おはようございます。昨日4月19日の記事の続編みたいなそうでもないような記事です。平成31年2月下旬の撮影なので、6年前の話になるんだなあ。年取る訳だ。当時まだ大学1年生だったのに。
前回とは別の日の写真。珍しくバッスの写真からスタートです。

山梨交通さんのキュービック(で合ってるよね?)この日からしばらく甲府を離れるにあたり、まずは御屋形様(世間一般でいう武田信玄公)にしばらく甲府を離れる旨のご挨拶と無事に帰ってくることができるようにという祈願をしていた。これはその帰りの写真で、武田神社から甲府駅までこれに乗ったよってことだろう。
なおこの記事の写真のうち大半を占めるグーグルフォトから輸入したものだが、どういう訳か公開すると向きが京成車や松本車両センターの特急みたいにそっぽを向いてしまうというエラーが起きている。ごめんなさい。
さて、甲府駅着いた。台湾への短期留学にあたり出国まであと2日、甲府とも1か月お別れだ。

乗るのはスーパーあずさです。この乗車口懐かしいな。

E353系がきました。そりゃそうだ。でもこれ甲府駅を何回も使われている方からしたら何で下るのって話ですよね。それについては後述…も何もタイトルに書いているか(笑)。

この時も無論車内販売で信玄餅アイスを購入。車内販売自体は平成31年3月以降も継続したものの、駅弁やアイスにホットコーヒー等は平成31年3月改正を以て終売となってしまった。

松本では駅弁等を買って再び入場(ちなみに駅前にマクドがあっていいなあって思いました)。

さて、少し気が早いがE257系0代あずさの乗り納めといこう。定期運用終了までは3週間程度あるが、その日はあいにく台湾にいるのでどう頑張っても何を食っても参戦は不可能。そりゃ勉強しに行ってますからね。という訳で、出国2日前に松本→新宿で乗り納めをしてきた訳だ。まあ道中甲府手前で寝落ちして気が付いたら中野通過してるとこだったけど。何しに行ったの?

岡谷→下諏訪での1枚。この辺から時折富士山を見ることができるのは知っていたが、八ヶ岳っぽいのも見えるとは思わなかった。やったね。
なお乗車中の列車は特急「あずさ24号」で、甲府を16時半に出る列車。金曜であれば指定席は満席ということもざらだった列車。充当されていた編成はM-116編成で、改正を以て運用を離脱。記憶が正しければ長野に疎開し、同年(令和元年)10月の長野総合車両センター一般公開においては改造中の姿が目撃されていて、これにNA-13編成という表記があったことから2000代への改造は13編成なのかな~なんて思っていた。一時期はM-116が189系N102編成の後継として長野に転属するのかなあなんて思っていたこともあった。
長野総合車両センター一般公開についてはこちらも是非。

そんなこんなで新宿に到着。なんだか呆気ない乗り納めだった(こなみ)。E257系よさらば、1年間本当にお世話になりました。このブログが成長したのもE257系を追っていた1年間だった。
多分山手線で上野へ。

イブニングライナーで当時の実家があったうすいを目指す。まあ八千代台で降りて普通に乗換えるだけだけど。
実家に一泊。翌日は改めて荷物をまとめて羽田空港に前泊する。言っても1か月で帰ってくるというのに家族で前日に羽田空港まで送ってくれたほか、一泊して見送ってくれた両親には本当に感謝しかない。目的は半ば羽田空港に泊まることだった気もしなくはないけど。当時の実家の車はフォルクスワーゲンAWポロ前期型。あのラゲッジスペースによくあの量の荷物が入ったなあとふと思った。コンパクトカーに積載性を求めるなって話だけどさ。ポロちゃん、また乗りたいなあ。本当にいい車だった。それは私みたいな車ヲタも、車に疎かった私の母も、プロドライバーの方もみんな口をそろえていい車だと言っていることが何よりもの証拠だと思う。まあ思うところがないとまでは言い切れないけど。

出国前に夜の羽田空港を徘徊。デッキで何かしら撮っていた気もするが、はっきり書くと覚えていない。マジで。ただなんか国内線ターミナルには行っていたと思う。

して、せっかくだから京急で帰ろうと思って羽田空港国内線ターミナルから羽田空港国際線ターミナルまで京急に乗ったら京成車だった。あれはちょっと笑った。

翌朝。おはようございます。34R(C滑走路)からの離陸が見える。朝に羽田を出る便だったので、身支度をして集合場所に向かう。前泊できたから身体も楽でよかったわ~。

エバー航空のA330で松山空港(ソンシャンを目指す。)飛行機も一眼で撮っていたはずなんだけど。なので、

平成29年5月に成田空港にやってきたエバー航空のボーイング747-400で代用させていただく。おい受験生、何やってんだよ。これはさくらの山での撮影だったかなあ。撮るものがあるかと言われたら…ということで久しく飛行機も撮っていないが、たまにドライブを兼ねて久しぶりに撮りに行ってもいいのかなあ。キャセイのA350なんかは普通に撮ってみたい。

話をエバー航空のA330に戻す。こちらは機内食。機内食なくして国際線なんて言えないと思っているぐらいには機内食大好きマンなので、やはりこういう時はフルキャリアっていいなあと思う。LCCにまず乗ったことがないからどんなものかってのもわかっていないけど。バニラがピーチに吸収されたのは知ってる。なお当時19歳だった私だが、エバー航空の機内においては台湾の法律が適用されるため飲酒は不法行為でも何でもない。

機内食はこんな感じだった。いや~マジで美味しかった。これ深夜に貼って記事にする写真ではないな(笑)

台湾ビールとやらも気になっていたのでいただきました。フルキャリアだと酒も飲み放題でよかったなあ。人生初飲酒が飛行機になるとは思わなかったけど。

機窓から1枚。また台湾は行きたいなあ。外人が嫌いなのは他国での不愉快な出来事に起因することが多いが、台湾は別。マジで何も不愉快な思いをしなかった。唯一台湾で不愉快な思いをしたのは、弊学から同じ時期に来ていたクソ女学生共のふるまいや言動ぐらいっていう(笑)。あれは日本の恥だったね。ご冥福をお祈りいたします。国公立でも実質Fランだったし無理もないか。

そんな台湾には旅行ではなく留学で行っていたのでグルメ台湾なんてできないが、滞在していた新荘の商店街の行きつけだった店で食べていた涼麺。これに米を付けても日本円換算で300円程度、それでいて腹いっぱいに食べられるので本当によかった。

同じ大学から唯一来ていた男子学生と台湾での大学の友人数名とカラオケに行った時の写真。あのー、これ台湾での撮影なんですけど…(歌っているのは日本人の友人)。台湾はマジで楽しかった。現地の友人諸氏(皆さん日本語が専攻)からしたら生きた日本語を話す我々は最高の人材だったことだろうが、しかしそんなことを抜きに人として本当によくしてもらったと思っている。

本場の小籠包。ピンボケしてんじゃねえかよ。

台北101と呼ばれるタワー。読み方はたいぺいいーりんいー。勉強もだけど楽しかったなあ。少なくとも甲府のクソ元弊学よりずーっと充実した1か月だった。

猫様。こちらは短期留学末期に十份(シーフェン)を訪れた時の写真だ。これはまたフリーダムな猫様だ…。それでこそ猫だとも思うけど。

台湾人の方々もそうだがこの猫様も何という神対応。いや寝てるだけとはいえ、多分近くに私さんがいたのは気が付いていたはず。台湾の方は本当に皆さん優しくて心が温まったが、私が拙い華語で話しているとはいえ一発で日本人と見破られた回数は数えたらキリがなかった(笑)。普通に九份を観光していた時も、物腰柔らかいおばあさまに「日本の方ですか?こんにちは」と話しかけられたしね。まああの世代の方なら日本語は話せるだろうってのはわかっているが。

十份名物。もう少し撮っておいてもよかったかもしれない。異国の地でもスキルオタク発動!なおスキルオタクの語源であうフライングヒルくんはお亡くなりになりました。ご冥福をお祈りいたします。やったね!なので記事を続けます。
こちらは打って変わって台北の繁華街での写真。
…敢えてどのようなお店なのかについては推察・言及しないが。こういう怪レい日本語は嫌いではない。かくいう我々日本人だって完全に正しい外国語で案内ができているという確証もないしね。例えばだけど、この数週間後に波動用車両として再出発したE257系0代の東大宮常駐4編成に貼ってあった全席指定の案内の英語・中国語もだいぶ変だったもの。
それがこちらに書いてある。「指定席券をお持ちでない」というニュアンスであの表現は使うか?と思ったが、まあ通じない訳でもないだろうし別にいいのか。
閑話休題。ここからは既に記事にしていたが、一応抜粋ということで台鉄撮影と台湾高鐵乗車の思い出もせっかくだから書いておこう。
まずはプユマですね。無論ケツうちはヤケクソでの撮影だったので、本命ではないはず。多分末尾かどっかに当時の記事のリンクを貼るので、ご興味のある方は是非ともご覧いただけたらと思う。

こちらはEMU800形。一部は日本車両でも製造している形式。

たろこ(太魯閣)です。台鉄撮りにいきて~~~~~。金が沸いてきたら行きます。

こちらはまたプユマ(普悠嗎)。この2車種は振り子式特急ということで、次に台湾を訪れた際には是非とも乗ってみたい。

こちらは台湾のファミマ(全家)で売っていたタバコの写真。あ、流石に私のではないです。ケント売ってんのかよwwwと思いつつ、あの上の警告は怖いなと思った。
別の日、というか台湾滞在最終日のこと。台北でちょっと遊んできた帰りのことだ。普通に地下鉄で帰ってもいいのだけど、台北駅でふと見かけた高鐵の券売機から謎の引力を感じた。物は試しだからとお札を入れたらあら不思議、多額のお釣りと一緒に台北→板橋(バンチャオ)の切符が出てきたではありませんか。そっかー、仕方ないなあ、乗っていきましょう。
来ました。これは700系すぎる(笑)。まあ形式名も700Tだしね。全部が全部日本式ではないが、しかしこうして日本の新幹線技術がお隣の台湾でもしっかり輝いているのは嬉しかった。後継もN700Sベースになるとのことで一安心。

完全に700系じゃねえか(笑)。と言いたいところだが、実は細かい点が異なっている。顔面が純正の700系と違うのはまあそうなんだけど、接客面にも差異がある。1つはご覧のように日本でいう自由席には優先席があること。もう1つは700系0代(C編成)と3000代(B編成)とは異なって全ての車両が禁煙であること。もっとも、台北から板橋なんて一服していたら着いてしまう距離ではあるのだけど。

Taiwan High Speed Railwayの700Tに乗っていきましょう。うん、700系だわ(笑)。でも700系とは違う点もある。これが安心感と新鮮な気持ちが入り混じって新鮮だった。

うん、停車前に停車駅名をバーンと出すのも700系そのまんまじゃねーか(笑)。ただ日本の700系と異なるのは、英語表記もあった点。700系の場合は「名古屋」で固定だったが、700Tの場合は「板橋」と”Banqiao”の2か国語で停車駅を案内してくれる仕様。

板橋(バンチャオ)で下車。日本の新幹線で例えると、東京から上野または品川で降りるようなものだ。それはもう板橋で降りる時の周りの視線は痛いなんてもんではなかった。「あの日本人、なにやってんだ・・・?」そう思われていたことだろう。記念乗車です。700Tにも乗りたいので、今年はまた台湾に行けたらいいなあと思う。
台湾高鐵の開業に際してはJR東海(は途中で離脱)・JR西日本・川崎重工等の多数の日本企業の方のご尽力があってのことだったと思う。東海が離脱した理由も至極真っ当な上に東海らしくていいという話はさておき、日本人のみならず現地の皆さんもはじめ、沢山の方のお力あっての台湾高鐵。これからも安全に末永く活躍してほしい。
新北の新荘のホテルに戻って荷造り。翌朝の早い便で松山(ソンシャン)空港から羽田に飛ぶので同じ部屋の友人とオールしていた。大学の友人と言えるのは彼ぐらいだろう。入ったばかりの頃につるんでいたよくわからん奴ら、死んじゃったしなあ。
エバー航空A330から台北101を望む。台北よさらば。この記事が出る頃は帰国してから6年が過ぎている訳で、もうそれだけ台北にも行っていないということになる。公開日時点での今年、何かしらの形でまた訪問できたらいいなと思う。

安定の機内食。これもまた美味しかった。機内食を不味くするなんてどうしたらできるのだろうと思うのはさておいて、エバー航空さんありがとうございました。羽田で降りるまでは飲酒も合法で、逆に降りてからは成人するまで違法なので今のうちに飲んでおこう。台湾ビール美味しかったなあ。まあこの頃は別に飲んでも飲まなくても変わらなかったけどさ。

帰国後か、はたまた出国前かに家族で入ったレストランでの1枚で終わり。また台湾にも行きたいなあ、本当にそう思う。
執筆 令和6年11月28日