皆さんこんにちは。ダイジェスト版を抜いても6回目となる夏の京急撮影記もこれが流石に最終回です。500枚近い写真と1週間近い記事作成時間に鑑みるとなかなかしんどいものもありつつ、でも京急の電車も好きだからこそこうして書いてくることができたと思っていますので、また撮りに行きたいところです。現アラサーかつ4直沿線育ちの私はやはりいつ京急を撮りに行っても楽しいと思えてしまうようですからね。
という訳で、本記事は2100形回送からスタートといたします。

この回送もイブニング・ウィング号の送込み。もう朝のモーニング・ウィング号の運転開始から10年が経つ以上はウィング号という記述がアレなんだろうけれど、それでもなんか未だにウィング号って書きたくなってしまう。流石に2100形の後継が3つドアロングになるとは思わないけれど、やはり我々オタクからしたらフラッグシップである同車なので、末永く活躍してほしいし後継車も似たような車両になってほしいと思ってしまう。

1009編成の久里浜行特急。なんか1時間か少し前に上りで撮った気もするが、まあいっか。これといって珍しい種別行先が見られるわけでもないけど、それでもラッシュ時、ましてや私が普段入り浸っている京成線内では見られないものもあるので、それだけでも撮りに来てよかったなあと思う。

先ほども撮った1631編成の普通車。逗子・葉山行が品川だと珍しいイメージなので嬉しいかも。

先ほど羽田空港行で撮った5509編成が折返しの急行として戻ってきた。今度は高砂行で、元々は夕方に京成の宗吾を出庫した運用(前運用はア特)。なお、高砂からはア特に化ける。京成の車両とは異なり柔軟な運用に充当されているみたい。

こちらの5500形も京成線内はア特で、しかも前運用が快速だったという京成鉄目線ではなかなかイカレている(褒め言葉)運用になっている。なお、京急線内で撮ったところで何もそれが伝わらないのも事実である。

銀千・貼り千・塗り千の6両で最後まで未撮影だった1655編成もここで回収できた。やったぜ。でも同じ場所での写真ばかりで全編成記録シリーズをやるのもアレだよね。いやどうせ更新するから俺はいいんだけど、またコメント欄に来ることもせず遠吠えアオーンマンが出てきそうだからさ。そういうのを肴にするのも楽しいんだけどね。アオーン(笑)

折返し品川始発快特となるのはこの12両もそう。けいきゅんステッカーを剥がしていないのは内部情報を教えてくれる俺のダチがいるダチ兄貴とは関係ない。ちょっと男子ィ~もうその人死んじゃったんだからやめなよ~(笑)。4Vの快特を撮れるのもやはりこの時間帯ならでは。

被ってしまったが、先ほど上っていった快特が折り返してきた。1153編成が先頭の快特。そろそろ本当に露出がアレだけど、次のウィング号も撮りたいな~ということで居残りしていた。夏至に近かったらもう少し撮れたのかも。

なんかさっきもこの編成を撮った気がするけど、後続は603編成の特急。重ね重ねこの時間帯はラッシュにぶち当たっているので、何というか乗りたくないなあという感じの乗車率だった。品川駅地平化と2面4線化の暁にウィング号が増発されるのかどうかは気になるけど、線路容量以前にそもそも車両が足りなさそうだから厳しいんだろうか。

後続は1619編成の普通車。実際に撮っていた7月下旬のこの時間帯は目視ならそこそこ明るいんだけど、私の機材だともうそろそろ限界そう。こりゃ当時学生だった俺の家にタダで居候した挙句に家賃水道光熱費を踏み倒し、翌年にはレンタカー代と高速代にガソリン代までも踏み倒し、人様が誕生日で帰省したのをめざとく嗅ぎ付けて食べたくもないラーメンなんかに連れ出してびた一文出さないくせに「単焦点買えば?」と抜かしてくるクズにバカにされそうだ。あれはクズだよ。文句あるなら金返せ。

先程撮った5513編成が折返し急行として帰ってきた。馬込を朝に出庫して日中はアクセス特急に充当されたかと思えば今度は北総線の日医大行、最終的に浅草橋停泊となるのが都営車特有の運用の柔軟さを感じる気がする。

北総からの7828編成。元々は京成3700形の3778編成だった車両かつ特定の編成を置換えた訳でもない車両なんだけど、置換え対象がない今も北総に居座っている以上、引退まで京成車に返り咲くことはなさそう。これは成田空港利用のインバウンドを乗せたくないと同編成が八幡でゴネたことに起因する。※する訳ないだろうがよ

1537編成の普通車。何度も同じことを書くのは単焦点マウンティングクソ野郎のキョロ充みたいになるので気を付けないといけないんだけど、同編成はどうしても令和元年に品川から平和島までイコラブちゃん握手会参戦時に乗った思い出が先行してしまう。あれももう6年半近く前のことになるんだから、時の流れってのは残酷だよ。

ウィング号2本目も意地で居残りしておりました。という訳で流石にそろそろ撤退することとしよう。朝のモーニング・ウィングは一応3年半ぐらい前に撮ったことはあるんだけど、それはさておきイブニング・ウィングは撮るのが難しいみたい。リベンジしたいけど、かといって時間帯と季節と場所を考えないといけないので、そこもまた難しいのがアレ。

いい加減にそろそろ帰ろう。こちらの2100形もイブニング・ウィング号の送込み回送で、折返しイブニング・ウィング6号となるアレ。流石にウィングで撮ったところでって感じだね。10年後ぐらいに2100形の後継の話も出ると思うけど、どうか京急のフラッグシップとして2つドア転換クロスの車両が後継になってほしいとは思う。
これを以ていい加減に撤退。別の用事で大森町に用があるので普通車に乗った。して、混んでいるのでホーム経由で別の車両に移ろうとしたらドアが閉まったので、仕方なしに少しだけ撮ることとした。いや悪いのは俺なんだよ。

という訳であと少し撮っていきませう。1585編成の普通車。私とて1500形4両=4Sの写真は決して多くはないので偉そうなことは言えないが、5年10年した頃に1500形に引退前だけ最高キッズが沸いているんだろうと思うとアレ。おけ、やりたいことやれた。うわキモ!お願いだからあっち行ってくださいな。しっし。

微妙な写真になったけど3030編成の急行。ここまできて芝山千代田や成田に佐倉といった地元の地名を見るのはアレな気もしつつ、そもそも写真を何とかしろって話だからね。また3030編成をはじめ京成の車両もしっかりと撮ることができたらと思う。

そうだ。そういえば1500形6両の写真を漁っていたところ、今まで一度も記事にしていなかった写真が出てきた。こちらは令和元年冬に横須賀中央で撮った1581編成。記事にしていない写真だなんて、某氏そんなんじゃ困るんだよぬぁぁぁぁ!これはどちらかというと某氏野郎よりも、ネトスト監視野郎がケチを付けてきそうだけど。
色々と所用を済ませて東京駅の総武地下ホームへ。帰りはおよそ半年ぶりとなるしおさい11号に乗っていこう。

ハロー。このまま四街道まで乗って夜の総武線を撮ってもよかったのかもだけど、疲れていたのでこれに乗って直帰した。編成はNB-15編成。回送の列番を特定したい気がしつつ、別にする必要もないのでどちらでもいい。何はともあれ、休みの日に遊んだ帰りに好きな特急車両に乗ることができるというのは本当にありがたいことだと思う。

19日の記事でも書いた通り半年ぶりぐらいにE257系500代およびしおさい11号のお世話になったが、月曜ということもあり相席は回避、およそ5割の乗車率で千葉まで移動できた。やはりE257系はいつ乗っても楽しいし、そこに好きな理由もあるし、どこかでも書いた通り、半ば久しぶりの4011Mと同系に乗りたくて休みの日に都内に行ったまである。また東京都・神奈川県に遊びに行った際にはお世話になることだろう。その日が今から楽しみだ。

千葉で降りた際に撮った行先表示器。佐倉市民時代ならフル区間で乗り通せたのにな~なんて思う。いや別に佐倉まで乗ってもいいんだけど。今回意外だったのは錦糸町はわかるのだけど、船橋からの乗車も数名見受けられたこと。確実に利用が定着してきているみたいだ。列車廃止の危機とはならずとも、わかしお13号・15号よろしく毎日満席みたいな事態になったら嫌だなあとは思う。
…あとE257系500代も大好きだけど、でも検見川あたりですれ違うE353系を見ると今度はあちらにも乗りたくなってしまうあたり、私は重度のJR東特急オタクである模様だ。いやE353系も乗りたいんですよ。それこそ、千葉行のあずさ50号は新宿以東なら空いているからね。

という訳で19日の記事でも言及したが、今日は4011Mを千葉で降りて見送ることとした。撮り鉄としてはお手軽かつ撮って楽しい被写体、乗り鉄・呑み鉄としてはいい時間にいい車両でいい感じに運行されるいい特急、それが今のしおさい11号。多分。

だが残念なことに、私のE257系愛があるせいで、乗れば乗るほどまた乗りたいという幸せな(?)ループに陥るのも事実。現に今回も都内まで出向いた理由の1つは4011Mに乗りたいからだったし。そう考えると、4011MとE257系のためにまた休みの日のおでかけ予定を組みたくなってしまうのがオタクの悪い癖だ。5月に半端に終わっていた瀬谷の祖父の墓参りも兼ねてまた相鉄を撮るもよし、日の長い時期に湘南を撮るもよし、もちろんまた京急に行くのもいい。そう考えると、まだまだ撮るものも行く場所も沢山あるのは嬉しいことだなあと思う。

そういえば、NB-15のしおさいはこの時にも撮っていた。まさかこの時は下りしおさいが佐倉止とはいえ復活するなんて思ってもみなかった。この時は甲府に住んでいた私だが、既にあずさでいい感じに飲んでいたものの見事にこの車内でも飲んでいた。いずれ数年ぐらいして、この時の写真も書き直して記事にすることができたらと思う。