皆さんおはようございます。本日の過去画は平成28年5月末の大回りの記事です。当時16ちゃいだった私が喫煙などできる訳もなく、そういう意味では大回りなんて余裕だったのがちょっと羨ましいなあと思ってしまう。そんな話はさておき、さっそく本題。

千葉かどこかから(当時は京成本線民だったから幕張本郷じゃないかな)JRに入って大回りスタート。千葉から成田までは成田空港行の209系で移動していた。でも、だったら適当に選んだ画像ではなく成田線の車両を貼っておけばよかったのではないかと思う。こういうこともあるか。ああ、将来が心配です。なお言いだしっぺは既にry

成田からは成田線我孫子支線で我孫子を目指す。この時の車両がマト118編成だったかどうかは不明。マト118編成は中央総武線から転属したのちに再び武蔵野線Mu22編成として転用された異色の経歴を持つ編成。この編成のNN出場も撮っておいてよかったと思える日は来るだろう。※この出場とはまた別でNN入場しています。

我孫子では恐らく唐揚げそばを食べていたことだろう。そこから1駅、天王台に移動して少しだが常磐線を撮っていた。その写真の1枚がこちらだ。E531系も下手したらE531系で置換えそうなので、まあそうでなかったとしても、何はともあれ日頃の記録の大切さはもう身に染みてわかっているので、また撮りに行きたい。

マト133編成の取手行快速。松戸のE231系に関しては前からも書いて来た通り、甲府エリアで撮ったNN入出場の写真ばかりなあたり、千葉県人とは何かということについて考えさせられる。あと10年はいるかもだけど、でもあと20年はきついかも。後継がどうなるかは知らんが、今を大切にしていきたい。

K553編成の回送っぽい。大回りにあたって友部で小山行を待っている間に撮っていたものと思われる。

K754編成の小山行。既に執筆日時点ではE501系が水戸線の列車に充当されることもなく、またE501系自体もK751編成が郡山車両センターに廃車回送されているので、もうこの写真を撮ることもできないだろう。という訳で、ここからは少しE501系との数少ない思い出について書いていきたい。

E501系初の廃車となったK751編成、いやそれしかねえのかよ(笑)。まだまだ新しい車のように見えて、しかし顔からしてもそういう訳にはいかないあたり、私も年を取った。頼むからこの記事を出す前にE501系を撮りに行っていてほしい。だってなんか無性に撮りたいんだもん。それは別にE501系に限らず、E531系だってそうだし、E657系だってそう。ただ単に佐倉育ちとしては常磐線にご縁のない人生で、千葉県民に戻ったかと思ったら千葉市民なので、まあなかなか撮れないのは今もそうなんだけど。でもだからこそ、たまにでもいいから撮りに行きたい。

こちらは令和2年4月(コロナ禍)の緊急事態宣言初日に東海付近で撮った1枚。結果として私は未だにコロナにかかっていないので、私の勝ちだ。なんならコロナ禍はニンゲンが少なくていいわつって当時付き合っていた女の子に月に2回も3回も会いに行っていたしな。ああ、だから東海道新幹線の車内チャイムが「会いに行こう」になったのか。違いますよ。何なら別れた翌々年からでしょ。

でも、別に東海道に限らないが、新幹線は我々の会いたいという気持ち、点と点を繋いでくれる素敵な存在だと思っている。当初は耳に残らないチャイムだと思っていた会いに行こう、半年程度とはいえ聞き慣れるととてもいいチャイムにも思える。60周年記念CMではちょっとウルッと来たまである。人間、結局会うのが一番。

話を常磐線に戻そう。こちらはK752編成で、それこそ新型コロナウイルスの流行り始めの令和2年3月だった。このK205編成は当時いわき~富岡のローカルに充当されていて、私も最後の手向けとしてそれを撮った帰りに久ノ浜→いわきで乗っていた。恐らくは車掌さんのご厚意だろう、いわき到着前の放送では「ひたちチャイム」も流れたのが懐かしい。なおこのK752編成ではさすがに13連勤明けでの遠征の疲れもあってか、流石にガッツリと寝落ちしていたけどね。あの椅子でよく寝たわ…(笑)。終着の勝田で乗換えたE531系ローカルで酒をこぼした話についてはいずれまた語らせていただきたい。
いやまて、違う。この時はコロナなんて関係ない令和元年9月の遠征の時でした。すみませんでした。やってしもうた、歴史に残る記録を作ってしまった。いやこんなんでは歴史に残らない。ちなみにこのK752編成、JR九州さんに譲渡される可能性があるらしい…?
という訳で、その令和2年遠征で撮った651系ローカル。別に18券縛りでの遠征だから実質タダ(いいえ)というのはさておき、これを撮りに行った私は間違っていなかったと思っている。
その時に撮った651系0代ローカル(の折返しの回送)。この時がまさに先述のひたちチャイム等が流れた時のアレだった。そんな時代もあったねと、いつか話せる日が来るわ。
話がだいぶ脱線したので、平成28年の大回りに話を戻そう。

おっとその前に撮っていた小田急4000系。顔がいい。思えば直通というか、小田急車の乗入れが始まったのも高校生の時だったな。なんだっけ、当時は表向き友好関係を築いていたKTKGN先輩のツイートで知ったんだっけか(笑)。ウケる(笑)。喧嘩屋兼土建屋みたいなのとは違って親の権力を最後まで使わなくてよかったわ~(笑)

当時はまだ現役だったメトロ6000系。6000系のラストが荒れたのは有名な話だけど、でもなんであの類のキモヲタってラストランに拘るのかね。そこだけは本当に理解できない(笑)。マジで(笑)。キモオタではありません!いつもクラスの中心でキラキラ輝いてる陽キャのウェイ系です!ウェイウェイウェーイ。僕はコミュ障の根暗陰キャなのでいざ目の当たりにしたらガクガク震えながら泣き出すと思います。プッ(笑)
中略。友部・小山での乗換えを経て、上越線の井野駅に到着。山万ユーカリが丘線には乗換えができないが、少しだけ上越線の列車・電車を撮っていこう。なおこの辺に関しては当時も記事にしているので、だいぶ写真ははしょってます。

まずは快速SLみなかみに充当されるC61形20号機を先頭としたご一行。この7年半後、数々の列車でC61形20号機にお世話になるのはまだ先の話。無論C61だって撮っておいてよかったけど、しかしELやDLのそれも撮っておけばよかった。願わくはあの時代に戻りたい。この時はまさか機関車の後継がディーゼルカーになったり、初日から踏んだり蹴ったりになったりなんて話をしても誰も信じなさそう。

SLみなかみでした。それはさておき、12系だったんだなあ。思えば執筆日時点でお誘いを受けて乗りにいったのは全て旧客で、12系には乗っていない。既に大半の機関車が高崎を去っているが、案外秋田総合車両センターでも長野総合車両センターでも何両か放置という名の保存をされそう。
せっかくなので、ここからは既に記事にしている写真にはなるが少し紹介したい。先述の通り上越線井野での撮影だ。どうせ昔の記事なんて誰も見てないし。はいはい承認欲求(笑)。例のびゅうプラザマシンガントークなんかは顔真っ赤にして承認欲求だなんだってヒス起こしてるんだろうな。
K-09編成の回送。新前橋からの回送だろうか。上越国境を越えてきている訳がないもんね。
107系。当時は普通にいたのになあ。結局この時の写真しかないあたりアレ。まあこの1年半後に引退していて、その時は受験期だったのでまあって感じだけど。
なおこのR14編成はじめ一部の編成は上信電鉄に譲渡されているとのことで、機会があれば是非ともお邪魔したい。
651系1000代。草津だったと思うけど特急表示。これはこれで珍しいものが撮れたと思っているので、まあいいだろう。後継が5両かつ荷物置き場設置で純正の500代より定員が更に減らされたE257系5500代なのはなあ…7両の651系でもだいぶいい混み方だったのに。まあかといって付属4両が先に定期運用を終えた理由が利用客数だったら、それもそれで仕方ないと思うけど。185系時代みたいにまた「草津+水上」やってくれないかなあ。JRさん、体力戻ったら沢山の特急車両を作ってくださいね。
115系同士の離合。こういうのを見ていると、あの時に撮りに行った私は正解だったと思う。115系もJR東の管内にはもういないんだもんなあ。しなの鉄道の115系はまあ長野にいるけどさ。
ちなみにこの時の大回りにおいては、小山から井野まで115系に乗車することができていた。115系が本命だったので普通に嬉しかったのを覚えている。まあ107系も乗っておくべきだったけどね。
こちらの草津は草津表示。651系のこのヘッドマーク好きだったなあ。勝田に波動用として残った編成の一部のものはフルカラーLEDになっていたらしいけど、あれ何だったんだろう。今の特急はヘッドマークがないデザインが主流なのが撮る側としては寂しく感じる。
黒地に白字の幕が特徴のT1041編成。いや、白幕と黒字幕の両方を積んでいる可能性もあるっちゃあるのか。今考えてももうどうにもならないというね。
K-28編成の普通列車。この編成、この月の上旬の大回りでは乗っていた編成だったらしい。
撮影は以上。ではないけど、一応まあ過去記事と被ってしまうのでこの辺で。覚えていたら末尾にリンクを貼るので、お乗り換えいただけたらと思う。

高崎に着いたらさっきの12系がまだいた。この記事が出る頃、高崎の客レはどうなっているんだろう。令和の世に客レで酒を飲み、ハイケンスのセレナーデを聞くことができた今年(書いているのは令和6年)のSLレトロぐんま横川・水上は本当によかった。古い車両のメンテナンスは大変なことかと思う。JRの担当者の皆さんには頭が下がる思いだ。
高崎駅と言えば私がスマホを落とした駅、ではない。いや落としたのは事実だけどさ。この時は落としてないよ。

やはりこの発車標だろうか。臨時快速だと臨快って出るんだね。

なお先ほどの12系は既にDE10 1705に牽引機を切り替えていた。そういえば高崎のELとDLの引退に際してこのDE10に関しては一切の言及がなかったね。こんな感じで入換要員として今後も使っていくのだろうか。まあDE10自体が入換やローカル線貨物向けに作られた機関車だもんね。

211系の方向幕。今は線区ごとになんか色々と違うはずなので、これももしかしたら見られない可能性が微レ存?たまげたなあ…。

A32編成だったみたい。よく見ると今とはスカートの形が異なるのがわかる。だがしかし、このLEDをぶった切るのはダメだわ。いや沿線なら仕方ないけど、ここ駅だから。こりゃまたLEDイキリ流しマウンティング小僧に後れを取ってしまいましたなあ(笑)。てめーのとこのバス会社、絶対に使わねえからな。

さて、大回りの帰りは快適な快速で帰りましょう。大宮までしか行かないけど。大回りなのに520円の指定券でこれに乗れたのってマジで贅沢な時代だったよなあ。今はみんな特急化されたり廃止されたり、485系ももういなかったり、ねえ。今わたしが高校生だったとしてもこういうことができないのは残念。

確か大宮で撮った写真。駅員さん写り込んでしまってサーセン。無論私が撮りたいのはリゾートやまどりのロゴ。本家のヤマドリのイラストがあるのがいい。
リゾートやまどり、車内チャイムもクセが強いんだよなあ。4打点チャイムの音色違い・名鉄乗降促進と同じアレ・JR東海乗降促進チャイムと(略)・185系版の鉄道唱歌だからね。私が2回乗った時は初回(この時)が鉄道唱歌、2回目(平成30年NN公開の帰り)は東海だった。車内の印象については末尾に貼る乗車記にお乗り換えいただけたらと思う。
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大回り:平成28年5月29日
執筆:令和6年12月3日 翌年7月加筆修正








