皆さんこんにちは。本日の過去画は平成28年(2016年)に撮影した都営新宿線の電車の写真です。なんでこの時の写真は残っているのだろうか。というのも、当時はホームドアなんてなくて撮り放題だった上に、メトロ・都営共通の1日乗車券で何でも撮り法放題だった(共通1日乗車券はまだあると思うけど)ので、確かこの日は1日中色々と撮っていたと思うんだけどなあ。その時の写真もあれば絶対にいろいろと書けるネタもあったことだろう。

10-000形が懐かしい。なぜこの時に新宿線にいたのかはもう覚えていない。10-300R形目当てだろうか。この顔の10‐000形がいたのが懐かしいが、しかし今でもいるような気がして何とも言えない気持ちになる。都営車は基本的に短命であるイメージしかないが、そう考えたらこの車両は長生きできた方だったのだろうか。新宿線、甲府在住時代は帰省に際して本八幡→新宿で時折乗っていたのが懐かしいが、既に10‐300形しかいなかったはず。多分。今の新宿線、急行がほぼ皆無なのは少々残念。まあ時代の変化なんだろうけど。この時から数年して大学生になってからは時折新宿線の急行にもお世話になっていただけに残念だ。あの地下駅をぶっ飛ばしていくのが乗ってて楽しかった。したらお前の本拠地の4直に含まれる浅草線のエアポート快特はどうするんだって話だけどさ。

なんて書いていたら急行来ましたわ(笑)。時刻表見たけどマジで全然急行がなくてアレ。まあ千葉市民からしたら新宿線を使わずともJRで新宿まで直行できるとはいえ、でもなんかなあ。急行、新宿に出る時はとっても便利だったんだけど。このノリで浅草線のエアポート快特がなくならないといいなと思う。いやそれはマジでないだろ(笑)。

めっちゃ10‐000形いるじゃん(笑)。贅沢な時代だったな、もう8~9年も前のことになる訳ではあるが。10-000形を置換えた10‐300形のうち8両で製造された編成も10両化のためだけに廃車になっているのがもうまたね。嫌味ではなく、お金持ちっていいですなあという感想しか出てこないと書くのは簡単。実際は減価償却期間を終えているのであれば帳簿上は…という話になる訳だし。しかしそれでも東京都交通局はお金持ちだなあと思ってしまう。

また10‐000形で草。しかも8次車だし。思えばこういうデザインが好みかもしれない私さん、もっと昔から撮っておけばよかったのになあと思ってしまう。京王線内の快速なんかも。まあ不正乗車してまで撮りに行こうとしていなかっただけよかったけどね、そっち側に流れなくて(笑)。「無理して正規運賃落とさなくてもいいんだよおお???」あれマジでドン引きした(笑)。「無理して」って、ほんと私のことを心から見下していないと言えないよね。そんな奴を居候させてやることになるなんて、この写真を撮った時の私はまだ知らない。毎度毎度仮面被ってテンション合わせるの大変だったなあ。※妄想の話です

こちらは10-300R形の急行。皆さんもご存じの通り、中間車は10‐000形なのに先頭車だけ新造したアレ。この10-310Fはこの平成28年度に廃車になってしまっている模様。先頭車は10年程度の活躍だったのがもったいないけれど、しかし中間車だけ新造したところでその連鎖も終わらないので、まあしかたないんだろうなあ。新宿線の急行は急行灯(直通先の京王に倣うと識別灯でしたっけ)が点くのがいいね。まあ今は急行もないしホームドアがアレでそもそも撮るのが難しそうだけど。

少し前まではこんなのが普通に存在していたんだもんなあ。高校生の時に撮っておいてよかった…と思いたい。もう少しマシな場所で撮っておいてほしかったとは思うけど。こういう混結好きだなあ。

こちらは純正の(?)10‐300形。しかし何が恐ろしいかって、この編成も先述した新宿線10両化の際に廃車になっているということだ。流石に当時の私も10‐300R形の置換えぐらいは知っていたが、しかし10両化で普通の10‐300形も廃車になるとまでは思いもしなかった。幼稚園児の時に親に買ってもらった鉄道ファンで表紙を飾っていた新車のイメージしかないのですがそれは…。本当、たまげたなぁ。何ならE231系ベースな訳で、特殊な軌間等の問題こそあれど、その気になれば第二の人(?)生もありえただろうに…。そう考えると、浅草線5300形はまだ長生きできた方だったのだろうか。

最後に10-410Fまで撮っていた模様。えーこの編成も廃車なのー。ということはこの顔はもう4編成しかいないということになる。マジかあ…。まあ、思えばこの数年で新宿線を使う時は京王車を除くと10‐300形でもE233系ベースのあっちばかりだったしなあ。なんだろう、理屈は理解できるとはいえ、しかし「もったいない」この一言に尽きる。E231系ベースのこの顔の電車がバラされているところはあんまり見たくない…。なんならそのE231系の兄貴分である209系は令和6年の冬も房総ローカルで走っているのに、とすら思う。もっとも都営交通の様々な事情に鑑みると、まあ仕方ないし廃車した方が安くて楽なのかもわからないけどさ。
なおここまで書いていてギョッとしたことがある。下手な怪談より怖いけど、ここまで記事にした編成は全て現存しないということ。百歩譲って10‐000形や10‐300R形はまだしも、この時に撮っていてまだまだ現役だろうと思っていた10‐300形すらいないんだもの。まあ10両のを撮っていたら話は別だっただろうし、なんなら8両よりは10両の方がいいだろうし、事情はわかるけど。
同じ日に東大島かどこかで撮っていた3次車。顔変えるなら別の形式でもよかったんちゃう~~~~~ん?と言いたいところだけど、まあそれ言ったら京急1000形はどうなるんだって話か。
京王9749Fの急行。京王懐かしいなあ、甲府に住んでいた時は時折高尾からお世話になっていた。ガキの頃は親が携わった仕事の野次馬で調布に行く際も乗っていたっけ。準特急がないのが信じられないが、かといってこれといった写真もないのがアレ。ハローキティヘッドマークいいね。

九段下かどこかで撮った写真。こうして見るとひでえな(笑)。という訳で、今回の新宿線撮影記は終わり。まさか10-500Fと京王車を除いた車が、写真を焼き直して記事も書き直されている今、全て現存しないのが信じられないなあ。10‐300形1次車のうち8両なんて、まあ潰しても経営上の問題はなかったとはいえ、「寿命半分」コンセプトで作られた209系よりも短命になってしまったもんなあ。仕方ないのだろうけれど。
撮影 平成28年6月
執筆 令和6年11月30日

