皆さんこんにちは。昨日の記事の続きみたいな感じの記事です。本当は1本にまとめたかったんですけど、案外こう字数枚数が多くて、だったら分けた方がいいかなって思い分割しました。おかげでこれ最近の記事の投稿が全然進まないし、何なら今月は過去画ばかりになってしまいそうなのが申し訳ないです…。本当に。体感だけど案外平成28年の過去画シリーズはそこそこのアクセス数をいただいているので、ちょっとでもお楽しみくださっている方がいらっしゃればと思うのですが、どうなんですかね実際。

今ホットな(?)3500形が来た。これはうすいで撮った始発の各駅停車(722レ)。そういえばこの記事の冒頭から平成28年7月の写真になってたんですね(今更)。先に写真貼ってたもんですっかり忘れていた。
なおよーく見ると急行灯が点灯しているが、これはうすい到着までは回送扱いのため。幕こそ到着前に変わってしまっているが、回送から普通に幕回しをするタイミングは乗務員さんの裁量によるものだと思われる。指導()が必要な案件ではないのでご安心を。指導(笑)

そして~今日も~京成に乗り~~~~ユーカリで快速特急を撮っていました。この辺も変わってない。3500形は座れると個人的に3700形後期車並みに腰とケツに優しかったので、そういう意味では乗れて座れるとラッキー池田だった。なお抵抗制御のせいなのかブレーキのせいなのかは不明だが、立っていると前後にガックンガックンなので、立席で乗るときは朝からいい筋トレになっていたものだった。

なんて言いながら結局志津で降りて電車撮ってんのか(笑)。今になって思い出したけどど、当時のダイヤだと45運用に充当された編成は翌日の29運用(ただし2日とも平日ダイヤの場合に限る)に流れていたんだっけか。なんか急に思い出した。そうだったかもしれない。当時の記事をせめて下書きに残しておけばと思いつつ、まあもう仕方がないことだ。悪いのは別に私1人だし。

当時のトレンドラインだった7A10レはこの日に3858編成で運転されていた。トレンドラインってそれフォルクスワーゲンの車種のグレード名だろ(例:AW前期ポロは安い順にトレンドライン、コンフォートライン、ハイラインとなります。オヌヌメはコンフォートラインです)。トレンドなんだよなあ。某氏そんなんじゃ困るんだよぬぁぁぁぁぁぁ!!!!! どこかでも既に書いているかもしれないが、3858編成は個人的に京成車で一番腰に優しい座席なイメージ。少なくとも当時はそう思っていた。

上野から来てうすいで折返して上野行となる724レ。3018編成は最近あんまり遭遇していないかもしれない。まあ12月と1月は忙しくてロクに電車撮れなかったしなあ。なんかもったいないことをしていると本当に思う。

あの(笑)ほぼ切ってますけど(笑)。横(笑)。某氏そんなんじゃ困るんだよぬぁぁぁぁぁぁ!!!!!俺も確かにこれは困るし、これをよくブログに貼っていたなあと思う。とはいえ3778編成はこの1年半後に7828編成として北総鉄道にリースされてしまっている上に、東成田行自体も既に存在しない訳で、まあそういう意味では…と大目に見てもいいのだろうか。

先程の3778編成の6A17レからは何と七夕の撮影。七夕も一人寂しく電車を撮っているあたり(笑)。まあいくら高校2年生とはいえ当時べつに好きな女の子もいなかったしなあ。こうして写真を撮って内容がファミレスのハイボールと同じぐらい薄い記事を出すか部活に行くか予習復習をするかぐらいしか楽しみがなかったっけ。とはいえ部活が恋人だったってのは多分もう何回も書いているけど。

この日の狙いも1852レでした~。この日に充当されたのは当時唯一の未更新車だった3588編成。急行灯もバッチグーで、正直これは内心ガッツポーズ。思えば未更新車最後の1年をこうして私の撮り鉄黎明期に撮っておけたことはよかったと思う。マジで。なおこの写真自体は令和6年7月21日公開記事において公開しているので、昨年の写真との重複は申し訳ない。またこれは3500形未更新車であり、京成3600形と東急8500系のハーフでもない。性的マイノリティへの呼び方をもじって何かと京成をバカにするクソガキの発言だけど。
※この頃に時折ユーカリに湧いて出ていた挨拶をすると死んでしまう子はお亡くなりになりました。ご冥福をお祈りいたします。

次の日の762Kレは3868編成。急行灯が点いていて嬉しいね。でもこれを撮る時間があったら勉強した方がいいと思うなあ。つってももう9年も前の話だし、今もなんだかんだ生きている訳だし、そこを悔やんでも何にもならないのでやめだやめ。個人的には自身の不眠を何とかしたい。

あれ?なんか前も3858編成の7A10レも撮ってなかったっけ…。もしかして重複かと思って色々と確認したけれど、多分違う。ただの偶然のようだ。冬の朝に毎年行ってみたいと思っている撮影地で京成の電車を撮りまくりたいものだ。

翌日の投稿記事(削除済み)に掲載していた3014編成の各駅停車。恐らくは部活の行き帰りで撮っていたのだろう。もう少し志津・ユーカリ以外でも撮れ(笑)。とはいえ小遣いも少なかったからなあ、と言い訳してみる。実家の愚痴はさておき、なんかこういう雨の日の写真ってなんかいいなあと思ってしまう。土砂降りでも可。ちょっと沿線に出にくくなってしまうけどね。

A15運用に就く3438編成。3400形も3600形(ターボ君を除く)の淘汰が終わったら置換えなんだろうと当時からうっすら思ってはいたが、しかし大半の編成はまともに今生の別れとして撮影できなかったのがなんか悔しい。まあ名古屋はさておき甲府は住んでいて楽しかったし、それこそ3688編成や3448編成の試運転も普通に甲府から駆けつけていたとはいえ。

初代3788編成の快速。間違いなくこれ部活に行く前に撮ってただろ(笑)。平和な頭の主将である。いや待て、終わってから撮っていた可能性もあるのか。というか終わってから撮った気がする。どっちでもいい(笑)。この記事は執筆から公開まで半年以上のブランクがあるが、果たして3700形の機器更新や新3200形の導入がどのように進んでいるのかというのは気になっている点。

次の撮影は3016編成の各駅停車。志津での撮影だけど、実はこの10か月後ぐらいに同じ構図で撮った時に応援ハイビームを喰らった(笑)。まあそれについてはまたいつか。というか多分それ下手したら来年の記事になっていそう(笑)。過去記事はできるだけ字数と枚数を詰めているんだけど、それでも過去画記事を不定期で投げているだけでも半年以上先の投稿予定となるあたり…いつになったら後世に遺したいという建前の過去記事は終わるんだろうか。

これはまだ現役だった3638編成。この写真もどこかで貼っているのかもしれないが、まあ記憶にないのでどうでもいい。3600形の廃車第1号となるのではないかと当時は噂されていた編成だったが、無事にその廃車第1号を回避したかと思えば令和元年に6両になって、検査期限もあったのに程なくして廃車になってしまった。だったら3688編成を潰しておけばいいのにと思いつつ、3688編成はコンプレッサーを新品に交換していたので、もしかしたらそこらへんに理由があるのかも。でもそれ言ったら3678はどうなるのって話か。残念ながら内部情報を教えてくれる「俺のダチ(ドヤ)」はいないので、真相はわからない。

3708編成の特急。何がトプナンだ(笑)。トプナンって呼ぶのはまあ目を瞑るとして、トプナンの呪いってタグがマジで理解できない。なんか警察マニアみたいでうわーってなる。パーソナルコンピューターをPCって略した時に、手で頭の上で赤灯(笑)よろしくクルクルしながらウー!しちゃう気持ち悪い警察マニアみたい。3700形の一部編成に施工されている機器更新、もしこの3708編成を含めた初期車(1次車)のみに施工しないんだとした場合は遠くない未来に3700形の置換えも計画されているのだろうか。それはそれでなんか寂しい気持ちになる。

続いて3818編成の快速。記憶が曖昧だけど、令和2年ぐらいだとこの編成だけは最後までパンタが下枠交差だったんだっけ。違ったら申し訳ない。時折3700形後期車を3800形と呼ぶ例を見るが、この3818編成並びに早いうちに北総鉄道に7808編成としてリースされた3808編成もいるので、正確には3800形は存在しない。でも正直3800って略せた方が楽ではあるんだよね。多分。いや知らんけどさ。
撮影 平成28年7月
執筆 令和7年1月6日