皆さんこんにちは。どんどんタイムラグが開いていくのがアレですが、休みを利用して京急を撮りに行ってきました。つっても迎え酒して二度寝していたので午後しか動いていないのが何とももったいないですが。何はともあれ、総武線で1本の品川で撮ろう、ということで総武線千葉駅まで歩いた上で一連の行程が始まります。
なお実際に撮った枚数が500枚近いこともあり、京急撮影記詳細編は少なくとも4回に分けることとなりそうです。本記事はダイジェストということで抜粋したものを掲載し、詳細編は後日改めての更新といたします。

千葉15時過ぎの快速で品川を目指す。E235系1000代に統一されてかなりの時間が経つが、これも新たな日常になっていくのだろう(※もうなってるよ)。8分後の成田エクスプレスに+660円(チケットレス特急券の価格)を払ってより快適に移動してもよかったのだろうけれど、品川まで余裕で空いていた上に到着時刻にもそこまで差がある訳でもないので、結果として快速で十分だった。品川では後続の電車が2本連続で11両だったらしくて軽くドン引きしたけど。
という訳でやってきました、大都会東京の品川です。八ツ山橋まで歩いて京急を撮っていきましょう。ここまでしか書かないと「運賃を落とさない撮り鉄ガー」の人たちに叩かれそうで草。この後乗ってるからそんなに興奮しないでくださいよ(笑)

ピックアップするうちの最初のものは新1701編成の特急。同編成を撮るのは初ではないし京成線内の初入線も確か抑えていた気がしつつ、京急線内で特急として撮るのは初だったかもしれない。今年度導入分の1702編成・1703編成は塗装をやめてまた銀千に戻るらしいので、結局この編成は永遠のレアキャラとなりそう。

思いがけず撮ることができた京急ブルースカイトレインの1本、2100形2133編成。この編成は赤い純正の塗装だった頃は最後まで歌っていた編成で、中学生の私が京急さんにお邪魔する度に偶然遭遇できていた思い出の編成でもある。こちらは品川始発快特の送込み回送。

押上行は珍しいと勝手に思っている(それでも定期列車です)ので、よし、じゃあこれもぶちこんでやるぜ!ということで1161編成の特急押上行。一時期は定期で存在しなかったはずなので未だに逝っとけダイヤ感があるが、先述の通り定期列車である。思えば俺が撮りに行くと逝っとけが発動しない説があるので、俺が毎日京急を撮っていれば輸送障害が起きない可能性もあるという説を立証できるかもしれない。※できません。

後述する逝っとけ動画に出演した輝かしい経歴もある1009編成は特急に充当されていた。というか俺が八ツ山橋に来ると新1000形8両の歌っていた5本を大抵の確率で回収できている気がするけど、まあそれはそれでいいのか。

印旛日本医大駅開業25周年を記念したヘッドマークを掲出した9128編成。同編成自体も同じ時期にデビューしたらしい。もうこの記事が出る頃には掲出が終わっている可能性が高いけど。

よく遭遇する印象の1017編成。狙わずしても撮れるので、確率に鑑みるとこの編成が数編成ほど存在する可能性もある。先輩こいつまた来ましたよ。やっぱ数編成いるんですねえ、みたいな。※いません
なお面潰れに関しては完全に想定外で、普通に私のミスである。

京成車の快特の印旛日本医大行というのが新鮮でいいなあと思った。いや定期運用だけどさ。京成の車両は快特の表示が収録されていない(かつてはされていた)ので京急線内快特となる電車でも快速特急となるのが何年も続いているが、多分そこまで問題がなさそう。京成の現快速特急も元々は快特だったんだけどね。

同じく京成3700形の急行。20年前なら特段珍しいものでもないし今でも別に定期列車なのでそこまで珍しいという訳でもないけど、京急線内で成田行というのが日中はなかなか見られないので新鮮かも~と思いながら撮った。京成鉄の端くれとしては、いつかここで新3200形の8両も撮ることができたらと思わないこともない。総数96両の製造予定に関して、3708編成を始めとした3700形初期車の転用を視野に入れた置換えの可能性があるのであれば…という話は多分この記事が永遠に終わらなくなるので、今回は割愛。

久しぶりに見かけた印象の新1000形1800番台。一時期だけ4+4で他社局線にも乗入れていたが、それも来年でもう10年前のことになるという事実を考えるだけでハイ鬱になります~って感じ。巷で言われる変電所キラー説は多分ないので、頑なに乗り入れを避けているのは別の理由ではないかと思う。

およそ1年ぶりに撮った京成車の京急久里浜行。アクセス線車両=現在は3100形の運用なので3100形が来て当たり前という話はさておき、この特急もやはりこの明るい時期でないとなかなか撮ることができないので、年内にあと1回2回ぐらいは京急線内で撮りたいものだ。昔は成田空港始発だったけど、今は泉岳寺始発となっている(空港から西馬込行、折返して泉岳寺行、その折返しがこの特急)。

京成線内は快速となる1682Hは京急ブルースカイトレインの606編成だった。2本しかいないブルスカを3時間弱の滞在で運用も見ずに回収できたのはラッキー池田。正直京成線内では何度も撮っていることもあり、京急線内での写真を増やしたい気もする。逆に現行の京急車8両(2100形は除く)の記録のうち、快速の写真のみを揃えた記事は出してみたい気がする。そういうことをしているからどんどんタイムラグが開いて、7月下旬の記事を10月に出すようなことになる訳だけど。

当ブログでこの編成が出る度にネタとなる「俺のダチの京急社員が来年度で廃車になるって言ってた自慢(in令和5年度2月)」があった1707編成だが、令和7年7月下旬の時点ではこのように元気に活躍してくれている。なにがダチだよ(笑)。
この話、京成・京急等4直を撮っていてご一緒した方に雑談も兼ねてするとウケるから、そういう意味では助かっている。某氏いつまでもそのネタ擦られて困るんだよぬぁぁぁぁ!お前の口の軽さで困っている人もいると思うよ。

品川始発の快特(右)は銀千の4本を3本繋げた12M0Tの最強仕様。動免はないどころか鉄道畑に身を置いたこともない私が何を言うかって話だけど、加減速性能はピカイチだと思うので一度運転してみたい気がする。

夏詣ヘッドマークを掲出した1201編成も来た。3時間弱の撮影でもちっとも退屈しなかったというか、腰を下ろして一休みする間もないぐらいには沢山電車が来たので退屈しなくてよかった。1201編成はまだまだ新車のイメージだけど、実際に竣工したのは私が高校生の頃という事実でハイ鬱になります~!鬱にryの元ネタはKQクオリティとして有名なあの動画。
これだ。運輸指令さんの発言でそのように聞こえるのがあるんだけど、本当はなんて言っていたのだろう。あとやっぱ今でもあなたの車って言い方するのかな。

現存する1500形の中では最後まで未撮影だった1577編成も無事に回収できたほか、新1000形1600番台との離合も回収できた。毎回こうして綺麗に(?)離合してくれると撮り鉄としては助かるんだけど、そう簡単に何事も上手くいくわけないよね。

品川始発快特の送込みで、こちらは先ほどの25Aと同様に12両での運転。文庫で4両切り離すけどね。品川方4両の1437編成は恥ずかしながら初撮影だったので、また1歩新1000形のコンプリートに近づいたのが嬉しい。同形式は未だに製造が続いているので、下手したら新1000形の終売よりも俺が先に死ぬ可能性もあるけど。

品川18時45分発なのでこの時期でないと撮影が厳しいイブニング・ウィングも無論回収。というかむしろこのために居座っていたまである。蒲田・川崎・横浜からの乗車も可能になったのが吉と出るか凶と出るかは私にはわからないが、車内の乗車率はかなりのものだった。一部車両ががら空きだったのは先ほどの3駅からの利用者の枠ということなんだろうか。
もう少し居残りはしていたのだけど、流石に露出もないし厳しいよねってことで退散。流石に京急さんにお金を落とさないのも申し訳ない気がしつつ、別の場所に用もあったので乗っていくこととしよう。
新1000形6両で唯一未撮影だった1655編成の普通車に乗っていくこととした。なお、空席を求めて車両を移動するために次の駅で一度降りたところ、ドアが閉まったので普通車1本分を無駄にすることとなった。地味に10分近くあるというのに、私もなかなかマヌケだと思う。

なので待ち時間で少しだけ撮っていくことにした。1585編成の普通車。1500形がまだまだこうして多数いて平和に京急を撮れる今に、たぶん5年ぐらいしたら感謝するようになる日が来るのだろう。Twitterの公開垢があってないような今、E4系Maxの時のように撮影地のクレクレをしてくるガキや引退前だけ最高キッズからクソみたいなDMが来るリスクがないのは快適。何が「僕も参考にしたいのでよろしくお願いします」だよ(笑)

次の普通車は1537編成だった。鮫洲で通過待ちをしている際に撮影。以前も同じことを書いたので重複して申し訳ないが、同編成は令和元年夏のイコラブちゃん握手会に参戦するにあたって品川→平和島で乗車した思い出もある編成だったので、こうして乗ることができてエモい気持ちになった。

これがその時の写真だ。詳細については来年以降に過去画記事で触れたいと思うが、それよりもこれがもう6年前というのが信じられないというか信じたくない。あの頃に戻ってやり直したいことが多すぎる。

警視庁の覆面パトカーでも見てみたいな~と思って突撃してみたけど不発に終わりました。まあいいか。一応捜査用の車両はいた。

大人しく帰ることにしよう。1593編成の普通車に1駅ながら乗車していた。同編成は元1649編成だったが大人の事情で改番された過去がある。このノリで新1000形にも改番の波が及ぶことは…流石にないか。

平和島から品川は1033編成の特急に乗っていた。そこまで混むこともなく座席と人権を確保できて一安心。このまま都営線・京成線経由で帰るのも悪くはないが、京急を撮りたいのと同じぐらい乗りたい列車があったので、今回は品川からJR線に乗換える。横須賀線・東海道線よりも山手線の方が先に東京駅に到着するとのことで山手線を選んだが、5年ぐらいしてあの混雑路線をワンマン化するのか…と思うと色々と考えさせられるものがあった。

まあ乗りたいのはこれ、しおさい11号である。改正後は初、というか初めて八ツ山橋を訪れた1月上旬以来の半年以上ぶりとなる乗車だった。改正で発車時刻が1分遅くなったようだが、乗車率は令和6年3月の運転開始から着実に定着してきている印象。月曜日のこの日はほぼ半数の席が埋まっていたほか、意外なことに船橋からの利用客も数匹程度見受けられた。

今回充当されたのはNB-15編成だった。異様なほどにハイビームをくらった京葉線撮影記(先月公開)においてフル点灯で撮ることができていた1編成。E257系500代自体がめちゃくちゃ久しぶりの乗車ということで、キモオタの私のテンションは高まりBPMは257までぶちあがった。※流石にそこまでは上がりません

お隣にいる総武地下3番の君津行の発車時刻が改正前と変わった気もしつつ、現行の4011M運行開始からしばらくはあの快速にE217系が充当されていることもあったのにな~なんて思った。なお先月公開の記事において5号車のNB-15ステッカーがなかったようにも思えたが、この時はご覧の通りしっかりと貼られていた。あの時にたまたま写らなかったのか、何かしらの事情で一時的にない状態が続いていたのか…。

実家のような安心感。E257系からしか得られないものはあると思っているので、また都内で遊んだ帰りには是非とも同系列が充当される列車をご指名させていただきたい。4011Mが通勤需要に全振りしている以上は仕方ないが、平日しか運転されないのがもったいない。というか総武線系統だと土休日は20時3分の成田エクスプレス53号が最終というのもちょっとなあ。

いつの間にこの手のシールも追加されていた。座席上方ランプがないのが何ともアレだけど、E657系のようにそこまでする必要がないという判断の上だろうから仕方ないか。ただE259系ですらそれをしなかったのが未だに謎。やはり転用計画が存在していたことの裏付けになるんだろうか。

もちろん現像と飲酒はします。当たり前だよなぁ?もっとも、全ての現像と記事の作成が終わるまでに1週間かかった上にこの写真も半ばパフォーマンスで開いて撮っている訳だけど。市川までは前を走る快速佐倉行に詰まりつつも、その先のストレートは京葉線では堪能できない爆走を楽しむことができるのも同列車の魅力。先日乗ったばかりなのに既にまた乗りたい。

まさか今になって佐倉行特急が復活するとは思わなかった(始発はあったけど)。佐倉市育ちとしてはやはり佐倉市民時代に乗りたかったが、JRの佐倉から実家は歩いたらン時間つまり車移動が必須となるので、酒を飲めないのがアレだけど。
かつて255系で運転されていた銚子行最終の4011Mは東京20時10分発、成田エクスプレス53号のすぐあとなので空いていたのが懐かしい。というか銚子発着あんまりにも冷遇され過ぎじゃないですかね()

それではまた。先日四街道でも撮ったが、今回は久しぶり、それも半年ぶりに乗車することができてよかった。利用が定着しているのはいいことだけど、月曜でも5割の席が埋まっているのを見るとやはり金曜日を中心に需要が高い日の利用は怖い気がする。私がただ単に相席してまで特急に乗るのが嫌だからというのが本音だけど。鉄道会社の終身が云々ってマジレスはいりません。コメント欄に来てくれれば面白いとはいえ。
さて、そんな感じで休みの日の撮影は全て終了した。ダイジェストと書きながら6,000字を超える分量になってしまった以上、京急撮影詳細編がえげつない分量になるとは思うが、そちらもお楽しみいただける記事になるように書いていくので是非楽しみにお待ちいただけたら幸いだ。