ひがなり雑記帳

自称青森県産千葉県人。京成とJR東日本が主食の撮り鉄・乗り鉄・呑み鉄のブログです。イコラブの推しも好きです。

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真夏の京成松戸線撮影記(後編)と、平成28年9月の新京成線撮影記。8800形・8900形・N800形・8000形(過去画のみ)。

皆さんこんにちは。一昨日から3日連続でお送りしてきた松戸線撮影記も最終回です。本当は2回に分けるつもりだったのが、昨日の記事でも書いた通り急遽過去画もぶち込んでやるぜ!することになった影響で3回となってしまいました。

今回は松戸線撮影記後編として8800形リバイバル塗装と京成塗装、8900形、N800形の撮影と9年前の新京成撮影記としてN838編成ジェントルピンク、8000形ヘッドマーク、8808編成のジェントルピンク塗装と新津田沼にあった弥生軒さんの唐揚げそばなんかも併せてお届けいたします。なお、後編では京成塗装第1号となった8807編成の登場時の塗装もぶち込んでみました。本日もよろしくお願いいたします。

 

111レ 普通京成津田沼 8813編成

後編一発目は8813編成の京成津田沼行で、登場時の塗装にリバイバルされている。この塗装が令和の今に蘇るとは思いもしなかった。同編成もいずれは京成カラーになるはずなので、4月以降京成ROMとなった姿もしっかりと記録していきたいと思う。

 

差分

しかしまあ千葉線直通対応車に非対応車のリバイバルか~と思ってしまうが、そこが逆にいいのではないかなあと思わないこともない。だってこの塗装が当たり前だった頃は絶対に見られない組合せだったんだもの。願わくは千葉中央行だったら面白かったけど、それでも急行灯のある編成にこの塗装なんだから、リバイバルだからこそ見ることができたとむしろ前向きかつウェルカムに捉えている。

 

116レ 普通松戸 8928編成

8813編成と離合する形で8928編成も戻ってきた。なんか左側が怪しいけど。またKTKGN先輩や頼んでもいないのに写真の講評をしてくるクソキョロ充に叩かれてしまいそうだ。あと俺が新京成に言及するとネットリと粘着してくる童貞キッズにも。

それはさておき、この編成を撮るのもこの日で3回目。案外松戸線の電車ってこの時間帯なら2時間もいればコンプリートできてしまうことを改めて実感したというのはさておき、曲がりになりも8813編成と離合したと考えていいのだろうか。

 

113レ 普通京成津田沼 8808編成

続いては千葉線直通塗装にリバイバルされた8808編成。運用の都合で仕方がないとはいえ、この日は松戸線内の運用に就いていたけどね。慣れ親しんだ千葉線直通塗装を当時とはまた違う姿で撮ることができるのは正直めちゃくちゃ美味しい。それこそ、あの頃(高校生だった時)は飲めなかったアルコール片手持って撮っているんだから、なおさらエモい。

 

差分

アルコールと書いた通り、電車移動かつもうこれ以上運転の予定はないので酒を飲みながら撮ってました。あれ、なんだっけ、ふと思い出したけど撮り鉄を叩けば数字になると思っているバカなメディアや外野に加えて一部の電車博士までもが「撮り鉄は会社に金を落としません!」なんて抜かしているらしい。クソみたいな撮り鉄がいるのは事実で、私もそうならないよう法律は守っているが、外野は黙ってろと思わないこともない。とはいえ外野に首を突っ込ませているのもまた撮り鉄。何だこの負のループは。

 

118レ 普通松戸 N848編成

こちらも本日3回目となるN848編成。そろそろ帰りたいところだが、8807編成が帰ってくるのでそれだけ撮って帰ることとしたい。

なお今回の一連の撮影においては1本だけ消灯状態で来た電車があった(少なくともこの118レを含めたN848ではない)。切り位置で明らかにこちらを意識してそのようなことをしてくれるとこちらも死ぬ気で連写して記事にして敢えてそのまま公開できるんだけど、そもそもの無灯火だとうっかりなのか確信犯なのかの判別をしかねるので、推定無罪の法則で見なかったことにすることとした。

 

令和6年6月2日のこれがいい例

消灯ではなく明らかにこちらを意識してのハイビームだが、何はともあれこちらへの熱いラブコールに関しては私も記事で取扱うという形を以て全力で応えたい。据え膳食わぬは男の恥っていうでしょう?あの諺も今じゃフェミの逆鱗に触れそう、というのはさておき、昨年今年のハイビーム・消灯等の写真をまとめた記事を書いたら面白そう(笑)。大丈夫だって、俺のブログなんて鉄道会社の社員がチェックしている訳もないんだから。そんな暇な会社がある訳もない。

 

閑話休題

120レ 普通松戸 8938編成

先ほども撮った8938編成が折返して戻ってきた。8900形をちゃんと撮ったのって今回の前だといつになるんだろう。そういう意味でも反省いたします。ほんと。某氏そんなんじゃ困るんだよぬぁぁぁぁ!(ネットリ)とお気持ち表明する度胸すらなく私にネットリと粘着しているキッズが喜ぶかヒスを起こすかしそうで草。あと撮り鉄ってだけで否定してくるのも。お前らもう少しジェントルな生き方を覚えろよ…(イケボ)。※当ブログ管理人はイケボではないです

 

115レ 普通京成津田沼 8807編成

これ以上居座って同じ編成の露出がないだけの写真を量産するのはアレなので、最後に撮りたかった8807編成まで撮って撤退。時刻にして18時半前、この時期だからできることなんだろう。

 

差分1

いずれ8800形残留組も全てこの塗装になることが見込まれるし、5年もすればレアでも何でもないんだろうけれど、それでもこの塗装は見れば見るほど思いの外いい。本当に撮るべきは何かって突っ込まれそうだけど、敢えて言おう。各々が撮りたいものを撮ればいいんだよ(イケボ)。いやイケボになってないから。

 

差分2

引きでもう1枚。見れば見るほどこの塗装も似合っているように感じる。やっぱり普通にアリかもな、この塗装。これから8800形のこの塗装が増えない訳がないので、それはそれで楽しみにしている。松戸線・千葉線以外でも撮れる日が来たらいいなあと思うが、流石に無理かなあ。

 

この後は特に撮るものもなくそのまま直帰、いや津田沼のイオンには寄り道したけど。家に帰って酒飲んで記事書いて寝よう。ただ内容が薄くなりそうなので、過去画のうち焼直しから漏れていたものをついでにいい機会だからぶちこんでやるぜ!

ここからは平成28年

津田沼に以前から言及してきた弥生軒さんがあった時の撮影。本店とはまた違う味付けで美味しかったな~。なくなってしまったのが残念極まりない。

確かこの日は天台で大会があった帰り(当時高校2年生)の時だった気がする。新人戦だったっけ?もう覚えてないや。ぶ、ぶちょー!大会帰りに買い食いと撮り鉄なんてしてどうするんですかー!(CV:両津勘吉巡査長)※こんなんですがこれでも陸上部主将でした。いつまでもその肩書きに固執するバカにならなくてよかったー。

 

松戸行 8808編成

今では大絶賛千葉線直通塗装復刻中の8808編成に乗っていたのだろう。というかさっき記事にしたばっかりだった(笑)。結局その次の前原で降りているのでアレだけど。

津田沼はJRの津田沼と歩いて乗換えができるので、新津田沼から乗ってくる客は多い印象。私は正直新津田沼・JR津田沼から京成の津田沼は歩くことに慣れているので、あれぐらいなら歩いてしまうけど。

 

旧塗装時代

いつ撮ったのか知らないけど、旧塗装時代の写真もあった。これはいつの写真だ…?と思って撮影日時を確認したら平成27年3月8日、確か3300形のスタンプラリーで奔走していた中3末期のことだった。

思い出した、クソ中学の卒業まであと数日でwktkしていたのを覚えている。卒業式では思わず泣いたよ。やっと釈放されるって。なお、中学の同期は全員がお亡くなりになりました。全員ここで死ぬんだよ~!映画「中学校大爆破」を作りたい。生徒の偏差値が40を下回ると爆発する爆弾が各教室にしかけられていたというシナリオ。いや、あの中学校の平均偏差値は35だったから出オチじゃねえか(笑)。1分で終わる(笑)。俺に喧嘩売ってきたフィリピンかどこかのハーフが「お前には負けない!」ってテスト前に宣戦布告してきて全科目で俺に負けていたのは死ぬほど笑った。

 

松戸行 8807編成

そんなクソ中学時代とは異なり充実した高校生活を送っていた高2の私が撮った8807編成。急行灯・運番表示器がなく登場時のあの塗装なので当時は京成直通に対応していないかったのがわかる、というか言われてみればそうだった。そうだわ。そうだった。9年でこんなに色々と変わるんだな。先ほど京成塗装で撮った車両なだけに新鮮かつ懐かしい。

 

松戸行 8518編成

続いて当時置換え対象ながらも残っていた8000形の1本、8518編成。2016年マリーンズ号のヘッドマークを掲出していた。この頃はそういえばまだ私が=LOVEに出会う前だったと思うとそんなに前なんだな~と思ってしまう(=LOVE結成は翌年の平成29・2017年)。私はイコラブを基準に生きてるみたいだけど、電車関係ないんだよなぁ…。

当時、新京成電鉄では順次ジェントルピンクへの塗り替えが進められていた。この8000形は先述の通りN800形・後年登場する80000形で置換えられるものの、翌年にこの8518編成は8000形で唯一となるジェントルピンク塗装になる。

 

平成29年撮影

それがこちら。8000形はタヌキという愛称もあったかと記憶しているが、これはタヌキと呼ぶべきかパンダと呼ぶべきか迷っていたこともあった。この時の写真は多分11月ぐらいに公開するであろう過去画記事にぶち込んでいるはずだけど、天台での大会に行く時の写真だったと記憶している。思えば佐倉市民時代の私が千葉線を使うと高確率で新京成の車両、うち4割が8000形、4割がN838編成だった気がしなくもない。その節はお世話になりました。

 

松戸行 N838編成

して、この時のお目当ては以前も書いた通りN838編成だった。重要部検査を終えてピカピカなのに面縦って何考えてるんですかね(憤死)。結果としてN838編成のジェントルピンク塗装って実はあんまりないので、撮っておいただけよかったとは思うんだけどね。だって俺が千葉県民としてカムバックいたしてすぐに復刻塗装になったんだもの。

このN838編成に乗ってそのまま撤退、北習志野経由で帰った可能性が高い。もうそこまでしっかりと覚えていないし、当時のTwitterアカウントも残っていないけど。そう考えるとこのブログが転生せずに10年近く続いているのはありがたいことかも。

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