14日以来となる京急撮影記(新写真での記事)です。ゴールデンウィーク初日に1泊2日で神奈川を訪れた際の相鉄・JR東海道線・京急撮影だけで過去画を挟みつつも9本目、なんだかなあ…。もしかしたら今回で京急撮影記も最後になるかもしれません(多分さらに分割する)が、何はともあれ本日もよろしくお願いいたします。

14日の記事の最後ではこの1465編成の普通車まで書いていた。今回の一連の撮影における一番の収穫は4両と6両の各編成の記録を増やすことができたことではないかと思う。特に4両に関しては前回・前々回の京急撮影記(八ツ山橋)では基本的に出てこなかったはずなので、今回こうして枚数を圧倒的に増やせたのはかなりでかい収穫だったはず。多分。

1801編成とル・シエルで構成される8両が入換ちう。記事を書く時間は相当かかった上に仕事終わりに家で酒飲みながらチンタラ書いていると無限に京急回なので頭が痛くならないこともないが、でも書いていて退屈する訳ではないのでおkだ。この電車が好きだから。京急さんの社歌「人間が好きだから」は普通に好き。あの曲をエンディングテーマにした迷列車動画があったはずなんだけど、検索しても出てこないので消えてしまったのだろうか。だとしたら悲しい。

後ろは1891編成。11D・普通逗子・葉山表示を出していた。11Dというと4F(600形)重連のそれを八景で中学生の時に撮ったことがあった印象(何その無駄に細かい思い出は)。9月に撮った時は新1701編成だった気もするけどね。

11Aもなんかこう中坊の時に京急に遊びに行くとやたら気がしなくもない。それが2133編成だったのだけど、その話は今回は割愛。2100形の機器更新第1号は2165編成であるとこのシリーズのどこかで書いたかと思うが、車体更新の第1号は2101編成だったはず。それももう10年以上前の話になるのだからびっくりだ。実家の私の部屋のオーディオで親に買ってもらった京急の接近メロディのCDを流していた中坊の頃のことなんだもの。当時ガラケーを使っていた私ってどうやって情報を得ていたんだっけか。ネットからだとは思うけど。

1307編成の普通車。マジで4両・6両の記録が一気に進んで美味しい。帰りの成田エクスプレスでいい酒が飲めました。いやJR使ったんかい!人生いろいろありますからまあ多少はね?※私一人なら2100形A快特で酒盛りして泉岳寺から快速・津田沼から千葉線でも全然よかったんだけど、一応大船で家族と合流していた。

1307編成はじめ1300番台もまだまだ新しいイメージなんだけど、1300番台の中でも初期に製造されたこの編成は平成23年4月の竣工。実に執筆日の時点で既に竣工から14年が経過しているなんてクリビツテンギョーである。俺がギリギリ小学生だった頃じゃねえか…。

11D表示で入換ちうの1891編成を先頭とした8両。私がこの後逗子線完乗も兼ねて逗子線の普通車に乗った時に神武寺かどこかですれ違った時には八景止の急行だった。いや?この編成ではないかも。何はともあれそんな運用あるんだ、へ~と思っていて逗子・葉山で降りる少し前に井土ヶ谷で人身事故があったことを知るのはもう少し後の話。ドラゲナイ気持ちである。

枕カバーが殉職の危機。危ないッ!アレはダメみたいですね…。未だに羽田空港第3ターミナル駅を羽田空港国際線ターミナル駅(ターミナルさん?!)と思っている外様の私が言うなって話だけど、京急線の民度もまあ酷いものがあるのだろう。現業の社員の皆さんのご苦労は本当に察するに余りある。巷で言われる勤務体系云々抜きに。それこそ羽田空港経由で入国する公害インバウンドのこともあるだろうし。私なら上を向いて歩けなさそう。

一連の記事で何回登場したかわからない1457編成が入換ちう。文庫場面において逗子・葉山からの普通車は流石に着折とはならないんだね。いやなるわけないと思うけど、素人ながらに。

左は1331編成の普通車、右は1041編成の特急。土休日61H運用はこの折返しで特急成田空港行となり(品川からアクセス特急)、宗吾で一休みしてから佐倉始発の快速高砂行になる変態じみた運用。私はこの手の運用が大好きです。
ちなみに令和6年秋改正以降、高砂では入庫せずにそのまま各駅停車の逗子・葉山行(押上から急行)に大変身し、逗子線の下り終車にもなる。寝過ごしたら最悪の場合新逗子というのが京成沿線民としては恐怖でしかない。私はこの通り電車オタクなので大丈夫だけど、何も知らないパンピーからしたら高砂行だからと安心して乗ったのに気が付いたら京急線内ってこともありえるわけじゃん。僕らの住む世界はいつもとてもウソだらけだ。

続いて銀千とル・シエルの急行。あれ?こちらも11Dなんだ。まあいいじゃんそういうの。銀千普通にかっこいいと思うんだけどなあ。未だに叩かれる理由が今ひとつわからない。確かにまあ京急のそれまでの拘りとは違うものもあるんだろうけど、京急らしい先頭台車のアレとか腰に優しい(※当社比)座席とか加速性能とか、普通にいいと思うんだけどなあ。そこは個人の好みもあるだろうし、私とて京急専門ではないので偉そうなことは書けないんだけどね。ただ私の判官贔屓体質を差し引いても銀千は普通に好きであることは事実だ。

バイビーベイビーサヨウナラ。未だにル・シエル乗ったことないんだよなあ。乗ってみたい、本当に。ビール列車を最近やっているという話は聞かないが、別にビール列車でなくともワインでもハイボールでもチューハイでも日本酒でも何でもいいのだ。だからお前はその酒クズ全力思考で書くのをやめんかい(笑)。日本酒だと私が悪酔いするのでできればワインかチューハイでお願いします。ビールなら余裕なんでビールがベストか。何言ってんだコイツは。ビール!ビール!

入換ちうの4V(1000形4両)から聞き慣れない磁励音がしたと思ったら1409編成も東芝製のインバーターに換装されていた模様。知らんかったです。勉強不足ですねえ。

逗子・葉山表示で入換ちうの模様。2100形・1000形の車体更新車を示しているけいきゅんステッカーはやはりいいアクセントになっていていいなと思う。もっと撮りたかったなあ。とはいえ京急線主要駅においてはホームドアの増備が進んでいるので、実際に夜間に何か撮りに行けるかと言われるとアレではあるが。

ケツうちだけど1725編成の特急も撮影。数回前の撮影記(実際に撮ったのは1時間と少し前)に久里浜行の特急として撮っていた編成。久里浜行というと私的には久里浜での車交でもやってそうなイメージしかないけど、先ほどと今回で運番は同じながらも一応行路としては別みたい。

あれ?この組み合わせが画像詳細のサジェストに出てくるってことは前にも撮ってたのか。まあいっか。そういえばル・シエルって当初は限定運用だった気がするけど、気が付いたら普通にエア急等にも充当されるようになってたんだね。いや初めて撮ったのが去年9月な時点であれだけどさ。増備されて運用に余裕ができたからなのか、はたまた別な理由があるのか。真相は中の人のみぞ知る。

続いては1537編成の普通車。影が悲惨だ。某氏そんなんじゃ困るんだよぬぁあああ!俺だって困るんだっちゅうの。この配信は=LOVEの推しの1人である山本杏奈さん(以下あんにゃ)のSHOWROOM配信を見てから書いている(無論メインはSHOWROOM配信)のだけど、そんなあんにゃ含めた推しに会いに行った令和元年夏の握手会に向かう際、品川→平和島でこの編成に乗ったのは今でも覚えている。懐かしいな、この記事出すのが7月18日の予定なんだけど、その握手会は令和元年7月15日のことだった。6年が経った今もイコラブちゃんを好きで応援しているのは変わらない。一時期なかなかオタク出来なかったこともあったけど、いかなる事情があろうとも、そこはまあ私が不義理ってだけだ。最低なオタクだというのはわかっている。

差分でもう1枚。楽しかったなあ、イコラブちゃんの現場に通ってた令和元年度。ちなみにあんにゃの配信が終わったタイミングで今度は同じく=LOVEの大場花菜さんの配信も始まったので、そちら優先ということで配信終了後に続きを書いていこうと思う。にしてもイコラブちゃんのイベントに行く時に乗った編成について言及していたら推し2人の配信が始まるってすごいよなあ。デュフフ。勘違いしてんじゃねえよキモータヒッキーが。無論推しのことは好きだけど、こういうのはネタで書くから面白いのであって、間違っても「誰それ、俺が来て嬉しそうだった」という勘違いオタクになってはいけない。そんな奴いんのかよ(笑)。キモ!

実はこれが撮りたくてずっと居残りしていた。2133編成の2100形としては2代目となる京急ブルースカイトレイン(2100形初代ブルスカは2157編成)。ブルスカだから撮りたいというよりは、以前も書いたように私にとっては2100形の中で一番遭遇率が高く思い入れがあるからというのが一番の理由。京成線内で撮れる車両ではないし、仮に8E(2100形8両)に京成直通運用があったとて千葉線に来るはずもないので、こうして京急線内で撮る以外ないからね。

差分1。できればいい光線の時に撮りたかったのだけど、私が文庫に着いた時点で三崎口付近にいたものを一連の京急撮影記第1弾あたりで撮っていたので、それが泉岳寺で折返して帰ってくるまで待っていたらこうもなってしまう。残念極まりないが、またリベンジしに行けばいいだろう。それこそ祖父の墓参りだって中途半端に終わってしまった訳だし、何よりも千葉県に帰ってきた今は神奈川県なんてすぐ近くだもの。いやそれ言ったら大学生の時に住んでいた山梨県に関してはお隣だったでしょって話だけど。

2133編成なので3枚載せちゃいますねグへへ。このブログのURL・私のユーザー名に入っている2133という4桁の数字はこの編成に由来する。インターネッツに発信側として足を踏み入れて10年半、Twitterはじめ各種SNSの半値は二転三転しつつ2133要素はここに今も残っているというぐらいには思い入れがある車両。赤かった時代の方が圧倒的に遭遇していたはずではあるけどね。中3の終わりに高校受験が終わってはじめてスマホ(あいぽん6s)を買ってもらった時は嬉しかったな。今は死んでいるが中学の同期の大半はもうスマホ持ってたので、ガラケーだなんだってバカにされたっけ。ガラケーなめんなよ。
そういえばブルースカイトレインの青って三浦海岸の海と羽田空港の「空」をイメージしてるんだったね。
空って聞いてやっぱりこの曲は外せないよね。今回の一連の京急撮影大作戦の第1回目でも言及したけど。=LOVEの13枚目シングル「この空がトリガー」です。切ない片想いを描いた歌詞とイケイケの曲調が特徴で、私のイコラブ楽曲ランキングでもかなりの上位に食い込んでくる曲。誰にも言えない恋も伝えられない恋も普通の恋愛、という作詞者のコメントで私も救われた。いやもうとっくに恋愛諦めてるけど。
電車の話に戻ろう。あの曲の話をすると記事が終わらなくなる。

2133編成とまた会える日を楽しみに。この電車が好きだから。京急を頻繁に撮ること、またそれをこのブログで取り上げることは私が結局大学院を辞めて千葉県に帰ってきてからのことになるのでここ最近の写真ばかりになるけど、そんな頻繁に通える路線ではないが(つっても記事の本数だけに鑑みたらそうも思えないけど)これからも時折記事を出していきたいと思う。

閑話休題。今回の京急撮影記GW2025シリーズで何回目の登場だろうか…まあ1時間半近く同じ場所に居座っている(何回か立ち位置は変えた)ので多少はね。

挨拶ができない子はJ-TRECを覗きながらどこかに行ってしまった。ウケる(笑)。なお私が帰り際にチラ見した(お前もしてるじゃねえか)際は東急6020系っぽいのが組成されていたほか、謎のステンレス鋼体がポンと置かれていた。アレが何なのかは知人からの意見を募ったものの不明。

浦賀行として撮った1573編成が折返して帰ってきた。そのあいだ酒を飲むか電車を撮るか敢えて自信の欠片もないちっせえ声で周りが見えていない可哀想な電車くんにお気持ち表明するかしていなかったのが私だ。恥ずかしいね。将来が心配になるし、某氏そんなんじゃ困るんだよぬぁあああ!
ここまでだいぶ駆け足で書いて来たつもりだったが、やはりどうしても京急撮影記では語りすぎてしまうみたいだ。いや京急に限らないけど。撮影した写真のうち京急のものについては残り少しとなるが、次に京急撮影記かつ新規撮影写真で更新する際には今回の長かった文庫~八景間での撮影の残り分ならびに帰り道について書いていきたい。

それでは本日もお読みいただきありがとうございました。なお似たような記事が連続してもお楽しみいただけない可能性もあるので、明日19日は予備で下書きに投げていた過去画記事を投稿、20日と21日は既にセットしてあった高校生時代の記事を投下、今回の記事の続きは22日に投稿させていただく予定です。何卒よろしくお願いいたします。
執筆 令和7年5月上旬