたこともあり、旅の最初と終わりはいつも信玄さんの像があった。あと喫煙所前というのもある。

既に記事にしている内容もあるので詳細は端折るが、本命も撮っていた。この日の牽引機は1031号機、そして私が基本編成の配給を撮るのはこれが最後だった(翌週の基本編成最終回Y-42編成はスケジュール上無理だった)。

一応は富士山を絡めての撮影。Y-35編成は運用終了前の3月2日、たまたま快速に乗り遅れた私が千葉から新日本橋で乗った編成。そして私が最後に乗ったE217系となった。もう最後なんだと思うと涙が出てきたのを覚えている。結果として乗り納めがいつもの足としての乗車だったのは、千葉県に育った私にとって当たり前だったE217系らしい別れ方だったと思っているので悔いはない。

ちなみに山梨県にはトヨタの名門セダン・マークXのパトカーがいます。この車両は初期の車両なので、そろそろ寿命が来そうだけど。FRセダンっていいよね~と言いたいが、山梨県警さんが採用しているのはAWDモデル。なお私は大学生の時に飲み過ぎてぶっ倒れた結果として、この車かは不明ながらもマークXのパトカーに家まで送ってもらったことがある。本当に反省しております。

さて、追っかけはまだまだ終わらない。これから先に公開する大学生時代の過去画においても言及した甲府駅前の大黒屋さん(ラーメン屋)に立ち寄る時間は残念ながらなかった。

実家のような安心感。次は塩尻までの追っかけとなるが、同駅の階段が新宿方にあるので一番後ろを指定した。この時かは知らないが、それをド忘れして松本方の車両を指定しようとしたこともあるマヌケが私である。

茅野での1枚。また飲んでるのかよこいつは。

私の席ではないが、ブラインドを戻すと死ぬ病気の連中も乗っていたらしい。中央線特急の民度に関しては平日・土休日を問わず何も期待していないのでさもありなんという感想だ。

塩尻で再び迎撃。ご存じの方も多いかと思うが、配9441レの末期は下諏訪で33Mの待避を行っていた。それ故にこうしてぶち抜いて撮ることができていた。

E217系と桜。既にサロは全車解体されているのが本当に残念極まりないが、思い出が消えることはないのでいいだろう。もう一度E217系のグリーン車で酒を飲みたかった。一度それをやって千葉駅での貫通(をしていないという話を潮見駅でJKが話していました)をすり抜けて幕張車両センターに連行されたのが俺なんだけどね。ダメじゃねえかよ。

再び追っかけ再開。塩尻から明科という明らかに特急に乗る距離ではない区間で700円を超える自由席券を買って乗るあたりドMに思われても仕方ない(Mじゃないです)けど、オタクはそんなもん(適当)。383系も既に後継車両が発表されて2年以上経過しているので、いい加減にちゃんと記録しないとまずい。私自身、色々とお世話になったしね。

まさかE217系の廃車回送で乗る日が来るなんて初めて乗った7年前の11月30日には思いもしなかったよなあ。なんて書きつつも、気が付いたら後継の385系が登場して383系もあっという間にいなくなっていそうなのがあれ。

383系とE217系の並びも廃車回送だからこそ。どちらも私の人生において欠かせない存在となる鉄道車両。383系の廃車回送を撮りに行くのは間違いなく確実に不可能だし、私みたいな部外者がそんなものを撮った日にはFF外から「なんでこの時間に廃車回送ってわかるんですか?情報漏洩乙www」とクソリpおっと、お叱りをいただく可能性が高いので、いずれにせよ不可能だけど。

明科の桜も一緒に。思えば1年ぐらい前、電車とレンタカーという組合せで追っかけた時は既に明科も真っ暗だったのに、日が長くなったんだなあと思った。それがまた何故か切なかったのを今でも覚えている。

トヨタのセダンであるアリオンという車をお借りしていた。いずれ記事で出すかもしれないが、自称車オタクの私としては撮り鉄の追っかけカーに最適な車を検証した記事を出してみたい。諸々のバランスに鑑みるとこのような5ナンバーセダンという結論はもう出てしまっているのだけど。
なお同車は既に退役済。姉妹車のプレミオ共々海外人気が高いのか、日本の中古車市場には出回らず海外輸出となった可能性が高いのも残念。運転は好きなので車で追っかけるのも楽しいのだけど、ガソリン代もかかれば高速代もかかり、また酒を飲めない上に休みの日ぐらいは…というのもあり、マイカー・レンタカー共に最近車での追っかけをしていないのを少々反省している。

211系で長野を目指す。明科で追っかけを中断していたら松本発最終特急のあずさ60号で帰ることもできたけど、せっかくだから長野まで行きたいよねってことでいつも長野まで行っていた。姨捨での1枚。

姨捨から見る善光寺平の夜景もなかなか綺麗。いずれゆっくりと夜の姨捨にも訪問してみたいと思う。

長野で無事に追いついて最後の別れをすることができた。今回の一連の追っかけは6月に3回に分けて投稿しているので、末尾の関連記事リンクからお乗り換えいただけたら幸いだ。
これにてY-35編成ともお別れ。長い間お世話になりました。E217系という千葉県民のアッシーかつ私の人生にも欠かせない存在だった電車をこうして最後まで追えたのは光栄なことだと思う。もっとも、この翌週の配給は行けなかった上にそれを引いてもあと1回廃車回送があるんだけど。

せっかくなので信州ぐらいは載せておこう。当初はコロナ禍に臨時特急で運転開始した信州号だけど、今では通勤ライナーみたいな感じで平日を中心に運転されるようになった。朝の運転もあるが、あれは何というかかつて189系(E257系での代走もあり)で運転されていたおはようライナーの代替みたいな感じなのが興味深い。189系N102編成の引退後、おはようライナーに関しては211系での快速に代替されたのも懐かしい。

帰る時間になったので、新幹線改札口に向かう。酒の購入は言わずもがな完了。このスジの配9441レを長野まで追うと、同列車到着から1時間後の長野始発あさま632号でゆったりと帰ることができるのが助かるラスカル。また新幹線だと2時間弱で東京までは戻ることができるので、これも新幹線パワー。ありがたい。

はくたか578号でもいいし多分そこまで混んでいないとは思うんだけど、先述の通りあさま632号(632E)で帰る。以前も書いたが、以前東北新幹線内での遅れのあおりを喰らった632Eの延着のせいで津田沼までしか帰ることができなかったこともあったのすら懐かしい。あと東の新幹線の発車案内はやはりこの3色LEDに限る。

今回充当されていたのはF4編成、E7系としてもかなり初期の車両にあたる車両。E7系第一陣が川重から出てきてもう12年になるという事実から目を背けたくて仕方がない。何の自慢にもならないが、F1編成の出場のうち後半戦は私の誕生日と同じ日だった。あと初めて乗ったE7系も。皆さんもご存じの通り、E7系は金沢開業の1年前からあさまで運行を開始していた。

あの数か月ですっかり見慣れた車内。常々書いている通り、E7系・W7系は日本で一番快適な新幹線車両だと思っている。しばらくは乗る機会がなさそうではありつつ、また乗れる日を心から楽しみにしている。普通席であそこまでエクセレントなので、グリーン車やグランクラスに乗った際には感動して死にそうだ。

当たり前だよなぁ?コロナ対策(死語)で体内アルコール消毒です。何やってんだよ明日仕事あるじゃねえか。いや呼気検で出なかったからいいけど。酒が好きなだけで決して強い訳ではない私は無事に一部区間で潰れていた気がする。E7系が快適だから寝落ちしちゃったんだって言いたいけど、多分原因は私にもあるよね。

今回は3列席を確保していた。いつかの餃子ババア(お亡くなりになっています)みたいなのがC席に来ることもなく平和な時間が過ぎていた。東の新幹線の現役車両ではE2系やE5系も好きだけど、正直普通席の居住性ならE7系が一番なので、自室の作業用椅子に同じ席が欲しいとすら思ってしまう。

大宮で一度降りていた。理由は後述する。E2系の16両=編成JR(E3系0代との連結)は消されているが、E5系の16両=編成URは消されていないのが意外だった。もうE2系が連結運用に就くことがないのが何とも寂しい。個人的には上越新幹線運用にも充当されていた頃、黒塗りの高級車とも言われたE3系700代R19編成の現美新幹線にバァン!と連結して、「おまえクルルァについてこい」と言わんばかりに上越新幹線でも編成JRが実現していたらよかったのにな~と思わないこともない。

一服したかったのと久しぶりにE5系に乗りたくなったので、大宮からの20分強程度だがやまびこに乗換えた。大宮から上り新幹線に乗ってくると奇行種のように見られる可能性もあるが、まあ多少はね?この時点ではまだNetflixで公開された「新幹線大爆破」が公開されていなかった。現時点では撮影のうち実車での撮影に充当されたE5系は目撃等を元にするとU30編成・U46編成の2本らしいことが判明しているが、この編成はどうだろう。新青森場面でのE5系がU46編成の可能性が高いというのは知っているんだけど。

この時点でE5系に乗るのっていつぶりだった?と思ったけど、前の年の1月の弘前帰省で乗ってましたわ。まだまだE5系が新型だと思っている私だが、既に後継の車両の話も出ている上にそろそろ1編成がインドに強奪されるので、それだけ俺も年を取ったということだろう。E2系世代ながらもE5系の車内に実家のような安心感を覚えるので、同じぐらい大好きな新幹線。というか東の新幹線に関してはDD(誰でも大好き)である節はあるが。

このモケットも好きなんだよなぁ。初めて乗ったのっていつだっけ?当時はE2系ばかりだったので初めてはやぶさに乗った時は本当にwktkしたけど、はやてだった(確か新青森11時42分発のはやて24号)ので別にそこまで飛ばすわけでもなかったようなそうでもないような。それでも、気が付けば新青森発着の新幹線はいつの間にか全てE5系になってしまっていて、少し寂しかったのを覚えている。

という訳で東京に着きました。無論大宮からの20分強でもしっかりと酒を飲みました。このロゴとそれまでの東の新幹線とは異なるカラーリングにwktkした小学生時代が懐かしい。後継のE10系もきっと素敵な車両になると信じているが、E5系の記録も進めていきたいね。そうだ、次の休みは新幹線でも撮りに行こうか。何だかんだしばらく言行けていない。

明らかに適当に撮ってはいるが、E5系がいる日常も大切にしていきたい。短い間だけどありがとう。また会う日を楽しみに…。

※木金の仕事を終えてからの連休を利用した帰省があるので、数日後に乗ることになります。

数日後に乗ったのはU8編成。家族で乗る時に限ってコンセントが窓側にしかない初期車だが、そういうこともある。まだまだ末永く活躍してくれたらと思う。なお、私が乗車した8071Bや私以外の家族が復路に利用した5060B=はやぶさ60号等をはじめ、E5系に爆弾が仕掛けられることは一切なく今に至る。
もう帰ることとしよう。
グリーン車に乗ってしまいました。確かF-07編成だったと思う。ここでもガバガバと酒を飲んでいたので、隣も来ずに快適だった。

当たり前ながらE235系1000代だが、E217系と比べると進化しているなあと思う。いや後継車両が進化してなかったらまずいと思うけど。

こんな表示も出るのはありがたい。でも私みたいに酒で潰れてお亡くなりになっている人間にそれが通じないのだけは残念。私いちどE235系でも潰れていて折返していたからね。社員さんのお手を煩わせることはオタクとしても人としてもしたくないので、幕張車両センターまで寝過ごすことはないように気を付けたいところだ。
腹が減ったので遠回りにはなるが、夜飯はもう外食でいいか。深夜のラーメンは止められない。
ニンニクをがっつり入れたので翌日の仕事はマスク必須だったが、やはりラーメンは時折こうして外で食べたくなる。というかこれ以降壱角家さんも行けていないかも。まあこの記事が出る時までにはどこかで行くと思うけど。ラーメン食いたい。

こういうことしているから太るんだよ…。酒の影響も多そうだけど。個人的に思うこととしては、深夜帯に書く記事でこういう写真を貼ると大変しんどいことになるので気を付けなければならない(戒め)。
E217系の廃車回送最終回はY-101編成とY-102編成だったが、最終回だからと最初から追っかけの全編をフルで2分割して9月に記事にしてしまっているので、こうしてE217系廃車回送で記事を書くことも恐らくはもうない(あったらスマン)。まあ最終回を追いながらかいじ31号の車内で追っかけフル記事はほとんど書いちゃったしね。そしてE217系を見送った帰りに新幹線で酒を飲んだり背徳感に溢れる深夜のラーメンを楽しんだり、もうそんなこともできないと思うと寂しいかもしれない。
まあ来年以降、始発となる車両基地は違えど209系2100代の廃車回送がある場合は多分似たようなスジになる可能性も高く、相変わらず似たようなことをやるのかもしれないけれど。次は長野で1泊してしな鉄に長電もゆっくりと撮りたいなあ。※私がしな鉄さんにお邪魔した際に「なに勝手にしな鉄撮ってんだ!」とドヤしてきた気持ち悪い方はお亡くなりになりました。ご冥福をお祈りいたします。
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