なんか1本で収めるにはあんまりにも少ないからどっかの補欠要員にしようかなって思ってた写真とE217系Y-140編成廃車回送・またその時に撮った中央線・身延線の面々、そして最後にグリーン車に乗った時の写真を適当に詰め合わせて記事にさせていただこうと思う。まずは長野総合車両センターの113系からです(これどっかで公開してて被ってたらサーセン)。

実はこの見た目でも115系ではありません。車内の写真がなくて申し訳ないのだけど、こちらは元113系S62編成。113系の編成写真があればどれだけこのブログを潤すことができていたかという愚痴はさておき、かつて幕張車両センター所属のS62編成として活躍していたクハ111-249だった車両にタイフォンカバーを付けて信州色に塗り替えられて今に至る生首さんである。この写真を撮った平成30年10月の長野総合車両センター公開イベントでは運転席に立ち入ることもできていた。今年も公開イベントがあるのであれば是非ともまたこのブログで取り上げられる日を楽しみにしたいと思う。
なおこの車両の新製配置は静岡で、後に国府津から幕張へと渡り歩いた経歴がある*1が、幕張車として当初はスカ色だったが後に湘南色に復刻された経歴があり、私も小学校4年生?5年生?ぐらいの時に家族で館山に行く時に見かけたのを覚えている。して最後は信州色となって今に至るという経歴。

そんな113系の後継となった209系2100代・2000代は今日も元気に活躍中です。まあ6両の一部編成に廃車出てるけど。左端に小さく写る新京成N800形のジェントルピンクよりは長生き・・・するんだろうか。恐らくは来年度以降と思われるE233系転入とE131系増備でまた房総ローカルは変わるのではないかと思うが、したら総武線・成田線の例えば成東・成田以西や東金線なんかはワンマンになるんだろうか。E233系自体もワンマンを想定していた場合は将来的に8両のローカルが消滅する可能性もありつつ、流石に朝夕の千葉エリアでのラッシュに鑑みたら無理がある気もするので、まあないだろうと信じたい。でもまあ本体が本体なら千葉支社も千葉支社だからなぁ…。通勤快速廃止ビーム(久しぶりに使ったなこのワード)はまだしも特急で減車している以上、あんまり信頼できないとは思う。東海の中央線みたいに増便してくれるならまだしも、それはそれで人件費削減に繋がるかと言われるとアレだし。

あの113系を置換えた209系、個人的には房総ローカルの新型車両のイメージだし別にこれといって目に付くような劣化や老朽化はあんまり感じない(強いていうならここ数年の帯の剥げ方は一体なにがあったのかについては気になるが)ので、その点ある意味ではE217系より長生きしているのも頷けないことはない。いやマジで何でこの数年ここまで帯剥げてるんだろう。E131系導入で房総ローカルの輸送体系が変わってからもう4年、また房総ローカルが変わろうとしている。前回は千葉県を離れていてできなかったけど、まあもう千葉県を出ることもないだろうし、113系や211系、そして既に退役した209系6両でできなかった分、今残っている幕張の209系に関しては最後までその動向を追っていくことができたらと思う。いずれ廃車になる時は京葉車両センターに回送してそこからスーパークモヤかなあ。長野配給の追っかけなら庭みたいなものだからいくらでもプランのレパートリーはあるが、郡山・秋田になると管轄外への出張となるので面倒かも。郡山まで車で追っかける方が難しいし、秋田も新潟県内ならまだしも山形秋田エリアとなると道路の土地勘がないから何とも言えないし。

別の日だったと思うけど腹が減って移動中に立ち寄った駅そばで無性に食べたくなったカレーライス。この記事のこの部分を書いている日の夜飯もカレーだったんだけど、でもなんかマジで腹減ってきた。深夜のコンビニでラーメンでも買いに行きたい反面、緩めながらも食事制限はしているので我慢我慢…。たまに無性にカレー食べたくなることってありませんか?私は高校生の頃に給食でカレーが出た日(おかわりは当たり前だよなあ?)に部活を終えて腹ペコで家に帰ったら夕食がカレーだったことなら3回ぐらいありました。

そういえばE217系はもう本当に運用に入らないんですね。もう記事にしている写真で再掲となるのでこの一連は駆け足で書くが、思えばE217系のグリーンに乗ったのはこれが最後だったような気がする。

津田沼で隣が消えたのでラッキー池田。乗り納めをしたいと思っていたんだけど、でもその計画より先に退役してしまったので、結局普段使いとして、それもたまたま偶然遭遇できたのが最後の乗車となってしまった。思えばいつも総武快速線で乗ってきた当たり前の存在だったE217系だからこそ、最後の乗車が私の日常の一コマだったのはそれらしく、それもまた一興だったのかもしれない。思い出が消えることはないが、でも未練がましいことを書くのであれば、中央線201系H4編成とH7編成みたいに何かの間違いで予備車として復活してくれたらいいのになんて思ってしまう自分もいる。まあないだろうね。

E217系で新記事を書くとしてもせいぜい過去画か配給関係以外はもうないだろう。あと1年いてくれたらと思いつつ、しかし思い出は消えない。消えないし、ずっと心の中に置いておきたい。私はE217系を好きでいられたこともE217系が当たり前の存在だったこともそれほど嬉しく幸せなことはないと思っているので、それでいいんだ。なんか113系の話を冒頭で出してしまったので、E217系にも触れておこうかなって思って、少しだけつい最近の思い出話をさせていただいてしまった。次の写真からは未公開だった写真に戻る。

E217系Y-140編成の廃車回送に向かってます。編成はS101編成で、多分かなり久しぶりに乗った編成な気がする。どうもお久しぶりです、お久しぶりじゃなかったらごめんね。豊田手前でこのあずさが前の快速に詰まったのは本命の配給輸送が遅れていたかららしい?でもバカが乱入して止めた説もあるよね。轢かれちゃえばよかったのにと思いつつ、仮に非常停止手配を執らずに運転士さんが罪に問われても気の毒なので無理か。

して立川手前でこれ。おいふざけんな(笑)。そもそも9両のあずさな時点で3両分の座席が少なくなっているとはいえ、残念。ほんと怖いんですよ隣に知らない人来るの。アレだろ、こういうこと書くとまた収益だなんだってうるせえのがネチネチネットリ(笑)。ウケる。大学生の4年間を中心に中央線特急の客はクソばっかだと学んだもの。しかしまあこの日のあずさが混んでいたのはてっきりみんな217を追っかけるのかと思っていたら普通に多客だっただけみたい。むう。

ちぇっ八王子から隣来たわクソが!って思ってたらなんか予想もしていなかったのがいた(笑)。もうとっくに富士急線内に搬入されていたのかと思ってたら八王子にいましたかそうですか。前3両は塗装を剥がしたのに後ろはそのまんまということで、まあ後ろ3両の方は部品取りになるのだろう。しかしまあ後から乗ってきて肘掛け使うとは流石中央線特急のバカ客(笑)。控えめに行って辞世の句を詠んでほしい。どっかのお茶のペットボトルに載ったらいいね(笑)。見えるところで書く私も私だけど。

205系に夢中になっていたらE217系を撮り逃がす始末。お前なにしに来てるの?ねえ。バカなの?はいバカです。
道中遅れが7分に拡大し、結局甲府には6分遅れで到着。こういう時に限って遅れる、なんて愚痴を書くのは簡単なことで、そもそも私とて大学4年間は中央線のお世話になった以上、そんなのが日常茶飯事であることぐらいはわかりきっているのだから。という訳で喫煙所で一服した後にいつもの撮影地に歩く。貨物の踏切待ちにあたって5分ぐらいロスしたけど、そればかりは仕方がない。仮に今回の配給が遅れた理由が非常識な屑鉄の乱入だとしたらもうそいつらも長野で一緒に解体されたらいいと思います。生きたまま。

影が気になるけど以前のどこかの記事と同様に38Mのケツうちからスタート。編成はS114編成だった。今私がまさに現像をして画像を投稿して記事の文の一部を書いているのはあずさ33号のS106+S210編成。車体傾斜装置があるとはいえ揺れるので酔わないといいなと思いつつ、E353系の車体傾斜が活かされる区間において車窓を眺めていると伊達に車体傾斜を積んでいないんだなあとなんかwktkしないこともない。

前回の配給まではこのかいじ31号の前を走る形で例の配給が運転されていたので、未だに来ないことに若干の焦りを覚える。これなら無理して東京新宿爆速乗換えをせずとも間に合ったじゃねえかよって(笑)。一説ではしばらくこの配給がないというが、流石にその頃は長野で雪が積もっているということも考えにくいので、次回以降は車で追っかけた方が効率がいいのかも。というか3月12日の寝坊した時もこの3131Mに乗ったのに甲府でギリギリ間に合わんかったのは何だったんだ…いやまあ俺の責任だけど。
今回は中央快速線一部電車・列車に遅れが出ていた一方で従来よりも配給の八王子発車時刻が10分以上遅かった。この日に限ってあの時刻に八王子を出したのか、はたまた配給のダイヤ自体がダイヤ改正で変更されたのか。こればかりは次回の配給が施行されないと判断できないが、何はともあれ厄介なことになったなとは思う。

あれっ前もF5編成の4007M撮ったような気がするけど…まあいっか。まあいっかの精神は大切。まあ運転でそれやったら終わりだけどね。とはいえ今回の程度のことであれば器を広くとってもいいだろう。ただ問題は恐らく全く同じアングルで同じ列車同じ時間帯に同じ編成の電車を撮っている可能性が高いということ。まあそういう日もあるよね。前向きに生きていきたいと思う。スーパーやコンビニの駐車場に書いてあるように。※その前向きは別な意味の前向きです

私が乗ってきた29Mからの接続待ちがあったことと身延線甲府エリアは単線であることから、先ほどのふじかわ号とこのワンマンは数分程度遅れての運転となっていた。それでも接続を待ってくれていただけいいんだろうと思う。なお接続を取る旨と後ろの4号車からの乗り換えが便利である旨の放送があずさの車掌さんからあったが、私が7年前に甲府に引っ越してきた時のかいじ号(M-112編成)でも似たような放送があったので、なんか少し懐かしく感じた。そうか、もう7年経つのか。

影が気になるけどもうのれそれ言ってられないので我慢。甲府で私がまさに今乗車しているあずさ33号待避のために15分以上停まるローカルで、その気になれば通過待ちでタバコを吸うこともできる(甲府駅中央線ホームには喫煙所があります)おいしい列車。それはさておいてこの先頭のN339編成は一時期幕張車両センターに所属していた編成でもあるので、またこうして甲府で会うことができて何よりである。延命工事対象のはずなので、まだまだ頑張る姿を撮れたら幸いだ。中央西線と飯田線での運用が撮りたい。
して踏切が開くことはなくそのまま本命がやってきた。これが所定のダイヤなのかどうかは不明。だって私に内部情報を教えてくれる「俺のダチ(ドヤ)」なんていねーもん。俺のダチ(笑)。ダチって言い方よ(笑)

4両単独をここで撮るとなんか微妙かもしれない。もう少し余裕のあるダイヤだったらカーシェアちょい乗りを食い合わせての追っかけも検討できたんだけど、余裕もクソもこれを撮ったらすぐに甲府駅に走らないと間に合わないのでそんなことをしている余裕はなかった。残念。

適当にロクヨンと山と架線柱。乗車中のあずさ33号車内にてやはり今回の配給の時刻がいつもと異なることを知る。さてどこでこの先撮るべきか…。もしまだ大船に残っている計4編成が全て東京総合車両センターでの解体となった場合はもう配給の追っかけも思いがけず最終回となる訳で、寝不足の頭をフル稼働させることになった。めんどくさ。それにE217系の配給が終わったらもう長野入出場でEF64を使うこともないだろうし、できるだけちゃんと撮らないとだからね。

枝はもう気にしないスタイル。いや気にしてください。某氏そんなんじゃ困るんだよぬぁあああ!!!!今回は団体表示で回送されていきました。あれ、そういや初期に廃車になった編成でもなんか団体表示でドナドナされていった編成っていたよな。確かY-51編成だっけ。
Y-51編成だったけどこの時も超適当に撮ってんじゃねーか(笑)。おい(笑)。もうダメだこの人。某氏そんなんじゃ困るんだよぬぁあああ!!!!一番困ってるのは俺だよ、おう。なんかなあ…大学生だったとはいえ甲府市民時代にもう少し配給も追っかけておくべきだったんじゃないかな。ほんと。
さて、先述の通り撮影を終えた私はその足で甲府駅にダッシュ。後続のあずさ号が2分遅れてきてくれたおかげで何とか乗車できたが、定時で来ていたら絶対に間に合わなかったことだろう。なんとかして追っかけを再開するが、この後に待ち構えている悲劇をこの時の私はまだ知る由もない。続きはJR東日本アプリからはお読みいただけませんが、明日更新の予定なのでこれまでの記事と併せてお楽しみいただけたらと思います。
