皆さんこんにちは。4月下旬から順次公開している当シリーズ・過去画高校生編ですが、完全にやる気のないスマホ版を公開するかどうか迷いつつ今は見られない写真ばかりなので、自戒の念も込めた上で公開していきたいと思います。
まずは高校の帰りに乗ったと思われる東西線05系から。つっても私が乗ったのは東葉高速線内で完結する区間なんだけど。

当時05系ワイドドア車で唯一未更新となっていた05系05-117Fに乗っていた。多分、多分だけどね。もう10年近く前だから何も覚えていない。高校に通っていたのがそんな前というのもクリビツテンギョーというのは別に私が勝手にそう思っていればいいのでどうでもいいんだけど、この編成は東京メトロ東西線車両で最後までチョッパ制御だった車両でもあった。それ故に乗れてもラッキーだった。

同編成は翌年にB修繕を終えて運用に復帰しているが、ROM更新と被っていたのでこの姿+行先単体表示(各駅停車に限る)は僅かな期間しか撮ることができなかった。これに関しては11月に公開予定の記事でも言及していると思うので、今回は省略とする。

こちらは当時の最新車両、15000系の15113F。15114F以下3編成が竣工するのはこのおよそ1年後。どうせなら行先が写るように撮った方がいいと思います。もうダメだこの人。

ところで、東葉高速線といえばその運賃の高額さでご存じの方も多いのではないかと思う。それは否定のしようもないので、せっかくだから私のエピソードを書いておこうと思う。
東葉勝田台から高校の最寄り駅である八千代緑が丘はおよそ6分で、当時の運賃では360円だった。もちろん誤差はあるはずだが6分を360秒と仮定した場合、1秒で1円消えていくこととなる。割とバカにならないので、定期が切れたのに親と喧嘩していて仕方なしに家から高校にチャリ凸したこともあったものだった。いや緑が丘から高校もチャリだったけど。とはいえ東葉高速鉄道さんには高校生活を支えていただいたので本当に感謝している。その節はありがとうございました。
次、もっと酷い写真が待っています。なぜ品川にいたのかは不明だが、なんか京急を撮っていたみたい。やっぱ好きなんすねえ。

マジで何でこの時に品川にいたんだろうか…もう思い出せない。1573編成は元1619編成で改番された経歴がある(ってGW京急撮影大作戦シリーズでも書いたような?)けど、この写真を撮った平成28年1月の時点で改番してたんだね。まだ方向幕だったのが驚きだし、この頃の俺に1500形の置換えが始まるとか、1707編成の置換え時期で内部情報知ってるオレカッケーアピールをしてくるアホがいるとか、そんなこと信じないんだろうなあ。

もう少しちゃんと撮ってもらっていいですかね。マジで。まだ歌っていた1001編成が特急に充当されていた。3ナンバー車を中心によく見る希望ナンバー「10‐01」はこの1001編成にファンが多いことを示している。※全然違うと思われます

現在は機器更新・車体更新を終えているほか、けいきゅんステッカーを掲出している。同編成が機器更新後しばらくは誘導障害の関係で他社局線に入線できなかったのも懐かしいが、無論この記事の一連の写真を撮った時はそうなるなんてことは知らない。はず。いやまだ機器更新してなかったよな?だったらH特急なんて無理だろうし。

続いてエア急の607編成。もう少しちゃんと撮ってもらえませんかね…。そりゃ令和の世になってちゃんと撮ってなかったツケ小僧にマウンティングされる訳だ。この頃ガッツリ繋がってたからな~。内心あの界隈で嫌われていたけど(笑)。

これはモーニング・ウィング号開始のヘッドマークなんだろうか。既にドレミファインバーターことシーメンス社のアレを搭載した2100形は存在しなかったが、車体更新を施行していない編成にはけいきゅんステッカーが掲出されていなかった。ん?けいきゅんステッカーをそろそろ剥がすって「俺のダチ」から聞いたってのが1年半ぐらい前にいたけど、そういえば記事を書いている時点では2100形・1000形車体更新車でけいきゅんステッカーを剥がした編成がいないぞ・・・?パラレルワールドの人だったのかなあ。

1500形が方向幕なのが懐かしいが、それ以上に何故こんな適当な写真を撮っていたのか…悔い改めて。当初リメイクするか正直めちゃくちゃ迷ったもん。流石の俺も。ちゃんと撮ってなかったツケ小僧にバカにされそう(笑)

ちなみにこの記事の一連の写真を撮った頃、同編成をはじめ1500形は基本的には京成本線高砂以東と成田スカイアクセス線に直通する運用には原則充当されなかった。以前も書いた通り停車駅予報装置がないためだけど、結局そこそこの頻度で代走として少なくとも本線には入線していた。81H快速としての初入線は今回の品川での写真を撮った1月8日と思われる日から数週間後。

まだ800形もいたんだなあ、そういえば。マジでこの頃に戻って京急を撮りに行きたい。この電が好きだから。でもこんな写真じゃ風色の未来は程遠いみたいだ。ダメみたいですね…。ラララい~ま~京急の~なかまたち~。社歌を歌って誤魔化してタイムスリップして当時の写真を撮れるならそんなに安いことはねえんだよなぁ。

5300形の日医大行も撮っていた。俺の記憶では確かこの前の年、平成27年5月ぐらいに一度5500形の話が出たような気がするんだけど、それでも実車が出るまでまだ2年近くあった。もう少し撮ってくれ、頼むから。

5308編成はじめ5300形のうち初期の車両は排障器=スカートが短く、後期の車両は長いという見た目の違いがあった。どちらが好きかは皆さん次第だけど、私は5300形ってだけで好きなので別にそこにこだわりがなかった。ごめんなさい。最近押上線にも行くようになったけど、5300形がいる頃にもう少し行って撮るべきだった。

特急の603編成。この時間帯は都営線から横浜方面に行くのは特急が多かった。今も多分そうだけど。白紙改正により今の京急では日中のSH快特(都営線からの快特)がH特急(都営線からの特急)になったのは所要時間的にもなんか何とも言えないようなそうでもないような、何とも言えない気がする。

また800形か、まだ案外この頃はいたんだな。この車両はこの頃の京急で唯一の4つドアだったのでホームドア設置の妨げになっていたと思われる(2つドアならモーマンタイ)。そのため羽田空港国際線ターミナルがホームドア完備で開業してから、空港線も出禁だった。ターミナルさん?!って訳だね。ちょっと、そのネタはまずいですよ!

819編成の他の写真あるかな~って思ったけどなかったので先ほどの821編成を代わりに貼っておきます。あんまりにも内容が薄いので水増しともいう。そういえばこの時の記事は書き直していなかったらしいので、気が向いたら書き直しておきますね。気が向いたら。あと時間があったら。

A快特(京急線内完結の快特)は2100形のイメージが強いけど、多分これは3つドアが所定。まだウィング号が運行される時間ではなかったはずなので、折返し品川始発、ワンチャン12両の快特になっていたのではないかと思う。

こちらは北総7300形7308編成のエア急。ほんと酷い写真ばっかだなおい。ねぇおかしいでしょ若いころ、ねぇ滑稽でしょ若いころ。笑いぱなしに涙がいっぱい、涙の中に若さがいっぱい。人生いろいろありますねぇ!

5324編成のエア急。これ順番ぐちゃぐちゃじゃね?一応はてなフォトに保存されている順番でダウンロードしてはみたんだけど、まあいっか。確か都営5300形のエアポート急行は私も何回か乗ったことがあって、少なくとも私が中坊の時に蒲田から乗ったそれは車内で種別と行先しか案内してくれないというポンコツっぷりを披露してくれた。5300形のそういうところも好きだった。

なぜか八丁畷で撮っていた同編成でこの記事を締めよう。なぜこの時に同駅にいたのかは知らないが、カメラを向けるとハイビームになったのは特筆しておこう。通過駅なので「嘘つけ絶対狙ってたゾ」とは言わないし大前提として安全のためのハイビームというのはわかっているが、特筆するだけしておくというだけ。
なお、当ブログは弱小なので、様々な鉄道会社の方がご覧くださっているなんてことは絶対的にあり得ない。ある訳がない(笑)。なのである程度は書くこともできるので書いておこう。

京急の運転士さんの中にも撮り鉄を見つけるとハイビームにしてくるという方がいるらしいが、その運転士さんを盗撮して名前と共に晒している不届きな輩がいる。私とて明らかな嫌がらせとしか思えないハイビームを嬉々として記事にしているので偉そうなことは言えないかもしれないが、しかし盗撮や名前を晒すまですることではないはずだ。もはやカスハラである。そいつは京成でも同じことをしていたので、各社乗務員の皆さんにはくれぐれも盗撮・名前バレにはご注意をいただきたいということを注意喚起として書き残しておこう。そんなことする奴がいるんですか?!卑怯ですねえ(笑)。