令和7年4月からは新京成電鉄が京成電鉄に吸収合併されて、京成電鉄の京成松戸線となりました。また新京成だった車両は順次塗装を京成仕様に変更されることも決定しています。
そこで今回は新京成としての塗装だった各編成の写真を振返り、新京成ブランドを自分なりに記録として後世に遺しておこうという企画です。いや企画って程でもないか。
という訳で早速振返ってまいりましょう。なおこの記事の骨格というか8割は3月に書いていたのですが、結局80046編成と80056編成が間に合わず、記事投稿予定にも鑑みて10月の投稿となりました。なんですかそれ。次の瞬間ボーン!(新幹線大爆破オマージュ)
8000形
8512編成

8000形は個人的にかなり遭遇していたイメージがあるので、なんかもういないというのが信じられない。タヌキなんて愛称も懐かしいな。後述の8518編成に関してはパンダ説もあったけど、それに関しては8518編成のところで述べることとしたい。なお、京成松戸線になる前にとっくに引退しているので、今回の記事で扱うのが適切かどうかは不明である。
8514編成

8514編成、こちらは高校生の時に部活を終えて北習志野経由で帰りつつ、せっかくだからと撮っていたものと思われる。東葉高速沿線の高校に通っていた佐倉市民の私がわざわざ北習志野に抜けて京成津田沼経由で帰っていた理由に関しては千葉線沿線にいらっしゃる部活の先輩と一緒に帰りたかったからだろう。その先輩あっての私だと思っているぐらいには先輩リスペクト小僧だし今もお世話になっているので、いい思い出だ。そんな思い出の一コマには新京成があったのも事実。
8518編成

8518編成の松戸行。千葉ロッテマリーンズのヘッドマークを付けていた。この記事における写真は基本的に高校生の時(8~10年前)のものが大半となるが、自分で言うなって話ではあるが当時の私がこうしてエキセンとはいえ撮っていてくれたことに関しては感謝しかない。その調子で勉強も頑張って志望校を母校にできていたらいいのにね(笑)

私が高3だった平成29年4月には8518編成がタヌキと呼ぶべきかパンダと呼ぶべきかわからない様子になっていたが、結果として8000形で唯一(ゆいいつ)ジェントルピンクを纏った編成だった。
こちらは私が部活の引退を控えた高3の春に天台での大会に向かう時に撮っていたものだ。ぶ、ぶちょ~!大会に行くときに電車撮っててベストなんて出せる訳ないですよ~(CV:両津勘吉)!逆に撮らなくてベスト出せるならそれほど安いものもないというね。ちなみに私は高校の時に陸上部だったのだけど、消去法とはいえ主将を任せていただくことができたのはとても光栄だった。過去の栄光なのでいつまでもリア垢のbioに書くことはしないが(笑)
これにて8000形は終了。引退がコロナ禍ということもありこれといった最後の花道もなかったが、私はその頃に千葉県を離れていたこともあってか未だに実感がないというのが事実だ。もし8000形がまだいた場合は赤青のリアル京成パンダなんてのも爆誕していたのだろうか。
8000形も好きだったけど、ドア周りにつり革がなくてラッシュ時に来てかつ車内中ほどまで進めない時は罰ゲームみたいなものだったのも懐かしいな。無論ドア周りのつり革があった方がいいのだろうとは思いつつ、名古屋市営地下鉄各線区のようにドア周りに客が固まるような路線ではあの方がいいのかななんて思わないこともない(笑)
8800形
続いて8800形に入っていこう。私が知っている新京成においては最大勢力だったのが8800形だった。私が小学生の頃に組換えをやっているらしいが流石にそこまでは追いきれないので、あくまでも平成後期~令和の記録ということでお読み進めいただけたらと思う。ガキがいっちょ前に~なんて言われるのだろうけれど、逆にあの頃に小学生が一眼持って写真撮りに来てブログやってたらそれはそれでアレでしょ。今は知らんけど。
8801編成

8800形各編成の車歴まではわからないが、とりあえず数字上はトップナンバーの8801編成。トプナンの呪いってタグ見る度に耳元でマジックテープをベリベリされているような感覚になってウワーってなる。某氏とかダチとか言ってるみたいなのと同じ臭い(笑)。この8801編成は8800形で最初に廃車になった編成で、令和4年に80000形80036編成が導入された際に玉突きで廃車になった。8800形が廃車ってのが8000形も見てきた私としては未だに信じられない。
8802編成
8802編成の各駅停車松戸行。こちらは執筆日の時点ではまだ現役の編成。こんな写真しかなくて申し訳ない。そりゃTwitterで新京成を擁護するツイートをしても叩かれる訳だ(笑)。まあまたリベンジします。新京成車を撮ろうキャンペーンつって(笑)。しかしまあ10年半前に初めて見たジェントルピンクがまさか見られなくなる日が来るとはねえ。あれは当時から上っ面の付き合いだったフライングヒルという中学の同期に嫌々ながら行く気もない高校の文化祭に付き合わされた時だったなあ。※フライングヒルは既にお亡くなりになっています
8803編成
8803編成の各駅停車。これまた微妙な写真を…。この編成は確か平成28年ぐらいだったか、私が高校生の頃に8800形として最初の機器更新を行った編成だったと記憶している。まあ初めて乗ったのって大学生になった令和元年だったけどね。この編成を皮切りに一部の8800形に機器更新等が施工されていくようになった。一部機器更新を行わないまま廃車になった編成もあるが、京成3700形にも同じような動きが波及していくかどうかに関しては現時点では不明。松戸線が絡む可能性もあるし。
8804編成
8804編成は現時点では写真がありません!これはいけない。こりゃ俺が公開垢(@higanari_6618)で新京成に言及すると鍵RTが来るわけだ(笑)。ウケる(笑)。どうせリアルじゃ何も言えない陰キャの童貞がやってるんだろうから別にいいけれど。

って思ってたけどあーりまーしたー!ヤハッ(笑)。でもこんな写真だもんね(笑)。新京成に言及すると私に素性も明かさずクレームの一つも言えない陰キャの童貞がまたヒス起こしそうで面白い。まあ俺も陰キャだけどさ。ハハッ(笑)。何はともあれこうして何気ない写真を撮っておくことの大切さと時間の大切さを実感した。最後のはダジャレです。寒いなあ。
8805編成

8805編成の京成津田沼行。先の8804編成は80046編成、この8805編成は80056編成によってそれぞれ置換えられている。8800形にも京成直通非対応車はいたが、現時点では京成3100形と共同開発となった80000形が京成線内では営業運転を行っていないのがちょっと気になるところではある。これも北習志野での撮影、8514編成の時と同じ理由で撮っていたのではないかと思われる。当時は何気ない記録になると思って撮っていたのだろうが、まさか10年近く経ってこうして再利用できるなんて思ってもみなかったよね(笑)。新京成に限っては北習志野~京成津田沼、新京成車も併せれば千葉線でもよくお世話になったものだった。その程度だろうと言われたらもう泣きじゃくりながらぶるぶる震えてごめんなさいする私だが、しかし旧塗装が消滅してから慣れ親しんできたジェントルピンクさえもなくなるとはいささか残念だ。
8806編成

これまた北習志野での撮影。あんたちゃんと撮ってないのバレバレだよ(笑)。だから新京成について言及すると叩かれるんだね。神経性な新京成。お前もう口閉じろ(笑)。お口チャーック。懐かしいなこの塗装。この茶帯1本のは京成直通非対応の塗装というか、京成直通対応の場合は千葉線直通塗装として若干異なる塗装に変更されていた。なお8806編成は執筆日まで千葉線直通に対応していないので、新3200形で置換えられる可能性が高い。それが直接か玉突きかは不明だが。

新塗装になった8806編成。まあもう少し頑張って撮りましょうねって感じだ。いや本当に(笑)。一応この編成は方向幕がLEDに換装されているので、撮っていないよりは…と思いつつ、高校を卒業してから大学生・大学院生の時は千葉県を離れていたのでなかなか撮れないままだったのが残念。
8807編成

8807編成の松戸行。これも高校生の時に撮っていたのだろう。勉強しろ勉強(笑)。とはいえFランに等しいクソ国公立なんかしか行けなかった以上は撮っておいてよかったのだろう。この8807編成も京成直通非対応、確かに言われてみれば千葉線に来ているのは見たことがないかもしれない。確か無線だか保安装置だかの関係でダメなんだっけか。あと非対応車には急行灯が追加されていないというのも見分けポイント。

と思ったら、京成直通に対応していた上に京成カラー第1本目となっていました。わーお。今後ともよろしく。
8808編成

かろうじて中学生かその辺の頃に撮っていた8808編成の旧塗装。俺の神経性を疑う。そのつまらんギャグをまだ言っている神経性も。このギャグもう無限ループしそうだからやめよう。8800形のうち千葉線直通対応の車両は当初この塗装となっていた。

新津田沼で撮った8808編成。高校生の時の撮影だけど、既に新塗装になっていたみたい。私が中3の頃にジェントルピンクが出始めて、高校生の頃がちょうど過渡期だったんだなとふと思った。今更(笑)。高校生の頃は高校の行き帰りで京成、時々東葉高速を撮っていたが、新京成に関しては時折北習志野経由で帰る際などに北習志野・新津田沼・京成津田沼で撮った程度だったのが悔やまれる。もっと撮っておけよ。

影が酷いのが残念だけど、8808編成は晴れて千葉線直通塗装の復刻対象となりました。わーい。まあこれ京成松戸線になってから撮った直近の写真だからアレだけど。
8809編成

ケツうちなあたり本当にお前なめてんじゃねーぞ(笑)。(自動)なめてんのか?ヒエッ!そ、ssそsそんなつもりはございませんッ。仮定の質問にはお答えしかねるというのが日本の国会での定番の答弁であります。8809編成も7月の執筆日の時点では京成直通非対応となっているものの、くぬぎ山に入場している以上は出てくるときの姿が気になる。当初の計画になかったと思われるリニューアル・機器更新対象となるのか、京成直通に対応の上で塗装も変わるのか、はたまたそうも行かないのか。
8810編成
8810編成の普通千葉中央行。なんかやけに遭遇する編成。だったんだけど、ここ最近はあんまり遭遇しないかもしれない。いやそうでもない。どうでもいい(笑)。8810編成は中間車から先頭車化改造された1本だったと記憶している。
8811編成
8811編成の各駅停車松戸行。新京成線内で撮ってないのに何偉そうなツラしてんだムキー!偉そうなツラなんてしてませんよ。まあでも私、去年顔の事バカにされましたけどね。指名手配犯に似てるって。普通にもう侮辱なんだよな、俺ソイツの特徴的な見た目をバカにしたことなんてなかったのに。一滴残らず地球上から干されて消えろ。※お亡くなりになっています。新京成のラストは見届けられなかったか…脳内BGMは蛍の光だね。窓の雪ィィィィ!
最近撮った時は方向幕がLEDに更新されていたが、昨年撮った時はまだ方向幕だったんだね。
8812編成

高校の時に天台での大会の帰りに撮ったと思われる8812編成。あそこはうすいからだと間違いなく車で行く場所であって、電車とバスまたはモノレールで行く場所ではない。というのはさておき、お世話になっていたワーゲンのディーラーさんが近くにあったので、時折言及している、長らく我が家のファミリーカーとして活躍してくれた1Tトゥーランの試乗でここの駐車場を訪れたことがあったのが懐かしい。新京成の記事なんだから新京成の話をしろよな。神経質になったアンチがまたヒス起こすだろ。
という訳で話を新京成に戻す。北習志野→新津田沼または京成津田沼でばかりお世話になっていたとどこかで書いたが、それ以上に千葉線を使う時はどういう訳か新京成車が8割だった。日中の場合は千葉線の電車の半分が新京成の電車なので、まあそういうこともあるか。千葉線においては特に8000形が多かった。多分。なお8812編成は最後まで千葉線直通塗装で残っていた編成でもある。
8813編成
8813編成の各駅停車松戸行。コチュラはリバイバル塗装でこの色に塗り替えられた姿。影が悲惨だがとりあえず、と思って自宅最寄りの撮影地で撮った。京成松戸線になってからも撮っているので特にコメントはないが、8800形登場時の塗装をリバイバルしているのがこの編成。8800形だけでも2本リバイバルがいることに鑑みると、尚更後述の8900形でリバイバル塗装をしなかった理由がわからない。
8814編成
新塗装だけど旧塗装だった時の写真。千葉線はエキセンだとあんまり撮りやすい駅がない印象。10分に1本でもどこぞのCrane dance line(仮称)とName castle line(仮称)に比べると利用する分には特段これと言って不便さを感じないが、いざ撮るとなるとやはりこうどうしてもコマ単価が高くなるというか…ね。もっとも日中の千葉線は10分間隔で妥当だけど。
8815編成

8814編成の松戸行。こうしてみると8800形って多いんだなあと思う。少なくとも私が高校生だった時がいちばん新京成を撮っていた時期だったのだけど、8800形が一番よく当たっていたような、でも8000形も負けていなかったような、なんかそんな気がする。はっきりせい。どんな神経性してんだか。だからそのほんとにしょーもないギャグやめてくれ。1年後に見た時に悲しい気持ちになるぞ。まあ新京成に言及した時にネッチョリと粘着してくる気持ち悪い自治鉄(笑)に刺されてたらそもそも1年後に死んでいる可能性もある訳だけどね。そんな度胸ないか、そんな奴らに(笑)。
8815編成

何だかんだこの記事の大半を飾ってもらった8800形もあと2編成で終わりです。8815編成は比較的最後まで旧塗装で残っていたような記憶が今になって蘇ってきた。記憶のどこかで眠ってたあなたへの気持ち思い出す~♪(元ネタ:記憶のどこかで/=LOVE)。この写真を撮った頃はまだイコラブちゃんが結成されていなかったし、イコラブちゃんに出逢えて幸せになれるなんて思ってもみなかった。

新京成に話を戻すと、この編成も数年前まで京成直通非対応だった。元京成車の運用を現京成車6両と共通化するのは津田沼の配線だけを見ればうまく千葉線直通を使ってできないこともないはずだけど、上野のホーム柵と日暮里・2ビルのホームドアに鑑みると、そこには疑問が残る。どうなるんだろうね。生憎私には内部情報を教えてくれる「俺のダチ(何がダチだよ笑)」がいないので一切知る由もない。
8816編成

最後に8816編成。いや8800形として最後ってだけだけど。これ確か模試の帰りに撮ったんじゃなかったっけか。違ったらスマン。高2の時の模試の帰りだと仮定して、こいつは随分と入試をなめているものだ。もしもし?模試の帰りも勉強してください。あダジャレです今の。
結果として山梨に進学したからこそ撮れたものもあるとはいえ、都内の志望校に進学していたらもう少し新京成を撮ることもできていたのかもしれないが、別に今更そんなこと悔いても1円にもならないのでもうどうでもいい。私より若い皆さんが同じ失敗をしないでくれたらいいなと思う。
8816編成に話を戻そう。どうしても高校生の時に撮った写真だと思い出も併せて書きたくなってしまうのは私の悪い癖だ。こちらはそれから数年して再び千葉県人になった私が現在の家から歩いてn分の場所で撮った写真。少し見ないうちにライトと幕が変わっていた。そういえば8816編成はジェントルピンク第1号だったね。どこかでも書いたかそれ。
8900形
8918編成

ここからは8900形の話に入っていこう。私の中では未だに三菱のGTOなイメージってのは、まあなくはないけどそういうこと書くとまた古参アピだ外様だ言われるので書かないでおこう。もう書いてんじゃねえか(笑)。
執筆日の時点でも、非ジェントルピンク時代を知る現新京成車で唯一(ゆいいつ)復刻塗装がなされていないのがこの8900形であり、8900形の登場時の塗装は赤と青を基調としたものだった。京成塗装がああいう塗装になるのか、はたまた早期の廃車を見込んでいるから何もしないのか…。
8928編成
8928編成、適当に探したらこんな写真しかねえのか(笑)。こりゃ新京成という漢字三文字を公開垢で呟いただけで鍵RT(笑)が来るわけだ。やってもうた。歴史に残る記録を作ってしまった。

京成の車両になってからの1枚。これは仙石線205系M3編成のオマージュではなく、京葉ガスさんの広告を掲載しているためのもの。これは正直あり。
8938編成

8938編成は唯一2代目の塗装で撮っていたことがあった。白菜かけますね~。伯方の塩みたいなこの塗装がまた見られることを切に願っている。もっとも、当時と今とでの差異も多々あるのは承知の上だ。
N800形
N818編成

N818編成のくぬぎ山行。何を隠そう模試の帰りに撮ってました。高2の2月とはいえ、もうこいつ受験する資格ねえだろ(笑)。この前の月にセンター時差受験で数Ⅱで2点(200点満点、1問2点)で文転を決意したことなんて忘れてそう。
とはいえN818編成のこの塗装に関しては引退前のリバイバルの可能性を除くと二度と見られないと思うし、仮にリバイバル塗装をやったとして3色LEDは絶対に復元される訳もなければ、仮に復元されても日中に撮ろうとした日にはもう悲惨なんで、まあこういう写真を撮っておいてよかったのだろう。こんなんだから高3のセンターで現文5点なんだべや(笑)。某氏そんなんじゃ困るんだよぬぁあああ!!!!
こんなのも撮ってたね。新京成も変わっていく。10年前はジェントルピンク化が新京成線内の平均速度ぐらいのスピードで進んでいたが、その頃の10年後、つまり今こうしてそのジェントルピンクすら見られなくなろうとしているのが何ともね。更に10年後、京成のコーポレートカラーすら変わっていたらもう泣くしかない。それはないと思う。

なお、同編成はN800形としては初の京成カラーとなった。遠目に見ればどうみても京成3000形です、本当にありがとうございました。とはいえ差異は乗っても撮っても多々あると思っているので、これはこれでいいだろう。正直あり。
N828編成
N828編成の各駅停車千葉中央行。この編成はなんかジェントルピンク塗装での写真が多い気がする。なんでだろ~なんでだろ~なんでだなんでだろ~。僕が新京成に言及すると噛みつかれるのなんでだなんでだろ~。もうそっとしておいてやれよ(笑)。どうせリアルじゃ何も言ってこられない可哀想な人間なんだから。
N800形2番目の車両であるN828編成。一応記事を書いている7月下旬の時点ではこのジェントルピンク塗装で残っているほか、竣工時から車内ドア上のLED案内表示器もそのまま残っているので、なんか当たると嬉しいかもしれない。
N838編成

続いてはN838編成。こいつはまあもう腐れ縁。写真の現存枚数はさておき、少なくとも遭遇回数では第1位。先輩、こいつまた来ましたよ。やっぱ数編成いるんですねえ。※いません
なおこの写真に関しては、多分ジェントルピンクになってすぐの撮影。大会帰りに何してるんだよって話だけど、撮っておいたことに意味はあると思う。その足で沿線にも行って枚数を増やしてほしかった。
これはいつ撮ったんだっけか。たぶん大学院生か大学生かその時の撮影だろう。3色LEDに駅名ナンバリングというのももしかしたら貴重なのかもしれないし、平成30年春を以て一旦千葉を離れていた私が知らないだけで大して貴重ではないのかもしれない。重ね重ね、こんな何気ない記録が貴重になるなんて思いもしなかったのが当時の私だ。
なーんて言ってたらN838編成は懐かしい塗装になりました(笑)。これももう少しちゃんと撮らないとね。ナ~ポリタン、懐かしい響き~。懐かしい塗装であることは事実だが、しかしあの頃とはヘッドライトにLED方向幕に違う点も多いので、これはこれでまた懐かしくも新鮮な素晴らしい姿だと思っている。むしろ撮りやすさに鑑みたら全部これでいいn
ハイ、イラッシャイ。違う。はあい☆ちゃんと撮ってもらっていいですかね。こりゃ将来が心配だ。某氏そんなんじゃ困るんだよぬぁあああ!!!!俺もまあ困ってない訳ではない。多分まあこのブログのどっかしらにN838のこの初代旧塗装(初代旧塗装??)が転がっているとは思うしこれから先の公開で予約投稿しているかもしれないので、是非ともそちらを楽しみにお待ちいただけたらと思う。

なお、京成車になってからはSHIN-KEISEIロゴを消したままでマルーンの初代塗装を維持している。いつまで続くのだろうか。やはりご縁のある編成ということで、せっかくリバイバル対象になったのだから、可能な限りは末永くこの塗装でいてほしい。まあ、引退に際してまたリバイバルしてくれる気もするけれど。
N848編成

この編成からは新製時からこの塗装だったので、旧塗装という概念はない。一応旧塗装がまだいた頃(平成27年末)に竣工したのがこのN848編成。私が高校1年生の時で、確かクリスマスあたりに撮りに行ったのは覚えている。写真もうないけど。クリスマスに電車撮るってお前(笑)。いやクリスマスはクラス皆でカラオケだったっけ?9年以上経つが、こうして記憶が曖昧になっていくんだなと実感した。記憶ってこうして消えていくものの、しかし何かがトリガーになって思い出すこともある。自分の記事は自分自身の備忘録も兼ねて書いているのはそのためでもある。

ここ最近の記事でも取り上げた写真なので重複して申し訳ないんだけど、実は新車だった頃に撮りに行っていた。あれももう10年ぐらい前と思うと何とも言えない。
N858編成

N800形最終増備車であるN858編成。私が一旦非千葉県民になってからの竣工ということで、なかなか撮影する機会がなかったのが悔やまれる。未だに新車のイメージしかない。もっといえばN848で頭が抑止されているので、今でも見る度に新鮮な気持ちになる。そんなんじゃまた叩かれるか(笑)。好きにすればいいじゃん。

なおN858編成は今年3月に京成トラベルさん主催で開催された宗吾基地での撮影会において、新京成車として同基地にわざわざ回送された上で展示されていた編成でもある。改めて関係各社の皆さんのご尽力に感謝申し上げます。すんげえ量の花粉が飛んでいた。

N858編成としてという訳ではないが、新京成の車両としては最後の晴れ舞台だったのかもしれない。ここに立ち会えたのは運がよかっただけに過ぎないけれど、それでも撮ることができてよかった。
80000形
最後に80000形。令和元年に3100形と共通設計ながらも数多くの差異を以て増備された形式だ。そして新京成として製造された最後の形式ともなった。
80016編成

津田沼で撮った80016編成。まさに、まさにですね、80000形として最初の編成である訳であります。高校を出て大学生になって以降、なかなか新京成線内で撮っていないのがバレバレである。某氏そんなんじゃ困るんだよぬぁあああ!!!!俺も正直困ってる。暇な学生時代に、何なら昨年心の全損事故を起こして千葉に帰ってきてからの間に新京成も行くべきだったのではないだろうか。こんなんでは本当に将来が心配になる。
80026編成

こちらは令和4年秋に撮影した80026編成。80000形が増備されていた時の大半の時間は非千葉県民だったので(心は千葉県人だけど)なかなか新京成を撮ることもなく、ロクな写真がないのが癪に障る。
ちなみにこの80026編成が営業開始したのは令和3年秋なので、この時点で1年目だった。個人的な私生活に関して触れると、営業開始時の頃の私に「おまえ来月彼女と別れるよ」って伝えたらどんな顔するのかが気になる(笑)。彼女がいたなんて書いたら俺が新京成に言及したら顔がジェントルピンクを通り越して中国の国旗みたいに真っ赤になる可哀想な奴らには刺激が強すぎるか。

そんな80026編成は京成カラーの1発目となった。既に記事にしているので敢えて合成で急行灯を点けた写真でも載せておこうと思う。急行灯に関しては新京成線・現松戸線で使用することはないものの、京成の急行灯に関してキッズが点いていないとヒスを起こしたりそれに対して自称撮り鉄の自称中の人がお気持ち表明をしたり、こいつら暇すぎなんじゃねーのってのもいるので、なんか面倒だなあと対岸から他人事のように眺めている。
80036編成

新津田沼で撮った80036編成。普通に顔面がいいので構わないが、しかしこの顔で急行灯が点灯したらもうイェッタイガーのファイボワイパーだろう。いずれ見られるかもしれないが、見られなくてもそれはそれでって感じ。でも多分その前に塗装が変わっている気はするんだけどね。80000形の納車の回送は一切撮ることができなかったので、どっかのキョロ充にはまたバカにされそう。もう縁切っちゃったからできないだろうけど。いつになったら学生の俺の家にタダで居候して家賃水道光熱費を踏み倒した金が帰ってくるんだろう(笑)
80046編成

恥ずかしながら京成松戸線になってから撮った写真だが、令和5年10月竣工の80046編成。その頃は千葉県に住んでいなかったとはいえ、帰省に際して撮っておけばよかったのになあと思ってしまう。後の祭りだけど。

編集で急行灯を点けてみました。この顔だとやっぱり急行灯が点いた方がかっこいいけれど、急行灯論争でヒートアップして顔が新京成のジェントルピンクと京成のヒューマンレッドを通り越して真っ赤になるような自称中の人およびその取巻きと急行灯点けろとキレる連中の喧嘩はどうでもいい。でも、80000形の急行灯が点いたらかっこいいんだろうなあとは思う。
※無線か何かを新京成モードにするとスイッチを入れても急行灯が点かないと聞いたことがあります。なので松戸線内での点灯は多分物理的に無理。車両基地内は別として。
80056編成

80000形としても新京成車としても最後に竣工したのがこの80056編成。令和6年竣工なので新京成時代に撮っておけと言いたいが、もう以下略。一時期は休車扱いになっていたようだけど、7月下旬にはなんか運用に就いていた。松戸線特有の朝ラッシュ限定運用ばかりかと思えば終日運用にも就いていたので、結局なんだったのか謎。何はともあれ、これを以て新京成としてのここ数年の車両はこれでコンプリート。

って思ったけど、一応津田沼では撮ってたらしい。やったあ、新京成時代の写真だあ。もうこれで俺にネットリ粘着する自称自治も納得してくれそうだ。※しません
今年度以降の新車が果たして新3200形直接投入になるのか京成の車両の転属となるのかは不明だが、オリジナリティあふれる車両(N800形以降は共通設計だけど)が来ないのは少々残念な一方で、松戸線は今がアツいのも事実。日頃の記録の大切さは実感しているので、また機会を見てきっちりと記録を進めていきたいと思う。












