ひがなり雑記帳

自称青森県産千葉県人。京成とJR東日本が主食の撮り鉄・乗り鉄・呑み鉄のブログです。イコラブの推しも好きです。

アフィリエイトのアクセストレード

令和元年12月 イコラブちゃん6th握手会関連のあれこれとE233系NN出場、富士急6000系ヘッドマークとフジサン特急・フジサンビュー特急。

補欠要員として下書きにポイしている過去画記事です。まあいつ公開するかは不明なんだけどね。記事が出せないよりはいいでしょ?という魂胆である。目指せ1000日、目指せ2000日。過去画ばっかではなくて最新画像での更新も進めたいんだけどさ。

今回は令和元年秋から冬の写真で書いていく。イコラブちゃんのイベントだったり、それ以外だったり。日常要素の方が強くなってしまうものの、できるだけ電車の写真も貼っていくので少しでもお楽しみいただけたら幸いである。

 

回9432M T42

とりあえずこのブログでは未公開だった可能性が高いT42編成のNN出場。この記事の骨格は中央線グリーン車が正式にサービス開始する前の令和7年2月に書いているが、この編成は既に去年の時点でグリーン車を組込んで12両で活躍ちう。従来のE233系0代とグリーン車の車番末尾2桁の大半が一致していないのは、遠くない将来に機器更新時期を迎えるE233系0代を機器更新と同時に編成短縮で現在211系や209系が活躍している線区に転用し、車齢の若いグリーン車は後継となるE235系か何かに組込みなおすことを見込んでいるからではないかと推察しているが、でも機器更新始まるらしいし、真相は不明。

 

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マト118編成(当時)もNN出場。なんだっけ、機器更新だったっけか。何かしらの理由がないとまあ長野に行くわけもないので機器更新か何かだったんだろうとは思う。元々黄色い総武線の電車だった同編成は上野東京ライン開業に際して増発用として転用された編成だったんだけど、この翌年に再び長野総合車両センターに入場して8両の武蔵野線用車両となり今に至る。

 

これは翌年の

私はまだまだ武蔵野線で勝負できる器ではないが、現Mu22編成となった同編成は松戸転属に際して設置された電気連結器が出場の時点で残置されていた。これを撤去するのもまあ面倒だろうし、今もまだチャームポイントとして残っているのではないかと思う。もっとも先ほどの出場を撮った時にはこんなの見られるとは思わなかったけど、この話はまた別の話だ。

 

次。ラーメンの話行きます。

T42の後の撮影。甲府でも名古屋でもお世話になった兄のようなヲタクとの会食。俺またラーメン食ってたのか(笑)。あの方には本当にお世話になったどころではない。今の私は彼あってこそとすら思っている。その話についてはこの翌月の話としてその時に書かせていただきたい。恩人以外の何でもないもの。

 

推しである山本杏奈(以下あんにゃ)さんに出したファンレター。届いたかなあ。しかし今でもあんにゃのことだって応援しているし好きだ。私の気持ちが届いていたらいいなと思う。ドルオタとしての私は今度こそイコラブに骨を埋めたい。

 

そんなイコラブちゃんが富士急とコラボしている電車が走っているので、じゃあ撮りに行かないとだよね。

 

富士山が綺麗だ。光線はまあアレだけどさ。富士山は日本の山であり日本人の山であり、汚らわしい公害インバウンドのものではない。富士吉田の地元民の皆さんマジで迷惑だろうなあ。先ほど富士山は日本と日本人のものと書いたが、私は富士山の所有権をめぐる山梨県静岡県例のアレに関しては介入するつもりはないので各位ご承知を賜れたらと思う。でも富士山ナンバーってかっこいいよね。

 

休みなので明るい時間帯から飲んでいた。まあ当時のバイト先は別に呼気検も何もないので、サボってばかりのクソみたいな後輩の代打で夕方から少し酒飲んだ状態なのに急遽出勤したこともあったけどね。それは例の後輩が悪い。そいつはどうでもいいが、このビールの缶のカエルくん可愛いなあ。犬猫にしろカエルにしろ魚にしろ、可愛い動物だけ眺めて生きていきたい。

 

さて、本命のイコラブちゃんコラボの6000系を撮ろう。当時山梨に住んでいたイコラブヲタクの私にとってこれはもう案件以外の何でもない。運命感じたよね(そこまで限界ではない)。

って気合い入れて撮りに来たらなんか側面がうすうすくんで終了。日頃の行いだね。この月末に曇りではあるが一応リベンジしているのでまあいいだろう。またイコラブちゃんと富士急さんがコラボしてくれる日が来たらそれほど嬉しいこともない。

思えば東関東道を走る我が家のファミリーカーだった1Tトゥーランから見ていた元京葉線205系を大学生になってからこうして撮ることができた上にイコラブともコラボしてくれているなんて、幼少期の私は思いもしないことだろう。トゥーランに関してはフォルクスワーゲンゴルフベースのミニバンで、サイズ感で言うならフリード以上ノア未満ってとこだ。いや恋人以上、好き未満みたいに書くんじゃないよ。いい車だった。

 

富士山ビュー特急の元371系、現8500系。2016の数字は運行開始した年なんだろう。水戸岡氏のデザインについては賛否両論あるが、個人的には少なくとも富士山ビュー特急は好き。一度乗ったことがあるが、普通にまた乗りたいと思えた。4月なのに雪が降っていてカオスだったというのはさておきね。JR東海所属だった車両をJR東日本長野総合車両センターで改造して富士急で運用しているのも冷静に考えたらなかなか面白い。

乗って損はしないと自信を持って言えるので、是非皆さんにも乗ってみていただけたら幸いだ。色々な事情があるとはいえ、富士急線内から出ることはなく大月~河口湖のみでしか乗れないのがもったいないとさえ思う。富士回遊のE353系も恐ろしく快適だが、それ以上の感動がある。

 

フジサン特急の8000系、元は小田急20000形RSE。先ほどの8500系、元JR東海371系共々、小田急JR東海を直通する特急あさぎりに充当されていた車両。同列車は現在特急ふじさんとして小田急50000形のみが充当されているが、かつてのあさぎりは両社ご自慢のフラッグシップ車両が充当されていた。かつてあさぎりとして同じ線路を走っていた両形式が富士急で第二の人生を送っているのがなんかエモい。想いは、引き継がれる。フジサン特急は先代も現行も乗ったことがないので、いずれ乗る機会があることを願う。回遊とは異なり大月での乗換えという手間が生じるが、乗換えてでも乗る価値はあるだろう。

 

別の日に一人で飲みに行った時の写真。当時のこの店は座席でタバコを吸えたのがよかった。そして飯テロとして私が自爆しているのは書くまでもないだろう。

 

当時住んでいた家から見た朝の景色。もう住んでいないからこういうのも出せる訳だ。甲府盆地の冬の朝は本当にいいものだった。空気は澄み渡って盆地を囲む山々もとても綺麗で、空気自体が千葉や名古屋とは比べ物にならないレベルで美味しかった。それはもう寒い朝で毎朝空気が肌を突き刺してくる寒さだったけど、そんな中で吸うタバコがまた染み渡ってよかったものだった。

握手会に行く時に撮ったんだろうな。思えば当時大学2年生の私は1限目こそ寝坊ばかりだったが握手会には一度も寝坊しなかったもの。それが当たり前なんだよ、オタクとして。大学生としてどうかは知りません。所詮私の頭なんてそんなもんってことだ。

 

イコラブちゃんの握手会に来ました。直接会えるって大切なことだよね、翌年に中国の武漢で発生した新型コロナウイルスの影響で改めてそれを実感した。無論当時の認知は切れているだろうし、別に覚えていてもらうことが全てではない。コロナ禍で握手会がなくなりしばらくオンラインお話会だったのとヲタクへの同族嫌悪が足の遠のいた原因だろう。オンラインお話会は何がアレかって、私の映りが悪いのがね…。あと院試を控えていたのと遠距離とはいえ恋愛に予算を割いていたのも原因か。何はともあれ不義理な奴だなという自分への嫌悪感がすごい。

 

さなつん(諸橋沙夏さん)…うどんだよ…。今もお世話になっているヲタクの皆さんと会食の時に撮った1枚。限界みがやばい。写真撮った後に1人虚しくうどん食べるんだろ?恥ずかしくないのかね。1人じゃないので別にまあ。なんかこの時にゆりかもめの新車が増えていて面喰ったのを今になって思い出した。

 

 

その元ネタについて、せっかくなので厳重に厳重にモザイクをかけて発言元の人権に最大限配慮した上で公開させていただこう。面白い。実に面白い。内通者はいたのだ。

私は日々、報道等で推定無罪の法則を覆して被疑者に過ぎない人間の人生が壊される等の人権侵害にそれはもうとっても心を痛めているので、このような形で人権とプライバシーの保護の重要性に基づいてモザイクをかけさせていただいていることをご理解いただきたい。このタイミングでこれを出したことについてだが、こいつと繋がったのがこの時の令和元年12月14日の握手会だったから、それを記念して今回書いたわけだ。記念カキコってやつ。大丈夫だって、本人どうせこのブログ見ていないから(笑)

 

握手券。既にあんにゃには認知をいただいていたので「よ!」って感じで会いに行ったっけ。ログが既に壊れていて復旧していないスマホにあるのがアレ。なお私はあんにゃがMCを務めるラジオ「マヨラボ」で私のタイピング能力が上がった。タイピング速くなったのが実はブログではないという(笑)。令和7年3月の幕張でのお話会で伝えさせていただいた。いや~ほんと楽しかったな、あの頃は。恋愛なんてどうでもよくてバイトと推し活と時々電車を撮っていたあの頃は能天気だった。だがそれが楽しかった。もしかしたら私の長くないであろう人生の最盛期だったのかもね。

 

会場からバスで東京駅に抜けた。道中では先ほどスクショを貼った例のびゅうタカサキ君(仮名)からのマシンガントークがきつかった。初対面で「ああこの人ムリだわ…」ってなることってあるよね。直接何かしたわけでもないのにブロックされたというが、直接してないってことはきっと間接的には何かしてたんだよね。裏でコソコソとドブネズミみたいなことしかできない可哀想な子(笑)。北小金先輩みたいって書いた方がいいか、ドブネズミなんて書いたらドブネズミに失礼だ。なんかこう、初対面で察するものって色々とある気がする。私がそちら側にならぬよう今一度気を付けたいと思う。

 

まあソイツが初対面で色々と個人情報をゲロってくれたおかげでこの1年半後ぐらいに内部通報制度を使えたんだけどね(笑)。いや、そ、そんなことしてませんよ!本当に。そもそも内部通報ってどこに何を通報するんだよ(笑)。調子乗ってイキって書いてるだけです。私が。イッヒッヒ(笑)

東京駅の丸の内口駅舎も復刻されて10年ぐらい経つんだっけ。一度ゆっくり撮りに行きたいんだよなあ。

 

先日も同じルートで東京ビッグサイトから東京駅に抜けてて、その記事においてはそのまま千葉県に帰っていたが、この頃は甲府に住んでいたので中央線で新宿を目指して甲府駅を目指して帰る。この年の10月下旬~12月はほぼ毎週のようにイベントがあって楽しかった。今までの人生で一番楽しかったかもしれない。

松本行最終のあずさ35号(当時)で帰ることとしよう。当時のダイヤ基準では新宿20時発のあずさ33号を逃すと金曜限定の臨時かいじ号を除外した場合はそれまでの30分間隔が崩れてこの35Mまで新宿場面で1時間の間隔が開くのは今も一緒。それが悪いとは微塵も思っていないが、35Mにはお世話になったなと回顧している。ただ、今甲府に住んでいたら敢えて時間ずらしてかいじに乗るだろうな、コロナ禍でも令和3年秋なんて普通に混んでいたし。

今回は関係ないが、下り最終かいじ(当時23号、現59号)のエモいところは大月付近で列車に乗っているのに日付が変わるあの感覚だ。京成線・総武快速線の終車で帰る時も同じく車内で日付は変わるんだけど、でもなんだろうか、E257系であれE353系であれ、特急の車内ってのがエモい要素なんだろう。※総武快速の終車にあっては東京から乗る場合は既に日付が変わっています

 

後ろ3両はS202編成

ちなみに今のあずさ55号ねこれ。令和7年3月改正で中央線の特急はちおうじ・おうめが廃止になった一方で夜の下りあずさ・かいじが東京始発になる上に、この記事はどう頑張ってもそうなってからの公開なので、果たしてそれがどのような結果になるかについては見物だ。強いていうのであれば、東京始発に延長された各特急が東京・新宿~立川・八王子の客で占拠されて山梨県と長野県のユーザーが特急に乗れなくなるようなことにはならないといいけどなあ。お気持ち表明に過ぎないけどさ。逆に中央線グリーン車に関しては、あえて中央特快・青梅特快・通勤快速ではなくただの快速に乗って時間をかけてゆったりと移動する方が空いていて価値も高そうだけど、その辺はまた別の記事でゆっくりと書きたい。

 

※別の日の撮影

帰りのあずさ35号のうち後ろ3両は先述の通りS202編成。E257系0代の定期運用終了まで、少なくとも私が見ていた限りではS102編成と組んでスーパーあずさ専属で動いていた編成。まあ写真は回遊で、この握手会よりも後の撮影なんだけどね。E353系への統一でそれまでE351系とE257系0代で別れていた運用を統一して予備車を減らせたのは大きいかと思う。にしても353って本当にかっこいいな。乗っても快適だし。

 

夜ごはん。浅草ヨシカミさんのロースカツサンドをいただいていた。実際まじでうますぎ。新幹線や特急で食べる駅弁って何で美味しいんだろう。別に新幹線や特急以外で食べても変わらず美味しいんだけどさ。

 

ああ、できあがってますね。何がbだ。缶ビールとアイスってなかなか見ない組合せだね。当時のことを全て覚えている訳ではないが、しかし一つ確実に言えることがある。それは推しのおかげで私が幸せだったということだ。別にそれは今でも変わらない。推しを前にして上がる頭などない。でも本当にこの頃は楽しかったなあ。願わくは戻れたら、イコラブ関連以外も主に人生という面で色々とやり直すことができたのかなと思ってしまう。まあ過去なんてどうやっても変わらないんだけどさ。

 

これはまあまた別の日(数日後)なんだけど、こんな感じでした。はい。恥ずかしくないのかね。親会社にTwitterでの不適切な言動をチクられるよりは恥ずかしくないかな。あれか、仲間から撃たれるとは思わなかったってか(笑)。そいつはまあ死んでいるのでどうでもいいが、この写真は帰省に際しての写真。また別な記事で言及すると思う。

 

執筆 令和7年2月28日 ※4月9日加筆修正・校正

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