ひがなり雑記帳

自称青森県産千葉県人。京成とJR東日本が主食の撮り鉄・乗り鉄・呑み鉄のブログです。イコラブの推しも好きです。

アフィリエイトのアクセストレード

平成28年6月の京成撮影記。3600形、3500形、3400形(3448編成含む)、AE形、3050形等。友情出演(?):3688編成試運転と3600形コンプレッサーについて

おはようございます。本日は平成28年の過去画でお送りいたします。今更こうして書き始めて数か月、この記事を書いている私は果たして過去画で数字が取れているのかは不明です。まあ数字だけだと承認欲求だけの話になってしまうけど、でも当時の写真を後世に遺しておくことには意味があると思っているし、何よりも当時を知る方が私の写真をトリガーに当時の各車両に想いを馳せていただけたらそれでいいでしょう。無断転載はダメだけど。

そうそう、無断転載されたのをいじった記事も実はもう書きあがっているんだけど、それは平成28年12月の撮影分なので、多分来年(記事を書いている時点では再来年)になってしまうかもしれない。とても残念。本人が見たら怒りそうな内容なのに。

 

25 普通上野 3009-8~1

さて本題。3009編成の各駅停車からスタートです。相も変わらずまた志津で撮ってんのかよ(笑)。暇人さんですなあ。学校に行きながらこうして撮っていたのがやはり懐かしい。しかし同時にあまりにも高校生としての本分を弁えていない気がしなくもない。この頃から将来を心配した方がいいのではないですかあ?(笑)

 

65K 快特西馬込 3648~3641

後続の快速特急は3648編成での運転。以前もどこかで書いたと思うけど、この当時のダイヤにおいてこの764Kレは比較的3600形が充当されやすい傾向にあった。もう3600形がこうして8両で優等運用に就くこともないのがなんか寂しく感じる。

 

27 普通上野 3013-8~1

続いて3013編成の各駅停車。これに乗って登校していたんだろうなあ。だいぶ時間がギリギリになっていた気がするけど、まあでも遅刻していた訳でもないだろうからいいだろう。自分ルールです。高2の時だけど楽しかったなあ。ほんと。趣味もだけど、一番は学校がね。下のクラスの雑魚共はさておき、我々のクラスは楽しかった。当時の写真のうちスマホで撮っていたものがほとんど現存しないのが悲しいところ。

 

37 普通上野 3003-8~1

同日かは不明だが、帰りに撮っていたと思われる3003編成の各駅停車。ハロゲンの前照灯、そして旧ROMがとても懐かしく感じる。懐かしい反面で、これが我々の当たり前だったので、何とも言えない安心感を感じるのもまた事実。

 

81K 特急羽田空港 3778~3771

この時も撮っていた1880Kレ。やはり京成線内での特急羽田空港行って今でも特別感があっていいなって思う訳ですよ。充当されている3778編成は平成29年度末から北総7828編成として強奪リースされているので、まあこうして撮っておいてよかったなあという感想。できれば返してもろて。そうそう、3700形のうち一部編成のみに機器更新が進んでいるけれど、同様の動きは京成からのリース車である7808(元3808)編成・7828(元3778)編成・7838(元3768)編成にも同様の動きは波及していくのだろうか。この記事が出るであろう令和7年7月には判明しているかもしれない。楽しみだ。

 

AE09 イブニングライナー71号

AE形のイブニングライナー。この頃はよくこうして撮っていたのが懐かしい。イブニングライナーは令和6年改正でモーニングライナーと共に料金を改定し、距離ごとの料金になった訳だけど、果たしてそれが今どのような結果になっているのかが気になる。12月は忙しくてなかなか京成も撮れなかったので(この記事は年末の作成)、せめて1月はもう少し何か撮りたいと思う。

 

21 普通上野 3003-8~1

翌日かは不明だがユーカリが丘で撮った3003編成の各駅停車。前にも書いた通り一部の朝の上り各駅停車はユーカリが丘快速特急の待避を行う。下り4番線も作っていたらよかったのにね。それはさておき、これもまあ以前に書いているのだが、乗客がこうして電車に乗っていくのが写っているのが車のフロアマットに掃除機をかけている時にゴミが吸い込まれていくみたい。

 

63K 快特西馬込 3408~3401

3408編成の快速特急。こうして逆光でも撮っていたのがいいのか悪いのかは9年近く経った今も不明。それにしても9年か…。その間に色々とありつつ、本当にあっという間だと思う。そうして私も年を取り、いずれジジイになっているのだろう。その頃まで友達と仲良くやって、またこのブログも続いていて、今以上に成長していたらいいなと思う。大学生の時みたいにもう少し遊びたいけどまあそれは流石に無理サファリパーク(笑)

 

なぜかケツうちをしていた模様。まあ何というか、3400形も現時点であと1本というのが何ともね。一応令和5年秋に3448編成が検査を通っているので、単純計算では令和9年、再来年まで3448編成の活躍は見られることだろう。いや知らんけど。ただ新3200形4+4両で置換えられるのかについては不明なので、その辺もどうするのかは見物だと思う。

 

23 普通上野 3021-8~1

スーパード逆光でよく撮ったなお前(笑)。ここまで来ると大したもんだと思う。別に写真がないよりはいいんだけど、でもまあなんかね(笑)。

 

A11 通特上野 3778~3771(現7828~7821)

これもね(笑)。こちらはこの記事の前半でも言及した3778編成、現7828編成。なぜ3700形ばかりがリースされているのかは未だにわからない。あいにく、私に内部情報を教えてくれる「俺のダチ(唾飛ばしてドヤア)」はいないもんでさ(笑)。別に3000形も好きだけど、でも結果として北総鉄道千葉ニュータウン鉄道に4編成リースされていたり計8両が事故廃車となったりした結果、この頃はあんなにいた3700形が今では少数派(個人の見解です)になっているのはやはり残念。

 

81K 特急羽田空港 3448~3441

今を時めく3448編成の特急羽田空港行。写真の出来は最悪だけど、しかし1880Kの特急羽田空港行として撮ることはできないかもしれないので、結果オーライ。撮れる時に撮れるものを撮っておくべきものだなあと思う反面、今月全然電車撮っていないのにそんなこと言えたもんでもないんだよなあ。忙しかったとはいえさ。

 

75K 快特成田空港 3418~3411

こちらは下りの快速特急。そうそう、この快速特急の運番って75Kだったなあ。この前の各駅停車が18時32分発で、この快速特急とライナーの後に次の各駅停車が来るもんだから、実に待ち時間は15分ほどあった。だからこうして撮ってたんだろうなあ。なんか急に思い出した。

 

45 普通上野 3528

後ろから来ていた3500形の各駅停車。組成は確証がないので省略させていただく。当時は3500形未更新車が1編成4両だけ残っていたので、まだ更新車56両は全車が現役だった。当時の置換え対象に3500形更新車は入っていなかったので、今ではようやく3500形更新車も本格的な置換え対象になっているのが何とも言えない気持ちになる。まあ新3200形が登場する前に、既に余剰車が10両廃車になってはいたとはいえ。

前にも書いたと思うけど、私の予想では来年度以降一気に新3200形が増殖して一気に3500形等の既存車を置換えると思われる。今の記録ももう少し進めないといけないけど、正直この頃に戻って記録を進めたい気持ちもあるし。

 

AE09 イブニングライナー71号

先述のイブニングライナー。この時も残念ながら編成までは不明。AE形唯一の欠点はこうして撮った時に編成番号がわからにくいところだろうか。とは言ったものの普通にかっこいいんだけどね。これがもう15年以上前にデザインされた電車だなんてにわかには信じられないもんだ。

 

59K 快特西馬込 3030-8~1

また別の日の快速特急。当時4直25周年を記念して掲出されていた25周年ヘッドマークが懐かしいな。来年でこの時から更に10年、つまり35周年。何かしらまたヘッドマーク掲出だったりイベントだったり、そういうのがあったらいいが…どうなるだろうか。

ちなみに25周年に際して、京急からは10”25”編成、都営からは53”25”編成がそれぞれヘッドマーク掲出対象として選出された。では京成も3025編成を出せたらよかったのだろうけれど、3025編成は6両なので当時のダイヤにおいて他社局線への運用を持たない。それでは他社局線への運用を持つ中では最新の編成、ということで3030編成が充当されたことかと勝手に想像している。北総からは7318編成だった理由は…わからない。

 

A09 通特上野 3618~3611

あれ?これ相当早く起きて撮ってんな(笑)。暇か(笑)。私が圧倒的に沢山撮ってきた通勤特急は7A10レで、当時のダイヤのA11運用は宗吾入庫後にK台(京急直通列車を含む運用)に流すことが多いため、3600形が充当されることは極めてレアケースだった。それ故に3600形の通勤特急の写真は圧倒的に少ないのが残念に思われる。

それこそ、そう思って3600形も充当されやすい当時のA15運用(1日中京成線内運用のため3600形も充当されやすかった)の朝の通特を狙いに冬のクソ寒い中チャリに乗って撮りに行ったら3500形の代走ってこともあったしな(笑)。その時の写真がアンサイクロペディアに無断転載されているので、まあ無断転載した輩を散々にいじった記事を既に書き上げているんだけど、しかし今になってもまだ平成28年6月の記事なので、その半年後の過去画となると一体いつ公開できるのかと気が重くなる。

 

61K 快特西馬込 3051-8~1

3051編成の快速特急。通過待ちで撮っていたみたい。当時3050形の本線運用代走は何ら珍しいものではなかったが、朝ラッシュのうち私が撮っていた運用に関しては比較的充当されることが少なかった印象。そういう意味では、この朝ラッシュ修行をしていなかった場合は3050形の通勤特急快速特急に関しては撮れなかったので、まあこうして撮っておいてよかったことだろう。通勤特急は一度しか撮ることができなかったが、快速特急に関してはこれ以降も最低1回は撮っているので、まあ撮っておいてよかったです。

 

A17 快速東成田 3848~3841

この日の狙いは当時唯一の東成田行だった6A17レ。多分だけどね。しかし夏至が近い6月上旬だとこの通り側面がうすうすくんだった。残念。夏は日照時間が長いのはいいけど、でも夏光線だし暑いしでそういうのがね。夏は夕方の光線がいいのはわかってるけど。

 

63K 快特西馬込 3028-8~1

そんな夏光線の中、ド逆光で電車を撮っているアホがここに1名(笑)。これ、このブログのアンチ(いつもネタにされているような奴ら)からしたら笑いものだろうな。いやまあ流石に俺も少し失笑しているけれど。流石にこれはな。こないだの飲み会の帰りに酔っぱらって転んで膝と肘に傷ができているのと同じぐらいアレ(笑)。某氏そんなんじゃ困るんだよぬぁぁぁぁぁぁ!!!!!将来が心配だ。

 

A11 通特上野 3788~3781

後続の通勤特急は初代3788編成。初代って書かなきゃいけないのがなんかやはり残念だ。いや書かなければいけない訳ではないけど、でも今の3788編成とは違うから。どうしても当時と今の3788編成は違うと思ってしまう。もう二度とああいう事故がないことを願いたい。初代3788編成の事故に関してはまあヒューマンエラーの可能性も否めないが、7818編成=3748編成に関しては結局どういった理由だったのだろう。

 

23 普通上野 3011-8~1

同日撮影の可能性が高い3011編成の各駅停車。よくまあ逆光で撮ってたよなあ。当時の自分の意識の低さに感服してしまった。まあ今になってそういう写真で記事を書いている以上、意識の低さは変わらないと思うんだけどさ。またピーチクパーチクと書かれているのだろうと思うと面白すぎる(笑)。だって普通に考えて嫌いな奴の書いたブログなんて見たくもねえだろうが(笑)。

 

75K 快速特急成田空港 3848~3841

この日の下り75K快速特急は3858編成での運転。常々このシリーズで書いて来た通り、現在は高砂以東において経由線区の表示は見られないので、まあ表示負けながらも何か貴重な写真になっている可能性があるのが何とも言えない気持ちになってしまう。

 

45 普通上野 3548-47+?

この時も上りは3500形だった。後ろは3512編成4両と思われるものの。以前の記事でも書いた通り、この頃の3500形はそこそこ頻繁に編成を組みかえていたので確証がないのが残念。でもなんか、まあこの写真では伝わらないとはいえ、4+2ないし2+4で3500形更新車6両が運転されていたり、4+4で8両が運転されていたり、あの頃が懐かしい。当シリーズ(過去画記事・高校生編)が完結するまではいると思うけど、動態保存説はさておき、もう3500形も長くないかもしれないと思うとなんか寂しくなるね。

 

A05 特急上野 3026-8~1

あれ、また上り撮ってたんだ。別にこれと言ったコメントはない写真。まあ旧ROMは懐かしいとはいえ。

 

53K 快特成田 3638~3631

3638編成の快速特急。53Kの下り快速特急ってなかなか撮っていなかった気がするので地味に珍しいかもしれない。まあそれはさておき、この頃に廃車筆頭候補とまで噂されていた3638編成が充当されていた。結局は令和元年に6両に短縮された後に廃車になってしまった訳だけど、でも検査期限の余裕はあったのになあ…という気持ち。

 

友情出演

そう言う意味では3638編成をファイヤーオレンジにしておけば、3688編成を令和2年夏で車検が切れた時点で廃車にしてもダメージはなかったはず。しかしこれに関しては車検期限だけで云々ということはできない。というのも、ここまでの写真の数年後に3688編成と3678編成はコンプレッサーを換装している(平成28年時点でしていたらサーセン)。でもしたら元号が変わる前に3678編成を廃車にしたのも今一つ辻褄が合わないのか。難しいなあ。

 

撮影 平成28年6月

執筆 令和6年12月31日 ※令和7年6月3日追記

img { pointer-events: none; -webkit-touch-callout:none; -webkit-user-select:none; -moz-touch-callout:none; -moz-user-select:none; touch-callout:none; user-select:none; }