当ブログで海外の鉄道を扱うのは年に1回かその程度だが、今回は令和元年夏に家族旅行で訪れたドイツ・ベルリンの鉄道の写真を振り返っていきたいと思う。翌年に中国の武漢で新型コロナウイルスが発生したこともあってこれ以降私が海外に行ったこともない訳だが、ドイツは楽しかったしビールも美味しかったので、いつかまた訪れる機会があればと思う。アウトバーンも運転してみたいけど、国際免許を持っていたとしても海外での運転は怖いから無理かなあ。ワーゲンやBMWの本気を試したかったんだけどな。

こちらはベルリンの近郊列車のSバーン(S Bahn)。S5とあるのでヴェストクロイツからシュトラウスベルク北を結んでいる市街線の電車で、確か481形だったと思う。ごめんなさい、当時も今も欧州の鉄道は専門外なので、この記事の正確性は保証できません。なんかGTOインバーターっぽい走行音だったような記憶はある。

ベルリンの壁を訪れた際に撮影したベルリン市電。最新の車両がこれで、フレキシティ・ベルリンと名付けられている。ベルリンの壁を訪れた際には確か市電は使っていないのでどうやって乗るのかはわからない。ごめんなさい。家族旅行(親父を除く)とはいえほとんどを海外旅行に強い母に丸投げしていた最低な長男が俺って訳ですね。いや最低だ(笑)。社会人になってからも私は結局家庭は持っていないので、国内旅行なら私が担当になっているけど。

再びSバーン。S7と書いてあるのでポツダム中央からアーレンスフェルデを結ぶ市街線だね。土地勘がない上に記憶もあやふやなのでどこまで会っているかわからないけど。
なおSバーンは基本的に各駅停車。中央・総武線や京浜東北線(各駅停車)みたいな感じの解釈でおkだと思う。また私が乗車した路線では信用乗車で駅の改札がなかったので、それこそ不正乗車の慫慂をしてくるような警察マニアの方からしたら天国のような路線でもある。しかしそこはそんなに甘い社会ではなく、抜き打ちの車内改札で無札だと罰金も一緒に徴収されるシステムとなっている。正規運賃はどこの国でもちゃんと払いましょう。
我々一行は純正の日本人なので、最初の列車だったかな、乗ってすぐに車掌がすっ飛んできて車内改札という出来事もあった。でもごめん、ちゃんと買ってます(笑)。とはいえ私はドイツはそこまで嫌いではないので、別にそれ以上でもそれ以下でもないけど。オーストラリアは不愉快な思いをしたので二度と行かん。

こちらはベルリン地下鉄のF形と言われる車両。なんか銀座線でも走ってそうな車両だな~って思いながら撮ってました。ベルリン地下鉄はUバーンと呼ばれているそう。私ドイツ語はからっきしだけど、どうせなら大学生の時にドイツ語も履修しておけばとは思う。俺がわかるドイツ語なんてフォルクスワーゲンとBMWとメルセデスベンツぐらいだもん。それはわかるって言わねえよ(笑)。あとこれはわかる。Aus Freude am Fahren. 駆け抜ける歓びという意味だね。
なおUバーンはかつてドイツが東西に分断されていたこともあってかなりの歴史があるらしい。私は日本史オタクなので世界史にはどうしても弱いものの、イギリスの首相だったチャーチルが「大好きなドイツが2つもある」という皮肉を言ったという話はブリカス全開でとても好き。イギリス人の皮肉は基本的に親しみと愛を込めたものだからこそのジョークだろう。

一旦お食事シーン。ドイツは酒も飯も美味しかったイメージ。ベルリンまた行きたいなあ。この時に利用したテーゲル空港はこの翌年に閉鎖されてしまったのが少し残念。あの地方空港感マシマシな空港が海外にもあるんだなって感動した覚えがある。旅行編ということで別途ベルリン旅行のエピソードは別記事で書きたいと思う。

確かベルリン中央駅で撮った気がする。欧州の電車マジでわからないよ~。ドイツ国鉄のRE・RBは快速・普通なので、JRでいうところの総武快速・横須賀線、東海道線、宇都宮線、高崎線、常磐線快速あたりという解釈でいいのかな。海外の鉄道を見ていると日本の鉄道ってマジで独自の進化を遂げたんだなと改めて実感する。よき隣国である台湾の在来線も必ずしも日本と似ているかと言われたらやはりそこには違いもあったしね。

こちらはブランデンブルグ行?のタレント2と呼ばれる442型、で合ってるのかな。間違ってたらコメントか何かでこっそりおせーてくだちい。車体傾斜装置を積んでいるのであのように若干車体がまるっとしているみたい。これはせっかく海外に行って撮ったのにLEDを止めていないので、LEDイキリ流し小僧(ちゃんと撮ってなかったツケ小僧)が見た日には嬉々として叩きにきそうだ。実に恐ろしい。戸締りしとこっと。地獄で待ってるぜ。

多分ICE2かなあこれ。欧州の高速列車は私ジャヴェリンとユーロスターしか乗ったことがないからいずれヨーロッパ旅行する際に乗れたらいいなと思う。どこの国でも酒を飲めるであろう年齢となった今、海外で「あの日本人めっちゃ酒飲んでるんだけど」ってドン引きされそうではあるけれど。残念ながら、ロンドン近郊以外の土地勘はないので私が1人で行くと無事に迷子になる可能性が高い模様でもある。

RE7と見えるのでこちらは快速か。Regional Expressの略とのこと。REは主要都市同士、RBは主要都市と地方都市を結ぶみたい。ドイツの鉄道も沼に落ちたら大変なんだろうな。して背景の建物も明らかに日本ではないので、なんかこうして再現像して記事を書いているともう6年近く日本から出ていないこともあって新鮮に感じる。まあ日本が一番なんだけどさ。

こちらはドイツ鉄道ではなくポーランド国鉄の機関車だっていうんだからもうびっくりだよね。いやまあ島国である日本に育つとどうしても他国の鉄道車両が直通してくるってのが俄かには信じられなくて、とユーロスターにロンドン~ブリュッセル・パリでそれぞれ1往復ずつ乗っている日本人が申しております。こちらは「ベルリンーワルシャワエクスプレス」で、ドイツ鉄道とポーランド国鉄の混成で運転される列車。列車で国境を超えることができるというのもやはり欧州というか大陸だからなんだろう。

ET445型気動車。ベルリン中央駅、カーブはしていてもあんまりエキセンで撮りやすいって訳でもなかったね。ちゃんちゃん。今度はもう少し予備知識を付けた上でドイツ旅行も行ってみたい。ベルリンもいい街だったしね。まあテーゲル空港からのバスを降りてホテルに向かう時の歩道がタバコの吸い殻でびっちりだったのは少しビビったけど。

街中でSバーンの481型を撮った一コマ。そんな金ないけど久しぶりに海外旅行に行きたいなと思ってしまう。ドイツではそこまで不愉快な思いもしなかったし。まあ俺がドイツ語できないから気が付かなかったのかもだけど。オーストラリアのケアンズ(当時4ちゃい)は論外、ロンドンにある世界の盗品を集めたとある博物館もおつりちょろまかされたしなぁ。ベルリンは重ね重ねいい街だったと思うけど友好都市が中国の北京ってのがなぁ。中国は中華料理以外は要りません。

鉄道車両はここまで。こちらも481型電車。いつかまたベルリンに行く機会があれば是非もっとちゃんと撮りたいと思う。またベルリン旅行記に関しては公開予定こそ未定ながらも改めて書き上げる予定なので、そちらもお楽しみいただけたら幸いだ。来年かなあ、まだ大学生時代の過去画で未公開の記事もこれから書いていくつもりだし。

最後にその予告も兼ねて数枚書いていきたいと思う。詳細はベルリン観光記事で触れるが、こちらはかの有名なベルリンの壁。私が生まれた頃には既に崩壊していたが、こうして一部が残っている。教科書で見たものを実際に見るというのはやはり強いインパクトを感じたものだった。まあ高校では日本史履修してたけどさ。百聞は一見に如かずというか、そういう意味では日本国内の原爆ドームだったり沖縄だったり、そういうものも私は日本人として見に行かなくてはならないと思う。

今回の旅行に際しては成田~シャルルドゴール~テーゲル空港でエールフランス航空を利用していました。流石に全部エコノミーだったけど。ボーイングの777-300ERが置換え対象になったりJALでも国内線の737-800の置換えの話が出ていたりすると何か年を感じる。まあ成田と羽田に747-400が来なくなってから久しく飛行機も撮っていないけど。なおこの時にテーゲル→シャルルドゴール→成田のいずれかの行程で私のスーツケースが壊れました。欧州のグラハンは普通に荷物投げるからまあ仕方ないと言えばそこまでだ。投げることの是非について言及したいわけではなく、あくまでも事実としてっていうアレなので、そこらへんは文脈を読んでいただければと思う。

ちなみに欧州から帰国した人って大半の人は時差ボケで大変だと思うんだけど、普通に一旦実家に帰宅してからシャワーを浴びて仮眠もせずに日比谷の野外音楽堂で開催された=LOVEと≠MEの合同ライブ”24girls”に参戦してました。アホか(笑)。アホだよ。もうこれから何年も経つわけだけど、ドルオタとしての私はいつも書いている通りイコラブに骨を埋めたいと思う。この時のライブで当時最新の表題曲だった「探せダイヤモンドリリー」のコールの前に「オタクの皆さん!」って叫んだら見事に配信の映像に収録されてしまったピンチケのブログがこちらになります。ただのアホ(笑)。こんなこと書くとまた北小金先輩が斜めに構えてるオレカッケーアピールで俺の名前や顔や住所晒してんのかな(笑)。もう死んじゃったから無理か(笑)。先輩だと思ったことないけど。
でも楽しかったなあ。カメコしてたけど結局翌朝の4時まで現像してたのは覚えている。
してもう1枚だけ。この頃はまだE235系1000代は発表されたPDFの中にしかいなかったので、無論帰りの総武快速線(撮影地は新橋なので横須賀線)はE217系だった。この編成との思い出は既に過去記事で書いているので割愛するが、しかし私の日常、そして「推し活」の中にもE217系がいたんだなと思うとなんかエモい気持ちになる。1両ぐらいどこかに保存されたらいいなと思うが、どうなることだろうか。まずは執筆日の時点では鎌倉車両センターで寝ている編成との再会を楽しみにしたいと思いつつ、改めて素敵な思い出があることを感謝したい。なお成田空港への往復に関してはどちらも家の車だったので…そこはサーセン。実家の車の話をすると本当にこの記事が終わらなくなりかねないので、また改めてベルリン旅行記の記事を出したいと思う。せっかくドイツ車だった訳だしね。まあその車が生産されている工場ってドイツではなく南アフリカだから、実はあの子はドイツを知らないんだけど。
執筆 令和7年4月6日
