おはようございます。本日も昨年の春休み記事です。多分過去画って数字取れないんですよね。まあ、希少価値というかプレミアというか、その辺はアレなんでまあアレとして(どれだよボケ)、まあ早いうちに出していこうということで、ここから暫くは春休み記事の清算を急ぎます。手を握ればスタートする、ブレーキはない*1。

まあ、そう言いつつも毎日過去画なのはアレなので、連続過去画ってことはないと思います。なので記事に入りましょう。3868編成の快速特急からスタートです。ご覧の通り暗い時間帯なので急行灯も点いていてありがたい。こちらは津田沼付近での撮影です。

続いても3700形後期車の電車だけど、こちらは6両のうすい行。旧ROMが懐かしいけど、まあ今のこのROMでの写真を増やしても損をすることはないはず。損得で電車を撮っている訳ではないが、でも日頃の記録はマジでバカにできないものがあると思ってる。まあ、そんな偉そうなことを言いながら、最近は休みの日に家で寝て死んでいる私が書くことではないと思うけど。

こちらは日中のB51運用に充当された編成が宗吾に帰るだけど定期回送。千原線内の一部列車においてワンマン運転を行うため「だけ」に千葉線・千原線の4両が復活した訳だけど、でも、結局ワンマンのために毎日宗吾との送込みで回送を設定しているのが効率的なのかどうかは不明。趣味的には千葉線千原線の4両だったり本線での4両定期回送だったり、そういう一昔前に消えたはずのものが復活したという意味では美味しいけども。

そういう意味でも、やはりこういった日常の記録がいつかかけがえのないものになるんだろう。あいにく51運用の回送を撮りにいく機会はまずないけど、これに限らず、たとえ誰も見向きもしていなかったとしていても、撮れるものを撮れる時に撮って記録するという今のマインドは忘れずにいたい。でもなあ、3300形の定期回送があった頃に戻っ鉄したい、そう思ってしまう。
閑話休題。

3500形の回送に話を戻す。10年前なら3300形は無理でも、3500形未更新車ぐらいはいたことだろう。彼らのワンマンも見てみたかった一方で、しかし今の状況も無駄にしてはいけないというのもわかる。過ぎ去った普通の日々がかけがえのない足跡となるってことだ*2。

この露出なので、これだけ撮って撤退。津田沼のモリシアまで歩き、タリーズコーヒーさんで一服しつつ現像と記事作成を進めた記憶がある。この時ではないかもだけど。距離にもよるが1駅ぐらいは歩けますマインドを身に付けたのは、高校3年生の時に津田沼の予備校に通っていた帰りに京成津田沼まで歩いていたことが発端かもしれない。
しかしまあモリシアがなくなると津田沼でタバコ吸えるのが新津田沼のイオンだけになっちゃうんだよなあ。
JRの津田沼に入場。

モリシアがこの記事の公開からして程なくして閉店となるので、まあこれからは津田沼で電車を撮る時に一服できる場所もなくなるわけだ。ガビーン(死語)。それはさておき、この時はE217系もまだ結構いたのになあ、そう考えるとやはり寂しくなってしまう。この記事はおそらく令和7年春の改正後の投稿だろう、と思うと、多分公開時にはE217系はいない。いやいるのであれば、それほど嬉しいこともないんだけどさ。

これは…ボツですね…。ハイ次。エーデルワーイス、エーデルワーイス。駅メロでごまかすんじゃねえ(笑)。でも劇団四季さんのあれは見に行ったな、懐かしい。いくら日本の話ではない(関係ないとまでは言い切れないが)アレを思い出すと、やはり戦争に至る脳の持ち主ってバカなんだなと改めて実感する。まあ、私も私に敵対する人物(全て妄想の人物)を記事でネタにしているので偉そうなことは言えないか(笑)。

既に執筆日時点でもいない2編成同士の電車だったみたい。少なくともY-27に関しては疲労と勤務の関係で配給を撮れなかったので、今思えばバカなことをしてしまったと思う。無論寝不足の身体に鞭打って撮って、その代償として事故を起こすよりはよかったと思うんだけどさ。でもなあ、何だろうか、本当にE217系に関しては一生あれこれ後悔していくのかなと思ってしまう。数々の素敵な思い出があろうとも。

下りでもE217系なら撮っていたらしい。ただの悪足搔きという日本語訳になる。まあこの記事が出た時にまだE217系がいたらそれほど嬉しいこともないけど、どうなることか。最後の編成以外もまた配給追っかけレースをやりたい。レースではないよ。車の運転は好きだから、車で追っかけをやると目的が半分ドライブになるのはアレだけど。

ノイズの関係で編成は不明だけど、E235系1000代もいつか後悔しないようにしっかりと撮っていきたいね。
これにて津田沼での撮影は終了し、次の写真は千葉での撮影となる。

いやあれ、ここまでの間2時間何をしていたんだ…?マジで覚えていない。千葉駅構内の喫茶店で酒でも飲みながら記事を書いていたとか?何していたんだろう。津田沼で降りて飲みに行ける店も知らないし、何だったんだろう。
これだけだと枚数的にアレなので、翌日の撮影もご一緒に。字数が既にアレだけど。

同じような写真で初めてどーすんだよ(笑)。
なおこの電車、一見ただ単に千葉駅10番線から出ていくだけのように見えるけど、実は成田空港から来る快速電車。千葉手前では上り本線からえっちらおっちらと線路を跨ぎ10番線に入線する一見面倒な運用。この時、千葉8番線には下りしおさい9号がいるので、錆び取り目的またはホーム容量や総武線・成田線での使い分けの関係かもしれないけれど、この快速が遅れると必然的にしおさい9号等もご迷惑さまとなるトラップ。なお9番線には私が乗車予定のローカル(多分成田線)もいるので、さらに混沌を極める。一昔前みたいに総武線と成田線でそこまで厳格にホームを分けなくてもいい気がするのは私が元佐倉市民だからこそ言える身勝手な感想なのかもしれない。

という訳でこの時期は定番の四街道バルブに移ります。まずはE259系12両で運転される成田エクスプレス53号から。こういう編成番号が見ずらい形式だと、やはりバルブで少しでも綺麗に撮った方が色々と後々助かるのかもしれない。いや知らんけど。

後続の393Mも無論撮影。確かこの時はだいぶ平和に撮影できていて精神衛生上よかった気がする。いや、別に私がしおさい11号を撮りに行って荒れていたことはなかったけれど。検明けの編成の時はだいぶいたらしいね(笑)。

安定の4861F、いや別に最近撮っていないけど。実はこの数日後にダイヤ乱れの関係か、一度だけ4861FにE217系が充当されていたのを見ていたというか撮っていた。それについてもまた後日に更新するであろう過去画記事で触れたいと思う。

さあ、本命のしおさい11号が来ました。アレでも4861Fの前後でももう少し本数はあったような。何してたんだ俺は。流石に本命の前にラチ外でタバコを吸っていた(当時は四街道駅前に喫煙所があった)とも思えない。何やってたんだ俺は…。とはいえ、まあE257系500代の「しおさい」の「フル点灯ハイビーム」、これだけでいいんだ。
これでいいんだ…ん?

いや待ってくれよ前々回と同じNB-04編成なんだけど(笑)。こんな感じでE257系500代の中ではこの1年半の間は一番遭遇しているNB-04編成として2回目のしおさい11号撮影でした(笑)。マジか…。えっそんなに確率高いってことある?なおこれは当時の私は知らないが、これから先、乗車でも撮影でも「しおさい11号」はじめE257系500代は圧倒的な確率でNB-04編成を引くことになる。その次に多いのはNB-18編成。そうか、9運用10編成の500代の補填用にNB-04編成が+2編成ぐらいいるのか。いねーよバカ(笑)。いてくれた方がいいけど。わかしお全部5両はきついし、通勤時間帯を中心にほぼ満席がデフォルトなE259系しおさいも可能なら成東までの区間便でもいいから増発した方がいいとは思う。
さて、腹も減ったので、多分この時に改札を出て駅前で飯を食っていたかと思う。

時間が空いて、E259系になったしおさい13号を回収。執筆日時点では1度しか乗っていないが、まあ普通にそこまで馬鹿みたいに混んでいる訳でもなくてよかったなと思う。減車減便がアレなだけで、E259系自体は快適だしね。この運用は夜に鎌倉車両センターを出区して、東京まで回送される。面白いのは大船方から東京駅総武地下2番に入ってくるところかな。でもどうせなら品川始発にしたら更に需要が増えるとは思うけど。東京~四街道なら50km未満だけど、品川~四街道なら51㎞以上になって増収にもなると思う。JRさんの前向きに検討に期待しております。いやこんな記事、鉄道会社の人が見ている訳ないでしょ。
撮影 令和6年3月24日・25日
執筆 令和6年11月23日